146.乱入
「あれは……ドラゴンです」
うん、ごめん……見たら分かる。
軽く呆然としたハイラの言葉にそう思った俺の目線の先、コロシアムの上空に飛来したそれは、一目でドラゴンだと分かる生き物だった。
漆黒に輝く巨大な体躯、同色の大きな翼、雄々しい二本の角、見ただけで強靭と分かる尻尾。
これで火でも吐こうものならもうパーフェクトだな。
……さて。
俺もちょっと現実逃避気味になってる思考を引き戻して現実を見よう。
思い返すと……まず、闘技祭決勝の開始を待っていた俺のもとに報告が届いた。
隧音石を用いた報告と……見張り塔から拡音石を投げ落とすことによる大音量での緊急報告だな。
それを聞いた俺は、その大音量が響いた方向へと目を向ける。
そちらの空には黒い点があり……それはかなりのスピードで大きくなった。
そしてそれはすぐにコロシアムに到達。
するとすぐにさっきの……強者よ挑んで来い、という言葉を発した。
うん。
思い返してみるとあっという間だったな。
ここまでで、一分かかってないんじゃないか?
なんという飛翔速度。
見張り塔が緊急報告を使うのも分かる。
さて……黒い点が見えた段階で、俺は念のため創造神器を手元に出現させておいた。
しかし、創造神器からは危険の感覚が伝わってこない。
創造神器は毒や敵意を持った獣など、俺に害が有るものに対しては危険を伝えてくれる。
これが外れたことは今まで一度も無い。
なのでそのまま静観していたわけだが……。
これ本当に害無いのか?
挑んで来いとか言ってるんだけど。
俺だけじゃなく周囲も混乱しているな。
いや、混乱というか……狂乱している。
軽いパニック状態になっている者も居れば、さっきまで撫でていたシロイなんか足ががくがく震えてその場から動けていない。
シロは真横……俺を守れる位置に来てくれているが、こちらも体が震えている。
いやまあドラゴンなんて言うくらいだから当然なんだろうが……相当に強いみたいだ。
「どうした? 誰も来ぬのか? これだけ濃厚な闘争の気配を漂わせておきながら誰も? ……ぬ?」
首を傾げながらそう言ったドラゴンは空中からコロシアムを……正確には緊急報告の音に飛び出してきていたルシュと、彼女が立っている舞台を見る。
「ほうほう……なるほど。これは我が無粋であったか! ここでの闘争はその舞台に足を着け行うものなのじゃな! 誰も空中の我に挑んで来ぬわけよ!」
え? 別にそんなことは無いが……。
いや、でも、あまり高くは飛ばないようにってルールは作ったしな。
それを考えるなら完全には否とは言えない……。
そう考えて、声もかけられず静観していると……。
翼をはためかせることもなく滞空していたドラゴンは舞台に向け急降下。
慌てて舞台上のルシュに避難しろと声を掛けると、降下していたドラゴンは光輝き……。
トン……と、予想していたよりはるかに軽い音が鳴り、ドラゴン? は舞台中央に降り立った。
なぜ?マークを付けたのかというと……ドラゴンの姿がまるっきり変わっていたから。
黒い光沢をもった巨大な翼、側頭部から後方へ流れるように生えた雄々しい角、腰上から生え地面に着こうかという強靭な尻尾。
ここまでは同じだが……ここからが違う。
明らかに住居と同サイズ、もしくはそれ以上あった体躯はおよそ二メートル前後ほどに縮み、頭部からはどんな光でも飲み込むのではないかと思えるほどの黒く輝く髪が生えている。
そしてその身体は、防具とも衣服ともとれる装束で覆われていた。
うん。
まあ、要するに人型になっていた。
「……ふむ……これでいいじゃろ! さあ、我は地に足を着けた! 来るがよい!」
人の姿となったドラゴンは、降り立った己の姿をくるくる回って確認すると、一つうん、と頷き、仁王立ち。
再び挑戦者を募集する構え? に入る。
さて、どうするか……とりあえず話しかけてみるか?
そう俺が考えていたところ。
「……うん? なんだお主? お主が最初の挑戦者か? ……違う? 最初の挑戦者は……あそこ? あの者と言いたいのか?」
いつの間にか、人型になったドラゴンに近づいていたムイが、クイクイとドラゴンの腕を引っ張り、ジャスチャー。
最初の挑戦者はあそこに居る者だと伝えている。
そのジェスチャーの先に居るのは俺。
…………。
……え? 俺?
「主様! お気が変わりましたらすぐにお戻りください!」
「逃げるのは別に恥じゃないからねー!」
今まで観戦席から見下ろしていた舞台上。
周りから必死の声援を浴びせられながら、俺は今そこに立っている。
あの後。
ムイに指名された後。
周囲には止められたが、その反対を押し切り、俺は最初の挑戦者として名乗りを上げることにした。
理由は……代表として街を守るため。
襲来するだけで混乱を引き起こすようなトンデモ生物の機嫌を損ねて暴れられでもしたら大変だし、怯えながら自分が代わりに、なんて言ってくる住民たちを戦わせることは出来ない。
あとは……舞台上まで来てもやはり創造神器に反応は無く、むしろ、大丈夫だ、とでも形容するべき感覚が伝わってくること。
そしてまぁ、ムイが俺にそんなに危険なことを勧めることは無いだろうと信じたこと。
以上の理由から俺はこの舞台に立った。
「ふむ……? 大したことも無さそうに見えるが……まあよい! 何人であろうとも構わぬ! 挑むがよい――この至高たる黒龍王にな!!」
そんな俺をじろじろと見定めるように眺めまわし、そう言って背後の翼を大きく広げる黒龍王。
正直かなりカッコいい。
にしても……王?
明らかに女性に見えるが……。
まあ別に些末なことか。
「両者とも準備万端といった様子! それでは不肖! 司会のフォイルが開始の合図を務めさせていただきます! それでは……はじめぇっ!」
しれっと宣言役に収まったフォイルが開戦の合図を出す。
その言葉を本当に合図にしたのか何なのか。
黒龍王が仕掛けて来た。
その巨大な胸部をわずかに逸らし。
大きく息を吸い込んだかと思うと……。
思い切り吐いて来た。
火炎を。
「「「(主/代表)様!」」」
初手のドラゴンブレスに悲鳴のような声が上がる。
俺はそれをどこか他人事のように聞きながら、目前の火炎に対し……あまり脅威を感じていなかった。
いや、当たったらヤバいのは分かってる。
間違いなく大やけど不可避だろう。
なのになんというか……まあ大丈夫だろうという楽観? 自信? のようなものが身体を満たしている。
その感覚に導かれるようにして、俺は創造神器をうちわに変形。
ブレスに向かって扇ぐ。
「何ッ……?!」
すると火炎は火の粉一つ周囲に散らすことなく完全に吹き散らされた。
「「「おぉぉぉぉぉーーーーーっ!!?」」」
歓声が上がる。
「ふむ……どうやらお主を舐めておったようじゃな」
そう言うと黒龍王は空いていた距離をさらに開ける。
「この姿でも十分じゃろうと思っておったが……本気でやろうぞ!」
そう言うとその身体は再び光に包まれ……ドラゴンの形態に戻った。
「フフハハハハハハハ! ゆくぞ!」
そう言うと黒龍王はドラゴンの姿で再び大きく息を吸う。
妨害に動いた方がいいか……と、俺は思考するが、その瞬間視界を過るものがあったので下がる。
そんな俺の目の前を猛スピードで通り抜けていったのは黒龍王の尾。
どうやら俺が妨害の為に突っ込んで来たら、あれでホームランにするつもりだったらしい。
そう考えるとほぼ同時。
息を吸い終わった黒龍王がブレスを放ってくる。
先ほどの人型の形態の時よりもさらに強力に見えるブレス。
炸裂したら俺どころかコロシアム……いや街が危ないかもしれない。
それを理解しながらもやはり俺は落ち着いたまま……創造神器が伝えてきた危険という感覚に従いながら再びうちわを振るう。
先ほどの焼きまわし。
強力になっていようと問題なく吹き消した。
だが俺の行動は先ほどまでとは違う。
「ぬっ!?」
ブレスを吹き消したのち、創造神器の形態を斧へ。
黒龍王に向けて思い切り振る。
すると。
ザンッ!!
舞台のほぼ端から端。
斧の刃など当然届かない位置で振ったのに……斬撃が黒龍王に届く。
斬撃は、不吉な予感でも感じ取ったのか、翼で身体を覆い、さらにそこから魔法的な何か……おそらく防御……を張った黒龍王のまさにその翼に命中し、貫通。
翼を半ばから断ち切り、その鱗で覆われた肉体に大きく食い込んだ。
俺はその様を見ながら再び斧を――
「待て! 待つのじゃ! 降参! 降参する!」
振り下ろそうとする前に。
黒龍王は再び光に包まれ人型へ。
そして両手を上げて降参宣言。
……ドラゴンって、降参宣言とかするんだ……。
と、まあそんな感じで。
俺と黒龍王の戦いは決着がつき。
そして。
「第一回レースピア闘技祭! 優勝は!! レースピアの代表キズキ選手ーーーーーーっ!!!」
「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!」」」」」
いや出場すらしてないんだが?




