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13話目 ライバル

次の試合で出場する選手が待つ、東ゲート側の部屋で、ディークは悩んでいた。

咲月を自分のものにするにはどうすればいいか。

今まで女に困ったことはない、声をかければ自分から付いてきた。

だが、咲月は違う。

どんなに言っても靡《なび》く気配がない。

さらに邪魔なのが一人。あの信仁とか言う男。

マルドムと同等の強さを持っているかもしれない。

そうすると簡単に排除はできない。

父上に頼んで適当な理由をでっち上げて投獄することもできるが、それはディークのプライドが許さない。

考え込んでいると、マルドムが声をかける。


「ディーク様」

「なんだ?」

「ひとつお願いがあります」

「言ってみろ……」





信仁たちが西ゲート側の待合室に作戦を練っていたちょうどその時、係りの人間が二人を呼びに来た。


「シンジ・イマガワさん、サツキ・ミナセさん、準備ができ次第入場ゲートへ向かってください」

「はい」

「わかりました」


扉が閉まり、再び二人だけの空間ができる。

話も早々に切り上げ、準備をする。と言っても、準備するのは心だけだが。


「いいか?」


目を閉じ、心を落ち着ける咲月。

一度大きな深呼吸をして、瞼《まぶた》を持ち上げる。


「うん、行こう」


入ってきた扉とは反対側のドアを通り通路を進む。

通路を抜けると、照明の光が一気に視界を白に染めた。

明るさに目が慣れ、ドームの内部がはっきりする。

今は誰もいない観客スタンドは、ぐるっと円形のグラウンドを一周する。

そして、反対の通路から近づく二つの人影。

ディークとマルドムだ。


「まさか、お前らと当たるとは思わなかった」

「予想外なのはこちらも同じだ。しかし、貴様を潰しに行く手間も省けた」

「言ってくれるじゃねぇか」

「それと、開始の合図がかかったら少し時間をくれ」

「は?」

「始まれば分かる」

「……分かった」

「いいの?」

「さすがに試験で嘘をつくような真似はしないだろ」


信仁とディークの睨み合いが続くなか、咲月は溜め息をつきマルドムは相変わらずの無表情。いつの間にか現れた審査員の先生は小動物のように怯えている。


「そ、そそそれでは、し、試合を開始してください」


震える声で一生懸命合図を出した先生は、安全なスタンドへ駆け上がる。

当の本人たちと言えば、合図がかかっても動き出さない。


「シンジ・イマガワ」


マルドムがシンジの名前を呼び、前に出るとディークは後ろへ下がる。


「あなたに一対一の勝負を申し込みます」

「………あんだけ言って戦うのは執事に任せんのか、お前のご主人様は?」

「またもディーク様を侮辱しますか。ディーク様は私のお願いを聞いてくださっただけです」

「それが、俺との一騎討ちと言うことか」

「そうです」


マルドムは確実に強い。その事実はさっきの一見で理解できる。

ここで話に乗れば自分の力量を測れる。

ただ、もし信仁が負けた場合、咲月は一人になってしまう。

そうなるのは絶対に避けたい信仁。


「先生!棄権ってありですか?」

「ふぇ?」


急に話題を振られた先生がすっとんきょうな声を上げる。


「は、はい。できますけど、その場合は合格の可能性が低くなります」

「私、棄権しないよ」

「……何も言ってないよ?」

「わからない方がおかしいよ。そんな逃げるみたいなことしたくないもん。だから、信仁が負けても棄権しない」

「はぁ……仕方ないな」


一騎討ちの話を承諾してはいないが、その方向で自然と話が進む。

咲月もそれに異存はない。

ただ、咲月に全く戦闘経験がないのは、今後が不安な信仁。

咲月を一人にせず、入学試験の採点ができて、極力一騎討ちに近い方法。

なんとかならないか悩む。


「なぁ、片方は支援っていう形にしたらどうだ?」

「どういうことですか?」

「これは入学試験で、ペアの試験だ。最低限のルールはある。その後だったらいくらでも相手する」


マルドムは信仁の言い分に思考を巡らせる。

ここでディークが戦わず、一騎討ちをした自分だけ受かってしまっては、本末転倒。

なら、ディークとの相性の良さ見せて、二人とも合格するのもひとつの手だ。


「ディーク様、よろしいですか?」

「いいぞ」

「ありがとうございます。では、その方法で始めましょう」

「巻き込んじまったけど、咲月はいいか?」

「もともと戦うつもりだったから大丈夫にきまってるでしょ」

「そうだったな。じゃあサポートは任せた」

「任せて!」


開始の合図から長い時間がたった末、ようやく準備が整う。

軽く手足をほぐして構えをとり、身体強化。接近戦では常套手段で、それは戦い慣れしたマルドムも変わらない。

向かい合った互いの目は相手から狙いをそらさず、確実に相手を倒す思いが込められる。

ピリピリと張り詰めた空気は、静寂をより静かなものに感じさせ、今にも破裂しそうだ。

場の雰囲気にも慣れ、自分のすべきことを察した審査員は、すぐに行動に移す。


「それでは、改めまして。試合開始!」


言い切るのと同時に、信仁とマルドムは飛び出す。

魔力の質が良い分、信仁の方が早く間合いを詰める。

しかし、戦闘経験はマルドムの方が多く、その磨かれた感覚は信仁の速さを凌駕する。


「はっ!」

「くっ……」


間合いを見切れず、先手を打つはずだったが、逆に蹴りが放たれる。

対戦相手を掲示する部屋の時とは明らかに違う、重い一撃。

蹴りを防ぐも、信仁はよろめく。

その隙を見逃すまいと、マルドムは振り抜いた勢いを利用して回し蹴り。

しかし、それはよろめいた信仁の後ろから飛んできた『火球』によって中止せざるを得なくなる。

とっさに飛び退いた場所が黒く焦げる。

飛んできた方向に目をやると、手をこっちに伸ばして立つ咲月がいた。


「無詠唱だと!?」

「そんなばかな……」


先に声を上げたのはディーク。その顔は信じられないものを見たという顔だ。

無表情だったマルドムも明らかに驚いている。


「余所見すんな」

「っ!?」


咲月に気をとられていたマルドムは、信仁の動きに気づかなかった。

下がって開いたはずの距離を越え、『何か』がマルドムの腹に飛び込む。


「ぐっ………こ、これは!?」


マルドムにダメージを与えたのは、伸びた氷の棒。

体勢を立て直す頃には棒は戻りきり、竹刀ほどの長さになる。


「まさか、二人とも無詠唱魔法が使えるなんて……」


スタンドの審査員が身を乗り出して言う。

信仁と咲月には、なぜ三人がここまで驚いているのか理解できない。

無詠唱魔法は読んで字のごとく、詠唱をせずに魔法を使うこと。

魔力を出しながらイメージを乗せるだけの魔法で、詠唱が必要な方が二人には不思議でならない。

さっきよりも開いた距離から信仁が問う。


「そんなに驚くことか?」


その言葉に審査員は驚く。

イメージを乗せるだけ、という解釈はルシエルに教わったため。本来この世界の人間は、詠唱をすることでどんな魔法を使うかを確立させるものである。

頭の中で映像的に思い浮かべるか、文字から浮かび上げるかの違いだ。

そもそも、この世界の人は魔法を映像的にイメージするという感覚が今までなかったのだ。


「いやはや、私たちはとんでもない化け物を相手にしていたようだ……」


ディークは驚きを通り越して、もはや呆れたようにやれやれと首を横に振る。

無詠唱魔法を使う人間は数少《かずすく》ないが、その誰もが歴戦の猛者だ。

そんなレベルのことを、たかが十数年しか生きていない、大した経験もしていない同年代の少年少女が易々とやってのければ、数十年後を考えるだけで頭が痛くなる。


「ならば、私の魔法を見せてあげましょう」


マルドムが両手の拳をくっつけて目を閉じる。


『炎よ、我が手に集いて力を示せ!』


詠唱を終えると、マルドムの拳が燃え始めた。

しかし、熱がるどころか悠々と構えをとる。

魔法となる魔力は、使う者のイメージでその性質を変える。そこから発動した魔法は意識しない限り、自分へ影響を与えない。

そして、マルドムが選んだ火魔法、これは信仁の氷魔法に対抗する属性だ

火を使って氷を解かすことで、武器として用いることをできなくするのが目的だ。

しかし、火と氷とは言うものの元は魔力からできた魔法。

信仁の方が圧倒的に質が高いため、マルドムのレベルでは簡単には解かせない。

例えば、ただの氷にガスバーナーの火を近づければ、氷はすぐに解ける。しかし、永久凍土ではそう簡単にはいかない。

今の信仁とマルドムにはそれだけの差がある。


「そういう使い方もあるのか」

「これが、今までディーク様に逆らってきたやつをねじ伏せてきた魔法です」

「信仁、気を付けてね」

「おう」


再び信仁も構えをとる。

先に飛び出したのはマルドム。

距離を一気に詰め、炎の纏った両手で連打を繰り出す。

戦い慣れしていない信仁は、それを防ぐのに集中する。


「どうしました?守るだけですか?」

「黙ってろ!」


挑発に乗って右足で蹴りを入れると、左腕で簡単に受け止められる。

マルドムの空いた右手が信仁の腹に飛び込んでくるも、信仁はそれを棒で受け止める。

力は強いが片足で立ち、マルドムの拳を押さえ込む信仁。

身体強化こそ信仁に劣るものの、しっかりと踏ん張るマルドム。

力のバランスがとれ、固まった二人に先に仕掛けたのはディークだ。


『雷撃よ、その力をもって彼《か》の者を打ち果たせ!』


次の瞬間、ディークの手から稲妻が迸(はし)る。

信仁、マルドム、ディークの順番で一直線に並んでいるため、信仁はその雷撃が見えない。

マルドムは雷撃が自分に当たる直前に身を翻した。

体勢を保っていた力の釣り合いが崩れ、もはや自力で雷撃をかわすことは不可能だと思われた。

自(・)力(・)で(・)は(・)。

信仁は足元に集まる不自然な風を感じた。

その正体が分かると一気に体の力を抜き、風に身を任せる。

風は信仁の足を掬《すく》い上げ、倒れる信仁の体を受け止める。

雷撃は仰向けになった信仁の上を通りすぎ、後ろの壁にひびを入れた。


「ありがとう咲月!助かった!」

「どういたしまして!」


経験値の差でディークに遅れをとったが、その後の判断は速かった。

少しでも遅れていたら、信仁の頭は吹き飛んでいたかもしれない。

信仁も負けじとマルドムへ駆ける。

今度は間合いを間違えずに踏み込み、マルドムへ突きを放つ。

一発目こそバックステップでかわされるものの、離れた分だけ詰め、相手の手が届かない距離を保ち棒を打ち込む。

そのことごとくを防がれてはいるが、次第に動きが良くなる信仁に、マルドムが押されているのも事実。

上段から振り下ろし、下段から振り上げ、横から薙ぎ、そして突く。

マルドムの動きが『受け』から『避け』の数が多くなる。

信二の力のある攻撃は、すべて受けるにしてはダメージ量が大きすぎるからだ。

避けて、避けて、受けて、また避ける。

それぞれのパートナーの動きに合わせて魔法が飛び交う。

一度距離をとろうと再び後ろへ跳ぶマルドム。

そして長年の付き合いである二人の阿吽の呼吸。

マルドムが跳ぶ約二秒前に、信仁が詰めてくるのを防ごうと魔法の詠唱を始めるディーク。


『炎よ、大気を燃やし、駆け巡れ!』


しかし、その先読みが仇となった。

ディークの詠唱を聞いた信仁は、マルドムが跳ぶ瞬間、氷の強度を緩めて棒を投げる。

当然、当たるはずもなくマルドムの下を通り抜ける。


「ふん。狙いが甘いようですね」

「いや、これでいい」

「?」


物を投げると言うことは、何かにぶつけると言うこと。

相手以外に当てるものは一つ。

ディークの放った魔法である。

それは、詠唱から察することができるが、火の玉を放つ魔法だ。

そして、信仁が投げたのは普通の氷と同じくらい溶けやすい氷の棒。

人を倒すほどの火力がある炎とぶつかれば、その結果は一目瞭然。

信仁の目論み通り、氷の棒は一気に蒸発し、水蒸気が辺りを包む。


水蒸気爆発。


簡単に言うと、水が高温の物質と接触したとき気化して起こる爆発現象である。

さすがに氷の量が足りず目眩まし程度にしかならないが、信仁にはそれこそが狙いだった。


「目眩ましか!」

「ディーク様、私の後ろへ」


どこから攻撃されても対応できるように、ぐっと構える。

詠唱の必要がない二人の魔法は、予測ができない上にいつ飛んでくるかも分からないため、辺りに気を配る。

直後、紅い何かが迫る。

それは、炎が帯状に広がったものだった。

咄嗟にしゃがんでかわすと、炎はマルドムの首があった辺りを通り抜ける。


「そこか!」

『雷撃よ、その力をもって彼の者を打ち果たせ!』


ディークは反射的に攻撃された方へ雷撃を飛ばしたが、その方向にいたのは咲月だけ。

信仁の姿はどこにもない。

雷撃は咄嗟に撃っただけあって狙いが甘く、咲月の横を通り抜けていく。

水蒸気はマルドムたちの腰の辺りにしか広がっていない。すると、必然的に信仁は水蒸気の下に隠れていることに気づく。

しかし、マルドムがそれに気づいたといにはもう遅く、足に強烈な冷たさを感じ、手の炎が消える。


「な、なんだこれは!?」

「足が、凍ってる………」


ディークは驚き、マルドムは事態の把握をする。

視界を遮っていた水蒸気はゆっくりと霧散していく。

それと同時に、信仁の姿が露《あらわ》になる。


「どうだ、動けないだろ?」


案の定、信仁はしゃがんでいた。

地面に付けた信仁の手からディークたちの間には氷が張っている。

二人はその氷に捕らえられ、足と地面を貼り付けられたような状態になっている。


「あいつは力で抜け出したが、人間はそうもいかないはずだ」

「まだです。『炎よ、我が手に集いて力を示せ!』」


凍ったときの冷気で消えた炎を再び纏い、氷を砕こうとするが砕けない。

魔力の質に圧倒的な差があるからだ。


「それだけ殴っても砕けないなら無駄なんだろ」

「だったら!」


今度はディークが手を突き出して構える。

動けないなら魔法を飛ばせばいい。そう考えた。


「動かないで」


しかし、信仁の横に並んだ咲月が手を前に出す。

詠唱が必要なディークと、必要の無い咲月。

どちらが早く撃てるかは、火を見るよりも確かだ。

信仁が目配せで礼を言うと、咲月は微笑んでうなずく。


「決着はきちんとつけないとな」


氷の棒を造り出しながら、ゆっくりと歩き出す。まるで街中を歩くように。

そして、棒がマルドムにしっかりと届く距離で足を止めると、そっとマルドムの胸に棒を突き付ける。


「チェックメイトだ」


無表情のように見えるが、近くにいる信仁はマルドムが歯噛みしているのに気づいた。

ディークはそっぽを向いて目をつむる。

数秒の静寂の後、審査員の先生が自分の仕事に気がつく。


「はっ!試合終了!」


信仁は終了の合図がかかると、魔法を解いて二人を自由にする。

二人は立ち上がって直ぐに出ていこうとする。


「待てよ」


信仁は引き留める。

嫌味でも言うつもりなのかと、あからさまに嫌そうな顔をされた。

しかし、それに構わず信仁は手を差し出す。


「なんですかこれは?」

「握手だ。俺の国では戦った相手には敬意を払うんだ」

「……」


しばらく考えながら、手を出すのを渋るマルドム。

迷うマルドムの後ろから、ディークが声をかける。


「そのくらいいいだろ?彼らにも彼らのやり方があるんだ」

「……はい」


信仁はディークの見方が変わった、と言うより見直した。

咲月にちょっかいをかけてきたからあまり良い感じはしていなかったが、意外と真面目なやつ、という印象をもった。

マルドムは強く信仁の手を握る。

咲月もディークへ手を向ける。印象が変わったのは咲月も同じだった。


「次は絶対負けませんよ」

「ああ、次もよろしく頼む」

「貴方も、今日はありがとう」

「合格、してるといいな」


試合が終わったあと、それぞれ出てきたゲートから退出した。

これで、すべての入試項目が終了し、あとは合格通知を待つだけ。

合否は翌日伝書鳩が知らせを持ってくることになっている。

一段落ついて緊張が解けると、信仁のお腹が鳴った。

それにつられてか、咲月のお腹も鳴った。


「ルシエルを探すか」

「そうだね。バスケットもルシエルさんが持ってるし」

「そう言えば、あいつはどこに行ったんだ?」

「寄る所があるとは言ってたけど……なにか用事があるのかな?」


しかし、探すにしても学校の敷地内は非常に広い。

闇雲に探しても見つかるはずがない。

ある程度見当をつけて探そうにも、ルシエルの考えはよく分からない二人。

つまり、よく考えたらルシエルを探すことができない。


「はぁ……今更だけど行き先くらい言えよな」

「もう終わったのでその心配入りませんよ」

「「うわぁ!?」」


すぐ後ろからルシエルに声をかけられ、驚きの声をあげる二人。

そして、信仁は氷の棒を顔に、咲月は火の玉を反射的にルシエルに放ってしまった。


「え?」


まさか、攻撃されるとは思っていなかったルシエルは、言葉を発したその瞬間に爆煙と爆音に包まれたのであった。

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