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10話目 新しい家

草原からエスワールに転移する。

しかし、着いたのは見覚えのない建物の裏だった。

転移する場所を間違えたのだろうか。

なんにせよ、今日はもう疲れたからラズベアに戻って寝よう。


「あ、待ってください」


歩き出した信仁を、ルシエルが呼び止める。


「なんだよ?」

「寝る前に汗を流していきませんか?大分汚れましたし」

「シャワーでもあるのか?」

「銭湯があるんですよ」

「マジか」


まさかクレアシオに大きな浴槽に大勢で入る文化があるとは、予想外だった。

確かに汗もかいたし汚れもした。

このまま寝るのも気持ち悪いので、折角だから入って帰ることになった。


「どこにあるんだ?」

「ここです」


表へ出てみると、本当に銭湯だった。

ここへ転移したのはそのためだ。

信仁が入らないって言ったら無駄足なのが、気を使ったルシエルに信仁は気づいた。

その優しさは素直に心の中で感謝する。


「はぁー、あったけー」

「ははは、おじさん臭いですよ」

「うるせー、お前が言うな俺より年とってるだろ」

「あ、酷いですね、確かにそうですけどあなた方でいう二七くらいなんですよ。実年齢は伏せますけど」


年齢はまともに聞いてなかったが、そんなに若かったとは知らなかった。

顔の割にちゃらんぽらんなのは納得した信仁。


「へー、意外。若く見えるだけでもっとおっさんだと思ってた」

「それ、割りと傷つくのでやめてください」

「はいはい」


幸いにも、男湯は貸切状態だった。

さっきの闘いで冷えた体に、お湯の温かさがよくしみる。

当然、緩んだ声も出る。


「そういえば、信仁さんと咲月さんは何歳ごろから仲が良かったのですか?」

「急だな、何でそんなことを?」

「ただの好奇心です」

「……ま、いいか」


人の過去をベラベラと喋るやつでもないだろう。


「そうだな、咲月と出会ったのは五歳頃だな……」



きっかけは水無瀬家が今川家の隣に引っ越してきたことだった。

以前は団地に住んでいたが、思い切って家を買った水無瀬父。

父親同士が仕事の同僚なのは全くの偶然で、水無瀬父が引っ越しの挨拶に来たときの父親の顔は、信仁は今でも覚えている。

かなり驚いていたことを思い出し、笑いが出てくる。

そして、そこで初めて咲月に出会った。

今では考えられないが、咲月は内気な性格で、その時も水無瀬父の後ろに隠れていた。


『さ、信仁も挨拶しなさい』

『いまがわしんじです。よろしくおねがいします』

『信二くんか、よろしくね。ほら、咲月も挨拶』

『…………み、みなせ、さつきです……』


顔を出したと思ったら、またすぐに隠れてしまった。

あのときの信仁は何を思ったのか、咲月に手を差しだしていた。


『あそぼ?』


咲月は信仁の手をじっと見つめて、自分の父に視線を向ける。


『行っておいで』


微笑む水無瀬父は、咲月の頭を撫でながら優しくそう言った。

恐る恐るといった様に手をとった咲月を信仁は外に連れ出した。

それからはほぼ毎日と言っていいほど一緒に遊んだ。

最初は信仁から誘うことがほとんどだったが、次第に咲月からも誘うようになった。

毎日が楽しくてどうしようもなかった。

今思えば、最初に連れ出したのが明るい咲月になる第一歩だったんだと思う信仁。

時間と共に笑顔が増え、活発になっていった。

その笑顔を守るためなら、信仁はどんな努力も惜しまないつもりだ。


「……ってわけだな。」

「なんか、普通って言うか、よくあるパターンですね」


ものすごくつまらなそうな目を向けるルシエル。


「そんなこと言ったってそれが事実なんだからどうにもならん」

「だったらなんで咲月さんを好きになったんですか?」

「いや、それは……」


流石に口にするのは恥ずかしい。


「あ、照れてる照れてる~」


ここぞとばかりに冷やかしてくる。

この顔でこの乗りは正直鬱陶(うっとう)しく思う信仁。


「のぼせるから俺はもう上がるぞ!」


赤くなった顔を隠すように信仁はそそくさと出ていく。

ルシエルは目で追いながら、からかいすぎたことをほんの少し反省した。


「しっかりしているようでも、中身はまだ子供でしたね」


ルシエルも風呂から上がると、ラズベアまで並んで帰るのだった。





「では私はここで、今度こそお休みなさい」

「ああ、今日はありがとう」


各自の部屋の前で別れ、そっと扉を開けて中に入る。

咲月はまだ寝ているようだった。

静かにベッドに入り、何もなかったかのように眠ろうとした、その時。

誰かが信仁の手を強く握る。

咲月だ。


「お、起こしたか?」

「………起きてた」

「あー、えっと……」


それはつまり、信仁が外に出たのはすでにバレていた。

別に特訓のことは本気で隠すことでもないので話す。


「実はな、さっきまで───」

「ルシエルさんと特訓してきたんでしょ?」


話してもいないことを信仁が言う前に図星をつく。

信仁は咲月がそう言ったことに驚く。


「なんでわかったんだ?」

「信仁とルシエルさんの会話、聞いてたから」

「そんなに前から起きてたのか」

「うん……信仁が私のために強くなろうと努力してくれるの、凄く嬉しかった。でもね……」


そこで言い淀《よど》むと、更に強く手を握る。


「寂しかった。ほんの少しの間だから大丈夫だと思ったけど、凄く不安だった」


声と手が震えているのが伝わってくる。

そうだ、信仁は一番大切な咲月の気持ちを考えてやれてなかった。

咲月だってつい最近まで中学生だったし、女の子なのだ。

突然右も左もわからない異世界に飛ばされて、何が起こるかわからない場所に一人でいたら、不安だし怖いだろう。

それなのに信仁は一人で勝手に安全なルシエルの傍で強くなるとか言っていた。

それに気がついたとき、情けなく思い、自分自身に憤りすら覚える。


「ごめん」

「いつまでたっても戻ってこなかったから、何かあったんじゃないかって、そんなことばっかり考えて……」


僅かに鼻声の混じった言葉を投げ掛けてくる。


「ごめん、もう勝手に居なくなったりしないから」

「約束だよ?」

「ああ、約束だ」


そう言って小指を差し出す。

咲月も小指を絡ませてくる。

またひとつ守る約束が増える。

咲月の頭を抱え、ぎゅっと抱き締める。

放すもんか、絶対に。





「落ち着いた?」

「うん」


震えも止まり、いつもの声に戻った。

思い返してみると、なかなかのバカップルを実感する信仁。

ルシエルが自分たちを見たらまた泣くんだろうと、その悔しそうな顔を思い浮かべる。


「ねぇ、それとは別にさ……」

「ん?」

「なんか、石鹸の良い香りがするんだけど……」


それは、銭湯に備え付けの石鹸で洗ったから当然だろう。


「ああ、銭湯に行ってきたからな」

「え!?銭湯があるの!?」

「結構いい湯だったぞ」

「ずるい、私だって汗かいたのに」

「俺は気にしないぞ?咲月はいつだっていい匂いだし」


頭に鼻を近づけてけて匂いをかぐ。

なかなかの変態行為であるが、自分の欲望が出る信仁。


「か、かがないで!私は気にするの!」


離れようとするが、がっちり捕まえているので離れられない。

さらに、照れてる咲月も可愛いと思う。

かなり危ないラインだが、恋人だから問題ないと現実逃避する信仁。


その日はなんとか咲月を説得して、眠りに着いた。

今度はぐっすりと眠れ、二人が起きたときには十時を過ぎていた。



先に目を覚ましたのは咲月。

僅かの差で信仁も目を覚ます。

眩しい日差しに目を細める。


「ふぁ~、おはよう信仁」

「ん、おはよう」

「ふふ、なんか新婚さんみたいだね」

「あと三年もすればなれるぞ」


数秒見つめ合い、笑みをこぼす。

こんな小さなことに幸せを感じる。

この幸せがずっと続けば良いな、そんなことを考える。


「 朝からお熱いですね」

「うお、ルシエル」

「居たんですか」


入り口の前で青筋を浮かべて笑顔で立っている。

幸せの一時《ひととき》を壊されてしまった。

空気を読んでほしい信仁だが、ルシエルはわざとやっていた。


「ノックくらいしろよ」

「朝食の用意ができていると、ドモンドさんが呼んでましたよ」


再びスルー。

場の空気を読むのは大事なことだ。

とはいえ、少し腹が空いているのは間違いなく、遅い朝食を食べに部屋を出る。

ついでに、制服のまま寝ていてシワが付いていたが、ルシエルが魔法で直した。

改めて魔法の便利さを実感する二人。


一階へ降りると、昨夜よりも賑わっていた。

この時間から酒を飲むもの、馬鹿話に花を咲かせているもの、隅の方で小銭を広げてため息をつくもの、いろいろだ。


「おう坊主に嬢ちゃん、昨日はゆっくり寝られたか?」

「ああ」

「お陰さまで」

「そいつは良かった。ほれ、そこの席を空けといたぞ」

「こんなことまでしてくれるのですか?」

「いや、俺がお前らを気に入ったからだ」


ガハハハと豪快に笑うドモンドだが、特定の客にそこまで贔屓《ひいき》しても良いのだろうか。


「悪いな」

「バカ、そこは詫びじゃなくて礼を言うんだ」

「ははは、そうだな、ありがとうおっさん」

「ありがとうございます」

「よし。エル!そこの三人に朝飯を持ってきてくれ!」

「はーい!」


少し離れたところで料理を運んでいたエルに声をかける。

それに大きな声で答えるのは、元気な証拠だ。



「で、今日の予定は?」

「これから暮らすのに必要な家具や日用品を揃えようかと」

「家具なんてどこに置くんですか?」

「新しい家に決まってるじゃないですか。いつまでも宿暮らしなんてお金がかかりますからね」

「ならなんで昨日は宿に泊まったんだ?」

「急なことだったので手配に時間がかかりました」


なにも考えてないように見えるけど、いろいろしてくれている信仁。

すると、厨房から料理をもって近づいてくるエルが視界のはしに入る。

見える範囲で献立は、スープ、パン、サラダ、それと何かの肉だ。

健康に良さそうな上になかなかのボリューム。


「お待たせしました。サラダ、ミトルのミルクとコモのスープ、パン、ミトルの胸肉の塩焼です」

「美味しそうだな」

「うん、早く食べよ」

「それでは頂きます」


最初に信仁は肉を、咲月はサラダ、ルシエルはスープに手を付けた。

三者三様の顔を見せる。ただ、不満そうな顔の者は一人もいない。


「この肉、あっさりしてるけどしっかり味がして、塩加減がちょうどいい」

「サラダも新鮮で美味しい。普段はドレッシングをかけるけど、無くても全然食べられる」

「こっちはスープと言うよりもシチューに近いですよ。コモはジャガイモに似ています」


各々満足そうに食べ進める。

それを見て、エルが微笑んだ。


「みなさん美味しそうに食べますね」

「そりゃあ、うまいからだろ」

「ふふふ」

「エルちゃーん、こっちいいか!」

「はーい、ただいま!」


客に呼ばれて駆け足に去っていくエルを目尻に、残りを食べる。




「「「ごちそうさまでした」」」

「うまかったな」

「良いところだったね」

「では、お腹もふくれたところですし、家を見に行きますか。実は私もまだ見たことないんですよ」


町中で瞬間移動するわけなもいかないので、徒歩で移動する。

ここら辺は宿や商業地帯なので、住宅街にある。


「へー、結構いいじゃん」

「風情があるね」


そこにあったのは、この世界の雰囲気によく似合う、三角屋根のレンガ造りの家だ。


「鍵を渡しておきますね」


ルシエルから一人一本ずつ鍵を渡される。

さっそく木造の扉を開けて中に入る。

家具をこれから買うためこれと言った物はないが、共有スペースがある。

リビングという位置付けで良いだろう。

リビングは真ん中にテーブルと人数分のイスがあって、隅に暖炉があるだけ。

もちろん暖炉に火はくべられてなく、まるで冬の訪れを待っているように座っている。

玄関から見て左側に一部屋あり、ラズベアの二人部屋より少し狭い。


「二階にも同じ作りの部屋が四部屋あります」

「三人で暮らすには広くないか?」

「広いに越したことはないですよ」

「そんなもんか」

「はい、そんなもんです」


その部屋は客間にするとして、隣はキッチン。

信仁も咲月ほどではないが、料理はできる。使い方さえ慣れれば大丈夫だ。

今度は右側に目をやる。


「ここは?」

「トイレです」

「ふーん…………って、なんだこれ!?」


そこにあったのは、信仁が普段使っている洋式トイレそのものだった。

ここに来て、急に世界観がぶち壊される。

正直助かる二人だが、本当にいいのか不安になる。

こっちの世界の人が見たら驚くのではないだろうか。


「これって、大丈夫なんですか?」

「はい。こちらの世界の人間が入ると、それに合わせて形状が変化する都合のよすぎる機能が付いてますので」


親指を立ててキメ顔を向ける。

二人があきれるくらい都合がよすぎる。

リビングの奥には二階へ上がる階段があり、途中で折れて横から見ると『く』の字になっている。

上りきると、横に長い廊下を挟んで二つずつドアが並んでいる。


「「咲月は(信仁は)どの部屋がいい?」」


二人の声が重なった。

微妙な沈黙が流れる。


「………なら、俺はこっちかな」

「じゃあ、私はこっち」

「私はここで」


結局、信仁と咲月は向かい、ルシエルが信仁のとなりという形で落ち着いた。


それから信仁たちは家具や服、食器等を買いに、再び街へ足を運んだ。

買ったものは荷馬車を借りて持って帰った。

面白いことに、荷馬車に魔力を込めると車のように車輪が回り、難なく運ぶことができた。

ただ、速度や距離はコアの質と数が作用するため一般的には操作が難しく、この方法はあまり使用されない。


身体強化をして、自分達で家具を運び入れる。

なにもなかった家は、家具を入れるとそれらしくなった。

早く新しい家になれて、くつろげるようになろう。

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