5話目 スタート地点
とても長い間が空いてしまいました。
もしかしたらこんなことが続くかもしれませんし、続かないかもしれません。
バリアを解きソファーとテーブルを消した後、特訓をするためにドラゴンによって作られたサークルから離れる。
「それでは、さっそく始めましょう……と、言いたいところですが、自己紹介がまだでしたね」
「名前なんてあったのか」
「名前くらいありますよ」
一度咳払いをすると、右足を引き、右手をお腹の前に添え、左手を横方向へ水平に差し出す。
「天界三十神が一人、空の神、ルシエルと申します。以後、お見知りおきを」
日本ではあまり馴染みのない、しかし綺麗なお辞儀。
なぜだかこういう所だけはしっかりしてるんだよな。
だが、名乗られたならこっちも名乗るのが礼儀。
「水無瀬咲月です。よろしくお願いします」
「今川信仁だ。改めてよろしく」
信仁が右手を差し出すと、ルシエルもその手を取る。
向かい合う顔に、笑みを浮かべながら。
お互いの全身がはっきり見えるくらいの距離に離れると、ルシエルが話し出す。
「戦い方を教える前に、魔法の説明をしましょう」
また、どこからともなくホワイトボードを出現させて説明をはじめる。
この世界では、個人差はあるものの、例外なく誰でも魔法を使うことができる。
その原理は、空気に『クラル』と呼ばれる魔力の源が含まれており、そのクラルを生まれつき体の中にある『コア』に取り込むと、魔力に変換できる。
この魔力の形を変えて、例えば火や水として放出すれば魔法を使ったことになるらしい。
そして、魔力にはそれぞれ個性みたいなものがあり、一つとして同じものはない。
言ってしまえば、DNAのような感じだ。
クラルはコアの中に溜めておくこともできる。
更に、コアの数は一個ではない。
産まれたときに、たいていが一つ、稀に二つ持って生まれる子供もいる。
鍛えることで上限なく増やせる。
しかし、やっかいなことが一つ。
クラルを使い切ってコアが空っぽになれば、死んでしまうということ。
基本的にクラルは、自然に一定量まで体内に取り込まれるが、魔法を使うと消費する。
元いた世界と違って食事でエネルギーをとるほかに、クラルが無いと生きていけない。
「それって、戦ってるときにコアが壊されたら、いつかクラルがなくなって死んじまうんじゃないか?」
「その心配はいりませんよ」
再びホワイトボードと向き合い、説明を続ける。
コアの特徴として、その存在があやふやなこと。
物質として体内にあるわけではないが、存在することは確か。
だから破壊されることはないし、無くなりもしない。
そして、死んでしまえばコアはクラルとなって空気中に消えていく。
「───ということです。これで大まかな説明は終わりましたが何か、質問は?」
「はい、先生」
咲月が手を挙げる。
いや、先生って……
「はい、水無瀬さん!」
手に持っていたマジックペンをビシッと咲月に向ける。
お前もノリノリだな!
「クラルの減りはどう判断したらいいですか?」
「何も難しいことはありません、体内のクラルの量は基本的に感覚で把握できます」
「待て待て、そんなこと言われても曖昧だ、なんかわかりやすい例えとかないか?」
「そうですね、簡単に言えば呼吸と同じです。息をたくさん吐けば苦しくなる。更にいえば肺活量、コアの内容量によって苦しくなるまでの時間も変わります」
「なるほど」
非常に分かりやすい説明だった。
なにげに教えるのが上手いため、理解しやすい。
「百聞は一見にしかず、実際にコアを出現させてみましょう。何個できるかは個人差があるので、できてからのお楽しみ」
しかし、ここでふと疑問に思う。
「なぁ、コアを出現させるのはいいが、出来上がったばかりならクラルは入ってないんじゃないか?」
さっき、クラルがなかったら死ぬなんて怖いこと言っていたが、大丈夫なんだろうか……
「あぁ、そこはほら、神様の力はチート級ですから。ただし最初だけですよ」
本当に、神様ってのは何でもありだな。
「それでは」
ルシエルが両手を前に突き出すと、信仁と咲月の胸に黄緑色の光が灯る。
「言い忘れてましたけど、一瞬だけ強い圧迫感があると思います」
「「え?」」
こういうのは何ともないのが普通じゃないのか!?
「行きますよ、三!二!「ちょ、まっ──」一!」
咲月が慌てて信仁の手を握り、信仁もそれに応えるように手に力をこめた。
圧迫感への焦りから、反射的に目を固く閉じる。
十秒、二十秒、今か今かと思いながら、その圧迫感を待つ。
しかし、更に待っても何の異変もない。
うっすらと目を開けると、両手を降ろし、指切りの時に見せたあの笑顔を浮かべるルシエルが目に入る。
またか……いや、もういい加減慣れるべきなのだろう。
こんなことで腹を立てていたら、身が持たない。
「咲月、もう目を開けていいぞ」
「もういいの?」
「ああ、どうやらまたからかわれたようだ」
「もう、いい加減にしてください!」
自分が騙されたことに気が付くと、白く柔らかい頬を膨らませる。
そういえば最近触ってないな。
昔は特に意味も無くお互いに頬を突っついて笑っていたが、意識し始めてからそういうことはしなくなった。
別に触れてないことが寂しいとかじゃなくて、なんか離せなくなる心地の良さを感じる。
今はどうか知らないが、柔らかくて弾力がありすべすべした肌を思い出す。
思い出したら久しぶりに触ってみたくなり、咲月の頬をぼんやりと眺める。
「どうしたの?」
俺が見ていることに気が付き、顔を向けてくる。
「いや、なんでも無い」
顔を前にそらす。
ゆっくり時間ができたらそれとなく触っておこう。
「あはは、申し訳ない、つい悪戯心がうずきまして……」
人間の前で正座して謝る神の姿はなんとも面白い。
ルシエルを正座させた信仁は、どうしようもないものを見る目で見下ろしていた。
「あんた一応は神様だろうが、信者とかいるんじゃないの?この光景を見たらその人たち多分泣くよ?」
「いやはや、それを言われてしまうと何も言い返せないですね」
「ルシエルさん、神様なんだからもっとしっかりとしないといけませんよ?」
「はい……」
人間に説教されるなんて、神として恥ずかしくないのかよ……
「もういいや、そろそろ話を戻そう」
もともと戦えるようにする話だったのに脱線しすぎた。
「そうですね、分かりました」
そう言うと立ち上がり、スーツに付いた土を払う。
「これで二人の中にコアという存在ができたわけですが、どうですか?」
「いや、どうといわれても……」
「あまり実感はないですね」
「だと思いました」
よし、こいつは一切反省してないな。
「さて、何個できたか見てみましょうか」
生まれたばかりの子供はコアの数がすくないが、大人になるにつれてその数は増え、成人する頃には三つになる。
冒険者や兵士になる者は、日頃から数を増やすために鍛えているらしい。
そのためコアの数は一般人より多く、上級冒険者や騎士団と言われる人達は七つや八つはあるという。
本当に強い人間の身体能力と魔法は、共に秀でている。
「三つあれば十分だろ」
「生活に支障がないくらいに魔法が使えればいいね」
別に一生ここで住むわけじゃないし、普通に暮らせるだけの条件がそろえばいい。
もし、テンプレの主人公最強能力が備わったとしても、静かにしていれば目立つこともないし、いざというときのための保険にしておけばいい。
「それでは見ていきますね。まず水無瀬さんは……おお、六つですか、これはすごいです」
「そんなにあるんですか!?」
さっそく保険がかかってしまった。
しかし、むやみやたらと魔法を使わなければ問題ない、咲月もそこは分かっているだろう。
この世界においてコアが六つというのは、正規軍の精鋭部隊に入隊するほどの実力者がたどり着く領域である。
「ま、まぁむやみに力を使わなければ騒ぎになることはないだろ」
「えぇー、この際盛大に魔法使って有名人にでもなったらどうですか?美少女聖騎士セーラー───」
「嫌です、私は信仁と静かに暮らします」
ルシエルの言葉を遮り、キッパリと断る。
流石は俺の幼馴染み、考えることは一緒だ。
「せっかく考えたのに、最後まで言わせてくれないんですね……」
「はいはい、次は俺の番だな」
さっきはああ言っていたが、咲月を見たら心のどこかで俺にも魔法の才能があるんじゃないか、なんて期待しているところもある。
と、言うよりも、あれだけ決意をしていたのに、咲月より弱ければ話にならない。
それなりの強さが欲しいところである。
「今川さんはですね……四つです」
「は?」
「四つです」
「あ、ああ四つね……」
表面上は概ね言っていた通りにはなったが、イレギュラーを期待していた信仁は少し項垂れる。
さっきまで保険がどうとか言っていたが、前言撤回、咲月を守れるぐらいに強くなろう……
「仕方ない、少ししゃくだがルシエルに別の特訓をしてもらうか……」
小声でぽつりとつぶやく。
「何か言った?」
「なんでもない、気にすんな」
首をかしげる咲月の頭をそっと撫でる。
「四つだったら、普通よりちょっと強いくらいですかね」
「それって俺達の世界で言うと?」
「プロボクサーだけど、いつもトーナメントの中盤で負ける、ぐらいですね」
なんとも微妙な強さである。
つまりは、普通の人よりは強いが、ずば抜けているわけではない。
「とにかく、これで魔法を使うための準備ができました。後はお二人の実力がものを言います」
いろいろ寄り道をしたが、やっとスタート地点に立った。
「特訓、頑張ろうね!」
「おう!」
この特訓次第で、俺と咲月の今後が左右する。
そんな気がした。
「さあ、始めようぜ!」




