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3 〜 襲撃 〜 後編

突如として魔物の襲撃に晒されたエルフの集落。

奏はアリシアにエルフたちの保護を任せ、

単身、魔物たちの排除へと動く――

 駆除した魔物の数は既に五十を超えているが、まだ状況が落ち着いた様子はない。

 かなり好転してきてはいるようだが、もうひと頑張りは必要だろう。

 手近な大木を駆け上り、視線を走らせる。

 山を駆け回って育ったこともあり、視力には自信がある。

 加えてこれまでの経験で培った感覚から、どの方向へ向かうべきかを読む。

 そんな中で見つける。

「――――っ」

 これまで切り捨ててきた魔物たちとはまた異なる歪な気配を。

 強く幹を蹴り、淀んだ気配の元へと向かう。

 道中で見かけた魔物をすれ違いざまに駆除しつつ、最速で。

 辿り着くのに要した時間は僅かに十数秒程。

 ソレはこれまで何体も切り捨ててきたトレントを幾つも繋ぎ合わせたような巨体。

「エルダートレントとかだったか――?」

 奏も実物を目にするのは初めてだった。

 とはいえ、まずは様子見というわけにもいかない。

 エルダートレントの眼前には恐怖で体を震えさせるだけの獲物が二つ。

 エルフの親子だった。

 母親の方は懸命にまだ小さな子供を守ろうとしているが、捕食者の大きさの前では余りにも無力。

 エルダートレントの体は通常のトレントの体を形成していた蔓よりも遥かに太いソレで形成されている。

 瞬殺するのは少しばかり手間取りそうだ。

「まずは避難からだな――」

 奏は足を止めることなく、その場に蹲る二人を抱き抱えて、エルダートレントから大きく距離を取る。

「ケガはないか?」

「は、はい――」

「よし。なら急いで村長の家まで走れ。あそこなら安全だ」

「わ、分かりました。ありがとうございます!」

 子供を抱き抱えたエルフが戸惑いながらもベルガモットの家屋がある方向に向かって走り去る。

「さて――」

 幸いにもエルダートレントの動きはそれほど早くはない。

 巨体の割には早いのだろうが、緩慢な部類だと言える。

 ヘイトもしっかりとこちらに向いているようだし、それほど知能が高いというわけでもないらしい。

「これくらいならどうとでもなりそうだな」

 油断も慢心もないが、安心はした。

 まだまだ自分の実力は通用するのだと自信が持てるのだから。

 エルダートレントが右腕を振り下ろす。

 無数の蔓が組み合わされたその腕は大木の幹よりも遥かに太い。

 大気を切り裂く剛腕が奏に向かって唸る。

「遅いな――」

 きっと当たれば、一撃で奏の体はペシャンコになってしまうだろう。

 しかし、あくまでも当たれば、だ。

 どれだけ威力の高い攻撃であっても当たらなければ意味はない。

 スピードを活かした戦術を得意とする奏にとって、ただ大きいだけのトレントからの攻撃を避けることは容易い。

 自身のすぐそばを通り過ぎていく剛腕に向かって、姫守を幾度となく走らせる。

 所詮は無数の蔓の集合体。

 すれ違いざまにそれらを断ち切るのは難しくない。

 とはいえ、それが有効かと言えば、そういうわけでもないらしい。

 断ち切った蔓はわずか数秒で再び絡まり、エルダートレントの剛腕を形成する。

「なるほど……」

 互いに決め手に欠けているような状況と取れなくもないが、そうではない。

 ただ、今のやり方では切れないだけだ。

 一でダメなら十を重ねれば良い。

 十でダメなら百を。

「さぁ、来いよ。さっさと終わらせて、他も見に行かないといけないんだ」

「ガァ――ッ!」

 動きは単調。

 補修して歪でありながら、一回り太さを増した剛腕を先程同様に奏に向けて降り下ろしてくる。

 補強した蔓のおかげか、その速度は僅かばかり早くはなっている。

 でも、それだけだ。

 加速するとはこうするのである。

 忍霧流歩武術――つむじ舞い。

 軸は撃たれた剛腕。

 それを中心に奏は一歩を踏む。

 その様はまさにつむじ風のよう。

 風が止んだ時、振り下ろされた剛腕は大地へと落ちた。

 剛腕の軸には人の胴体ほどの太さの木の幹。

 それを無数の太い木の蔓が補強していた。

 要するに幹は骨、蔓は筋繊維の役割をしているのだ。

 トレントが蔓だけで体が構成されているのに対し、こちらにはきちんとした軸がある。

 タフネスが桁違いなのも納得だった。

 しかし、種明かしさえ済めば、対策は簡単だ。

 逆に人の構造に近い形であるのであれば、壊すのは簡単だ。

 片腕を失ったエルダートレントを、奏のスピードは容易に翻弄する。

 狙うべきは人で言う関節部分。

 柔軟な動きを実現する要であるが故に、そこは狙われると弱く、脆い。

 愛刀である姫守の弱点はまさしく短刀であることだ。

 短刀であるが故に、そのリーチは短い。

 だからこそシンプルに巨大な体積の相手とは相性が悪い。

 通常であれば、地道に削っていくのが定石。

 だが、近道があるのであれば、そこを通るのは至極当然のこと。

 一極集中の一太刀。

 たったそれだけでエルダートレントの残された剛腕は容易に切り離された。

「こんなもんか――」

 証明は成された。

 両腕の次は足を。

 仕上げに頭部を砕く。

 最初に見せたような再生の気配はなかった。

 どうやら頭部にコアが仕組まれていたらしい。

 次からは真っ先に頭部を狙えば良さそうだ。

「残りもさっさと片付けないとな」

 エルダートレントクラスの魔物がこれ一体であればそれで良し。

 しかし、そうでなければ、急ぎ対応する必要がある。

 ただのトレントだけであればともかく、エルダートレントの複数襲来は流石にまずい。

 被害を最小限に抑えるためには他でもない奏自身がどれだけの魔物を駆逐できるかに掛かっている。

「急がないと――」

 大きく酸素を体に取り込み、奏は大地を蹴った。


 ベルガモットの家の周辺には続々とエルフたちが集まっていた。

 それを探知魔術で感知しながら、アリシアは並列して結界を展開していた。

「九時の方角から数名避難してきますので、迎えに行ってあげてください。魔物に追われているようですので、戦闘できる人材でお願いします」

「わ、分かりました!」

 そして、知り得た情報をもとに、アリシアはエルフたちに指示を出し、確実にこの拠点にエルフたちを集めていた。

 しばらくしてからエルフたちが訪れるペースが上がったのは間違いなく彼のおかげだろう。

 ここにはいない、彼女のパートナー。

 本当ならそばにいてほしいと思う。

 しかし、互いにそうであることがベストであると判断したのだ。

 状況はまだ予断が許さない。

 仮に二人だけであったなら、どうとでもなっただろう。

 だが、この集落には数多くのエルフたちがいる。

 それをアリシア・エイトテイルは見捨てることができない。

 誰一人として。

 その為に、彼には遊撃として魔物の駆除を担って貰わなければならなかった。

 この場所に完璧な安全地帯を形成するために。

 結果、導き出された最善策がこれだった。

 アリシアが魔術で安全な拠点を確保しつつ、奏がその外で魔物を討伐する。

 現に、彼女の形成した結界を灯台として、集落中のエルフたちが続々と集まっていた。

 エルフたちは誰もが高い魔術の素養を持ち合わせているため、集まれば集まるだけ、結界周辺の安全性が担保され、それに合わせてアリシアは結界のエリアを広げていくことができる。

 アスメリアを中心とした救出部隊を編成できたことも幸いだった。

 出現したトレント系の魔物たちはエルフ族の苦手とするタイプの魔物ではあるものの、精鋭部隊たちであれば対応は十分に可能だ。

 それこそ結界近辺まで逃げてきたエルフたちの救出を最優先とすれば、必要となるチームの人数は最小限で済む。

 おかげで怪我人こそ出てはいるが、死者はまだ確認されていない。

 必死に逃げてきた中には突如として現れた人間に助けられたと口にしている者も多いらしい。

 その人間とは間違いなく、奏のことである。

 集落の外れに居を構えているエルフたちがここまで辿り着いているのは彼の功績だ。

 どちらかが相手に合わせていてはこの状況はきっと実現できなかった。

 エルフたちのために最善を尽くそうと動いたからこその結果だ。

 奏には感謝せねばならない。

 元より縁があるアリシアとは違い、彼はまだ既知ではない。

 どころか、はっきり言って良い印象は持っていないはずだ。

 しかし、彼はエルフたちを助けるための最善を尽くしてくれた。

 それがアリシアは嬉しかった。

 誰しもが生きていれば悪意に晒されることは免れない。

 特にダッドトイである奏は、その悪意に長年晒され続けてきた。

 それは現在進行形の事実。

 それでも、彼は他者に手を差し伸べることができる。

「まったく、私の愛した人はとんでもないお人好しですね」

 その何と誇らしいことか。

 アリシアの胸の奥が温かいモノで満たされていく。

 負けてはいられない。

 彼の隣に並び立つには、ただ強いだけではダメだ。

 ただ魔術に卓越しているだけではダメなのだ。

 彼のように心技体、全ての面において強かでなければ。

 彼との出会いを幸運と呼ばずになんと呼ぶのか。

 これまで歩みを止めていたことを後悔する。

 しかし、彼との出会いは時を止めていたからこそのモノだ。

 運命はいつだって残酷だ。

 奴らはこちらの事情などお構いなしに突如として現れるのである。

「いけませんね。集中しないと――」

 雑念を振り払い、目下やるべきことに目を向ける。

 奏によるハイペースな救助活動に合わせて、アリシアが行使する探知魔術の感覚も短い。

 遅くとも二十秒に一回は行っておかなければ、最新の情報に置いていかれてしまう。

 また、並行して結界内の状況を確認することも忘れない。

 セーフティーゾーンの広さは現時点で十分だろう。

 これ以上の拡大は逆に救護班の手が回らなくなってしまう恐れがある。

 ここまで状況が落ち着いてきているのであれば、こちらから打って出ても良いだろう。

「――アスメリア、聞こえますか?」

「――あ、はい。魔女、様ですか……?」

「――えぇ、そうです。通信魔術ですのでお気になさらず」

「――わ、分かりました。さすが魔女様ですね。三つも高等魔術を併用できるなんて――」

 実際は結界、探知、通信以外にも結界内における疲労回復魔術も展開しているし、緊急時に備えて上位回復魔術の備えも行っているのだが、それは伝えないでおく。

「――結界周辺はかなり落ち着いてきていますので、あなたには集落全体にまだ残っている魔物の排除に回って欲しいのです」

「――わ、分かりました。少し時間は掛かるかと思いますが」

 アスメリアのその回答は想定内だ。

「――問題ありません。あなたたちには私が常時支援魔術を展開しておきますので、十分に対処可能なはずです」

 元々、エルフたちの魔術レベルは低くない。

 相性が悪いだけで、アリシアが補助してやれば、十分に戦えるはずだ。

「――とはいえ、念のため選別するメンバーは近接戦に覚えのある者にしてくださいね」

 それこそ、奏によって倒されているエルダートレントを相手にするには少し時間が掛かり過ぎてしまうのは否めない。

 逆に、そこについては奏に専念してもらえればより短時間でことを収められるだろうという算段だ。

 むしろエルダートレントに関しては、奏に担当してもらうのが最適解だろう。

「そもそも、あんな魔物はこのエリアに本来生息していないはずですが……」

 これはやはり早急に調べる必要があるだろう。

「頼みますよ、奏――」

 その為にアリシアがやるべきことは限られている。

 他でもない彼がエルダートレントの殲滅に専念できるように、環境を整えなければならない。

「――魔女様、メンバーの選定が終わりました! いつでもいけます!」

「――分かりました。ではまず七時方向に向かってください。トレントが三体いるようですので」

「――了解しました!」

「――そちらの様子は私が常時モニタリングしています。状況に合わせてサポートしますので、安心してください」

「――助かります!」

 アスメリアの声に明らかな安堵の色が見える。

 アリシアは直接戦闘に携わることはできない。

 しかし、サポート環境を整えることならば、今の彼女にでも可能だ。

 どれだけの命を救えるかは、まさしくアリシアの采配に掛かっている。

「ふぅ……」

 深呼吸をして、アリシアは重責に真摯に向き合う。

 自分は今、一人ではないのだと。

 そう、自分に言い聞かせて。


 集落が受けた被害は甚大だった。

 外れに位置する家屋はほぼ全てが損壊。

 修復するよりも一から作り直した方が早いくらいだろう。

 畑の多くもせっかくの作物が無駄になってしまった。

「どうにか、なりましたね……」

 それでも、死者が誰一人として出なかったのは奇跡と言えるだろう。

 アリシアの顔には少しばかりの疲労が滲んでいた。

 魔物の襲撃中、おそらく十に近い数の上位魔術を並行して数時間行使し続けたのだ。

 それでも少しで済んでいるのは流石としか言いようがない。

「大丈夫か、アリシア?」

「問題ありませんよ。奏の方こそ、大丈夫ですか?」

 最終的に奏が撃退したエルダートレントの数は三十を超えていた。

 奏がいなければ、被害は更に大きくなっていただろう。

「あれくらいなら問題ねぇよ。婆ちゃんの鍛錬の方が何倍もきついさ」

 なんだったら勝気な幼馴染の方が手強いくらいだ。

 少しくらい頑丈なだけのデカブツ程度なら何体いても大差ない。

「とりあえずはひと段落ってことで良いのか?」

「そうですね。そう見て大丈夫だと思います」

 こうして奏と話している間にも、アリシアは数十秒の間隔で探知魔術を展開し続けていた。

 それによれば、この半刻ほどの間、集落に魔物の存在は一つとして検知されていない。

「念のためにアスメリアたちに巡回もお願いしていますが、そちらも問題はないようです」

「そっか。なら良かったよ」

 アリシアからの報告を受け、ようやく奏は緊張の糸を解く。

 彼女のことだ、おそらくこの集落だけではなく、その更に外側数キロに及ぶまで、探知エリアを広げているのは想像に易い。

 そんなアリシアが問題ないと言うのであれば、ひとまずは安心だ。

「それより、どうなんだよ。魔女様の見解は?」

 肝心な点はそこだった。

 魔物の襲撃、というだけであれば場所柄ないとは言えない。

 しかし、この魔物の襲撃には不可解な点があった。

 襲撃に際してその気配が微塵もなかったのである。

 加えて、襲撃の報告を受けた際、魔物の姿は既に集落の中にあった。

 集落の中を飛び回った時に併せて確認しておいたが、見張り台は東西南北それぞれに一箇所ずつあった。

 その高さはもちろん十分。

 魔術で補助してやれば、目視でも一キロ先くらいまでは見通せるはずだ。

 にもかかわらず、魔物の襲撃に誰も気付けなかった。

 通常なら考えられない。

 そうなると考えられるのは魔術的な事象しかない。

 頼みの綱となるのは他でもない魔術のプロフェッショナル。

 原初の魔女とまで呼称される彼女であれば、原因に繋がる何かを見つけられるかもしれない。

「現時点ではもう少し細かく調べてみなければなんとも言えないというのが正直なところですね」

「その心は?」

 返ってきた答えはとてもシンプルだ。

「魔物の出現は少なくとも魔術によるモノではないということですね」

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