159.特産品
「――と! そういうわけなのです!」
お……おぉー……。
パチパチパチ……。
俺だけじゃなく、周りのケットシーたちからも拍手が響く。
ここはケットシーたちの商会、その中央。
ニャジットがうちの……レースピアの作物がどれほど素晴らしいかを語り始めて三十分ほど。
ニャジットはその肩を上下させながら、ようやく止まった。
いやぁ……まさかここまで語り続けるとは。
拍手を続けながら俺はしみじみとそう思う。
うん。
ほんとはもっと早く止めようかと思ったんだが、皆で頑張って作っている作物の褒め言葉だったから最後まで止められなかった。
結局長引きに長引いてケットシーたちもなんだなんだと集まってきたもんな。
皆ニャジットの語りを聞き始めたけど。
「…っ!? あなたたち、なぜ……?」
あ、ニャジットが集まってきていたケットシーたちに気付いた。
「……”代表が気持ちよさそうに演説していたから?”いえ、演説というわけでは……もっ持ち場に戻るようにっ!」
あ、シッシッと払うようにしてケットシーを散らしている。
「こほんっ! すみません、少々お見苦しいところをお見せしてしまいました。つい、商品の素晴らしさに熱が入り過ぎてしまい」
いや、全然かまわない。
それだけうちの作物を高く評価してくれているってことだしな。
「はい、それはもう。レースピアの作物は本当に――っと、また語り始めるところでした。とにかく、本当に素晴らしい作物なのです。ですのでこのお値段にもご納得いただければ、と!」
ああ、もちろん納得はした。
あくまでお試しだし、食料の配給も止めるつもりは無いから買えなくて飢えるとかそんなことは無いだろうし。
今は良いだろう。
ただ……。
「? ただ? 何でしょう?」
さっきからにゃを付け忘れてないか?
「あ。……にゃ」
と、そんなやりとりをしつつ、少し顔を赤くしているニャジットと、中央の作物エリアを離れて次へ。
次にやってきたのは作物エリアの横にある、フードエリア。
ここは食材をそのままではなく、調理して売るエリアだ。
フードコートと言った方が分かりやすいかも。
まあ今は当然何も並んでいない。
今から作ったところで冷めるどころか腐るからな、下手したら。
「ご覧のとおりスペースも確保していますにゃ。調理場も広いですし、問題は無いかと……にゃ」
顔を赤らめながらも語尾は取らないニャジット。
まあ突っ込まないことにしつつ、そのまま調理用のスペースも見て回る。
焼き場、水場、商品を受け渡すスペース。
それぞれちゃんと数人がすれ違えるスペースが空いている。
これなら多くの客が来ても問題なくさばくことが出来るだろう。
おそらく。
「ご満足いただけましたでしょうかにゃ?」
ああ、実際に使ってみないと分からないこともあるだろうが、現時点では全く問題ないと思う。
流石だ。
「ありがとうございますにゃ!」
次。
フードエリアから離れて次に来たのは服エリア。
ここにはアラクネたちが作った服がマネキンに着せられ所狭しと並んでいる。
見る限り……スペースに対してかなり服が多い。
かなり詰め込まれている印象だ。
これは……?
「これは……アラクネ様たちは商品の提供は二つ返事で了承してくださったのですが、二つ返事過ぎたというか……スペースはこれだけだと事前に言ったのですがあれもこれもと服を持って来まして……」
ああ……なるほど。
アラクネたち自身がやっている仕立て屋もそうだが、海の屋敷の水着貸し出し場所も今はどんどん水着が増えて、かなり手狭な印象になっている。
ちゃんと広いのにな。
インスピレーションが湧きに湧いてガンガン服を作っているアラクネからしたら、自分たちの服の発表場所なんて多ければ多いほど良いんだろう。
だから二つ返事で了承して大量に持ち込んだ……と。
「そうですにゃ……」
まあ……だけどいいことだろう。
見たところ男物女物、シャツにズボン、偏ることなく様々な種類の服が並んでいる。
これなら品切れの心配をする必要が無い。
「おっしゃるとおりですにゃ。……まあ、品切れしそうになってもその時はさらに追加が来るだけだと思いますが……」
……まあ、そうなるかもな……。
脳裏にテンション高く大量の服を持って現れるクトネーが映る。
うん、ありそう。
そんな会話をしつつ次……というか最後。
やってきたのは特産品エリア。
特産品とはいっても地域の、という意味ではない。
それぞれの種族の、という意味だ。
「いやぁ……作ったのは我々ですが……壮観ですにゃ……」
そうだな。
特産品エリアの見た目は……何だろう、物産展みたいなものって言えば良いんだろうか。
一つの大きいスペースの中にいくつもの小さいスペースが入っている。
そしてその小さいスペースそれぞれに、種族をかたどったマネキンと商品が置かれている。
例えば、とあるスペースにはコボルトを象ったマネキンと木工細工が飾ってあり。
また別のスペースにはドワーフを象ったマネキンとキラキラ輝く調理道具が飾ってある。
そんな感じだ。
「にしても流石は代表様ですにゃ。スペースにそれぞれの種族の木人形を置くというアイデア。このアイデアのおかげでどの商品をどの種族が作ったのか。これが一目で分かるようになっていますにゃ! 商売において分かりやすさはとても大事です! 流石です……にゃ!」
ああ、ありがとう。
俺としては生産者表示というかブランドというか……そういうイメージで分かりやすくした方がいいかと思って提案しただけなんだが、マネキンというのは我ながらいいアイデアだったと思う。
これが絵なんかだったら……それはそれでよかったろうが、やはりマネキンの方がより分かりやすい。
しかも等身大マネキンだしなコレ。
話を弾ませながらそのまま見て回る。
ニャジットたちは流石と言うべきか、この街のほとんどの種族からそれぞれ商品を提供してもらっている。
スペースが無いのは……精霊族たちと妖精族あたりか。
まあこの辺りは物を作ったりするのがあまり得意じゃなかったり、統一感がなかったりするからしょうがない。
後はスペースはあるが商品が並んでいないスペースもある。
具体的にはフェンリル、マイコニン、マーメイドのスペースだ。
……というか何気にシロたちとも交渉したのか、スペースがあるってことは。
商売のこととなるとアグレッシブだなケットシーたちは……。
まあともかく。
この三スペースは商品が無いのではなく、後から追加されるのだとか。
何故かというと、理由はさっきのフードエリアと同じで……腐るから。
ここはそれぞれ、狩猟してきた肉、発酵食品およびキノコ、水揚げされた水産物を並べるらしく……。
その日にとれた新鮮な商品を産地直送で並べるそうだ。
そう聞くとなんだか購買意欲を掻き立てられるな。
まあそんなわけで、今は無いだけで商品の並べ方とかある程度の値段なんかはもう決まっているらしく問題は無いそうだ。
さて、そんな感じで見て回って特に気になった物が一つ。
それは……。
「おっ、こちらの商品に目を付けるとは……さすがお目が高い!」
そんな言葉を聞きながらやってきたのはビープルのスペース前。
そこには真っ白い布をテーブルクロスとして掛けられた机に、指一本分ほどしかない小さい密閉容器が十個ほど並んでいる。
そして、そこにおいてある値札には……。
『ビープルの女王蜜 一本 百万円』
の文字。
いや……高くないか? 明らかにこんな……一口で終わりそうな量しかないのに。
「何をおっしゃいます代表様! もちろん適正価格ですよ!」
……適正価格? ……百万円で?
えぇ、いや……えぇ……? そんな、そんな高いのか、ビープルの蜜って……。
告げられた余りの事実に困惑が治まらない。
流石に高すぎ……。
「それはもちろんです! なんせこの蜜はただの蜜ではありません! エイリス様、かのビープルの女王たる方が手ずから熟成させた蜜なのですから!」
そう豪語するニャジッタに話を聞く。
どうやら……通常のビープルの蜜もかなりの高値がつく代物だそうだが、女王自ら熟成させた蜜は別格。
本来ならば、自身の唯一の跡継ぎに与えるため、一生にほんの少量しか作られないその蜜は蜜の王とまで呼ばれ、天井知らずの価格で取引されているのだとか。
世が世ならこの蜜一滴で戦争が起きてもおかしくなかったらしい。
「しかし、レースピアの街では、一度に作られる量こそ少量ではありますが、エイリス様は継続して作っていくとおっしゃいました! その言葉とこの街での蜜の価値などを勘案した結果がこの値段です! 我ながらとてつもない安値を付けたと思っていますが……! ですがこれは商会の開店記念! 勉強させていただきました!」
目を輝かせながらも少し悔しそうに拳を握りそう力説するニャジッタ。
本来ならもっともっと高値を付けたかったらしい。
だけど流石に高すぎて今回は誰も買えない……。
「それは仕方がありません……そんな理由で安い値を付けることは出来ませんから」
まあ、それもそうか?
「ですのでこれは残念ながら今はほぼ展示品ですね。ですが……そのうち売れるようになることを期待しています」
まあ、そこまで考えて値段をつけているなら構わないか。
蜂蜜なら保存も効くしな。
「はい! …ところで代表様。代表様の食への探求心は探究心は街の住民なら誰もが知るところ。この女王蜜……味を確かめたいと思っておられるのでは?」
うん? まあ、それは確かに……確かめたくないと言えば嘘になるが。
「でしょう?! そう仰られると思い……こちらをどうぞ!」
そう言ってニャジッタが懐から取り出し手渡して来たのは……机に並んでいる物と同じ密閉容器。
これはまさか……。
「はい! こちら女王蜜になります!」
いやいやいやいや……値段聞いたばっかりだとちょっと手が震えるんだが。
前世と今世合わせても百万円するものを手で持ったりしたことなんてない。
……いや、値段なんて到底つけられないであろう創造神器持ちまくってたな……。
「ご安心を! こちらは商品ではなく、代表様への献上品です。値段などはありません。エイリス様からも街に受け入れていただいた感謝を込めて……と、お言葉を預かっております」
……そうなのか? あのエイリスがそんなことを……。
そういうことであれば、受け取っておこうか。
「それがよろしいかと! ……まあ、実際は、私の住居を建てた功績に報い下賜してあげるわ、などと言っておられたのですが……」
何か言ったか?
「いいえ、何も」
そうか?
ちょっとこの蜜の方に意識を持っていかれて注意がおろそかになっていた。
まあ、ともかく。
ありがたく受け取らせてもらったからには……さっそく味わわせてもらおう。
正直味が気にならないと言ったら嘘になる。
世が世なら一滴で戦争が起こるとまで言わしめた蜜の味……一体どんな味なのか……。
俺は早速容器を開ける。
その瞬間ふわっと鼻に届いたのは、得も言われぬ甘く暖かい香り。
匂いを嗅いだだけで、舌が甘さを感じているような気さえする。
香りだけでこれなら実際に味わったらどうなってしまうのか。
俺は期待と共に容器を口に近づけ……くいっと傾ける。
すると容器の中から蜜がとろりと俺の口に流れ込み……。
次の瞬間、俺は花畑に居た。
どういうことだ? と一瞬思考が走るも、その疑問はすぐに多幸感に取って代わられる。
優しい幸福が胸を満たし、俺はそのまま花畑で――。
ハッ!
そこで俺は現実に帰って来る。
手には空っぽになった容器。
口内には今なお高級な蜂蜜を口に含んでいるんじゃないかと思えるほどの後味。
どうやら……あまりの甘さにトリップしていたらしい。
「どうでしたか? 代表様! 知識では知ってはいますが、実際に食した場面は見たことが無く……! どのような味でしたか!?」
そんな俺を見ていたニャジッタが尻尾をぶんぶん揺らし、目を輝かせながら感想を求めてくる。
感想……感想か……もちろん最上級に美味しかった。だけど……。
「だけど?」
うん。
ごめん。
エイリスには女王蜜提供する際は必ず俺を通すように言っておいてくれ。
ちょっと危険かも。




