4話目 指切りの約束
神に話を聞くこと、数十分。
二人はなんとなくだが話しが見えてきた。
まず、神が人間を異世界転移させるのは、それぞれの世界で、その世界の人間だけではどうにもならないことになったとき。
例えば、それこそ魔王だったり、文明が数千年進んでいなかったり。
『あんたら自身が手を出した方が手っ取り早いだろ』なんて質問してみるも、『私どもが直接干渉するのは天界の掟で禁じられているのです』と、返される。
理由は、直接手を出したら神に依存しすぎてしまうこと。
次にクレアシオの現状はいたって平凡である。
王族がいて、貴族がいて、冒険者がいて、平民がいる。
国があり、都市があり、ギルドがあり、村がある。
しかし、平凡だからといって平和なわけではない。
モンスターがいて、差別があり、壊滅寸前の都市や村がある。
ただ、そんな事は魔王がいる世界に比べれば、たいしたことでは無いという。
そして二人のこれからについてだが、ここから北へ半日も歩けば、『エスワール』という都市がある。
とりあえずはそこを目標に進むことにした。
ここで生活するにあたって、一つ問題が浮上する。
モンスターがいるこの世界で、戦い方を知らないことが危機的状況に陥ったときに真っ先に死ぬことは、手に取るように分かる。
後ろにいるドラゴンはもちろん、オークやスライム。
ほとんど雑魚モンスターというイメージがあるが、おそらくそれは、冒険者視点の話だろう。
実際に遭遇すれば、あっという間に殺されてしまう。
咲月の場合は最悪、そのモンスターに襲われる可能性だってある。
幸い、目の前にはこの世界に詳しい神がいる。
しかもその神は千人は楽勝という強者だ。
ここで聞かない手はない。
「なぁ、今後こんなドラゴンじゃなくても、モンスターに会ったときはどうしたらいい?」
「そのことでしたらご心配なく。手違いで転移させてしまったお詫びもかねて、私がいろいろサポートさせていただきます」
「なら、よろしく頼む」
これで最低限必要な力と情報が手に入る。
お互いに力を合わせるためにも、もちろん自分の身を守るためにも、やれるだけのことをやる。
「なぁ、この世界で咲月みたいな女の子が戦うのは大丈夫なのか?」
決して咲月を差別しているわけではない。
しかし、事実咲月は信仁に力で劣る。
勿論モンスターは手加減などしてはくれない。
「ええ、問題ありませんよ。この世界には女性の上級冒険者もいらっしゃいますから。そもそも、そんな中途半端で柔な教え方はしませんよ」
「あはは、お手柔らかにお願いします」
笑顔で言う神に、咲月は苦笑で返す。
信仁にはひとつ不安要素があった。
咲月が戦うことには別に反対はしていない。端からそんな権利はない。
しかし、咲月が油断しやすいという弱点を信仁は知っていた。それが、どうしても心残りなのである。
「咲月が決めたことならどうこう言うつもりはないけど、でも、一つだけ約束してくれ」
「なに?」
「何があっても最後まで油断しないで欲しい」
「え?どういうこと?」
咲月は困惑の表情を浮かべ、小さく首を傾ける。
「咲月は時々気が抜けている。普段の生活ならまだなんともないが、戦うとなるとそうはいかない。ちょっとした油断でケガとか、最悪の場合は死ぬかもしれない……」
信仁は淡々と話す。
しっかりと咲月の目を見て。
「俺はそんなの、絶対に嫌だからな」
本当は咲月が戦うことは乗り気ではないのが本音だが、咲月がやるというのなら信仁は自分の気持ちを抑える。
更に、咲月が危なくなれば自分が助けに入れるように人一倍強くなることを強く思う信仁。
「信仁……分かった、最後まで油断しない」
「頼んだからな、約束だぞ」
そう言って、信仁は小指を差し出す。
誰もが一度は経験したことがある指切り。
二人にとってはとても大切なものだった。
大事な約束をするときは必ずこれをした。それは今でも変わってはいない。
なぜかと聞かれれば答えに困るが、指切りで交わした約束は絶対に守る。気づけばそんな風になっていた。
現に指切りの約束を破ったことはこれまで一度もない。
それほど二人にとっての指切りは堅いものなのだ。
「うん、約束」
咲月は白くて細い指を優しく絡めながらそう言う。
「よし、久々に気合い入れていくか!」
「うん!」
結んだ指をほどいたところで、神が口を開く。
「話はまとまったようですね」
「ああ、俺も咲月も、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
二人そろって頭を下げる。
「分かりました。こちらこそ、よろしくお願いします」
神も信仁たち以上に、深々と頭を下げた。
「ところで一つ気になったんだが……」
「はい、なんでしょう?」
少し前、咲月と指切りをしたあたりから信仁は気になることがあった。
戦い方とか魔法の話しではなく、特にどうと言うわけではないのだが、さっきから神の顔の様子がおかしい。
別に具合が悪そうとかではなく、営業スマイルだったのが……
「なんでそんなにニヤニヤしてるんだ!!」
笑っているのだ。
それはいやらしいと言えば言い過ぎで、しかしほほえむと言えば品がない。
子供がいたずらをして、それに気づかない相手を笑っている感じだ。
「これは失敬、顔に出ていましたか」
右手で頬を掴みそのままほぐし始める。
「なにかおかしなことがありましたか?」
咲月も不審に思い、質問を投げかける。
「いえ、指切りと言い、さっきのお姫様だっこからのキスと言い、あなた方は本当に仲が良いのですね」
本人たちが思うのもあれだが、仲が良いというレベルではないと思う二人。
しかし改めて言われると流石に恥ずかしくなる。
下を向いて、冷めきった自分のお茶を見つめる。
咲月は「プシュー」という音とともに煙が出そうなくらい赤くなっている。
ここで信仁があることに気がついた。
「おい……」
下を向いたまま、自分でも聞いたことのない低い声を出す。
「はい?」
「なんでお前がお姫様だっこしてたのを知ってるんだ……?」
その瞬間、神のニヤけが固まった。
額から汗が流れる、おそらく冷や汗だろう。
「……」
「おい、答えろよ……」
無言を突き通す神と、ゆっくり顔を上げ全力で睨む俺。
ヘビに睨まれたカエルとはまさにこのことだろう。
「…………マセンデシタ…」
「あ?」
「……すいませんでした……」
これまでの印象と打って変わって、小さく縮こまる。
ここまで来ると神の威厳もへったくれもない。
「それで、なんでもっと早く助けてくれなかったんだ?」
「いえ、あの時はとてもいい雰囲気だったので割って入るのは野暮かと……」
眼を泳がせながら答える。
「で、本音は?」
「なんか面白いことになってたのでぎりぎりの所まで見物していようと思ってました」
一気にキャラが崩れ始める。
信仁の中で真面目からとんだ馬鹿野郎に認識が変わった。
「はぁ……あきれて怒る気も起きねぇ」
肩を落として深いため息をつく。
「咲月、こいつどうする?」
「うーん……いろんなこと教えてくれたし、今回の所は見逃してあげたら?」
「咲月がそう言うなら」
それを聞いた神は、ほっと胸をなで下ろす。
そうこうしているうちにいつの間にかドラゴンもいなくなって、草原に残されたのは巨大サークルの真ん中にいる三人だけだった。




