106.大漁とコンブ
「「「全てトゥーナさんのおかげです」」」
「えへへぇ……」
俺が完成した塩田に海水を撒いている最中に帰ってきた漁に出た者たち。
その者たちに帰還が早かった理由を聞くと、皆が口々にそう言った。
なるほどな……。
俺は帰ってきた船を見回しながらそう納得する。
そこには大量の魚が入った水槽があったからだ。
俺の視線の先で大量の魚がぴちぴちと跳ねている。
かなりの量で水槽に入り切っていない。
もしかしたら、途中で何かトラブルがあって戻ってきたのかとも思ったのだが、これを見る限りそんなことは無いようだ。
完全に大漁。
これはトゥーナのおかげとのことだったが……?
「はい、その通りです」
船に乗っていた者たちが水槽ごと魚を倉庫に搬入している様子を見ながら、トゥーナの活躍を聞かせてもらう。
「先ほども言いましたが、トゥーナさんはとても素晴らしい活躍でした」
そう話してくれるのは、一緒に漁に行っていたルシュ。
ルシュの話によると。
沖に出た後、船団はそれぞれ網を投下。
前回同様、魚がかかるのを待った。
そこで宣言通りトゥーナが活躍。
海中を自在に泳ぎ回り、魚を追い立て網の中へ。
網を下ろしてから、ほぼ時間が経つことなく網の中には大量の魚が収められ、下ろしたと思ったらすぐに網を上げることになったらしい。
それが何回も続き、あっという間に船の水槽が満杯になったと。
はぁ……凄いな……。
漁が効率的になるとは思ったが、そこまで効率的になるとは。
いやまあ、そりゃ意志を持って魚を網に追い込んでくれる海中存在が居たらそうもなるか。
それで、船の水槽がいっぱいになったからすぐに帰ってきた、と。
「はい。その通りです。……今回は五隻で海に出ましたが、たった一人でこれほどの速度で船を満杯に出来るとは思いませんでした。これほどの速度なら十隻……いえ数十隻あっても問題なく漁の効率化を行えるかもしれません」
それほどか。
人魚族っていうのは凄いんだな……。
「ふえぇ……十隻ならまだしも数十隻はぁ……」
と、船の近くで報告を受けていた俺に、海の中からのそのそと這い出して来たトゥーナがそう声を掛けてくる。
流石に小型の船とはいえ数十隻分の漁の追い込みはきついみたいだ。
……それにしてもそうやって腕の力で這い出してきてるとまるでアザラシみたいだな。
口には出さずにそう思う。
そして。
お疲れ様トゥーナ。
手伝ってくれてとてもありがたかった。
と、そう口に出す。
「えへへぇ……それほどでもぉ~……」
トゥーナは顔に両手を当て大分照れている。
にしても、早く帰ってきてくれたのは嬉しいが、魚だけで水槽が満杯になったんなら甲殻類とか海藻とかはお預けか……まあしょうがない、それは次の機会に――
「えぇ? もちろん獲ってきましたよぉ……?」
俺の残念がる声に即座にそう返してくるトゥーナ。
……え? 獲ってきたのか? でも……どこに?
「あそこにありますぅ」
そう言ってトゥーナが指さしたのは……海。
俺とルシュがそろってはてなを浮かべていると、トゥーナはいったん海中に戻り、そしてそれを持ってまた陸上にのそのそと這い上がってきた。
「これですぅ」
その手の中にあったのは……海藻。
恐らくはコンブか?
疑問形になった理由は……俺の知るそれよりもかなり大きいからだ。
その大きさはトゥーナが両手で抱えて持っているほど。
完全に広げたら二メートルくらいあるんじゃないか? これ?
え……えぇと……コンブは……これ一枚だけか?
その大きさに軽く動揺しつつも俺はトゥーナにそう聞く。
「ここではこれのことコンブって呼ぶんですねぇ。いえぇ、海の中にもっとありますぅ」
もっと!?
俺は驚いて海中を覗き込むが何も見えない。
いや心なしか、黒い影が見えるような気もする。
もっとあるって……どうやって持ち帰ってきたんだ?
船には乗せてないんだろ?
「はい、船に乗せたのは魚だけです」
一緒に漁に行ったルシュもどうやったのか、と、目をぱちくりしている。
「皆さんと一緒に行く前に網だけもらったんですぅ。それでコンブ……は、そちらに入れて帰って来ましたぁ。貝とかはごめんなさいぃ、今日のところは見つからなかったのでぇ」
しゅんとしながらもそう言ってくるが……十分だ。
「網にコンブを入れて持って帰って来たって……私たちと一緒に帰ってきていましたよね? 時折海から顔を出されていましたし……」
「? はいぃ」
「私たちもそれなりの速度を出していたはずなのですが、荷物を抱えてついてこれたのですか?」
「はいぃ、それはもちろん。あの程度なら荷物抱えてあくびしながらでも着いていけますのでぇ」
そう豪語するトゥーナ。
いや、豪語って言うより当然のことを口にしているって感じだ。
ルシュも驚いたようで目をぱちくりしてるな。
どうやら海中では人魚族というのは相当な速度で動けるようだ。
さて、それじゃあ早速だが……そのコンブ貰ってもいいか?
「それはもちろん……あ、ただぁ……」
ん? なんだ?
「二十枚ほど獲ってきたんですけどぉ……半分の十枚ほど貰っていいですかぁ?」
二十枚か……結構獲ってきたんだな。
まあ構わない。
というかこっちが分けてもらう立場だしな。
でも……何に使うんだ? 食べるのか?
「もしかして一人で十枚食べようとしてるって思われてるんですかぁ~? 心外ですよぉ…」
あ。ああ、そうか。
失礼だったな、悪かった。
「まあ食べようと思えば食べられますけどぉ…」
食べられるんかい。
「これは食用じゃなく寝室用ですぅ」
寝室用?
「はいぃ。人魚は海中にあるいろんなものを使ってベッドを作るんですぅ。その一つが海藻ベッドでぇ、とってもぶよぶよで寝心地良いんですよぉ……!」
目をキラキラとさせながらそう語るトゥーナ。
いやまあそりゃあ基本海中の種族なんだから文化の違いも大きいだろうが。
海藻でベッドか……俺からは出ない発想だな。
めちゃくちゃぬめぬめして磯臭そう。
海の男とかなら「逆にそれが良い!」なんて言ったりするのだろうか?
だがまあ俺は海の男ではないので。
まあそういうことなら全然かまわない、むしろ半分譲ってくれてありがとう。
……にしても十枚も持って行くってことはそんなに予備がいる……すぐダメになるのか?
まあ生モノ? だから当然か……。
「いえぇ、それなりに長持ちしますよぉ。ちゃんと育てますしぃ」
育てる? コンブを?
「はいぃ、私たちなら簡単にできますよぉ」
……それはつまり……コンブを養殖できるってことか?
というかそうだな、人魚族が居ればほかの魚や甲殻類も養殖できるんじゃ……?!
……いや、これは今は置いておこう。
今はトゥーナ一人しかいないしな。
じゃあ……何で十枚も?
俺は心中に湧き出た魚の養殖に対しての情熱を何とかギリギリのところで抑え込みながらトゥーナにそう聞く。
「もちろん全部ベッドにする為ですけどぉ……」
全部? ベッドに? 一つ二メートルくらいあるコンブを十個?
「はいぃ!」
とても曇りなき眼で断言された。
いや、うん。
人魚族の文化としては当然のことなのかもしれない。
何か言うのはやめておこう。
まあ、そんな感じでトゥーナをレースピアの港に迎え入れた。
海藻や魚介類の養殖、まだ見ぬ魚たちの捕獲など、人魚族が加わったことでやりたくなったことは多々あるが、今はトゥーナ一人しかいない。
しばらくの間は忘れてよう。
まあトゥーナによれば人魚族もこっちに来るかもしれないって話だったしな。
「まあ……来る可能性も……無きにしにあらずですぅ……」
……なんかこんな感じでそのことに対しては終始歯切れが悪かったが。
まあ、新たな住人が増えるその時を楽しみにしていよう!




