11話目 学園見学
「さて、ある意味引っ越しは終わったわけだが……どうする?」
家具の運び入れが終わり、暇な時間ができた。
特にすることはないが、何もしないのは味気ない。
「そういえば、学校に行くとか言ってたな。いつから行くんだ?」
「明日入学試験ですよ」
毎度のこと、ルシエルは信仁たちに急な話を持ってくる。
当然、あまりに突飛な話に困惑する。
二人に回ってくる情報が圧倒的に足りていない。
どんな試験かもわからない上に、準備も無し、そんな状況で受けるなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
つい最近まで高校の受験勉強に励んでいた二人は、受かるまでの辛さを忘れるわけがない。
「………お前、一回知ってる情報を洗いざらい喋れ」
「試験内容はコアの数と質の測定値、そして実技です。この世界での試験勉強と言えば、合格ラインまで己を鍛えることですね」
信仁を華麗にスルーしたルシエルは、ざっと試験内容を話す。
しかし、異世界だけあってその内容は地球とは大きく違う。
当然と言えば当然だが、ついつい自分達の生活の概念がその事を忘れさせる。
「実技って、どんなことをするんですか?」
「やっぱり魔法の技術を見られるのか?」
「いえ、受験者同士で模擬戦です」
これには困る二人。
もし相手に勝てば、普段争うことが少ないため、喜びよりも罪悪感の方が勝る。
「入学試験とはいえ、勝った方は相手に申し訳ない気がする……」
「そうだな……」
「あ、心配しなくても大丈夫ですよ。実技はコアの数、質を含めた三観点の一部であって、実技で負けてもその戦い方であったり、素質があれば採用してくれます」
「へー、結構ちゃんとしてるんだな」
「要するに全力の自分が評価の対象なんだ」
以外にもクレアシオの人を見る基準は、地球よりも平等ではっきりしたものだった。
「なんなら、今から学園の下見にでもいきますか?」
「行けるのか?」
「私、行ってみたい!」
咲月が目を輝かせて言う。
好奇心があるのは良い所だが、たまに危なっかしい所もあるため、その都度信仁が気を配っていた。
しかし、一度見ておきたいのは信仁も同感である。
パンフレットも何もないから、何かしらの情報がほしいのだ。
「では、さっそく出掛けましょう」
学校は家から約一キロの所にあり、程よい距離にある。
寮に入ることもなく、毎日家から通うことができるだろう。
住宅街と商業地帯の間を抜けるとすぐに現れたのは、人々の行き交う賑やかな大通り。
子供から老人、荷馬車から見るからに高そうな馬車まで様々。
道の反対側にはどこまでも続く長い塀があり、その上から覗く学校の校舎であろう建物はもはや学校で連想できる大きさではない。
「それにしても……」
「大きいね……」
「「門が」」
フランスのエトワール凱旋門を彷彿ほうふつとさせる、大きな門。
フランスのそれと比べるとやや横に長く、鉄格子の扉がついている。
しばらく見上げていると、鉄格子の隅にあるくぐり戸から門番らしき男が出てきた。
「何者だ?ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
早速足止めを食らった一行、本当に見学なんてできるか心配になる信仁。
「おい、どうするんだよ」
「お任せください………………私たちはここの学園長に急用があって参りました。中に入れていただけますか?」
「そんな予定無かったはずだか」
「だから急用なのです」
勿論全てでっち上げ、いずればれる嘘だ。
「名前は?」
「私はルシエル」
「信仁だ」
「咲月です」
門番はまじまじと三人の顔を半信半疑で眺め、「少し待ってろ」と言うと再びくぐり戸から戻っていった。
「引くに引けなくなったね」
「本当だよ……」
「大丈夫です」
「根拠は?」
「私の勘」
「その自信がどこから来るのか知りたいよ」
その自信を少し分けてほしくなる信仁。
そうすればもう少し大胆に──いろんな意味で──行動できるだろう。
数分してさっきの門番が戻って来た。
「学園長の許可出た。付いてこい」
「お勤めご苦労様です」
「ど、どうも」
「ありがとうございます」
校舎と門の間をつなぐ石畳の道。
中間辺りで十字に分かれ、一面の芝生を四つに分ける。
四方にそれぞれ噴水がおかれ、さらに十字路の真ん中にひときわ大きい噴水が大量の水を吹き上げている。
実際に校舎に入るととにかくその広さに圧巻される。
早く道を覚えないと、いつか迷子になりそうだ。
彼ら以外は誰もいない廊下に四人分の足音が響く。
「ここだ」
足を止めた先には他と比べると豪華な扉が待ち構えている。
門番は一歩前に出て静かにノックをする。
「学園長、先の三人をつれて参りました」
「……どうぞ」
少し遅れて中から女性の声が聞こえた。
扉を開け、首を振って指示を出す門番に従って中へ入る。
まず目についたのは、奥の壁いっぱいに広がる窓。
開閉のできないフィックス窓で、学園を見下ろすことができる。
横の壁には壺等の骨董品が並べられ、そのうちの一つであるホールクロックが鳴らす秒針の音は、それまでこの部屋が静寂に包まれていたことを印象づける。
また、校長室特有の高級そうなソファー等はなく、学園長自身が作業する机と椅子があるだけ。
そして、その椅子に座り羽ペンをせわしなく動かしていたこの学園の主あるじは、一段落ついたのか小さく息を吐く。
「さて、何の用かしら?」
片手で眼鏡を押し上げ、優しい声で尋ねてくる。
おそらく歳は二十代後半。
その年でこれほど大きな学園の学園長になれるのは不思議だ。
何か地球とは違う判断基準があるのだろう。
「実は、こちらの二人が、明日の入学試験を受けることになっていましてね」
「その合格の手引きをしろと?」
学園長の目が眼鏡越しに鋭くなるのがわかった。
そんな事を言っても無駄だから帰れ。
そう言わんばかりの強い視線。
端はなからそんなつもりはないが、少し鳥肌が立つ二人。
「まさか。入学試験程度、簡単に通りますから」
「ふーん、かなり自信があるようじゃない」
互いに含みのある笑みを浮かべる。
その雰囲気に顔が強張る咲月と信仁。
それと、しれっと合格のハードルを上げるルシエル。
信仁も咲月も自信があるなんて一言も言った覚えはない。
「だったら本当に何のために来たの?」
「これから過ごす学園の見学です」
それを聞くと学園長はポカンと少し間の抜けた顔をする。
それもそのはず、過去を見ても入学試験前日に学校を見学したいなんて言う人間は誰一人もいなかったからだ。
金を積み上げて、子供を合格させろと言う貴族は山のようにいた。
だが、こんなことを言うやつは初めてだ。
「あははは!あなた気に入った。いいわ、私が案内してあげる」
「お仕事はよろしいので?」
「ええ、さっき終わったから」
そう言って手元にあった水晶に手をかざすと、青白く光始める。
数秒後、水晶の向こうに人の気配を感じる。
「書類、書き終わったから取りに来といて」
そのまま相手の反応を待つことなく水晶から手を離す。
あの水晶は、地球で言う電話の役割だろう。
「それじゃあ行きましょうか」
「その前にお名前を聞いてもよろしいですか?」
「あ、そういえばまだだったわね。ルーシア・アルドレイドよ、よろしくね」
「私はルシエル。こちらは信二さんと咲月さんです」
二人のことをさん付けしたことに疑問をもったのか、少し首をかしげる。
「あら?三人の関係は?」
「私は一応の保護者で、二人は……」
いつからルシエルが保護者になったのかは置いといて、その設定なら一時的に預かっている兄妹とかが妥当だろう。
それでもさん付けも少し不自然である。
「夫婦です」
「「まだ違う(違います)!!」」
とっさに信仁がルシエルの後頭部を叩こうとしたが、あっさりとしゃがんでかわされ、そのまま空を切る。
「『まだ』ね~。しかも息ピッタリ」
「いつもこの調子なので飽きないんですよね~」
この二人と同じ空間にいたら手も足も出ないことを察する二人。
二人揃ってさっきとは違う、明らかにからかって楽しんでいる笑み。
早く案内をしてほしい二人だった。
それからは長かった。
大講堂、教室、グラウンド、食堂等。
学園そのものが広いだけあって、場所と場所がはなれている。
さらに事あるごとに二人係でからかってくるため、ひどく疲れる。
だが、同時に楽しくもあった。
からかわれたことではなく、見たことない建物や面白いデザイン。
上級生の授業もこっそり見させてもらった。
これからここに通うのだと思うと、少し心が弾む。
きっと充実した日々になるだろう。
入学試験に受かればの話ではあるが。
気づけば日も傾き、帰るにはいい頃合いだ。
帰りに食材を買って帰り、咲月が夕食を作るという話になった。
久しぶりに食べる咲月の手料理に信仁は楽しくなる。
「今日はありがとうございました」
「いいえ、私も久しぶりに楽しめたわ。ありがとね。それと、明日の試験も頑張りなさい」
下の門まで見送ってくれた学園長にお礼を言い、学園をあとにする。
昼間は人の多い大通りも、今はぽつぽつといるばかり。
素早く買い物を済ませて、家に向かう。
「「ただいまー」」
「お帰りなさい」
誰もいないとわかっていても、その言葉が自然と出てくる。
そして、そんな信仁たちにルシエルはそう言ってくれた。
いつもはあんなだが、これがあるから憎めない。
「それじゃあ、すぐご飯作るね」
「手伝おうか?」
「大丈夫、先にお風呂……は無かったね」
この世界は、家に風呂があるのは金持ちくらいで、普通は濡らした布で体を拭くか、少し贅沢するときは銭湯だ。
「なら、造るように天界に掛け合ってみましょう」
「本当か?」
「ええ、そのくらいなら」
毎日銭湯に行くのも難しいし、自宅に風呂があるのは助かる。
今すぐには難しいだろうから、できるまでは我慢だ。
咲月が手早く夕食の用意をすませ、食卓に料理が並ぶ。
今日の献立はオムライスとサラダ。
サラダは既にラズベアで食べて味を知っているが、オムライスは咲月の手作り。
さっそく頂くことにした。
「美味い」
「美味しいですね」
ケチャップの味がしっかりしつつも、その他の食材を邪魔しなていない。
また、少し薄味で疲れた体でもスプーンが進む。
最後に食べたときよりも格段に美味くなっている。
「よかった。使ったことがない材料だったから少し不安だったんだ」
「味が似ている食材がありますからね」
「確かに、この黄色いやつとか、ほとんど玉ねぎだな」
「だから買い物にもすぐ慣れそう」
「なら、問題ないな」
その後は、今日の学園の感想や他愛もない雑談をしながら夕食を食べ進め。
咲月、信仁、ルシエルの順番で体を拭き、各々自由な時間を過ごすことにした。
信仁は部屋に戻り、明日に備えて魔法の練習をする。
「さて、何から取りかかろう……」
なんとなくエノルファントの一件で使った氷の棒を出す。
あの時は気づかなかったが、よく見ると表面はボコボコ、太さも均等ではない。
よくこんなもので叩けたものだ。
「もうちょっと綺麗にできるかな?」
今持っている物にイメージと魔力を流し込む。
イメージは、昔見た西遊記に出てくる悟空が持っていた如意棒。
「…………………よし!」
さっきと比べてかなり良くなった。
表面のでこぼこはなくなり、自分の持ちやすい太さで均等になった。
「戻すときは……」
これは出すときより簡単にできた。
込めた魔力を自分で吸収すればいいのだ。
魔力を抜かれた氷の棒は黄緑色の光になって、体に戻って還元される。
「これ、やり方によっては伸ばせるんじゃ?」
もう一度作り出す。
今度は応用。
魔力を流しながらそのまんま伸ばすイメージをする。
すると、少し間が空いたと思ったら一気に伸び、ドアを貫いた。
『きゃ!?』
ドアの向こうから悲鳴が聞こえた。
この家に女の子の声を発する人間なんて一人しかいない。
そうでなくても、この声を聞き間違えるわけがない。
「咲月!」
慌てて棒を魔力に還元し、ドアを開ける。
そこには、咲月がしゃがみこんでいだ。
どうやら、当たってはいないようだ。
「ご、ごめん」
「ううん、大丈夫。少し驚いたけど」
事の顛末を説明し、咲月の手を取り立ち上がらせる。
「ありがと」
「何か用があったのか?」
「うん、ちょっとね」
咲月はベッドに座り、信仁は椅子に腰を掛ける。
服装は昼間に買ったパジャマだから、見慣れている私服や制服と違って新鮮だ。
何を照れているのか、顔を赤くしたまま何も喋らない。
これは自信から話を切り出した方がいいと思う信仁。
「で、どうした?」
「………あ、あのね、その、一緒に寝たいなって」
「え!?そ、それってつまり……」
「ち、違うの!えっと、一人で寝るのが不安っていうか、まだ落ち着かなくて……」
頭をよぎった煩悩を振り払う。
ただ、信仁もそういうこと考えないわけでもない。しかし、咲月の意思を尊重したいのも事実。
とにかく、なにもしない。文字通り寝るだけだと自分の心に言い聞かせる。
「そうか、別にいいぞ」
「ありがと。信仁ならそう言ってくれると思ってた」
断らないのわかっているのが策士だ。
そういうところは少し咲月は意地悪だ。
そこで仕返しを思い付く信仁。
「まぁ、この状況を利用して俺のところに来るのは予想してたけど」
「え?」
「咲月は昔から甘えたがり屋だからな」
「うう……」
頭を撫でると小さく唸り、また顔を赤くして下を向く。
頭を撫でると、恥ずかしいけど本当は嬉しいからこうなることを信仁も知っていた。
嬉しいけど恥ずかしくて素直に続けてほしいと言えないところも、信仁は可愛いくて好きなのだ。
「頭撫でられるの好きだもんな」
「信仁の意地悪……」
「お互い様」
しばらく頭を撫でていると、咲月があくびをする。
「寝るか」
「うん……」
ベットに入り寝ようとすると、咲月が腕枕を要求してきた。
どうして自分の枕をもって来なかったのかを信仁は理解した。
やはり咲月は策士である。
「やっぱり信仁の隣は安心する……」
「逆に俺はドキドキしてるけどな」
「ふふふ、意識してくれるのは嬉……しい…な……」
咲月が先に寝てしまい、無音の空気が流れると急に鼓動が早くなる。
これは眠れないかもしれないと思う信仁。
そう考えていたが、十分後には二人揃ってぐっすりと眠っているのであった。




