第一章 『戻ってきた悪夢』
「ひかるー!」
放課後。
校門の前で、アリヤが大きく手を振っていた。
「待った?」
「ううん。今来たところ!」
ひかるは笑顔で駆け寄った。
二人は並んで歩き始める。
「ねえ、今日もあのコンビニ寄っていかない?」
「またお水を買うの?」
「違うよ! 今日は新作のプリン!」
アリヤが笑った。
「ふふっ。ひかるって、甘いものが好きなのね」
「アリヤだって好きでしょう?」
二人は楽しそうに笑い合った。
そんな二人の少し後ろを、セラとレオンが見守っていた。
普通の人間には、二人の天使の姿は見えない。
「平和ね」
セラが微笑んだ。
「ああ。このまま何も起こらなければいいんだけどね」
レオンはそう答えた。
しかし、突然足を止めた。
「……待って」
「どうしたの?」
セラが振り返る。
レオンの表情が険しくなっていた。
「今、何か感じなかった?」
セラは目を閉じ、周囲の気配を探った。
すると、顔色が変わった。
「……嘘でしょう」
「やっぱり、君も感じたか」
それは、以前に感じたことのある邪悪な気配だった。
忘れるはずがない。
ひかるとアリヤの命を狙った、あの悪魔の気配。
「まさか……」
セラが呟く。
レオンは空を見上げた。
「封印が……破られた?」
そのとき。
「……ひかる」
アリヤが突然立ち止まった。
「どうしたの?」
「指輪が……」
アリヤの指には、祖母から受け継いだ形見の指輪がはめられていた。
その指輪が、淡い赤色に光っている。
以前は、温かな金色の光だった。
けれど、今は違う。
冷たく、不気味な赤い光。
「……熱い!」
アリヤが思わず指輪を押さえた。
「アリヤ!?」
ひかるが手を伸ばした瞬間。
二人の目の前に、一枚の黒い紙が舞い落ちてきた。
「……何、これ?」
ひかるが拾い上げる。
そこには、赤い文字でこう書かれていた。
『契約は、まだ終わっていない。』
ひかるの背筋が凍りついた。
「……そんな」
アリヤも紙を見つめ、震え始めた。
「ひかる……これって……」
そのとき、背後から聞き覚えのある声がした。
「久しぶりだな、お嬢さんたち」
振り向くと、街灯の下に一人の男が立っていた。
黒い服。
不気味な笑み。
そして、赤く光る瞳。
「……あなた!」
ひかるは息を呑んだ。
男はゆっくりと両手を広げた。
「会いたかったぞ、ひかる」
倒したはずの悪魔だった。
「どうして……!? あなたは封印されたはず!」
悪魔は楽しそうに笑った。
「その通り。だが、親切な協力者がいてね」
レオンがすぐさま二人の前に立った。
「ひかる、アリヤ。下がれ!」
セラも翼を広げた。
「この子たちには、指一本触れさせない!」
悪魔は二人の天使を見ると、ますます嬉しそうに笑った。
「そうそう。お前たちに会いたかったんだ」
レオンは剣を抜いた。
「何が目的だ?」
「私の目的?」
悪魔は首を傾げた。
そして、ゆっくりと答えた。
「今回は、契約だけが目的じゃない」
悪魔の背後に、巨大な黒い影が現れる。
「お前たちの守護天使を、天界から引きずり下ろしてやる」
「……何だと?」
レオンの表情が凍りついた。
悪魔は不気味に笑った。
「お前の昔の知り合いが、会いたがっているぞ。レオン」
その瞬間。
レオンの瞳が大きく見開かれた。
「まさか……」
悪魔は囁いた。
「そうだ。あの方がお戻りになった」
遠くで雷鳴が響いた。
セラが震える声で尋ねる。
「レオン……誰のことなの?」
レオンは答えなかった。
ただ、強く剣を握りしめていた。
そして、低い声で呟いた。
「……あいつだけは、戻ってきてはいけなかった」
ひかるはレオンを見つめた。
いつも冷静な彼が、これほど怯えた表情を見せたことはなかった。
「レオン……?」
そのとき、悪魔が笑った。
「さあ、第二幕の始まりだ」
赤黒い霧が、街を包み込んでいく。
今度の敵は、悪魔だけではない。
かつて天使だった者が、ひかるたちの前に立ちはだかろうとしていた。
――第一章・終――




