158.ケットシー商会
「「「代表様! いらっしゃいませにゃ!」」」
俺の目の前で、綺麗に整列したケットシーたちが、ぴしっ……! と、一糸乱れずに礼をしている。
その頭は地面と完全に平行になっておりとても美しい。
あー……ああ、出迎えありがとう。
頭を上げてくれ。
入るや否やいきなりそんな光景にお出迎えされ、俺は少し動揺するも、せっかく出迎えてくれたのだからと気を取り直して声を掛ける。
俺の言葉に再び一糸乱れる動きでケットシーたちは頭を上げ、そして綺麗な列の中から一人、進みだして来た。
代表……ニャジットだ。
「では代表様、ここからは私がご案内しますにゃ」
ああ……頼む。
今、俺がやってきているのはケットシーたちのために建てた商会だ。
来た理由は……貨幣の流通準備のため。
最近のレースピアの街は、学校も稼働してそれなりに時間が経ち、住民たちも簡単な計算は出来るようになってきた。
なので、この辺りで貨幣を流通し始めようというわけだな。
もちろん一気に流通させるつもりは全くない。
最初は少しだけ、住民一人に付き紙幣三枚程度を配るだけにして、使える場所もこのケットシーの商会に限定させてもらう。
やっぱり実際にやってみないと分からない問題点もあるだろうしな。
ああ、ちなみに紙幣は千円札、五千円札、一万円札の三枚にさせてもらった。
レースピアの通貨単位は俺の一存で円にさせてもらったからな。
とまあそういうわけでしっかり準備出来ているかどうか見に来たわけだ。
最初はお小遣い程度にしか配らないとはいえ、住民の量が量だ。
相応の量の商品は用意しておかないと、配ったはいいが使えませんでした、となりかねない。
ゆえに様子を見に来たわけだ。
というわけで、俺は今商会の入口でお出迎えを受けたんだが……。
うん。
正直驚いている。
建てた当初は正直ガラガラというか……空きが目立つというか……そんな感じのありさまだったのだが。
ケットシーたちの努力もあり、今では結構な商品が並んでいるのがここから一瞥するだけでわかる。
「全ては代表様のおかげですにゃ。我らケットシー一同心から感謝していますにゃ!」
俺が商会の中を見回しながら感心しているのを察したのか、耳をぴょこぴょこさせながら礼を言ってくるニャジット。
いや、確かに商会の建物を作ったのは俺だが、ここまでいろいろと商品をそろえたのはニャジットたちの功績だろう。
聞いているぞ、いろいろな種族のところにニャジット自ら交渉に行ってたって。
「にゃはは。こちらから言いだしたことにゃので当然ですにゃ」
そう。
俺は当初、商品は食糧だけにしようと思っていた。
このお試し貨幣流通は、自分で商品の値札なんかを読み、自分で計算も行う、まあ学校で習ったことを実際にやってみるチュートリアルみたいなものだ。
だから商品もシンプルに食品だけでいいだろうと考えた。
しかしそこに待ったをかけたのがニャジット。
彼女の意見は俺とは逆だった。
最初だからこそ、いろいろな商品を用意する。
そうすればそれがワクワクにつながる。
次はどれを買おうかと、アレとアレを買うためにはいくら必要かといわれずとも計算する習慣がつく。
そう俺に説いてきた。
それを聞いて俺も、考えを改めたわけだ。
確かに読み書きも計算もできない住民もそれなりに居たが、両方できて、実際に売買に慣れ親しんだ者もそれなりに居る。
特にケットシーたちとか。
それならそんなに簡単にし過ぎることもないかとそう考えた。
そういうわけで許可を出し、商品は自分たちで集めるというので任せた結果がこれ。
本当に大したものだ。
「いえいえにゃはは……。皆さんとっても良い方々で、全然チョロ……いえ! とてもスムーズな交渉でしたので! 気持ちよく勉強させていただきましたにゃ!」
今なんかちょっとニヤリとした笑い出なかったか?
まあ、別に住民たちから文句が出ているという報告も来ていないし、ちゃんと公正な交渉はしているんだろう。
「にゃへへ……もちろんですにゃっ……! 代表様のお顔を汚すようなことは決してっ……!」
すりすりすりすりと高速で両手をこすりながらそう言ってくるニャジット。
一流の商人たるものごますりも一流でなければならないのだろうか?
……まあいいか。
それよりさっきからずっと気になっていることがあるんだが……。
「どうにゃさいました?」
その……挨拶したときからなんでずっと言葉の端々ににゃを付けてるんだ? 前はたまにしか付けてなくなかったか?
俺は疑問をニャジットにぶつける。
確か……最初の挨拶の時とか結構普通にしゃべってたはずだ。
感情が昂った時には「にゃ」が出てたけど。
あの時は気を張っていたからで、こっちが素なのか?
それなら街に馴染んでくれているってことで嬉しいが……。
「にゃい……これには深い訳があるんですにゃ……」
深い訳? それは一体……。
もしかして何かトラブルとか抱えてたりするのか? それだったら助けにな──
「しばらくこの街で過ごして感じにゃしたが……にゃを軽率に使う住民の方が多いのですにゃ。だからここはにゃーにゃー言っておくことで、にゃは我々のモノだと意識づけておこうと思ったのですにゃ」
──る必要なかったな、うん。
「いえいえこれは重要なことなんですにゃ! この前もエイリス様がにゃを多用して──」
あー……スイッチ入っちゃったな。
「すみませんでしたにゃ……」
熱が入って語り始めて十数分後。
落ち着いたニャジットは土下座せんばかりの勢いで俺に頭を下げてきた。
が、まあ別に気にしていないので流し、早速見学に入ることにする。
口調だって、別に自由にすればいいしな。
「ありがとうございます……にゃ」
続けるんだ……。
そういうわけで、まずやってきたのは作物コーナー。
ニャジットに言われ、他の商品も置くようにしたとはいえ、メインがこれらであることには変わりない。
入口からも見えた商会中央、最も大きくスペースを使って作物が陳列されている。
じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、エトセトラエトセトラ……。
それらの作物が、綺麗に積まれている。
ここだけ見たら前世のスーパーみたいだ。
しっかり値札も張ってあるしな。
「代表様からご提供いただいた大事な作物、もちろん丁重に扱わせていただいております……にゃ」
誇らしげに胸を張ってそう宣言するニャジットだが……ちょっと聞きたいことがある。
「何でしょうかにゃ?」
作物の値段……高くないか?
俺の感覚では大体作物一個、百円前後といったところ。
じゃがいも、玉ねぎ辺りはさらに安いだろう。
だが……。
これ……じゃがいも一個三百円とか書いてないか? 三十円の間違いではなく?
「もちろん三百円と書いておりますにゃ」
……高くないか?
「何をおっしゃいます! これでもとんでもなく安いです……にゃ! 生産地特権で!」
話を聞くに。
どうやら俺自身もかなり出来が良くて美味しいな、と思っていたこの作物たち。
他の土地と比べてもとんでもなく出来がいいらしい。
俺は異世界で取れる作物だから、元の世界のそれと比べてもこんなに美味しいのかと考えていた。
だが全然そんなことは無く、異世界の別の場所の作物はここまで出来が良くないらしい。
なので他の作物を知っている者からしたら、レースピアの作物の質の良さは破格のものなのだとか。
「まさに神が作った作物と言われても信じるほどの出来の良さです! そんな作物をこれ以上安く売ることなど商売人として――」
あーうん、分かった分かった……。
ニャジットの商売人としての熱意も、レースピアの街の作物を高く買ってくれていることも伝わったから……ちょっと落ち着いて……。
「いいえ! 落ち着いていられません! この街の作物もそれらから作られる食物も! 代表様の神の手から生み出される料理もどれも素晴らしく――」
ああ……。
またスイッチ入っちゃったな……。




