138.予選第一関門
「鬼ごっこ? なんだそりゃ……?」
見上げている水球が中継している映像の中で、フリストルがそう口に出すのが聞こえる。
まあ困惑して当然だろう、異世界に鬼ごっこなんてないだろうし。
……というかちょっと待て。
映像だけじゃなく音声も中継できるのかこの魔法?
……いや違うな。
よく見たら水球の近くに隧音石が浮いている。
石同士で音のやりとりが出来るトランシーバーみたいな石。
あれを併用することで映像だけじゃなく音声も中継しているのか……。
なるほど、素晴らしい発想だ。
「疑問はごもっとも! 説明いたします!」
そんなことを思っている俺を尻目に、司会のフォイルが大きい声でフリストルだけじゃなく他の者にも聞こえるように鬼ごっこの説明を行う。
そのルールは俺の知っているものとほぼ同じ。
違う点としては予選用の特別ルールで、
・逃げ役に触れた瞬間鬼役の勝ち。次に進める。
・逃げ役は決められた一定範囲の中でしか逃げてはならない。
辺りか?
「……なるほど? つまりは逃げる相手に追いつけって話か。なるほどな」
フリストルはそう言って歯を出して笑う。
「舐められたもんだな! ケンタウロスならこんなもんあまりにも余裕だぜ! まして今の俺なら尚更な! さあ、逃げるのは誰だ? 一瞬で捕まえてやるよ!」
と、耳をぴんと立てそう豪語したフリストルの前に出てきた逃げ役は。
「ウォン。」
うん。
シロ。
シロ自身から自分たちがやる、と表明があったのでお任せした。
「……。」
わぁ。
凄い。
あれだけ凛々しく立ってたフリストルの耳が一瞬でへたれた。
……まあ、気持ちは分かる。
本気で逃げるシロに追いつけとか……可能な住民この街に居ないと思われる。
フリストルも相当に速いが……流石にシロには及ばない。
だがまあ安心して欲しい。
「逃げ役はレースピアの守護狼フェンリル! 普通に挑めば誰一人捕まえられないでしょう! で・す・が! ファンタスティックご安心を! 先にも言った通り、逃げ役の逃げる範囲には限りがありますし……彼らも本気では逃げません!」
そう。
フォイルの言った通り、本気で逃げられればクリアできる住民がおそらくゼロになってしまうので、その辺り手加減してくれるように頼んだ。
……シロとリルはともかく子供たちはちゃんと手加減してくれるだろうか……。
まあ、してくれるだろう。信じよう。
「ホッ……本気では逃げねぇのか……。それ聞かされて安心するのもちょっとダセぇが……今は仕方ねえ。こっちは本気で挑ませてもらうぜ!」
垂れていたフリストルの耳が復活した。
闘志を漲らせ早速シロに向かって行ったな。
そうして俺……というか観客たちの見守る中、狼と人馬による予選最初の鬼ごっこが開始される。
初手はフリストルの突進。
おそらく何も考えずに真正面から突っ込む。
特筆すべきはやはりその速度。
数歩で最高速度に乗り、風のように駆ける。
シロはそれに対して不動。
微動だにすることなくその突進を受け入れ――る、かと思いきや。
タンッ……と、一歩、軽やかにステップ。
その一歩だけで体毛に触れさせることすらなくフリストルの猛突進を回避。
そのままくるりと体を回し、過ぎ去ったフリストルに体を向ける。
おおぉぉぉーーーーっ! と、観客席から歓声が上がる。
「ファンタスティック!! 高速の攻防! フリストル殿のその凄まじい速度の突進も、それを流麗に回避するシロ殿も! どちらもファンタスティック!」
フォイルの実況にも熱が入りだす。
そのまま攻防は続いていくが……うん、流石にシロが優勢だな。
「そうですね、さすがシロ様です」
「ふむ……どう対処しましょうか……」
俺と一緒にルシュはシロの活躍に目を輝かせ、ハイラはこの後自分の番ではどう対処するか思案している。
そんな話もしている内うちに。
「おおっとここで! フリストル殿に離されていた後続も続々到着! 第一の関門鬼ごっこに挑んでいきます!」
フリストルが稼いでいたリードを食いつぶした後続たちが到着。
その中にはアラクネ代表クトネーも居る。
クトネーは体格もあって足は速い方だが、さすがにフリストルと比べると遅いからな。
クトネーは早速フリストルとやり合っているシロの方に……ではなく、スタンバイしていたシロの子供の方に向かう。
シロなら別に予選一組分丸ごと相手するのも簡単だろうが、さすがに一か所に全員集まると鬼役もやりづらいだろう。
なので三、四か所に分かれられるようにしてるんだが、クトネーはまだ誰も挑んでいないシロの子供の一頭を相手に選んだ。
シロよりも子供の方が与しやすいと思ったのか?
でもシロの方が加減は上手いと思うが……。
そう考えながら見守っていると。
「ファンタスティック! 出ました! 第一関門の第一突破者! その名は――アラクネの代表、クトネー殿! 自らの糸を使い……華麗に突破してみせました!!」
第一関門に到着してからそう時間もかけず。
クトネーがフリストルを抜いて第一突破者になった。
「おーっほっほっほっ! 今の私ならこの程度簡単なことですわーっ!」
テンションが上がっているのか、そう叫びながら次の関門に向かって走り出したクトネー。
その姿を見ながら、司会・フォイルに話しかけるフリストル。
「おい! いいのかアレ! 糸使ってたぞ!?」
そう。
クトネーが短時間でシロの子供の一頭を捕まえられた理由は、糸だ。
クトネーはフリストルのように己の足を信じて突っ込むのではなく、ゆっくりと近づいて行った。
俺はそれを見て何故かと思ったが理由はすぐに分かった。
クトネーはゆっくりと動きながら糸を張り巡らせ、シロの子供の逃げる方向を限定していたのだ。
逃げ役は動ける範囲に制限がある、というのを上手く使った方法だな。
結局シロの子供はそのまま追い詰められ、クトネーにタッチされ。
クトネーは第一関門を一抜けした。
「もちろん――ファンタスティックありです!!」
フリストルの疑問にフォイルが答える。
「己が持ちうる力を使って突破するのは何ら問題がありません! なんなら己の交渉力を使って複数人で捕まえるのもアリです!」
まあ、協力も確かにアリではある。
でも最終的に個人戦になるんだし、そこまでして予選抜ける意味は……。
いや、予選抜けること自体が栄誉って考えもあるか?
前世でも全国大会に出場できるだけで嬉しい、とか箔が付く、とかそういうのあったしな。
「そうですね。予選を抜けられれば間違いなく代表様のお目に留まるでしょうし。協力も有用な戦術になるでしょう」
「私たちはあくまで個人で挑むつもりですが」
共に見ている二人もそう言う。
そしてフリストルも……。
「……なるほどな。けど俺は一人でやらせてもらうぜ! そっちの方がスカッとするしな! 糸だろーとなんだろーとアリだって言うんなら、それらをぶち抜くぐらい速く走りゃあいいだけだ! 行くぜぇーーっ!!」
フリストルも同じ意見みたいだ。
思い切り気合を入れながら一人でシロに突っ込んでいった。
周りもその心意気を汲んだのか?
シロのところではなく子供たちの方へ挑みに行く。
いやぁ……凄い見ごたえあるな。
これまだ第一関門なのに。
この先もまだまだ関門はあるし、これはまだ本戦ですらない予選なんだが……それでも楽しいし、観客席も大いに盛り上がっている。
危険性とかいろいろ憂いもあったがこれを見る限り開いてよかったって思うな。
……いやいやこういうのは終わってから考えよう。
みんな必死に頑張ってるんだしな。
そう思いながら俺は中継映像に意識を戻す。
……にしても……シロ、まだ捕まってないんだが……。
これ、子供よりシロの方が手加減できてないんじゃないか?




