3話目 質疑応答
突然だが、異世界転生もしくは異世界転移を知っているだろうか?
転生なら主人公が、現世で一度死に新たな世界で現世の記憶を持ったまま生まれ直す。
転移なら魔法などの特殊な力で、別世界に移動する。
そして、そんな別世界に行くことになる主人公たちは、だいたい場合が現世で何らかの問題を抱えている。
友達がすくなかったり、いじめられていたり、ものすごく辛い過去があったり。
あまり現世で楽しめていないやつが主人公に抜擢されることが多い。
信仁は友達もそれなりにいて、いじめられることもなく、辛い過去なんてない。
彼女さえいる。
だから、普通の自分が異世界に行くなんて、考えてもいなかった。
「神?」
「はい、神です。まぁ、一言に神と言ってもそこまで位が高いわけではありませんが」
二人は今、自分のことを神と名乗る男と対面している。
ドラゴンの吐く炎に包まれながら……
見えない壁に炎が止められたドラゴンは、ぶち切れた様子でひたすら攻撃し続けていた。
突進や真上から踏みつけるといった単純なものであるが、自分たちの立っている場所以外はすでにボロボロになっている。
さすが、伝説の怪物と言ったところだ。
「無駄だというのに、よくもまあここまでしますね」
自称神は、攻撃するドラゴンを見ながらつぶやく。
「さて、いろいろ聞きたいことがあるという顔をしていますが、立ち話もなんですのでどうぞおかけになってください」
そう言って自称神は、ぱちんと指を鳴らす。
すると、なにもない地面の上に、突然ソファーとテーブルが出てきた。
テーブルの上には、ご丁寧にお茶とお茶菓子が置いてある。
「突然のことに驚かれたでしょう。お茶でも飲んで落ち着いてください」
物理法則を完全に無視した一連の出来事には、肉体的にも精神的にも疲労感を覚えさせられる。
瞬間移動、ドラゴン、バリア、空中浮遊、ソファーとテーブルの出現。
半分以上はこの男のせいであるが。
そんなことを考えつつも、二人はお茶を口へ運ぶ。
「うまい……」
「ほんとだ、美味しい」
ほどよく温まったお茶は、疲れた体を癒やす。
「そうでしょう、良い茶葉が手に入ったんですよ」
営業スマイルでそんなことを言う姿は、ますます応接室で客人と話すサラリーマンに見えてくる。
自分では神と言いつつも、全く説得力がない。
「しかし、毒が入っているかもなんて思わなかったんですか?普通はわけも分からない人にお茶を勧められても飲まないでしょう?」
「ど、毒!?」
咲月が目を見開いて青ざめる。
変な冗談で咲月を不安にさせるのはやめてほしいと本気で思う信仁。
「それは考えたが、こんなことができるやつなら毒なんか使わなくても一瞬だろうが」
そう言って後ろを指す。
その先には、必死になってバリアにかみつくドラゴンがいた。
もし殺す気があったなら、既に殺されていただろう。
「ははは、確かにそうですね。私がその気になったら、千人くらいは一瞬で消せますよ」
さらっと恐ろしいことを笑顔で言う。
しかも殺すではなく、消すだ。
「し、信仁~」
今度は震えながら腕にしがみついてくる。
信仁は、これ以上咲月を怖がらせるなら、本気でぶん殴ってやろうかと思う。
限界ぎりぎりの怒りを、咲月の頭を撫でて落ち着かせる。
咲月も、信仁に撫でられると落ち着くようだ。
前にそんな話をした覚えがあった。
既に震えは収まっていて落ち着いた表情をしてるが、腕はつかんだままである。
「それより、少し質問したいことがあるんだがいいか?」
「いいですよ、どんなことを聞きたいのですか?」
自称神は手を組み、その手を口元まで近づけると、少し前屈みになる。
「あんたが神なら、なんでスーツなんだ?」
信仁の神に対するイメージはもっと違うものだった。もじゃもじゃの白い髭に、昔のローマ人が着ていたような服と杖を持ったおじいさん。
「ああ、いろんな人からよく言われるんですよ、それ」
よく言われるのかよ。
「この服装は特に意味はありません。あなた方の世界の社会人はほとんどがスーツでしょ?それと同じです。神とは言え、一応仕事ですから」
二人の中で、神のイメージがどんどん崩れていく。
最初にあんな神のイメージを植え付けたやつは何を見たのだろうか。二人は現実と全然違うことに驚く。
しかし、バリアやこのテーブルを見たら、もう認めざるを得ない。
「信仁、それより他に聞くことがあるでしょ」
咲月が話を脱線しそうになった信仁を正す。
しかし、これで信仁の中の気になっていた小さなつっかえ棒が取れた。
ここからが本題である。
「それじゃあ聞かせてもらうが、ここはどこだ?ドラゴンがいるってことは、少なくとも地球じゃないよな?」
「その通り、察しがいいですね」
さっきの営業スマイルから意味ありげな笑みに変わる。
なぜか、どこかの非公開組織の総司令を思い出す信仁。
「ここはあなた方で言う異世界、その名をクレアシオ」
「クレアシオ……」
「都市の雰囲気は、中世のヨーロッパみたいな感じですね。レンガ造りで三角屋根の」
手で三角を作りながら説明する。
そんな建物の街並みを想像すると、ますますアニメや本のイメージがわいてくる。
「魔法とかあったりするのか?」
「ええ、ありますよ」
誰もが一度は使えるようになりたいと思う魔法が確かに存在する世界。それを聞いて、自分も使えるかもしれないという思いから、すでに信仁はワクワクしていた。
すると、咲月が肘をつつく。
「魔法の想像は後にして」
咲月はそんな信仁の心情に感づいていた。
咲月の母親と同じで、咲月にもかなわないことを実感する。
「それじゃ、次の質問だ。どうして俺たちを連れてきた?」
「やはり、それをきかれますか……」
神が口を閉ざす。
これでは良くないことだと言っているようなものだ。
どんな悪いことを言われるのか、少し不安になる二人。
「大変申し訳ございません!」
組んでいた両手をテーブルに置き、額がテーブルに着きそうなくらい頭を下げる。
「は?」
信仁と咲月は、いきなりの謝罪に口を開ける。
「実は……人間を異世界へ転移させる権限を持つ上位神が、本来は別の世界からここではない世界へ転移させるはずなのですが……」
顔を上げて説明する神の額に汗が浮かぶ。
「間違えて、まったく関係のない世界にまったく関係のないお二人を転移させてしまいました……」
しばらくの沈黙がながれる。どう言うことか理解が追い付かない二人。
少しして信仁が口を開く。
「それってつまり、あんたらのミスで俺たちを巻き込んだってことか?」
「はい、そうなります……」
迷惑なんてレベルではない。間違いで人を異世界に転移させるなんて、当人たちからすればたまったものではない。
しかし、関係ないならと少し安心する。
それならすぐにでも、もとの世界に返してもらえると思ったからだ。
「関係ないならその神に俺たちを元の世界へ戻すように言ってくれよ」
「それが、大変言いにくいのですが……」
何かしらの条件があると踏んだ信仁は、ここでの記憶が消える程度なら大して問題はないと思う。
「重ね重ね、大変申し訳ございません!!」
また、同じようにテーブルに手を付いて頭を下げる。
「その転移権限を持っている神ですが……さらに上位神に押し付けられた仕事に追われ、過労死ギリギリの状態であなた方の転移をしたことにより、倒れてしまいました……」
神が過労で倒れるという、聞いたこともない事態に反応が遅れる。
「あの、その神様は大丈夫なんですか?」
誰よりも先に心配して容態を聞く咲月。
そこから彼女の優しさが分かる。
「はい、命はありますが、しばらくの休養が必要だそうです」
「そっか、ならよかった。俺たちの転移で死んだなんてことになったら、目覚めが悪いからな」
神が過労死寸前になる仕事なんてどれだけハードなのだろうかと、二人の頭に様々な推測が出てきた。
だが、それどころではないことを思い出す。
「なら、他の神に頼んでよ」
「それが……転移させる力があって、なおかつ権限を持っている神が、倒れた一人しかいないのです……」
「いやいや、あんただってここに来てるじゃないか」
「自分だけなら問題ないですが、他生物を異世界転移させるとなると相当な技量が必要です。その上その手の転移は次元に負担をかけるため、転移権限保持者は一人と決まっているのです」
完全に八方塞がりである。
「代わりとかできないのか?」
「難しいですね、そもそもそれだけの力を持っている者がいないので……」
「倒れた神が復活するのはいつだ?」
「少なくとも一年はかかるかと……」
「そんなにかかるのか!?」
「神ですから」
神だったら早いのではないかと思うが、問うのをやめる信仁。聞いたところで現状は変わらない。
そうなると、信仁と咲月な残された選択肢はひとつに絞られる。
「つまり、その神が治るまでこの世界で暮らせと、そういうことだな」
「はい、その通りです」
「咲月、大丈夫か?」
「不安だけど、信仁と一緒なら大丈夫。信仁は?」
信仁はつないだ手を強く握り、咲月の額に自分の額をあてる。
「俺も咲月と一緒なら大丈夫だ」
手をつないだまま神の方へ向き直る。
「それじゃあ神様、この世界についていろいろ聞かせてもらおうか」
信仁は、こんなことに巻き込まれた以上何があっても咲月は自分が守ってみせると。
咲月は、どんなことでも信仁を支えて生き残ろうと。
心の中で、そう決意した。




