8話目 死の特訓
「何ですか、改まって?」
実は魔法が使えるようになってすぐに考えていたことがある。
咲月の前ではどうしても言えず、こうして機会をうかがっていた。
本当は一人一部屋にして、夜中にこっそりルシエルに話そうと思っていたが、予定が狂ってしまった。
「俺は、強くなりたい」
その言葉を聞いてルシエルは眉をひそめるが、信仁は気づかずに話を進める。
「最初はそんなに強くなくても静かに咲月と過ごせればいいと思っていたが、今日みたいにドラゴンに襲われることがないとは言い切れない」
咲月がしがみついていない反対の手で咲月の頭を撫でる。
「それに、こんな話を咲月の前でしたら自分もすると言いかねないからな」
非日常に入った時点で何事もなく過ごせるとは思っていないが、無事には過ごしたい。
「だから俺は強くなりたい。お前なら、ルシエルならその方法を知ってるんじゃないか?」
ルシエルは信仁の目をじっと見たまま黙り込んだ。
そして、はぁとため息をつくと、仕方がないと言った顔で口を開いた。
「分かりました。私も神の一人、迷える者達を導くのもまたしご、使命……手を貸しましょう」
今仕事って言いかけなかったか?
折角いいセリフだったのに勿体ないな。
ただ、手を貸してくれるのならば有難い。
この際なりふり構ってられるか。
「助かる」
「しかし、楽に強くなれると思わないでくださいよ」
真面目な顔でそういうルシエル。
こういう顔で言うときはマジな時だ。
「分かってる、さらさらそんなつもりは無い」
「覚悟は決まっているようですね。いつから始めます?」
「今夜だ」
「やる気は十分ですね」
咲月を起こさないようにそっとベッドから抜けた俺は、ルシエルの瞬間移動の魔法で草原まできた。
「またここか」
「いえ、さっきとは違う草原です。モンスターの出現率が高くなってますよ」
丁度いい、特訓だと言うからには死ぬ覚悟でやらなければ意味がない。
「モンスターはどこだ?」
「モンスター払いの結界を張ってあるので寄ってきませんよ」
ではなぜここで特訓なのだろうか?
モンスターを狩らなければ強くはなれないだろうに。
「ならなんで草原に?」
「強くなる度にモンスターと戦って、どのくらい強くなったか実感してもらうためです」
「戦う以外に強くなる方法があるのか?」
「魔法に関してはこれから説明する方法が基本なんですよ」
そして、再びホワイトボードを出して説明を始めた。
何故かこの形が型に付いてしまっている。
コアの数はどれだけ魔法を使えるかに直結する。
その数は上限なく増やせると言ったが、数が増えるに連れて増えにくくなる。
ゲームのレベルのように次のレベルまでの経験値が多くなるのと同じだ。
次のコアを作るためには今あるコアの中身をいっぱいにしなくてはならない。
限界までクラルを溜めてさらにクラルを注ぎ込もうとすると、体がそれに適応するために次のコアを出現させる。
これは環境に適応しようとする生物の進化に近い。
しかし、進化には時間がかかるため、年月をかけて何度もクラルの蓄積を繰り返すのが基本である。
ただ、無理をしすぎると体が耐えられなくなり、死んでしまうこともある。
それも時間がかかる原因の一つ。
次に、魔法の質について。
使用者のイメージ次第で威力を強くも弱くもできるが、コアの質で実際にできる強弱の幅は大きく変わる。
この世界では、魔法にどれだけ魔力をつぎ込むかで威力が変化するのではなく、魔力量は回数、威力はコアの質に関係する。
質を良くするためには、コア増量と同様に反復練習が基本。
魔法を使えば使うほど、コアの質も良くなる。
魔力にも限界があるため、バランス良く、両方を鍛えなければならない。
これは思った以上に時間がかかりそうだ。
毎日コツコツ積み重ねるしかないな。
「本来はコアを七個まで増やせるのは天才といわれる人達です。王国騎士団などの幹部は天才の集まりと言えますね。普通にやれば咲月さん以上になるのは不可能でしょう」
最初から不可能宣言をされてしまった。
それを言われてしまったらここに来た意味もなくなってしまうだろうが……。
「咲月さんより強いとなると、最低でも七個。この領域は本当に一握りです」
「それってどう頑張っても無理だろ」
どれだけ覚悟を決めようともできないことはある。
何十年かけて作り上げるものが一年でできるはずもない。
「だから私が手を貸すのです」
話を聞いて諦めかけていたが、希望が見えた。
「できるのか?」
「はい、それも今夜中に」
とんでもないことを聞いてしまった。
それなりに時間がかかると思っていたが、嬉しい誤算だ。
「ただ、この方法は特訓と言うより『試練』かもしれませんね。おそらくは死ぬよりも辛いかもしれません……」
ルシエルの声にはふざけたような雰囲気は一切ない。
死ぬより辛い経験なんてする人すら少ないだろう。
「死ぬより辛いってことは、死なないんだろ?」
「もちろん、死なせなんてしませんよ」
なら何の問題も無い。
死ななければ何度だって立ち上がれる。
咲月を守るためなら血反吐を吐いてでもやってやる。
「やってくれ」
「分かりました。ではここに座って下さい」
指を鳴らすと、何の変哲もないイスが出てきた。
手おきと足には固定をするための金具が付いている。
ここに座ったが最後、手足を固定されて動けなくなるのだろう。
「………」
まるで今から拷問でも受けるような恐怖に駆られるが黙ってイスに座った。
案の定手足は固定され、自由を封じられる。
そして、ルシエルは俺の額に手を添え何かの魔法をかけた。
一瞬だけ全身を白いもやのようなものが包んだ。
「一時的ですが不死身になる魔法をかけました。この魔法はあまり好きでは無いのですが、今回は特別です。これでどんなに辛くても死ぬことはできません」
ルシエルが説明を始めた。
嫌なニュアンスの言葉が響く。
死なないではなく死ねないだ。
この言葉の意味は想像も付かない。
「これから信仁さんのコアにクラルを直接、無理矢理にでもを流し込みます」
不死身だということは、どんなにコアの容量が限界になっても体が耐えきれずに死ぬことはない。
死なない代わりに、死ぬほどキツい経験をし続けるということか。
「人間が何人集まろうとも扱うことができない量ですから、気絶は間違いないでしょう。しかし、その度に起こしてまた入れます」
「俺は何をすればいい?」
「信仁さんには常に魔法を使い続けてコアの質を上げてもらいます。火、水、風、光、闇なんでも結構です。私にぶつけても構いません。とにかく全力で使い続けて下さい。こればかりは信仁さん自身の意志の強さが試されます。……準備はいいですか?」
質と量を同時に上げるのは効率はいいが、気絶をするような苦痛に耐えながら魔法に意識を向けろとは、なかなかに鬼畜なことを言う。
それでもやらなければならないなら、やってやろじゃないか。
俺の覚悟を見せてやる。
「……始めてくれ」
ルシエルは何も言わずに俺の胸に手を当てる。
次の瞬間、さっき見たときとは比べものにならないくらいのクラルが浮き上がる。
クラル一つ一つがバレーボールほどの大きさがあり、色も黄緑を通り越して真緑になっている。
そして驚くべきことはその量、もう空は見えず、緑の壁に囲まれているかのようだ。
「では……」
それと同時に、緑のクラルが次々と体に吸い込まれていく。
体の中に入ってくる感覚はあるが、何ともない。
思った以上に辛くはな────
「っ!っぐ!?……ぐぁ!!」
突然体を襲う圧迫感。
それはすぐさま強くなり、続いて全身を締め付けるような激痛が奔る。
体が内側から引き裂かれるように痛い。
息もろくにすることができず、目の前が真っ白になった。
水をかけられるような感覚と共に意識が覚醒する。
どうやら気を失っていたようだ。
「どうですか、数十年かけて取り込むクラルの量は……?」
ルシエルの手から、雫が垂れる。
水魔法で起こされたらしい。
「体がぶっ壊れるかと思った……」
「これを後二時間送り込み続けます」
二時間もこの苦痛に耐えながら、今度は魔法を使うのか……
これは体よりも精神の方がいっていまいそうだ。
「辞めますか?」
顔を上げると、心配そうな表情をしたルシエルが見える。
本気で心配しているのだろう。
正直に言えばもう辞めてしまいたい。
今すぐ宿に戻って寝てしまいたい。
でも……
「続けてくれ……」
笑ってそういってやった。
どこにも笑えるところなんてものはない。
笑わないと耐えられない。
ただそれだけだったのかもしれない。
「もし精神がおかしくなっても、全てが終われば精神を回復させる魔法で正気に戻しますからね……」
ルシエルはそれ以上止めるどころか、後押しをしてくれた。
もう後戻りはしない。
二時間の地獄を乗り越えた先に守れるものがある。
ならたった二時間、耐えて見せようじゃないか!
「いきます!」
先ほどよりも多くのクラルが入ってくる。
ものの数秒で全身の感覚が消え、体があるのかすら分からなくなり、ただ苦痛だけが残る。
「ぐぅ、がはっ!っ……うぅ…は、ははははは!あははははははは!!」
悲痛な笑い声だけが、様々な魔法の爆発する音と共に草原を駆け巡るのだった。




