9話目 初陣
あれからどれくらいたっただろうか……
時間の感覚などとっくの前に消え、頭に残るのは魔法を使うことと咲月のことだけだった。
『咲月を守る』それだけが意識を手放さないための鎖になっていた。
放つ魔法もただの火、水、風等の単純なものだった。
火なら火を、水なら水を、考えられるだけ考えた。
現代技術の知識なんか、これっぽっちもかすっていない、純粋なイメージ。
しかし、それは生活魔法の域を超え、ただの魔法と化していた。
その光景は、もはや狂っているとしか言いようがなかった。
冷たい水が頭からかけられる。
次第に感覚が戻り、朦朧としていた意識が覚醒する。
霞む視界の中でルシエルの伸ばした手から雫が滴るのを見ると、水魔法を使ったようだ。
「信仁さん、終わりましたよ」
「ぁ、ぁぅ……」
ルシエルは精神回復魔法をかけながら話しかける。
壊れかけた信仁の精神はすぐに治った。
「もう、二時間たったのか……?」
「はい、しかし、その間一度も気絶しないのは驚きました」
あれ以降気絶するごとにモンスターと戦ってもらおうとルシエルは考えていたが、結局最後まで信仁は耐え続けた。
「コアの数は?」
「九個です」
「き、九個!?」
「はい、間違いありません」
とんでもない数字が出てきた。
八個でも王国騎士団の団長クラスなのに、九個ともなれば世界に三人いるかいないかだ。
そして、ここにまた一人誕生した。
「何でそんなに……?」
「本来は気絶を境にモンスターと戦ってもらうのですが、一度も中断せずに取り込み続けたため、飛躍的に効果が発揮されたのでしょう。これは信仁さんの覚悟がもたらした結果です。誇っていいと思います」
急にそんなことを言われたら正直照れる。
あんまりこんな顔は見せたくない。
「早くはずしてくれ」
「はい」
照れ隠しにそっぽを向いてしゃべる信仁に、ルシエルは笑顔で返事をする。
その笑みにからかう意思はなく、親が子供に向けるような笑みだった。
外された金具から手を抜くと、手首にあとが残っていた。
それは信仁が必死に耐えた証である。
じんじんと痛みの残る手首を押さえながら、口を開く。
「で、次は?」
さっきの話からすると、恐らくモンスター戦だと思うが、一応確認する。
「実戦ですね。そしてこれが最後の特訓内容です」
やっぱりか。
草原と言うからには狼や猪のようなモンスターがいそうだ。
どんなモンスターにせよ、素人の俺は油断することは許されない。
「では、あれと戦ってもらいます」
ルシエルの指差す先には確かにモンスターがいた。
既に結界は解いてあるようで、うっすらとシルエットがみえる。
「象か?」
まだ距離は遠いが、そんな風にも見える。
ずしりずしりと、重い足音が近づいてくるとともにその全貌を現す。
その姿を見て信仁は驚愕した。
「いや……象なんかじゃないぞ!?」
高さ約10メートル、全長約15メートルはあろうかという巨体。
どうしてこんなにでかい生き物が立って歩けるのか不思議だ。
基本の形は象に近い。
しかし、その長い鼻の付け根にはサイのように鋭くとがった角。
その角の前で交差するほど大きい牙。
灰色の肌はよく見ると鱗で覆われている。
そして、赤黒く光るその瞳には明らかな敵意が籠っている。
「なんだよあれ!?見るからにヤバそうだけど!?」
「超危険指定モンスターです。その名を『エノルファント』」
超危険指定モンスターって、肩書きからしてかなり強いんじゃないか?
「普通は上級冒険者十人がかりで倒すのですが……今の信二さんなら大丈夫でしょう」
「いや死ぬって!」
「本当に危なくなったら助けに入りますから。もし信二さんに何かあったら、私が咲月さんに精神面で殺されてしまいます」
あーだ、こーだ言っている間にも足音はさらに重く大きくなっている。
だからといって、すぐ戦おうという気にはなれない。
「なんかアドバイスとかないのか?」
「そうですね、初陣の信二さんには三つ助言をしましょう」
三つと言わずいくらでも教えてほしいところだが、時間がない。
必勝法でも教えてくれれば万々歳だ。
「一つ目、魔力は体に纏わせることで身体強化ができます。
二つ目、エノルファントは関節部分の鱗が薄いです。
そして三つ目……」
そこまで言うと、ルシエルの体が空中に浮かび上がる。
本当にギリギリまで無干渉を貫くようだ。
そのまま30メートル程まで上ると、口元に手を添えて大きく息を吸う。
「迷わず全力で戦ってくださーい!」
「……………ふっ」
こんだけもったいぶって、言うことがそれかよ。
だが、どこまでもぶれないあいつを見てると、自然と笑いが出る。
笑ったら余計な緊張が解けた。
わずかに震えていた手を固く握り、上にいるルシエルに向けて突き出す。
「おう!任せとけ!」
さっきまでの逃げ腰とは違い、今はやる気に溢れていた。
アドバイス通り、魔力を体に纏わせる。
すると、自分の体じゃないみたいに軽く、力が湧いてきた。
「よし……」
感覚を確かめるように手を握ったり開いたりする。
自分の体がどのくらい動けて、どのくらいまで耐えられるのかをうっすらと理解する。
気づけばそいつは、目と鼻の先まで来ていた。
「さぁ、異世界でのデビュー戦だ………来い!!」
異世界だけではなく元の世界でも殺意のある本気の喧嘩はしたことはない。
しかし、相手は自然界で生きている。
一瞬の隙が命取りだ。
「パオォォォォォォン!!」
信仁の声に呼応するように、そいつは持ち前の鼻を高く上げ、叩き下ろす。
とっさに後ろへ飛び退くが、力加減に慣れてないため高く飛びすぎる。
「うお、高ぇ!」
驚くことに、その高さは約12メートル。
四階建ての校舎と大差ない。
「よっ、とと」
ぎこちないながらも地面に着地する。
その高さから着地しても怪我一つないのは、身体強化のおかげだろう。
「これは、行ける……!」
体の使い方のコツが掴めてきたところで、信仁は飛び出した。
その速度はオートバイを凌ぐほど速い。
10メートルくらいまで近づくと、今度は大きく伸びた牙を目掛けて跳ぶ。
走ってきた勢いに体重を乗せ、交差する牙の中心に、全力で拳を叩き込む。
「砕けろぉぉぉぉ!」
果たして、牙にはヒビが入り二本とも上半分が折れ、付け根の角を砕く。
更に信仁のパワーに耐えきれずエノルファントの前足が浮き、仰け反る。
「ウォォォン!?」
まさか人間に押し負けるとは思わなかったのだろう。
だが、ここでやられるだけなら超危険指定モンスターになっていない。
後ろに仰け反る力を利用して、鼻を振り上げる。
その鼻は見事に信仁を捕らえ、重い一撃を食らわせる。
「がはっ!」
後ろからの急な攻撃に対応できず、ダメージをもろに受ける。
信仁の体はエノルファントの遥か後方に飛ばされる。
受け身をとれたのが不幸中の幸いだった。
「いてて、強化してるとはいえ結構きついな……」
どうやってあいつに有効打を与えられるか考える。
考えていても、体勢を立て直し振り返るエノルファントから目を放さない。
「確か関節部分の鱗が薄いんだったな」
二つ目のアドバイスを思い出す。
関節と言えば膝の裏。
そこを使い物ならなくすれば簡単に動かなくなるだろう。
しかし、さっきのパンチで完全に警戒している今は、簡単に足元に潜り込めない。
そして、厄介なのはあの長い鼻。
叩かれて死にはしなかったが、無視できるものではない。
回避しながら攻撃するのは難しい。
「動きが止まればいいんだけどなぁ」
問題はどうやってその動きを止めるかだ。
あの鼻に対して接近戦は良くない。
さて、どうしたものか。
「……できるかどうかわからないけど、やってみるか」
地面にしゃがみこんで手をつき、魔力を放出する。
南極をイメージすることでここら一帯の地面を凍り漬けにしようと試みる。
すると、信仁を中心に地面が凍り始め、
それは波のように広がっていきエノルファントの足を地面に繋ぎ合わせた。
そして、これだけ広範囲の魔法が使えるのは、コアを九個も持っているからだ。
普通はホイホイ使えるものではない。
「このまま動きが止められたら一番いいが……」
信仁の思いも虚しく簡単に抜け出され、
向かってくる。
その巨体に似合わずかなり速い。
「そう簡単にはいかないよな……」
信仁も突進を避けるために動き出し、今度は氷で大きなドームを創る。
もとのイメージはイグルーだが、隙間は一切無く、二人と一頭を閉じ込める。
エノルファントはそんなことお構いなしと言わんばかりに、攻撃の手を休める気配はない。
「もう少しいけるか?」
隙を見てもう一度ドームを創る。
今度はもう一回り小さく、そこそこ距離がとれて、動き回れる程度。
ルシエルは蚊帳の外にされたが、透視の魔法で中を覗く。
エノルファントは、今度ばかりは狭いことに苛立ちを覚え、ドームを壊そうとする。
「余所見すんな、お前の相手は俺だ」
信仁は殴って相手の注意を自分に向けさせる。
エノルファントはハエを払うように鼻を振り回すも、信仁には当たらない。
その後もひたすら攻撃を避け続けた。
───────二時間────────
変化が起きた。
「ウォォ……?」
途端にモンスターの動きが鈍くなる。
エノルファント自身も体が動かなくなってきたことに疑問をもつ。
「やっとか……」
この瞬間を見逃さず、信仁が仕掛けた。
走りながら氷の長い棒を造り出し、懐に飛び込む。
体が言うことを聞かないエノルファントは、ゆっくりと動き出す。
しかし、信仁も反撃を許すほど愚かではない。
移動しようと片足を上げたところで、地面についているもう片方の膝の裏を狙う。
そして、三つ目のアドバイス。
「迷わず、全力で戦う!」
自分の出せる全ての力を込めて氷の棒を叩きつける。
「ふんっ!」
「パオォォォォォォン!?」
案の定バランスを崩すエノルファントに、素早く側面から打撃をいれると、大きな音をたてて倒れた。
起き上がろうと必死にもがくが、さっきの一撃で骨が折れたため、起き上がれない。
そもそもこんなに大きな象型のモンスターが自分で起き上がるのはほぼ不可能だ。
こうなってしまっては、後は死を待つだけ。
この勝負、紛れもなく信仁の勝ちである。
「思った以上に時間にかかったけど、何とかなったな……」
一息ついたところで氷のドームが光になって消えていき、ルシエルが拍手をしながら降りてきた。
どうやらドームの消滅はルシエルの仕業らしい。
「おめでとうございます。見事な勝利でした」
「あんまり言うな、見事なんてもんじゃない」
「確かに時間はかかりましたけど、文字通り倒したんですから。しかし、あんな方法よく選びましたね」
「身体強化てても、怪我したら咲月を心配させるからな」
「でも、酸素が薄くなるまで待つなんて、自分まで動けなくなったらどうするんですか?」
「お前がいるからその状況に甘えただけだ。だから見事なんて言うな。それに、酸素を薄くするだけじゃないしな」
そう、信仁には二つの考えがあった。
一つは会話の通り、密閉空間のなかで闘い、空気中の酸素濃度を薄くすること。
エノルファントの方が大きいため、より酸素を必要とする。
信仁よりも先に酸欠になるのは当然だ。
もう一つは、氷のドームを創ることで気温を下げ、動きを鈍くさせることだ。
生物は寒くなるとエネルギーを温存して、体を暖めることに専念しようとする。
結果、脳はその他の動きは不要と考え、動きを鈍らせる。
幸い、信仁は自身を強化していたため、動きが鈍ることはなかった。
作戦というには欠点だらけだが、無事に勝利を納めることができた。
「で、こいつどうする?」
後ろでもがくエノルファントに目を向ける。
そいつの瞳は敵意から恐怖の色に変わっていた。
「どうします?骨から皮まで、解体して売れば結構な額になりますよ?」
「……いや、別に金が欲しいわけじゃ……ん?」
動かす左後ろ足に、何やら光るものを見つける。
歩みより、確認しようとするがよく見えない。
「動くな」
そう言って手のひらを前に突きだすと、ピタリと止まる。
どうやらこちらの意思は通じたようだ。
俺を怖がっているのか、近づくにつれて、動きはしないものの顔がこわばる。
構わずしゃがんで、それを見ると、なんと画鋲が刺さっていた。
それを引っこ抜き、ルシエルに見せる。
「なあ、これって……」
「ええ、私ですよ」
「なにやってんだよ!」
「普段は温厚な性格だから、こうでもしないと暴れませんからね」
「いつ刺したんだ?」
「信二さんをイスから解放したときに、私達が見えるところにちょっと浮かせて転移させて、その真下に画鋲を置きました」
こいつ完全に被害者じゃん!
無理矢理転移させられて、画鋲刺されて、痛みで暴れてたら、俺にぼこぼこにされて。
流石に可哀想だわ……
「はぁ、本当なにやってんだよ……」
「あははは」
笑い事じゃないと思うけどな、だから彼女ができないんだよ。
「今失礼なこと考えませんでした?」
「別になにも?それより、こいつは助けてやりたいな、元はと言えば俺達のせいだし」
「それなら、回復魔法の練習もかねてやってみましょうか」
「俺にできるのか?」
「できますとも、怪我の場合は魔力の一部を自分と繋げたまま相手に流し、患部に直接、包帯を巻くように纏わせてください。ちなみに自身にするときも同じ方法でできますよ」
簡単そうにいうけど、難しくないか?
そう思ったが、やってみないと何も変わらない。
言われた通り、エノルファントに魔力を流す。
怪我の位置を探るように魔力を巡らせる。
「やっぱり膝が折れてたか。ごめんな、角も骨折も直ぐに治してやるから」
コアの質によって回復速度が変わってくる。
勿論、信仁のコアの質は数と同様に、ずば抜けて良かった。
「どのくらいかかるんだ?」
「その程度の傷と今の信二さんでしたら、角も含めて十五分くらいですね」
十五分で全ての怪我が完治って……
外科の先生が聞いたらひっくり返りそうだ。
───────十五分後───────
牙が折れたところに少し傷が残ったが、だいたいの治療は終わった。
「治ったのはいいが、起こせるか?」
「お安いご用です」
ルシエルが人差し指をスッと上に上げると、エノルファントの体が浮かび上がり、そのまま着地させる。
「プオォォン!」
無事に立てるようになったエノルファントは嬉しそうに動き回る。
その後、俺の元まで駆け寄り、鼻を擦り付けてくる。
どうやらなつかれてしまったようだ。
超危険指定モンスターだが、案外可愛いもんだな。
「一度ぼこぼこにしたとはいえ、治療してくれた信仁さんの優しさに引かれたのでしょうね。」
「そっか」
照れ臭くてそれ以上返せなかったが、悪い気分ではない。
「じゃ、帰るか」
「そうですね」
俺達はエノルファントに別れを告げ、転移魔法でエスワールに戻ることにした。
色々あったが、その分経験できたし、新たな出会いもあった。
今夜限りの特訓は、思い出に残るくらい、本当に楽しかった。




