4 〜 救出作戦 〜 前編
エルフの集落を襲撃から救った奏とアリシア。
しかし、魔物による襲撃は偶然ではなかったようで・・・
事態の鎮静化により集落はひとまずの落ち着きを取り戻した。
家屋や畑の復旧作業には時間が掛かるが、それでも死者ゼロという結果はエルフたちの顔を明るく彩っていた。
「たくましいな」
「そうですね。自然との共存をモットーとする彼等にとって、突如として災害に見舞われることは覚悟の上ですから、今日の出来事もそういったモノと同じように捉えているのかもしれませんね。まぁ、それも寿命の長い彼等だからこそ、なのかもしれませんが」
「それでもオレは凄いと思うよ」
素直に称賛こそすれ、卑下することなど何もない。
「何度もお待たせしてしまい、申し訳ありません。魔女様」
「構いませんよ、状況が状況ですから」
「お客人――いえ、奏殿もこの度はご尽力を頂き本当にありがとうございました」
騒動前とは打って変わって、深々と頭を下げるベルガモット。
「気にしないでくれ。困った時はお互い様だろ?」
奏からすれば、あの場で何もしないでいることの方が心苦しい。
ただ、できることをしただけのことである。
「そう言って頂けると助かります」
アリシアから教えて貰った彼等の背景を知っているだけに人間を毛嫌いするのは当然だろう。
アリシアからの助け舟があったとはいえ、一緒に集落に案内して貰えただけでも御の字だ。
「それで、この状況については聞かせて頂けるんですよね?」
本来の目的から逸れるとはいえ、一度関わってしまった以上、見過ごすのは流石に後味が悪い。
そして、それはアリシアだけではなく、奏も同じだった。
「正直なところ、我々だけではどうしたものかと思っていたところなので、ご助力頂けると助かります……」
一つの気苦労を吐き出せるという安堵に、ベルガモットが安堵する。
「力になれるかどうかは分かりませんが」
「魔女様でダメだというのなら、我々も諦めが付きます。大人しく新しい住処を探せば良いだけですから」
エルフ族は環境に適応する種族である。
もちろん、同じ場所に住み続けたいという思いはあれど、そこでなければならないというわけではない。
例え、その場所が七十年以上、住み続けた場所であろうとも。
「きっかけは突如として発生したトレントの大量発生でした――」
思えば、今回の襲撃も魔物はトレント系ばかりだった。
「ご存知かと思いますが、私たちエルフ族にとってトレント系の魔物は天敵です。一度ならばまだしも、二度、三度となったところで、調査隊を編成して、周辺を調査させました。そのメンバーでもあるのが、お二人をご案内させて頂いたアスメリアです」
どうやらアスメリアは集落の中でもかなりの実力者として重宝されているらしい。
この場に彼女が同席しているのもそういった理由があるからか。
「そういえばあなたは昔から文武共に勤勉で優秀でしたものね、アスメリア」
「恐縮です。魔女様」
アリシアに褒められて、アスメリアは少し恥ずかしそうに笑う。
「では、その調査結果を教えていただけますか、アスメリア?」
「も、もちろんです!」
話を振られて少しばかり緊張が見える。
事前にまとめていたのだろう数枚に及ぶ紙束は少しよれていて、彼女元来の性格が見て取れる。
「先程、長が話した通り、出現する魔物はトレント系に集中しています。他の魔物も見られましたが、それらはこの樹海に生息する従来の種ばかりで、おかしな点はありませんでした」
しかし、そうなると奏には気になる点がある。
「トレントはそんないきなり大量発生するのか?」
魔物が生まれるためには魔素が必要だ。
要するに大気中に散布している魔力、その汚染されたモノである。
魔素が発生する原因はいくつかあるが、その中でももっともポピュラーなモノはその場所が不浄であることだ。
だが、その要因にこの富士樹海は当て嵌まらない。
その深さから陽の光が差し込み辛いという環境ではあるが、それと不浄であることとはまた別の問題だ。
少なくとも、自然と親しんで育った奏の目から見て、この山が魔素の充満する環境であるとは思えない。
「ないとは言えませんが、状況的にそうなる可能性はまずないと言って良いでしょうね。でも、その原因について、あなたたちは心当たりがある。または核心に近いモノを知っている――」
「…………」
沈黙は時として口よりもモノを言う。
エルフというのはどうにも嘘が下手らしい。
「そういえば、集落を飛び回ってる時に思ったんだが、この集落は片親の家庭が多いんだな」
助けた家族には片親がやけに多かった。
「そ、れは――」
流石に駆け引きが下手過ぎる。
「殺されたのか、攫われたのか。どっちだ?」
どちらの回答でも危機的な状況は変わらないが、方向性は大きく異なる。
奏が口に出した前者はもちろん最悪だが、後者はその更に上を行く。
前者はそれだけ出現した魔物が凶悪だったと解釈できる。
しかし、後者は違う。
魔物側にもある程度、知略を練れる存在がいるということだ。
知性がある魔物はそれだけで上位種の証だ。
強さも並の魔物を遥かに凌駕する。
「状況的には後者だと見ています」
「攫われた人たちは無事なのですか?」
「それは正直、なんとも……」
答えるベルガモットの顔にはようやく事の流れを口にできた安堵と心労が見えた。
「……場所は分かっているのですか?」
「はい。おそらく場所は、集落から少し離れた、霊樹のあるエリアかと……」
「あそこですか……」
それを聞いて、アリシアが少し顔を顰めた。
霊樹とは御神木に魔力が宿ったいわゆる聖域の核となるような存在だ。
数多くの逸話を持つ富士樹海が聖域と呼ばれるようになったのは、他でもないこの霊樹の存在が大きい。
これにより、森の空気は澄み、魔素によって澱むこともない。
そして、その周辺を管理することこそが、エルフたちにとっての一大使命とも言える。
彼らはそこを守るという盟約を交わしているからこそ、不可侵であり、そこに住むことを許されている。
「そこはそんなまずいのか?」
場所的な意味なのか、魔術的な意味なのか。
「奏、私たちがここに来た目的を覚えていますか?」
アリシアは言った。
ここには預けている物があるのだと。
「その預けている物があるのがそこです――」
状況はもう一段階、最悪を更新していく。
霊樹がどういうモノかは奏にも分かる。
そこが悪用されているとすれば、最悪アリシアにも想定できていないような環境が出来上がっている可能性すらある。
「それで、霊樹の様子は今、どうなってるんだ?」
「詳細は不明です……」
アスメリアの顔には悔しさが滲んでいる。
「トレントの大量発生のせいで、調べることができなかったんです……」
彼女の話では、霊樹のある場所に近付こうとしたところ、魔物や大量の木の蔓に襲われるらしい。
分かっていることはそれだけ。
「どう思う、アリシア?」
頼るべきは専門家だ。
こういう時こそ、魔女の知識の出番だろう。
「希望はまだある、と思います……」
恐らくですが――とアリシアは続ける。
「攫われた人たちは苗床にされている可能性が高いでしょう。そうでなければ、トレントの大量発生は説明がつきません」
エルフたちの魔力を糧として魔素を生み出し、大量のトレントが生まれている。
それが妥当な線だろう。
「一番最初に犠牲者が出てから、どれくらい経っていますか?」
「二週間ほどになります……」
「それは、あまり良くないですね……」
仮にアリシアの予想が正しいとしても、魔素の苗床にされた状態でいつまで無事でいられるかは分からない。
どちらにしろ、あまりにも時間が経ち過ぎている。
「アリシア――」
「何ですか、奏」
加えて、一つ確認しておかなければならないこともある。
「一応、聞いておくけど、この件でお前は戦力としてカウントして良いのか?」
アリシアは過去のトラウマから他者に対して攻撃魔術を行使することができない。
ただ、その他者という認識について、奏はどこまでが含まれるのかを把握していない。
「その質問についてははっきりと『否』と回答できます」
つまり、彼女のトラウマはあらゆる魔物に対して有効ということになる。
今、手元にある情報で客観的に分析すれば、シンプルに火力が足りない。
その一言に尽きる。
先刻の襲撃レベルであればどうとでもなるだろうが、いくら何でもそれは考えが甘過ぎる。
少なくともエルダートレント以上の存在は出てくると見ておくべきだ。
「さて、どうしたもんかね……」
どういう手段を選択するにしろ、どこかで犠牲を強いる結果が見えてしまう。
「まずは一度、調査に赴く方が良いでしょうね」
奏とアリシアならもっと近くまで行くことは可能だろうし、また違った知見が得られるはずだ。
そして、可能であれば攫われた人たちを救出したい。
「できればすぐにでも出発したいのですが、奏は大丈夫ですか?」
「もちろんだ――」
途中までアスメリアに道案内をしてもらい、奏とアリシアは霊樹のあるエリアを訪れていた。
アスメリアは頑なに同行しようとしていたが、集落の守りを手薄にするわけにはいかないこともあり、彼女には集落に戻って貰った。
まだ中心部までは少しあるが、それでも既に奏の感覚は違和感をしっかりと感じ取っていた。
明らかに空気が澱んでいる。
まるで長年放置されたドブのような耐え難い空気。
「これは思ってるよりも酷いかもしれないな……」
「確かに、私もここまでとは思ってませんでした」
奏が森の異常さを肌で感じ取っているのとは違い、アリシアはその元である魔素を感知していた。
「魔素の蔓延状態が、ここまで酷くなることは普通ではあり得ません」
本来なら、ここまで魔素が充満する前に、大量の魔物が顕現してしまうからだ。
にもかかわらず、今この場所には吐き気がするほどの魔素が満ち溢れている。
「まだ見ぬ第三者の悪意が絡んでいることはほぼ間違いないでしょう」
「こっから先は少し慎重に行くか」
「その方が賢明ですね――」
瞬間、アリシアの指の周りを一筋の光が複雑に踊る。
気配隠蔽の魔術である。
それに合わせて奏も自らの纏う気配を引き締める。
気配を森の空気に溶け込ませていく。
「それでは行きましょう。奏はできるだけ喋らないようにしてくださいね?」
促されて、奏はハンドサインでOKを示す。
どちらにしろ、以降は悠長に会話を楽しむ余裕はないだろう。
ここを訪れた目的は霊樹エリアの現状把握。
加えて、可能であれば、少数でも攫われたエルフを救出すること。
攫われた人数と日数を考慮すれば、一人でも助けておきたいのが本音だ。
「なるほど、確かにこれはヤバいな――」
樹上から見渡す限り、そこには無数のトレントたちが徘徊していた。
その数は優に百は軽く超える。
そして、先の数はあくまでもトレントだけの話である。
そこにはそれ以外の奇形の魔物が複数存在していた。
おそらく、元は魔獣やただの獣の類。
「あれは、蔓、か……?」
その体にトレントの蔓のようなモノが絡みつき、一体化していた。
学園では様々な学問を学び、自身でも魔物についての書物をいくつか読んではきたが、こんな魔物の情報は見たことがない。
観察する限り、寄生系に類するようなモノだとは思うが、先入観で決めつけるのは禁物だ。
それこそ、こういったジャンルはアリシアの方が詳しそうだが、今はそこについて議論することはできない。
徘徊する魔物の数はかなり多い。
一度見つかってしまえば、芋蔓式に魔物は集まってきてしまう。
慎重に木々を飛び移りながら、霊樹のあるだろう方向へと向かっていく。
正確な場所は分からないが、それでもその方向は何となく感じ取れた。
霊樹を直に見た経験はないものの、大自然と触れ合ってきたという経験は長い。
そんな奏にとって、この樹海の雰囲気は心地良く、だからこそ違和感にも気付くことができる。
向かう先、樹海の奥には確かに今、この場に似合わない温かさがあった。
充満する魔素で濁った空気の奥に、微かに灯る微光。
まるで灯台のような、ほんの僅かな、しかし力強い道標。
魔力とはまた違う、確かな力強さへ向かって、奏は木の幹を蹴る。
無数の魔物たちの頭上を超えた先で奏はソレを見た。
樹齢千年を超える大木がいくつも活きる樹海の中において、その一本は一際だった。
幹の太さは大人数十人が手を繋いでようやく一周できるレベル。
繁る枝葉は力強く、そして碧い。
遠目から見ても、その生命力の強さは圧倒的だった。
「これが霊樹か……」
今、奏の眼前にある霊樹には先の魔物たちのような無数の蔓が禍々しく大量に絡みついていた。
おかげで霊樹から感じられる活力はどこか弱々しい気がする。
対照的に絡み付く蔓は猛々しく、定期的に脈打っているようにも感じられた。
まるで霊樹から力を吸い取っているような。
そして、その周囲に巨大な種のような蔓の繭があった。
「見つけた――」
その隙間から覗くのは攫われただろうエルフたちの姿。
まだ無事ではあるようだが、その体から感じられる鼓動は弱々しい。
救出は急務だと言える。
当初の予定では一人でも連れて帰れればと思っていたのだが、これは想定していたよりも遥かに状況が悪い。
できればこのタイミングで全員を連れて帰りたい。
おそらく、アリシアも同じように考えているはずだ。
枝から枝を飛び回り、蔓の繭を見つけていく。
調査の結果、発見した繭の数は全部で三十五。
丁度、攫われた人数と同じ。
冷静にアリシアの準備が整うのを待つ。
もちろん、その為の打ち合わせも済ませてある。
このエリアの調査を始めてからきっちり十五分。
それが動き出しの合図だ。
「行くか――」
時計の針がきっちり十五分経過するのを確認し、奏は短刀――姫守を抜き放つ。
標的は徘徊する魔物、ではない。
目指すはこの樹海の本丸、霊樹、そこに絡まる無数の蔓。
霊樹の幹に傷を付けないように丁寧に、かつ慎重に奏は蔓を斬り捨てる。
普通の植物に比べれば硬い程度で、姫守であれば難なく切り裂ける。
しかし、その数は霊樹を覆い尽くすレベルである。
一度で駆除できる量など、たかが知れている。
それでも一度で足りなければ、足りるまで数を重ねれば良い。
そういうのは得意分野だ。
これで何も起きなければそれで良し。
エルフたちを救出してハッピーエンドだ。
だが、現実はそう甘くない。
無数の蔓が、突如として蠢く。
そして、一斉に奏に向かって襲いかかってきた。
「やっぱそうなるか――」
追尾してくる蔓の波を大樹を飛び回ってやり過ごす。
時折、伸びた蔓を切断するも、すぐに再生して再びこちらを追い掛けてくる。
想定通りとはいえ、面倒なのは否定できない。
そんな中でも分かることはあった。
それは蔓の動きが機械的ではないということだ。
ただ奏を追尾するだけなら、もっと動きは直線的になるはずだ。
しかし、蔓の動きはまるで獲物を狙う捕食者のようにも見える。
できることならその正体まで突き止めたいところだが、優先すべきはそこではない。
「アリシア!」
優先すべきはエルフたちの救出だ。
そのために奏がやるべきことは要救助者たちの発見と囮役。
発見した三十五の繭には既に目印を付けてある。
樹海で取れた素材で調合した即席の絵の具。
ソレは奏の特異体質の影響は受けないが、魔術の影響は受ける。
つまり――
「助かりましたよ、奏――」
それを目印に、彼女が魔術を発動させることができるということだ。
彼女自身ももちろん、魔術により探知は行っていた。
しかし、魔術は便利ではあっても万能ではない。
限りなく、そのように見えるだけだ。
故に、森を熟知した人間によるダブルチェックが必要だった。
万が一にも見逃しがないように。
森のプロフェッショナルと魔術を極めた魔女による徹底した調査。
その結果が合致したことにより、彼女が魔術を発動させる条件は整った。
「いきます――」
奏の付けたマーキングを目印に、アリシアが一斉に転送魔術を展開する。
描かれる魔法陣の数、実に三十六。
魔術の並列起動はそれだけで高等技術である。
それを三十六。
一流の魔術師でも、その数を同時に展開するには最低でも五人は必要だろう。
それをアリシアは平気な顔でやってみせる。
「でも、本当に大丈夫ですか?」
「その話はもう何回もしただろ? 今は人命が最優先だ」
そう、展開された魔法陣の数は三十六。
そこにダッドトイである奏は含まれてはいない。
最初は攫われたエルフたちだけをアリシアの魔術で転送させて二人で撤退する手筈だった。
しかし、その後のことまで考えれば、そこには彼女の力があった方が絶対に良い。
「その人命にはあなたも含まれてるのを忘れないでくださいよ?」
「こんなところで死ぬ予定はねぇよ」
それでも、いつかの死戦に比べれば、全身にまとわりつく殺気は遥かに弱い。
あの時はこんなモノではなかった。
もっとひりつくような、心臓が鷲掴みにされるような危機感があった。
「まぁ、大丈夫だ。お前は先に帰って待ってろ」
「絶対ですよ――?」
「任せとけ」
森がざわめくのを感じる。
これ以上の雑談は不要。
魔素の蔓延がエルフたちの魔力を利用したモノであるならば、これ以上彼等をここにいさせることはできない。
「ずっと、待ってますから――っ!」
心配するアリシアの声に親指を立てて応える。
刹那、アリシアと三十五の蔓の繭がこの場から消失した。
今はもう、その姿は集落の中にあるだろう。
「さて、どう出るんだ?」
周囲三百六十度から向けられる殺意。
ソレが一気に高まっているのを肌で感じる。
やはり、コレは機械的なモノではなく、感情的なモノだと確信する。
奏の預かり知らぬ何かがここには確かに存在する。
「さぁ、第二ラウンドと行こうか――」
これまで以上の激しさで無数の蔓が一斉に奏へと襲い掛かった。




