第二章 『赤く染まる指輪』
「……あいつだけは、戻ってきてはいけなかった」
レオンの声は震えていた。
ひかるは、初めて見る彼の表情に戸惑った。
いつも冷静で、どんな悪魔にも立ち向かっていたレオン。
そんな彼が、今は明らかに怯えている。
「レオン……どうしたの?」
ひかるが尋ねても、レオンは答えなかった。
目の前では、復活した悪魔が不気味に笑っていた。
「懐かしいだろう? レオン。かつてお前が見捨てた男が、帰ってきたんだ」
「黙れ!」
レオンが剣を構えた。
その瞬間、悪魔の背後から黒い翼が現れた。
闇の中から、一人の青年が姿を現す。
長い黒髪に、冷たい銀色の瞳。
その背には、片方だけ黒く染まった翼が広がっていた。
「久しぶりだな、レオン」
青年は静かに微笑んだ。
レオンの顔色が変わる。
「……カイン」
セラも息を呑んだ。
「嘘……どうして、あなたが……」
ひかるは二人を見比べた。
「知り合いなの?」
レオンは苦しそうに答えた。
「……昔、同じ天界で暮らしていた天使だ」
カインは微笑んだ。
「それだけか?」
レオンは答えない。
「ひどいな。かつては兄弟のように過ごした仲だというのに」
カインはゆっくりと歩み寄った。
「お前は私を見捨てた。天界から追放される私を、ただ見ていただけだった」
「違う……!」
レオンが叫ぶ。
しかし、カインは冷たく言い放った。
「何が違う? お前は私を救わなかった。それが事実だ」
その言葉に、レオンは何も言い返せなかった。
ひかるは胸が締めつけられた。
レオンにも、こんなにつらい過去があったなんて。
そのとき。
「……あっ!」
アリヤが突然、指輪を押さえた。
祖母からもらった形見の指輪が、赤く輝き始めていた。
「熱い……!」
「アリヤ!」
ひかるが駆け寄る。
指輪から赤い光が溢れ出し、アリヤの腕に黒い模様が浮かび上がった。
セラが顔色を変えた。
「これは……呪いの刻印!?」
カインは満足そうに笑った。
「ようやく目覚めたか」
「あなた、何をしたの!?」
ひかるが叫ぶ。
カインは静かに答えた。
「その指輪には、祖母の祈りが宿っている。だが、光が強いほど、闇もまた深くなる」
「どういうこと……?」
「守りの力を逆転させたのさ。今やその指輪は、少女を守るものではなく、悪魔を呼び寄せる目印になっている」
アリヤの身体が震えた。
「そんな……おばあちゃんの指輪が……」
カインはアリヤを見つめた。
「お前が指輪を手放せば、呪いは止まるかもしれない」
アリヤは指輪を握りしめた。
「……嫌」
「ほう?」
「これは、おばあちゃんがくれた大切なものだから……」
カインは不気味に笑った。
「ならば、その想いがお前を苦しめることになる」
黒い翼が大きく広がった。
次の瞬間、街を包んでいた闇が一気に膨れ上がった。
「ひかる! アリヤ! 下がって!」
セラが光の結界を張る。
レオンも剣を構えた。
しかし、カインは攻撃しなかった。
「今日は挨拶だけだ」
彼はレオンを見つめた。
「三日後、もう一度会おう。そのとき、お前には選んでもらう」
「……何を?」
「私と一緒に堕ちるか。それとも、守りたい人間たちを失うか」
レオンの瞳が揺れた。
カインは笑いながら、闇の中へ消えた。
復活した悪魔も、その後を追うように姿を消した。
静けさが戻った。
しかし、アリヤの指輪は、まだ赤く光り続けていた。




