168.マグロ獲り
「やはり釣るしかないのでは?」
「それだとあまりにも確実性に欠ける。ここは魔法で周囲の水ごと持ち上げてしまいましょう」
「高速で泳ぐ獲物をピンポイントで狙うのですか? かなり難しいのでは?」
「それじゃあ広範囲の水を一気に持ち上げて……」
「どれだけ魔力使うつもりですか一体捕獲するのに」
「……やはり釣り……」
大海原に出た船の上。
トゥーナにマグロかもしれない魚の存在を知らされ、俺は即座に捕獲作戦会議を開いた。
その様子がこれ。
出ている案は釣りと魔法。
釣りはまあ前世でも一本釣りとかあったしポピュラーだろう。
マグロはかなり大型の魚だが……この果ての森の木材で作った竿……果ての釣り竿なら釣りあげられる……と思う。
だが問題は他の者も言っている通り、マグロをピンポイントで狙うのが難しいこと。
別に長い時間かけて狙って行くならそれでもいいんだが……出来れば……せっかくなら今捕まえたい。
まあ……出来なかったら……諦め……らめ……るが!
こほん。
それでまあ二つ目の案が魔法。
今海上にある十隻ほどの船団にはハイウンディーネも乗っている。
それに海中にはマーメイドも居る。
その二種族たちの力を借りて、水魔法でマグロの周囲の水ごと宙に浮かせ、マグロを捕獲するという案だ。
だがこれにも問題はある。
マグロは海中を相当な速度で泳ぐ魚。
前世の一説にはその最高速度は時速百六十キロに達するとか。
しかもここは異世界。
異世界のマグロなんてそれ以上の速度を出せても不思議じゃない。
ゆえにそれを捕まえ切る範囲で水魔法を使うとなるとあまりにも非効率だって話だな。
他に思いつく案としては網漁だが……結局これも運しだいにはなってしまうしな。
うーん……。
俺と作戦会議している者たちが頭を悩ませていると。
「……ふぅむ。要するに代表様はあのお魚が欲しいんですねぇ?」
会議には参加せずぼぉーっと見ていたトゥーナがそう言いだした。
ああ、もちろんそうだが……トゥーナは何かいい案があるのか?
俺がそう聞くと。
「案なんていりませんよぉ。少しお待ちをぉ~」
そう言い残しトゥーナは海中に潜っていった。
そして、姿を消してから数分後。
「おまたせしましたぁ~!」
ザパンッ! ドンッ!
そんな声と共にトゥーナが甲板に着地する。
やけに重い音だなとそちらに目をやると。
俺の視界に映ったのは……とんでもなくデカい魚を抱えたトゥーナの姿。
……え? 何このデカさ。
俺が軽く一飲みにされそうなデカさなんだが。
こんなのが今海中に居たの?
「これでいいんですよねぇ?」
混乱している俺を尻目に、ズンッ……と、抱えていた魚を甲板に下ろしたトゥーナは俺にそう言ってきた。
え? ああ、もちろん……そうだ?
俺は混乱から抜け出せずつい疑問形で返答してしまう。
返答しながらも目の前に置かれた魚をじっくり見るが……。
俺の身長をはるかに超える流線型の体。
黒と白のカラーリング。
頭から尻尾に走った青いライン。
うん。
俺が知ってるそれより断然大きいが……まごうこと無きマグロ。
……マグロだこれ!!
驚愕と歓喜が遅れてやって来た。
目の前に鎮座するその輝くような姿から。
そう! これだ! ありがとうトゥーナ!
思い切り上がったテンションのままトゥーナに勢い込んでお礼を言う。
トゥーナは頬に朱に染めちょっと照れている。
「えへへぇ……この程度なんてことありませんよぉ……えへへぇ」
なんてことないと言いつつもとても嬉しそうだ。
にしても……どうやって捕まえたんだ?
トゥーナを褒めに褒め、少し落ち着いた俺は早速マグロの下処理をする為いろいろ準備しながらトゥーナにそう聞く。
トゥーナが海中に没している間、トゥーナの執事マーメイドルフィンに話を聞いたが……異世界マグロと思しきこの魚、めちゃくちゃ速いらしい。
時速という概念が通じなかったため俺の類推になるが……おそらく前世のマグロよりも速い。
なんせマーメイドですらも追いつくのは無理だと言っていたからな……。
下手したら時速三百キロとか出てそうだ。
そう聞いていたから、一体どうやって捕まえたのか疑問に思い聞いてみたんだが……トゥーナの答えは。
「え? 普通にこう……キュッ、としてですけどぉ……」
言いながらトゥーナは腕を動かして、キュッとした様子を見せてくれる。
その姿は……何だろう、裸締め? もしかして海中でマグロを締め上げたのか? このサイズに組み付いて?
「そう言ってるじゃないですかぁ……」
何を分かり切ったことを、みたいな顔でこっちを見てくるトゥーナ。
いや全然分かり切ってなかったけどな、キュッとの一言でそこまでは。
それよりこのサイズの魚を当然のように絞め落とすとか……。
……いや、というかそれ以前にどうやってマグロに接近したんだ。
マーメイドですら追いつけないってルフィンが言っていたが……待ち伏せでもしたのか?
「? そんなことしなくても普通に泳いで追いつけばいいじゃないですかぁ」
え?
「ルフィンがなんて言ったのかは知りませんけどぉ……海中で私より速いものなんてありませんよぉ?」
胸を張り、むふーっとした顔でそう宣言してくるトゥーナ。
いや……凄いな。
俺は正直あっけにとられる。
推定時速三百とかのマグロに当然のように追いつくとか。
海でトゥーナから逃げ切る事なんてまずできないなこれは……。
流石は王族……。
「えへぇ、もっと褒めてくれても構いませんよぉ?」
トゥーナがそう言うので、俺は手を動かしながら感謝と称賛をトゥーナに送り続けた。
トゥーナはとても嬉しそうだった。
さて、そうやって褒めちぎり続けていたら準備も終わった。
早速マグロを捌いていくことにする。
俺の目の前に鎮座しているのは推定五メートルはあろうかという巨体。
……こんなデカいの抱えてよくもまあ甲板までジャンプ出来たな……。
どんな速度出したんだトゥーナは。
まあとにかく。
マグロの解体ショーは見たことはあるが、こんな巨大なマグロの解体では無かったし……というかそもそも見ただけで解体できるなら苦労はしない。
だがここには獣、魚問わず解体してきた手練れも乗っている。
皆で協力すれば何とか出来るだろう。
というわけで早速捌いていく。
まずは頭とヒレを切り落とす。
「お任せください。……せいっ!」
言葉とほぼ同時。
一閃。
ぽとり、と頭とヒレが下処理用に引いた布に転がり落ちた。
その断面はとても綺麗で、輝いているようにすら見える。
流石ルシュ。
見事な手際だ。
「ありがとうございます」
キリッとした顔で俺の賞賛を受け取るルシュ。
しかしその耳はピコピコと、尻尾はぶんぶんと振られている。
とても嬉しい! と言った様子だ。
……もしかして、トゥーナが褒めちぎられていたのが羨ましかったのかな?
そのまま俺はルシュや手伝ってくれている者たちを褒めちぎりながら解体を続けていく。
すると皆、とてもやる気を出してくれて、みるみる内に巨大マグロの解体は進んでいく。
俺がちゃんと解体できるかな、と心配していたのが馬鹿らしくなるくらいの勢いだ。
マグロは上部、下部と切り出され、それぞれブロックに分けられ、骨に残った身もしっかりこそがれて、容器に移されている。
いやぁ……皆、褒めに飢えてたのか? これからはことあるごとに褒めることにしようか……。
「いえ、それをされると嬉しさで胸が爆発してしまいますので、お気持ちはとても嬉しいのですがたまにでお願いします」
赤くなった顔で胸を押さえながらそう言ってくるルシュ。
周りの者たちもそれぞれ胸を押さえながらぶんぶんと首を縦に振っている。
あ……まあ、うん、分かった……。
そうして。
マグロの解体は無事に完了し、俺の目の前にはそれぞれ大量のブロック切り落とし、こそげ取られたネギトロ、完全に身をそぎ取られ白く輝く骨、カマとヒレがでんと佇んでいた。
いやぁ……綺麗に解体出来たな、皆流石だ。
「いえ、主様のお役に立てたのなら何よりです」
まだ少し赤らんだ顔のまま、ルシュがそう言ってくれる。
ありがたい。
さてそれじゃあその気持ちに報いるためにも……早速実食と行こう!
獲ってすぐに食べる魚はとんでもなく美味い……前世ではそう聞いていたが、実際に体験することは無かった。
なので、せっかくなら今ここで体験してみよう!




