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6 〜 進化 〜

突如としてエルフたちの集落を訪れたトレント。

トレントはエルフたちを捕食するのを止める代わりに、アリシアを差し出せと要求した。

その要求に対して、エルフたちは緊急会議を行うのだが・・・


 再びの脅威が去り、集落には安寧の時間が訪れた。

 とは、いかなかった。

 脅威は消えるどころか、むしろ助長されたと言える。

 傾けられる天秤は二つ。

 一方はエルフを、そしてもう一方は魔女――アリシア・エイトテイルを贄とするモノ。

 どちらも選択肢としては最悪だった。

 ベルガモットをはじめとした集落の筆頭メンバーは、直ぐに会議を始めた。

 そこに奏とアリシアの姿は、当然ない。

「どう思う?」

「まぁ、本人を前にして、生贄にするかどうかなんて、流石に話し辛いでしょう?」

 そもそも話し合っている時点でかなりどうかと思うが、そこは触れないでおく。

 それよりも、聞いておきたいことがあった。

「アレについて心当たりは?」

「現状ではないとは言えませんが、あるとも言えないといったレベルですね」

 得られた答えは少し心許ない。

「アレ自体を知らないというのは確実です。ただし、アレの中に混じる魔力に、少し心当たりがあります。というか場所的なことも考えると、それ以外に考えられないかなと」

「そういえば、そんなことも言ってたな」

 そもそもこの集落に来たのは、彼女がエルフたちに預けていたモノを返して貰う為だった。

「その預けていたモノってのは何なんだ?」

「杖、です――」

 実にシンプルな回答だ。

「奏にはあまり馴染みはないかもしれませんが、魔術師にとって杖とは一心同体と言っても差し支えないくらい大事なモノなんです」

 魔術師と一括りにしてはいるものの、実にその枝葉は無数に分かれている。

 様々な属性に特化した者。

 または分野に特化した者。

 魔術師の数だけ、個性がある。

 それは同時に、それだけ適した杖が異なるということでもある。

 もしろん、汎用性に富んだモノもある。

 しかし、それではその魔術師の本来の実力は発揮できない。

 高位の魔術師ほど、その特性にあった専用の魔法杖を持つ。

 魔女と呼ばれるレベルともなれば、その一本は更に格別だ。

 得意とする分野の魔術を効率良く使うための魔力変換や、使う頻度の多い魔術の効果をより高める等、その恩恵は高い。

 アリシアが得意とするのは治癒をはじめとした補助系統の魔術。

 彼女の杖にはそれらの効能、魔力効率を大きく高める効果がある。

 魔術を無効化してしまう奏というパートナーがいる彼女にとって、杖という装備は何よりも優先して取り戻しておきたいモノだった。

「そして、おそらく――」

 推測される状況は想定外にして最悪だった。

「アレは私の杖に何らかの魔物が寄生して生まれたモノだと思われます」

 それはほぼ確信に近い推測。

 きっかけはアレが獲物を見定めた時。

 他でもないアリシアをターゲットとしたことだ。

 アレは言った。

 アリシアを知っていると。

 もちろん、彼女はアレを知らない。

 けれども、その中に潜んでいた杖の気配を、彼女は覚えている。

 つまり、アレの核となっているのは十中八九、彼女の杖。

 その真名は――

「トリスメギオン。それが私が杖に冠した名です」

 長年連れ添った感覚が、そうだと告げていた。

「さしずめ、トリスメギオン・トレントとでも仮称しておきましょうか。やり辛くてしょうがありませんし」

「まぁ、そうだな。名前はないよりあった方が分かりやすい」

 とはいえ、これで目的は一つに絞られたと言って良い。

 アリシアの目的だった杖――トリスメギオンは、未解明の魔物――トリスメギオン・トレントを倒さなければ手に入らない。

 同時に、課題も浮き彫りになる。

「兎にも角にも、現状オレたちには火力が足りない。それも圧倒的にだ」

 トリスメギオン・トレントの何よりも厄介なところは、まさしくその再生力と無尽蔵な兵力だ。

 襲いかかってくる蔓は何度切っても再生してくるだけではなく、捕まったら最後、魔力を吸われてしまうというまさに魔術師の天敵のような存在だ。更に、トレントの持つ寄生スキルから、樹海に巣食う魔物や魔獣、獣たちを取り込み、自在に操れる軍勢を形成している。

 トリスメギオン・トレントを討伐するには、同時にアレが支配下に置いた魔物の軍団も相手にしなければならない。

 そして、それを相手にするにはエルフたちは極めて相性が悪い。

「考えれば考えるほど、マイナスな情報しか出てこないな……」

「そうですね……」

 ここは富士樹海、霊樹のある聖域。

 その自然は国際的に保護されている。

 それにより、炎系統の魔術の大々的な使用は禁止されているのだ。

 そうなると、地道に包囲網を敷き、着実に数を減らしていくしかないのだが、そうするには人手も火力も足りない。

 間違いなく、向こうが戦力を増やすスピードの方が早いのだ。

 そして、戦闘になれば、どうしても被害がゼロというわけにはいかない。

 エルフたちに犠牲が出るということは、その数に比例してトレント側の戦力の増強スピードが加速することにもなる。

 こちらの最大の戦力が使えないどころか、マイナスになりかねない。

 もちろん、魔女であるアリシアは防衛専門。

 エルフたちを守ることはできても、攻撃魔術を魔物に対して行使することはできない。

「いっそのこと逃げちまうか」

 アリシアには杖のことを、エルフたちにもこの樹海での暮らしを諦めて貰う。

 全員で逃げてしまうのが一番の安全策だろう。

「奏……」

「ぐっ……」

 奏の言いたいことを彼女は分かっている。

 それでも、彼女は誰かを見捨てることはできない。

 別に聖人君子であろうと思っているわけではない。

 彼女の知らないところでも人は死ぬ。

 しかし、今目の前で失われるかもしれない命を彼女は見捨てることができないだけ。

 その何とも悲しく、厄介な業を奏は否定できない。

「…………」

 無言で奏に向けられる彼女の眼差しはそれを全て分かった上での懇願だ。

「分かった、分かったよ」

 そして、恋人からそんな目を向けられて折れないわけにはいかないのである。

「でも、実際どうすんだ? 現状、オレたちに打てる手はないぞ?」

「それなんですが――」


 一刻後、アリシアの姿はベルガモットの家にあった。

 その隣にパートナーである奏の姿はない。

 彼等にそのように請われたのもあるが、何よりもアリシアが奏の同行を拒んだのだ。

「魔女様、お待たせしてしまい大変申し訳ありません」

「構いませんよ、私も少し考える時間が欲しかったので」

 それは嘘ではない。

 実際に、奏と話し合う時間は欲しかった。

 彼はああ見えて頑固だから、説得するための時間が必要だった。

「それで、決まりましたか?」

 つい先刻まで、ベルガモット宅では重鎮たちによる緊急会議が行われていた。

 題目は一つ、アリシアが名付けたトリスメギオン・トレントについて。

 選択肢は二つ。

 トレントの出してきた要望を飲むか、飲まないか。

 飲まない場合は問答無用で魔物の大群との全面戦争になるだろう。

 そして、飲んだ場合、エルフたちが失うのは恩人である魔女――アリシア・エイトテイルの存在。

 富士樹海に暮らすエルフたちにとって、アリシアは大恩人だ。

 彼女の尽力がなければ、彼等がこの地に安住することはできなかった。

 加えて、先の魔物たちの襲撃や攫われたエルフ三十五名の救出においても、誰一人として死者が出なかったのは彼女の魔術があったからこそ。

 それでも、彼等は選んだ。

「大変申し訳ありません……」

 ベルガモットをはじめ、カルデナも、その場に居合わせたエルフたち全員が平伏していた。

「しかし、我々にはこの選択しか――」

 もし、同族を贄に差し出すという選択肢があれば、この場にいる老齢のエルフたちは迷うことなく自らを差し出していただろう。

 だが、今回テーブルに上げられたのはアリシアだけだった。

 エルフは誇り高い種族だ。

 それこそ全面戦争となったとしても、彼等は勇猛果敢に魔物の軍勢に挑むだろう。

 しかし、今回はあまりにも相手が悪過ぎた。

 相性は最悪。

 全面戦争ともなれば、どれほどの被害が出るのかは考えたくもない。

 最悪、全滅してもおかしくはない。

 それほどまでに、トリスメギオン・トレントの従える軍勢は圧倒的だった。

「必要であれば、私の首を持っていって頂いても構いません。それでも、どうか…… 何卒、若人たちの命をお救いくださいませ、魔女様!」

 選択は、最悪だった。

 それでも、一縷の望みに縋るしかなかった。

「ベルガモット、カルデナも、顔を上げてください」

 そして、そんな彼等にアリシアが掛ける声は優しかった。

 彼等がどれほど心を痛めて出した結論か、彼女はきちんと分かっている。

 そんな彼等だからこそ、アリシア・エイトテイルは見捨てることができない。

 生きることを選択した彼等を、自分には責める資格はないから。

 こんなこと、きっとあなたに聞かれたら怒られてしまうのでしょうね――

 そう思いながら、アリシアはベルガモットの肩にそっと手を添えたのだった。


 その頃、奏はアスメリアに連れられて集落の中央から少し外れた家屋へと案内されていた。

「ここを使ってくれ」

 少し古びてはいるが、しっかりした作りの家屋だった。

「古くはあるが、頑丈な作りになっている。商人が来た時などに使う離れだ。きちんと手入れはしているから、安心して欲しい」

「そうか。助かるよ」

「いや……」

 アスメリアの歯切れは悪い。

 家の中に入ってみると、天然の洞をベースにしているおかげで確かに頑丈そうだった。

「少し暗いな」

「あぁ、待っていろ。窓を開ける」

 そう言って彼女が開けた窓は小さい。

 頭がようやく通るかどうかといったサイズ。

 しかし、部屋の中を見通すには十分な光量。

 こじんまりとした部屋ではあるが、仕切りが少ないため、それほど狭さは感じない。

 少し休むのに不便を感じることはない。

 軟禁場所としては、高待遇と見るべきだろう。

「それで、オレはどれくらいここにいれば良いんだ?」

 入ってきたドアの向こうには、既に身構えている気配が二つ。

「それ、は……」

「あぁ、気にすんなよ。こうなるのは分かってたんだ」

 こうなることは想定済み。

 アリシアとの打ち合わせ通りだ。

「できれば、そうならない方が良かったけどな……」

 話をした中で選ぶことのできるプランは幾つかあった。

 その中でアリシアが選んだプランはもちろん、ベストなモノだった。

 そこに対して奏も異論はない。

 そして、今できることは休むこと。

 先刻の戦いで、少なからず体には疲労が蓄積している。

 加えて、無傷でもない。

 その時に備えて少しでも体力を回復させなければならなかった。

 睡眠は冒険者にとって必須なスキルだと奏は考えていた。

 状況によって、好きなだけ睡眠が取れるわけではない都合、限られた時間に高品質な睡眠を摂取するというのは、言葉では簡単に綴ることはできても、実践するのは想像以上に難しい。

 もちろん、多少の無理は効く。

 しかし、高いパフォーマンスを発揮するためには、どんな状況でも万全の体勢を整えるスキルが必要不可欠だ。

 それを奏は実家の山でのサバイバル生活で身に付けた。

 森の中で野営することに比べれば、ちゃんとした寝具があるだけで幸せだ。

「とにかく、オレは休ませて貰う。姫守が必要なら持って行け、でも大事な業物だから、大事に扱ってくれよ?」

 それだけを告げて、奏は姫守を備え付けのデスクに置いて、簡素なベッドに体を投げ出す。

 その数秒後には、彼の胸元は規則正しい上下運動を初めていた。

「…………」

 その様に驚きをはじめ、幾つもの感情が彼女の体を駆け巡る。

「……なんで、お前はそう冷静でいられるんだ――」

 悔しさを噛み締めながら、アスメリアは小屋から逃げるように出ていった。

 奏の愛刀である姫守はデスクに置かれたままだった。


 夜の帳が下りる。

 明かりは夜空に浮かぶ欠けた月が一つ。

 街中であれば、きっとここまで闇を意識することはなかっただろう。

 すっかり世捨て人になったつもりだったが、その感性はまだまだ文明に支配されたままらしい。

 たった一人でこれほど大きな大自然に囲まれたのはいつぶりだろう。

 森はまだ、静かだった。

 月光の下で、アリシア・エイトテイルは独り、その場所に立つ。

 その壮大さは今にも天に届きそうだった。

 毒されてなお、その大樹は神々しさをアリシアに感じさせていた。

 この場所を守護するエルフたちをはじめ、この国に住む人々はこの偉大なる大樹を敬意を込めて崇める。

 富士樹海の霊樹、と――

 そして、その麓に僅かに空いた洞に、彼女は長年の旅路を共にした杖を封印した。

 それは彼女にとって、一つのけじめであり、訣別だった。

「……久しぶりですね、トリスメギオン」

 そんな杖の名を彼女は呼んだ。

 その言葉に惹かれたのか、それとも彼女の魔力を感知したのか、洞を塞いでいた蔓が裂け、巨大な目玉がアリシアを覗いた。

 それは確かに、奏に聞いていた通り、集落で見たソレよりも大きく、凶々しかった。

 ニィ――と、目玉が笑うように歪む。

「オマエ、キタ」

「えぇ」

 その様はまさにご馳走を目の前にした子供のよう。

 今すぐにでもアリシアを喰らい尽くそうと、既に数本の蔓が彼女の体に絡みついている。

「オマエ、ワレノエサ――」

「一応、そうなりますね」


 ギギ、ギギギ――


 トリスメギオン・トレントが嘲笑う。

「何がおかしいのですか?」

 その視線にアリシアは真正面から対峙する。

 もし、エルフたちが悪意を持ってアリシアを差し出そうとしたなら、きっと奏は問答無用で彼女を連れて樹海を離脱していただろう。

 アリシアがここにいるのはエルフたちの誠意を、奏も理解したからこその結果だ。

 それを嘲笑うこの魔物に、アリシアは静かに怒りを覚えていた。

「エルフ、バカ! オマエ、エサスレバ、タスカル、オモッテル」

「…………」


 ギギ、ギギギギ――


「ワレ、オマエクウ。ツギ、エルフクウ! ゼンブ、ワレノエサ!」

「そうですか……」

 提示されていた約束が守られるとは、最初から思っていない。

 おそらく、ベルガモットをはじめとした集落の面々も、誰一人としてそんな結果が訪れるとは思っていないはずだ。

 程の良いその場しのぎ。

「……そうなれば良いですね」

 蔓が、アリシアの全身を覆い尽くす。

 こちらを侮蔑した巨大な目玉の視線を、アリシアは冷ややかに見つめ返していた。


 ソレは自らの名を知らない。

 ソレは自らの出自を知らない。

 だが、取り込んだエサが極上であることは直ぐに理解できた。

 それは本能が求めていたモノであった。

 自らの根幹にあるモノが、特別であることは最初から知っていた。

 おかげで、ソレは想定よりも遥かに貪欲で、強力な個体として誕生した。

 はじめは近場を散策していた魔獣を、次に魔物を。

 何度も捕食を繰り返して、ソレは自由を手に入れた。

 まず取り組んだことは更なる栄養価の高いエサを手に入れることだった。

 野生の獣や魔獣、魔物では圧倒的に魔力が足りなかった。

 魔力は、ソレにとって最上級のエサだった。

 故に、更に効率良く魔力を摂取できるエサを求めるのは当然だった。

 結果、行き着いたのはエルフだった。

 エルフは体内に多くの魔力を内包する、まさに理想的なエサだった。

 魔物が産まれ、成長するためには魔素が必要となる。

 そして、その魔素を生成するためには魔物が魔力を取り込まなければならない。

 幸いにも霊樹の聳え立つその場所には、定期的にエルフが訪れる。

 狙いをそこに定め、辛抱強く待った。

 エサが一人で訪れるのを。

 待望の瞬間を、ソレは今でも覚えている。

 身体中に染み渡る甘露の味。

 体内に満ちていく魔素の感覚。

 何度も狩りを繰り返し、ソレは無数のトレントを生み出せるようになり、本格的な狩猟体制が整った。

 もちろん、失敗もあった。

 しかし、それらを積み重ねて、ソレは着実に成長を遂げた。


 ギギ、ギギギギ――ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ――――ッ!


 そして、今、ソレは大きな成長を遂げた。

 それは進化だ。

「我ガ王デアル!」

 ソレは今だからこそ理解する。

 自らの呼称がトリスメギオン・トレントであったことを。

 しかし、今、その名は自らに相応しくない。

 それは既に過去の名だ。

 今はもっと、自分に相応しい名があることをソレは知っている。

「我ガ名ハ、メイギス・トレント! コノ森ヲ支配スル者デアル!」

 霊樹の聖域が呪海へと染まっていく。

「我ガ僕ヨ! 狩リノ時間デアル!」

 開戦の雄叫びが樹海へと鳴り響く。

「狩レ! コノ樹海ニイル全テノエルフ共ヲ! 我ニ献上セヨ!」

 王の呼び命に応じて、無数の魔物が進軍を開始する。

 歩みを進める度に、その数は増加していく。

 絶望が、エルフたちを目指して歩いていく――

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