1話目 知らない世界
しばらく歩いて親の姿が見えなくなると、咲月が腕を信二の腕に絡める。
「お、おい……」
「い、いいでしょ……私たち恋人同士なんだから」
今まで手をつなぐことは多くあったが、ここまで近づいて歩くのは初めてだ。
そのせいでいろいろ当たっている上にいい匂いがしているが、あえて黙る信仁。
視線を咲月の方に向けると──と言っても、信仁の方が身長が高いため少し見下ろすようになるが──咲月と目が合う。
恥ずかしそうだが、そのほのかに紅くなった顔に笑顔を浮かべている。
そんな咲月の笑顔を見たら、離れてくれなんて言えず、再び前を向く。
「咲月、歩きにくくないか?」
「ううん、平気」
首を振って否定する。
「信仁は?」
「俺も大丈夫だ」
「ならよかった」
五分くらいそのまま歩き大きな交差点の信号で足を止めると、人の視線が自分たちに集まっているのに気がつく。
その理由はおそらく二つある、一つ目はやはり咲月だろう。
艶やかなストレートの黒髪。体は華奢だが、そっと抱きしめて守ってあげたくなるような気持ちになる。
顔もすれ違えば一度は振り向くほど美しい。
褒めすぎかもしれないが、まわりの視線がなによりも証拠だ。
咲月の姿が見える位置に立っている全員が彼女に釘付けになっている。
「あの子誰?」
「北乃山高の制服着てるぞ」
「新入生じゃない?」
「なんて名前だろ?狙っちゃおっかな~」
「お前じゃ無理だろ」
駅に近い交差点だけあって、同じ北乃山高校や他校の生徒、大学生といったさまざま人間の目を惹く。
中学の頃も毎日のように告白されていたらしい。その中には女子もいたとかいないとか。
しかし、咲月はそれらを全て断っていた。
信仁が他の奴と同じように撃沈していた友人の話を聞いたときは────
『ごめんなさい、他に好きな人がいるんです』
と、一言だけ言われた。
信仁は、そんな高嶺の花である咲月から告白された自分はとてつもなく幸せ者であるに違いないと考え、断られた奴らのためにも、咲月を幸せにしてみせることを密かに思っていた。
だから信仁は、こんなにも一途な咲月を悲しませることは絶対にしないと深く心に誓った。
そして、注目をされているもう一つの理由だが………
「おい、となりのやつ誰だよ……」
「腕組んでやがる……」
「彼氏か……彼氏なのか……」
「夜道には気をつけろよ……」
信仁である。
咲月と違い、人の目を惹くような顔立ちではなく、どこにでもいるような平凡な男子だ。
そんな信仁が美少女と腕をくんで町中を歩けば殺気のこもった(主に男の)目で見られるのは当然のこと。
それでも今の咲月と付き合っている自分が間違っているなんて思わない信仁。
もし咲月に告白された自分を否定すればそれは、自分を選んだ咲月を否定することになるから。
どれだけ自分が周りから虐しいたげられようと、咲月が求めてくれるなら命ある限り、咲月のとなりにいようと思っていた。
それがいつどこであろうと、世界や神が二人の仲を引き離そうとしても。
「ねぇ、信仁」
「ん?」
「同じクラスになれるといいね」
「そうだな、好きな人とはちかくにいたい」
「うん!」
やはり、咲月は笑顔が一番可愛いと改めて信仁は思った。
さらに咲月は、最初の腕を組んでいたときの恥ずかしさを忘れて、もう甘えている。
視線にこめられた殺気がさっきよりも強くなったことはきっと気のせいだと自分に言い聞かせる信仁。
今にも誰かが攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気のなかを、信号機のメロディーが流れる。
「信仁、早く行こう」
「おう」
咲月に促されて、一歩を踏み出したその時。
突然、見える世界が歪んだ。
信号機、横断歩道、車、人さえもぐねぐねと曲がっている。
しかし、まわりにいた人たちは、何事もないかのように歩いていく。
信仁はとっさに咲月の肩をとり、抱き寄せる。
「な、なんだ……これ」
「どうなってるの?」
「わからない、でも絶対に俺から離れるなよ」
そう言ってさらに強く抱く。
そして景色の原型が分からないくらいになったとき、大量の光に二人は包まれた。
どのくらい目を閉じていただろうか。
恐る恐るまぶたを持ち上げる二人。
ところが信仁も咲月も、目の前に広がる光景に言葉を失う。
「……」
「……」
そこにはさっきまであったはずの交差点も車も、人すらいなくなっている。そもそも下はコンクリートですらない。
二人が見ているのはどこまでも続く、夜の草原だった。
太陽に照らされて明るいはずの空は、黒く染まり綺麗な満月と無数の星々がうかんでいて、町中で見るよりも美しい。
周囲には建物一つなく、人や機械音で騒がしかったのが嘘のように静まりかえっている。唯一聞こえるものと言えば、虫の鳴き声くらいだろう。
「ここはいったい……」
「どこなの……」
そんな二人の声は夜の闇に消えていった。




