7話目 エスワール
瞬間移動するときに出るあの光はどうも慣れない。
瞬間移動そのものは、目を開ければ違う場所にいるだけだから何ともないけど、その光は眩しすぎて心地が悪い。
「さぁ、着きましたよ」
ただ、次に目を開けるときに、どんな風景が目の前にあるのか、いろいろ想像しながらワクワクするのは、悪くない。
「ここは?」
「すこし暗いね」
どうやら飛んだ先は建物の間の路地のようだ。
夜であることと建物の影でよりいっそう暗くなっていて、視界はすぐ近くにいるルシエルと咲月の顔がギリギリ分かる程度。
「何で路地?」
「初めて転移したところが路地で、そこを出ると活気ある街並みに、うわ~!ってのが定番だと思いまして」
「それは昼間の話だろ。路地の隙間から見る限りでも人っ子ひとり通ってないぞ」
「そんなこと言われましても、いきなり街のど真ん中に現れたら街の人を驚かせてしまいます」
「そっちが本音かよ」
基本はちゃらんぽらんな感じがするが、どことなくしっかりしているところがあるし、気配りもできる。
ちゃらんぽらんでなければ非リアを抜け出せるのではないだろうか。
「今、失礼なこと考えませんでした?」
「気のせいだ」
勘がいいのはプラス評価かマイナス評価か、どちらにせよこれ以上は考えるのをやめておく。
「で、これからどうするんだ?」
「宿に泊まって、無理にでも寝てこちらの時間帯に慣れましょう」
「ていうか、この格好でうろついていいのか?」
スーツが一人に学校の制服が二人。
世界観的にもかなり目立つ。
「何とかなるでしょう」
「適当だな」
だが、特に他の意見も出なかったため、ルシエルが知っている宿へ向かう。
今から寝られるかどうかが心配だが何とかなるだろう。
道中は細かいマナーやお金の説明を受けた。
マナーは日本のものと大して変わらなかったし、お金も分かりやすかった。
単位は『オル』と言うらしい。日本円で1オル十円くらいで使えるそうだ。
これならすぐに慣れるだろう。
「あの建物がこれから泊まる宿、『ラズベア』です」
なんだかんだ話していると、目的地の宿が見えてきた。
白を基調とした建物で、三階建ての大きな宿だ。
ホテルを見慣れていると大したことないが、こちらでは大きい方らしい。
窓がいくつも見えることから、部屋の数もたくさんあるようだ。
一階は窓の代わりに入り口を挟んで二箇所ずつ、壁が大きく長方形にくり抜かれ中の様子がうかがえる。
深夜であるためか、今は数人がそれぞれ静かに酒を飲んでいる。
ドアを潜ると奥にカウンターがあって、宿主であろう筋肉隆々のおっさんと定員であろう少女が一人、欠伸をしながら立っていた。
カウンターの両端には上へ続く階段がある。
おそらくそこから先はたくさんの部屋がずらりと並んでいるのだろう。
習ったことの復習のために俺が宿を取ることになっため、ルシエルから金の入った袋をもらう。
受付をするためにおっさんに近づくとその巨体がはっきりと見える。
「おや?こんな時間に人が来るのは珍しいな」
「さっきこの街に着いたんだ。部屋二つ空いてる?」
「おう、空いてるぜ。一人一泊五百オルだ。ちなみに朝食付きだぞ」
ということは値段が五千円ほど。トイレ風呂無しで朝食付きならこんなもんだろう。
ルシエルからもらったお金から千オルをだす。
「ん?あと五百オル足んねぇぞ」
「一泊五百オルなら俺と彼女で千オルだろ?」
「そっちの男は泊まらないのか?」
ルシエルに視線を流すおっさんは、不思議そうに尋ねる。
「ああ、こいつは大じょ───」
「泊まります!泊まります!」
慌てて駆け寄って来たルシエルは、スーツのポケットから再び袋を取り出して、荒っぽくカウンターに乗せる。
「ちょっと、酷いじゃないですか……」
「いや、お前はいいだろ」
「私だってみなさんと仲良く話して、お二人の馴れ初めとか聞きたいんです!」
「女子か!」
「あ!今の人権侵害ですよ!」
「うるせー!お前に人権侵害も何もあるか!」
がやがやと言い争っている二人を咲月はまあまあと仲介に入る。
初めてこの光景を見たら、二人が初対面なんて信じられないだろう。
別にお互い本気で言い争っているわけではない。まったく会話がないよりは、これもれっきとしたコミュニケーションの一つだと言える。
「ガハハハ!お前ら面白えな!」
すると宿主が大声を上げて笑う。
どうやら、三人は気に入られたらしい。
宿主の声を聞きつけて、何事かと隅に立っていた少女もやって来た。
ポニーテールにしている赤みがかった長い髪がゆらゆらと左右に動く。
「ドモンドさん、どうかしましたか」
ドモンドと呼ばれた宿主は、声のする方に顔を向けて笑顔のまま応える。
「エル、こいつら面白えぞ。」
実は、ドモンドが客の前でこれほど笑うのは初めてだ。
エルはここ数年このラズベアで住み込みのアルバイトをしてきたが、こんなドモンドを見たことがない。
会って数分でドモンドのこんな顔を引き出す彼らに興味がわいてきた。
「エル・ミーアンです。どうぞよろしくお願いします」
丸いお盆を持ったまま、その上で手を重ねて丁寧なお辞儀をする。
「俺は今川信仁だ。彼女は水無瀬咲月。こちらこそよろしくな」
自己紹介に笑顔で返す。
これで俺がイケメンなら様になるのだが、生憎と世界はそんなに上手くはできていない。
平凡な顔の普通の笑顔だ。
「……………って、私の紹介はしてくれないんですか!?」
少しの沈黙のあとに、ルシエルが声を上げる。
「そんな義理ないだろ」
「またそうやって咲月さんだけ特別扱いするんですね……」
「勘違いするな、他のやつでも紹介はする。ルシエルだからしないんだ」
「私の扱いだけ本当に酷くないですか!?差別ですか!?差別なんですか!?」
「馬鹿野郎、お前だから全てを任せられるんだ」
「なるほど、それほど信頼されていたとは」
チョロい。
神と言えども、所詮こんなもんだ。
でも、ルシエルを神の基準にするのは他の神に失礼かもな。
「では、改めまして。私、ルシエルと申します。以後お見知りおきを」
ルシエルのきれいな挨拶に、ドモンドとエルが少したじろいだ。
「もしかして、みなさまは貴族様ですか?」
「いや、まさか」
どうやらルシエルの礼を見て勘違いしたらしい。
もっとも、貴族や王族どころか、ルシエル自身は神だ。
「焦ったぜ兄ちゃん、もし貴族様だったらあんな態度取れないぜ。俺はドモンド・グラッソだ」
「シンジさんにサツキさん。変わった名字ですね」
「いや、名字は今川のほうだ」
「数十年この店で働いてきたが、名字が最初のやつなんて初めてだ」
ドモンドが顔に驚きの表情を浮かべる。
地球でさえ名字が先なんて東アジアくらいだ。彼らが知らなくても不思議ではない。
「その名前といい服といい変わってんな」
「俺たちの故郷はかなり遠いところにあるからな、文化が違ってもおかしくないだろ?」
「それもそうだな。俺のことは好き呼んでくれ」
「なら、第一印象から思ってた『おっさん』と呼ばせてもらうよ」
「コイツ、この俺を前にこの態度たぁ良い度胸だ。ますます気に入ったぜ!」
なぜだかおっさんとは上手くいきそうな気がした。
こっちの世界の人とのファーストコンタクトとしては悪くは無いだろう。
これからも良い関係を築いていきたいところである。
「それじゃあ後一部屋用意できるか?」
「ああ、できるにはできるが、本当にバラバラで寝るのか?仲よさそうだが」
「大丈夫だ」そう答えようとしたら、ルシエルが前に出た。
「では三人部屋にして下さい」
ドモンドはルシエルの申し出に納得したようだったが……
「断る」
「嫌です」
俺と咲月が許さなかった。
「なんで咲月さんまで即答!?」
「えっと、その……」
咲月が嫌がるのも当然だ。
今日会って数時間のやつと一緒の部屋で寝るなんて、ごめんだ。
「仕方ないですね……では、ドモンドさん、少し耳を貸して下さい」
「ん?何だ?」
耳を寄せるドモンドに、ルシエルが二人に聞こえない声で話す。
そもそも俺が部屋を借りることになっていたのに、なぜこうなったのだろうか。
話が終わり頭を引くとドモンドがにやりと笑う。
「分かった、すぐに部屋を用意してやる」
袋を持って店の奥に消えていき、すぐに戻ってきた。
その手には鍵が二つ握られている。
「ついてきな。エル、こっち任せたぞ」
「はい」
階段へ向かうドモンドの後ろに続いて歩く。
二階通り過ぎて三階の廊下の一番奥まで歩き、部屋の前で足を止めると持っていた片方の鍵で開錠する。
「この部屋を使ってくれ」
中にはベッドと机が一つずつあり、中はキレイに掃除されていて、入ったときの印象は良い。
泊まるだけなら問題なく寝ることができるだろう。
「では、ここは私が使いますね。お休みなさい」
ルシエルはそそくさと部屋に入るとドアを閉め、内側から鍵をかける。
よくよく考えるとテレビもなにもないこの世界で、あのしつこいくらい絡んでまくるやつは寂しくないのだろうか。
いろいろ考えてみたが、そのうちふらっと出てくるだろう、という結論にいたった。
「お前たちの部屋は向かいの二人部屋だ」
ドモンドは残っていたもう一つの鍵を信仁にポーンとなげる。
客に対してこの態度はいいのだろうか。
いや、良いはずはないが俺も咲月も大して気にしてはいない。
ずかずかと歩いて行く後ろ姿に礼を言って見送る。
ドモンドは前を向いたまま片手を上げることで返事をする。
「じゃあ、俺たちも寝るか」
「そうだね、ちょっと疲れちゃったし」
咲月はふぁ~と可愛く欠伸をした。
魔法を使うと思いのほか体力を消費する。
最初、魔法を使ったときは気づかず、この疲れはドラゴンから逃げ回っていた時のアドレナリンが切れたのだと思っていたが、そうではなかった。
魔力がなくなると死ぬということもあるし、疲れるとそれだけで集中力が切れる。
魔法の使いすぎには気をつけよう。
ドモンドからもらった鍵でドアを開ける。
二人部屋だと言っていたからベットが二つあって、ルシエルの部屋よりも広いだろう。
そう、期待を膨らませて部屋へ入る。
「結構広いね」
「ああ、窓からの景色も悪くないけど……」
予想以上に部屋は広く、絨毯も敷いてあって、角部屋であることから二つある窓からは、静まりかえった街並みが見渡せる。
しかし、問題が一つ。
「ベットが一つしかない!」
正確にはベットが一つではなく、ダブルベッドが一つある。
「どうしてこんなことに…………はっ!あの時か!」
先ほどカウンターでルシエルとドモンドがこそこそとしていたのを思い出す。
今この状況になって何を話していたのかがようやく分かった。
そしてこの事態を手引きした張本人二人、ルシエルは部屋にドモンドは一階に──おそらくもう隠れているだろうが──逃げてしまっている。
こうなってはもうどうすることもできない。
「やられた……」
昔はよくお互いの家で泊まったり、一緒に風呂も入ったりしたが、それも何年も前のことだ。
別に「やめよう」と言ったわけではないが、今となっては恥ずかしくてできない。
思春期にもなれば、若い男女が一つのベッドで寝ることの意味も自然と分かってくる。
咲月も状況を理解しているようだ。
この状況をどうにかしようと頭を巡らせるが、疲れのせいで正常に頭が働かない。
「お、俺は床で寝るから、咲月はベッドを使ってくれ」
必死に頭を絞り、ようやく出した答えがそれだ。
ぎこちない足取りで部屋の隅へと足を進める。
しかし、その歩みは制服の裾を引っ張られることで止まった。
「さ、咲月……?」
俯いて表情は分からないが耳が赤くなっている。
「信仁は、私と一緒に寝るの……いや……?」
咲月はそっと顔を上げる。
「っ……!」
上目遣いでそれは反則だ!
さらにいえば、少し赤くなった頬と涙ぐんだ目は、なんとも色っぽい。
そんな咲月を前に、心臓は今にも張り裂けそうなほど鼓動を早くする。
そんな風に聞かれたら、嫌と言えるわけがないだろう。
「いいのか……?」
「ただ寝るだけなら……」
そうして俺たちは数年ぶりに同じベッドで寝ることになった。
二人がベッドに入って、約一時間後。
ある男は己の欲望と葛藤していた。
「眠れない!」
隣では咲月がすやすやと寝息を立てているので大声は出さない。
ベッドに入って直ぐは何ともなかった。
ただ、異変が起きたのは咲月が寝付いた十分後。
正面を向ける形で寝返りを打った咲月は、そのまま信仁に抱きつき、「信仁……」と寝言を言って動かなくなった。
信仁も一人の立派な男子だ。それなりに性欲もある。
だか、本能の赴くままに動く獣ではない。
だからこそかれこれ五十分も自分と闘い続けている。
「さて、この状況はどうしたものか……」
助けを求めるように誰もいない窓の外に目をやる。
星でも見れば少しは気が安らぐ、そう思ったための行動だった。
しかし、夜空に輝く星が見えるはずだった俺の目には、メガネをかけたふてくされた男の顔が映った。
「幸せそうですね……」
「ル、ルシエル、いたのか……」
「ダブルベッドの部屋を用意してもらって、からかうつもりでしたが……」
俺の顔から視線をずらす。
その先には本当に幸せそうな寝顔をしている咲月がいた。
「すぐに私の部屋に来てドアを叩きながら文句を言うかと思えば……」
次第にルシエルの目はじと目になっていき、ついには泣き出した。
それも血涙を。
「おい、いい年して泣くなよ。それと血涙流せるなんて器用だな」
それとなく慰めようとできるだけ優しく話しかけるが……
「だって、羨ましいんですよ!何ですか!?当てつけですか!?妙に静かだからこっそり様子を見に来てみればいちゃいちゃと!非リアの私からすれば、もう爆発しろってかんじですよ!」
「知るか!その性格直したら彼女の一人でもできるんじゃないのか?」
「できたら苦労しませんよ~……」
泣き言を言いながらすがりついてくる中年男なんて見たくもない。
しかもこれが神だというおまけ付き。
神様が恋愛のことで泣きついてくるなんて、千年かけても拝めないだろうなぁ。
かなり貴重な経験をした。
「まぁ、丁度よかった。話がある」
俺は真剣な顔で話を切り出した。




