166.漁とウミネコ?
ザザーン……ザザーン……。
キャウキャウキャウ……。
少し前。
港で嵐対策をちょこちょこやっていた俺の姿は今。
見渡す限り青が広がる大海原のど真ん中にあった。
漁に? 俺が?
「はいぃ、代表様ぁ前に行きたいって言っていたじゃないですかぁ」
いろいろと改造を済ませて、ついでだからと被害が出ていないか確認するという名目で海水浴場で遊んでいた俺に、トゥーナがそう提案してくる。
いや……確かに行けるなら行きたいなあって思ってるけど。
でも心配する皆の気持ちも理解できるしな。
そう、理解できている。
海は陸の上とは違う。
海中に落下しただけで命の危険が出てくるし、落ちた当人だけでなく救助しようとした者にも相応の危険が発生してしまう。
しかもここは前世とは違う異世界の海。
当然海中にも魔物は存在し、海中への落下の危険性をさらに引き上げている。
そういうわけで、自分一人ならともかく他の者にまで迷惑をかけることは出来ない、ということで泣く泣く漁に同行することは諦めていた。
それはトゥーナも知っているはずだが……。
「もちろん存じていますぅ。ですが、今はあの時とは状況が違いますぅ」
状況が違う?
「はいぃ、この港で漁を始めた時は私しかいませんでしたが……今はマーメイドもかなり増えていますぅ」
トゥーナは増えた報告忘れていたけどな。
「そ……それはぁ……えへへぇ……と、とにかくぅ! あの頃は代表様が落ちても海中で自由に動ける者が私しかいないということもあり辞退されましたがぁ、今は代表様が落ちたとしても多くのマーメイドが救出に動くことが可能ですぅ! ですので代表様が漁に出ることも可能かとぉ!」
ふむ……なるほど。
確かにルフィンを筆頭にマーメイドもかなり数が増えている。
これだったら俺が落ちた上に海中から魔物が忍び寄ってきている……なんて最悪の事態も問題なく切り抜けられるか……。
と、俺がそう考えていると。
「お待ちください」
割って入ってきたのはルシュ。
港の災害対策のため建築チームをちょこっと率いて来てもらっていた。
今は俺と同じように水着姿で息抜きをしてもらっていた所だ。
今日のルシュが来ている水着は布が少なめのビキニタイプの水着。
その上から薄い上着を羽織っている。
露出度は多い方だが、一番先にカッコいい、スタイリッシュと言った感想を抱く感じ。
ちなみにルシュに正直にそれを言ったら尻尾をぶんぶん振って喜んでくれた。
一番先に来る感想が可愛いになった。
俺の手が勝手にルシュの頭を撫でていた。
まあともかく、そのスタイリッシュルシュがトゥーナに異論をはさむ。
「救助の確実性が増したのは事実ですが、まだ救出等のノウハウを蓄積しきっているとは言えません。主様を船に乗せるにしてももっと万全を期してから……」
「心配いりませんよぉ。これまで被害が出なかったことからも分かる通り、私たちならたとえ代表様が海に落ちたとしても問題なく助けられますぅ」
「……それはたしかに。ですが――……」
俺をそっちのけで議論は白熱して行っている。
結果は……。
「主様、私も共に船に乗ります」
「えへへぇ、もし落ちても私がしっかり助けてあげますねぇ~!」
どうやらOKが出たみたいだ。
と、そういうわけで俺は今、船に乗って大海原に出てきている。
周りは見渡す限りの海。
青々とした水平線まで続いている。
素晴らしい光景だ。
そしてその大いなる海には俺が乗っているものも含め船が十隻。
いや多くないか?
「いえ、万が一の場合に主様をお助けすることを考えればこれくらいの数は必須かと」
同じ船に乗り込んでいるルシュが俺にそう言ってくる。
いやまあ……そうは言うが、海中にはマーメイドたちに巡回してもらっているし、俺もいざとなったら創造神器の水泳板でここから港に一人で戻ることも不可能ではないだろうし、ちょっと警戒しすぎじゃあ……。
「それだけ主様が大事ということです」
……ちょっと顔が熱くなる。
そう言われたらちょっと何も言えない。
まあ、心配してくれているんだしな。
感謝を伝えよう。
ありがとう。
「いえ、当然のことですから」
そう言いつつ……ルシュも柔らかく微笑んだ。
さて、気を取り直して。
視界の彼方まで広がる大海原。
この絶景を見ることが出来て、もうかなり満足感が胸を満たしているが……この光景を見るためだけに船に乗ったわけではない。
目的は……漁、魚だ。
俺は先ほどから波の音と一緒に聞こえている、鳴き声の方に目を向ける。
するとそちらに居たのは数十羽ほどの白い鳥の群れ。
どこかに向かうように飛んでいるのではなく、海の一定範囲をぐるぐる回るように飛んでいる。
ふぅむ……あれはやはり……異世界ウミネコか?
余り詳しくない俺でも知っている。
ウミネコが群れているのなら、そこには魚がいる可能性が高いと。
なので俺はルシュに聞く。
あれはウミネコなのかどうか。
「ウミ……ネコ? いえ、あれはメテオシーグルですが」
メテオシーグル。
「はい。ああいう風に獲物の海上に陣取り、そこから超高速で落下、潜水。獲物をそのくちばしで突きさし、再び海上に戻る魔物です。その速度は余りの速さに水が着いてこられず、その羽が全く濡れないほどです」
俺が思っていたのと全然違ったな……。
想像とは全く違ったその答えに俺は軽く遠い目になる。
そのままそちら……メテオシーグルの群れの方を見ていると、その内の一羽が消えたと見まごう程の速度で海面に落下した。
そして落下したかと思えば……パンッ! という乾いた音と共に、海水が高く打ちあがる光景が俺に届く。
すると……いつのまにか海面に落下したと思われる一羽が、そのくちばしに自身の三倍はあるであろう巨大な魚を突き刺して群れの中に戻っていた。
えぇ……?
その光景に俺はあっけにとられる。
いや……いくら何でも速すぎないか? 落下速度。あの音ってもしかして音速越えた音? 何平気な顔で生身で音速越えてるんだ。
それに自分の何倍もある魚突き刺したまま何当然のように飛んでる。墜落しないとおかしいだろ。
俺があんぐりと口を開けていると。
「あぁ~……やっぱりメテオシーグルですかぁ……」
船に乗っている俺のすぐ下横の海面。
海の中から顔を出したトゥーナがそう口に出す。
やっぱり?
「はいぃ、こんな鋭い振動はまず間違いなくアレなのでぇ」
トゥーナはそのまま続ける。
「メテオシーグルは魔力で身体を保護、加速して海面に超高速で突入しますぅ。あれだけの獲物を突き刺したまま飛べるのも魔力で飛行を補助してるからですねぇ。それゆえアレが突っ込んだら魔力を含んだ鋭い振動が海中に伝わるんですぅ」
なるほど……。
デモンズやエンジェルと言った翼ある種族。
彼ら彼女らもその身に生えた翼のみで飛んでいるわけではない。
その身に宿した魔力を補助に使うことで飛んでいる。
メテオシードルもそれと同じ理論で飛んでいるということか。
にしても……あんな危険な魔物が居るんじゃあの辺りには近付けないな。
「近付けないぃ? 何でですかぁ?」
顎に手を当てそう言った俺に対して、はて? といった顔でトゥーナが問うてくる。
何でって……あんなとんでもない速度で突っ込んで来る鳥なんて危険すぎるだろう。
トゥーナだって獲物として狙われるかもしれないんだぞ?
「? 狙われても避ければいいだけじゃないですかぁ」
はい?
「さっき言いましたよねぇ? 突入した瞬間魔力を帯びた鋭い衝撃が響くってぇ。感じた瞬間その衝撃を避けるように動けば簡単に避けられますよぉ」
のほほんと笑いながらそう言ってくるトゥーナ。
そうなの?
マーメイドって凄いんだな……。
あの速度を簡単に避けられるって……。
「いえ、そんなわけありません」
うおっ。
トゥーナの横から姿を現したのは、港に来てからもトゥーナの執事を務めている男性マーメイド、ルフィン。
その身体はいつも通り貝で出来た鎧に覆われている。
……いやいつもより装甲が厚いか? 貝の盾も持ってるし。
「もう一度言いますが全く簡単ではありません」
ルフィンは続ける。
「魔力を帯びている鋭い衝撃……それ自体は感じることが出来ます。我々も。ですが……感じ取ったその瞬間にはほぼ間違いなく突きさされています。なのでマーメイドはメテオシーグルが居る場所ではかなり深くまで潜ってやり過ごすんです。普段と同じような水深にとどまり、当然のように突進を避けるような真似はしません。というか出来ません」
横でほへー……みたいな顔をしているトゥーナを尻目に俺にそう言ってくるルフィン。
なるほど……だからさっきまで他の船の周りにちょくちょく顔を出していたマーメイドの姿が見えなくなったのか、深く潜ったから。
ルフィンは大丈夫なのか?
「はい。この盾を構えていれば防げはするので」
そう言ってルフィンは片腕を上げる。
貝で出来ているようにしか見えないが……音速の突進を防げるくらいには防御力あるのか。
凄いな。
……トゥーナはそんなものに頼らなくても避ければいいのに、みたいな顔でルフィンを見ている。
「そんなものに頼らなくても避ければいいのにぃ」
言った。
「無理です。あれを当然のように躱せるのは姫様くらいのものですから」
「誰だって慣れればできると思いますけどぉ……まあいいですぅ、それじゃ行きましょうかぁ」
はい? どこに?
「それはもちろん……あそこにですよぉ!」
うきうきとした顔で、トゥーナはメテオシーグル……その真下の海面を指さした。




