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5 〜 取引 〜

エルフたちの集落へと無事戻ってきた奏とそれを出迎えるアリシア。

救出したエルフたちを懸命に治療する中、集落には予期せぬ来訪が・・・


「奏!」

 集落に戻った奏を、アリシアが出迎えた。

 こちらの姿を見つけるなり、勢いよく飛び付いてくる。

「ケガはしていませんか? まったく、本当にあなたは無茶をして――」

 小言を言いながら、アリシアは奏の全身をくまなく確認していく。

「まぁ、大丈夫だって。そんな無茶はしてねぇよ」

 全くの無傷とは言わないものの、動くのに支障が出るような傷はない。

 手持ちの医療キットで十分に対処できるレベルだ。

「それより、そっちはどうだったんだ?」

 気になるのは救出した三十五名のエルフたちのこと。

 繭から少し中を覗いた程度ではあるが、かなり衰弱していたのは奏から見ても明らかだった。

「まだ油断はできませんが、ひとまず山は越えました。しっかり療養させれば、元通り生活できるはずです」

「そっか、それは良かった」

 吉報に頬が緩む。

 それこそ、殿を務めた甲斐があったというものだ。

「少し疲れたか?」

 奏から見た普段の彼女は表面上、少し淡白な印象がある。

 それは長い時を独りで過ごしてきたことにより、感情が磨耗しているから。

 もちろん、素の彼女は冗談だって言うし、笑ったりと感情を表に出すことはあるが、基本的に喜怒哀楽の色が薄い。

 そんな彼女の感情がいつもより、もう一段階薄い感じがしたのだ。

「そう、ですね……多分、そうだと思います」

 言われて初めて自分の症状を把握したのか、アリシアは奏に少しばかり身を預ける。

「そうですね。魔力の方は問題ないんです。ただ、少しばかり多くの人と相対したことと、命の灯火に手を伸ばしたことに、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、疲れたかもしれません……」

 命が失われるということに対して、彼女は少し過敏だ。

 それは過去、彼女の目の前で無数の命が失われ、また彼女自身、自らの手によって多くの命を奪ってきたことへの自責の念から。

 例え、それらの全てが彼女のせいではなかったとしても。

 おそらく、彼女の魔術であれば、三十五人のエルフたちを救うこと自体はそれほど難しくなかったはずだ。

 それでも、そこに絶対はない。

 もしかしたら、助けた時点で既に誰かが事切れていたかもしれない。

 また、アリシアの指導の下、治療を行っていたエルフたちの誰かがミスしていたかもしれない。

 そのどれが起こったとしても、アリシアはきっと自分を責めるだろう。

 彼女が自覚している以上に、そのトラウマは重い。

「そっか――」

「はい……」

 二人して、大木の麓に腰を下ろす。

 目の前では変わらず慌ただしい光景が広がっている。

 とはいえ、そこに奏とアリシアの席は必要ないだろう。

「よく頑張ったな――」

 自然と二人の顔が寄り添う。

「はい。頑張りました……」

 やがて、隣から静かな寝息。

 その時間はほんの僅かだろう。

 しかし、とても幸せな時間なのは間違いなかった。


 眠っていたのは十分ほどだっただろうか。

 チクリと肌を刺すような感覚で奏は目を覚ます。

「アリシア――」

「……はい」

 隣で眠っていた彼女の声はまだ少し微睡の中にあった。

 それでも、覚醒と同時に彼女は繰る。

「――います。上です」

 探知魔術の反応は上空から。

 それが、落ちてくる。

 場所は集落の中央。

 まだ、エルフたちが慌ただしく走り回る真っ只中にソレは落とされた。

 まるで樹海を飛び回る鳥が、啄んだ果実の種子を落としたかのように。

 一つの目玉が、落ちた。

「離れろッ!」

 気付いたのは僅かに二人――奏とアリシアのみ。

 彼の叫び声に反応はすれど、誰も警戒はできていない。

「っ――」

 間に合わない、そう思った瞬間、隣から力ある言葉が紡がれた。

「ストーンウォール――」

 魔力が迸り、大地が応える。

 大地が隆起し、幾つもの大岩が彼等の間に壁となって阻んだ。

 突如として生み出された無数の蔓の波を。

「ふぅ……」

「流石だな、アリシア」

「危ないところでした」

 もし、奏の声がなければ、彼女の魔術は一拍遅れていただろう。

 そうなれば、きっと間に合っていなかった。


 ギギ、ギギギ――


 そして、その鳴き声を、奏は知っている。

 追ってきたのかとも思ったが、そもそもソレはこの場所を既に餌場として認識していた。

「キャァアアアアア――ッ!」

「な、なんだ、あれはっ!」

 エルフたちの絶叫が広場に響き渡る。

 冷静に対峙できているのは二人以外には少数。

 騒ぎを聞きつけて、すぐにベルガモットやアスメリアも広場に姿を現した。

「魔女様、あれは一体……」

 奏には見覚えのある姿形ではあるが、彼等はあの目玉について何も知らないようだ。

「奏、あれが言っていた?」

「あぁ、霊樹で見た魔物だ。多分、本体じゃないだろうけどな」

 霊樹のエリアで見たことは、既にアリシアには共有済みだ。

「どうだ、なんか分かるか?」

「残念ながら。私も初めて見ます」

 彼女の知識を持ってしても、その正体は見通せないらしい。

「ある程度知ってはいますけど、専門ではありませんので」

 そのある程度が、十分プロフェッショナルレベルであるのはここまでの短い旅路で理解している。

 つまり、それくらい得体の知れないヤバイ存在だということだ。

 少なくとも、エルフたちの様子から、ソレがこのような手段で現れたことはなかったはずだ。

 ソレは今、こちらの――エルフたちの様子を観察しているようだった。

 どころか、怯える様を見て、どこか愉悦すら噛み締めている様さえある。


 ギギギギ――


 口を開いたのはソレの方だった。

「ワレハ、オウデアル――」

 先刻と比べれば随分と圧の籠った言葉だった。

「キサマラ、ワレノエサ、ウバッタ。エサ、カエス――」

「ふざけたことを……」

 怒りに震えるアスメリア。

「オマエ、マリョクオオイ。エサナル」

「ほざけッ!」

 即座に抜剣。

 精霊剣も同時に顕現させ、ソレに向かって斬りかかっていた。

 早くはある、しかし、その間が悪い。

 ただ、馬鹿正直に真正面から斬りかかっただけ。

 ガッ――

 彼女の剣は絡み付いた蔓の剣によって簡単に受け止められていた。

「なっ――」

 彼女自身、まさか数本の蔓すら断ち切れないとは思ってもいなかったのだろう。

 想定外の事象は、完全に彼女の意識に空白を生む。

 その隙間に無数の蔓は容赦なく潜り込んだ。

 アスメリアだけではなく、精霊剣にまで絡みつき、完全に彼女たちの動きを封じた。

「ぐっ――」

 蔓がギリギリと彼女を締め上げる。

 その力は強く、彼女の手は簡単に剣を取り落としてしまう。

「おい、アリシア。あれはちょっとマズイんじゃないか?」

 加えて、蔓に絡み付かれた精霊剣が明滅している。

 そして、徐々にその色彩が薄れていく。

「喰われてますね……」

 魔力を。

 精霊に絡み付いた蔓は、剣から魔力を喰っているのだ。

 そもそも、蔓の繭から救出したエルフたちも魔力が枯渇しているような状態だった。

 蔓自体に魔力を吸収するという能力がないわけがない。

「冷静に観察してる場合じゃねぇだろ」

 言葉を待たずに、奏は姫守を抜き放っていた。

「ちょっと邪魔するぜ――」

 その気配を誰にも悟らせずに、奏は短剣を振り抜いた。

 一閃、たったそれだけで、アスメリアを拘束していた蔓は薙ぎ払われる。

 解放された彼女の首根っこを引っ掴んで、奏は直ぐにアリシアの隣まで下がる。

「まったく、世話が焼ける」

「ガハッ! ゴホッ、ゴホ――ッ!」

 がんじがらめから解放されたアスメリアは必死に酸素を体に取り込む。

「どうだアリシア?」

「はい、やはり魔力を喰われてますね。それもあの短時間でかなりの量を」

「ア、アスメリアちゃん――」

 カルデナが駆け寄り、体に力が入らないアスメリアを抱き起こす。

「かなり魔力を持っていかれていますけど、大丈夫ですよ。少し休めば十分回復できるでしょう」

「そ、そうですか」

 アリシアの診断にカルデナはホッとした表情を見せる。

「オマエ、マタ、ジャマシタ」

「よう。さっきぶりだな」

 ギギッ! ギギギギギギ――ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ――――ッ!

 奏の姿を認識したソレが、金切り声を上げる。

 ガラスを無理やり金物で引っ掻いたような鳴き声に、奏以外の全員が思わず耳を塞ぐ。

「五月蝿ぇ!」

 そんな中、奏はソレに向かって思い切り蹴りを喰らわせる。

 頑丈な体はびくともしないが、ソレを黙らせるのには十分だった。

「ったく、人様の家に来てまで騒ぐんじゃねえよ」

「オマエ、ジャマ」

「奇遇だな。オレもそう思ってるよ」

 自分勝手な物言いをするソレとは、残念ながら気が合いそうにない。

 トレントの体の中央で、目玉がギョロギョロと回る。

 その動きは忙しなく、それでいて明確に獲物たちに狙いを定めていく。

 やがて、その中で向かう視線が止まる。

 その先にあったのはいずれのエルフでもなく、魔女――アリシア・エイトテイル。

「オマエ、ナンダ」

「ここのエルフたちと既知の間柄のただの魔術師ですよ」

「ワレ、オマエ、シッテル」

 ソレの言葉に、アリシアは少し怪訝な顔をする。

「キメタ。オマエ、エサナル」

「は――?」

 その言葉は流石に想定外だった。

「エルフ、マリョクオオイ。ウマイ。デモ、オマエ、モットウマイ」

 やはりこの魔物は魔力を糧に成長している。

 更に、そこに未知の経験が加わったことで学習速度は大幅に加速していた。

 これまでエルフだけを糧にしてきたソレにとって、先刻の奏との戦闘は大きな未知の経験となってしまった。

 情報収集のためとはいえ、悪手だったかと反省する。

「コレ、トリヒキ。オマエ、エサナル。ワレ、エルフクワナイ」

「っ…………」

 その場に居合わせたエルフたちの多くが息を呑んだのを奏は見逃さなかった。

 そして、それは魔物の方も同じだった。

 ニィッ――、と目玉が笑ったような気がした。

「イチニチ、マツ。オマエ、モリクル。キタラ、エルフクウ、ヤメル」

「もし、私が行かなかったら――?」

 アリシアの問いかけに対する回答は予想通りだった。

「ワレ、クウ。ゼンブ――」

 ソレが歪んだように笑った。

 その背後に、誰にも気づかれることなく、忍霧 奏の姿があった。

「お前、ちょっともう黙ってろ――」

 その声は静かで、冷たく。

 無慈悲に短刀を振るった。

 たった一閃で、目玉が埋まっていたトレントが両断される。


 ギギ、ギギギ――


 そんな様を嘲笑うような慟哭が集落に響いた。

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