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第9話 デブのとっておきの話。

 もったいぶりながらデブが始めやがったのは、この世界におそらく三桁はある陳腐な幽霊話だった。


 ◆  ◆  ◆


―礼拝堂のアリル―

 四百年ほど前、リヒト湿原が、まだ湖だった頃、ほとりの村にアリルという聖女のように可憐な娘がいた。

 やがて年頃となったアリルは、村の若者ハンスと恋に落ちた。だがその恋を憎むアゴットという村娘がいた。

 アゴットはある夜、アリルにハンスから礼拝堂で待つようことづかったと嘘をついた。アリルは礼拝堂で彼を待ったが来ない。代りにやって来たのは、恐ろしい怪物だった。

 アリルの死後、アゴットはハンスと結ばれることになる。だが、幸せをつかむことはなかった。結婚式の前夜、アリルの名を叫ぶ悲鳴とともに絶命したのだ。傷一つなかったが、顔は苦悶と恐怖に歪んでいた。

 ――悪霊となったアリルの仕業だった。

 以来、悪霊アリルは、結婚を控えた若い村娘たちを襲うようになる。

 襲われた村娘たちはみな、傷一つつかずに苦悶の表情だけを浮かべて死んでいた。ただ、悪霊アリルの姿を見たという者はいない。なぜなら、アリルを見た者は必ず命を落としたからだ。

『真夏の昼、生臭い匂いがしたら、振りむいちゃあいけない。そこにアリルがいるよ』

 古老たちはそう伝える。


 ◆  ◆  ◆


 あらすじを聞くだけで眠くなる話だった。

「おい、誰も見てないのに何でアリルのせいにするんだよ?」

 俺には疑問が多すぎて、とっかかりすらつかめない。

 最後の年寄りの”キメ”の台詞もひどい。アリルが出るのは、昼なのか夜なのか、結局、どちらなんだ?

「何が聖女みたいな可憐な娘だ。夜中に男としけこむなんざ、とんだアバズレじゃないか」

 リリスは毒づいた。

「神聖な礼拝堂と悪霊を結び付けたがるのが気に入らないな。後の時代の安直な創作だな」

 僧侶のフェルはぶぜんとした。

「いや、細かいところは、いいんですよ。昔話なんだから。皆さんみたいなこと言わずに語り継がれてきたんですって」

 デブはうんざりとした顔で言った。

「次が大事なんです。この”礼拝堂のアリル”が出たんですよ。何百年もたった今の話です」

 三人の娘と一人の初老の男が、既に犠牲になったという。

「これが手配書です」

『ポウドニツァ(悪霊)討伐 五百ギル』

 安すぎる。悪霊退治は厄介だ。おまけに王都から遠い。誰もが敬遠する依頼だ。

「おい、ジイさんが混じっているじゃないか。コイツも結婚前なのか?」 

 しかも胡散臭い。

「そう。匂うんですよ」

 馬鹿のくせに思案深げに答えやがった。

「アッシは裏があると睨んでます。三人の娘と男が死んで得をするのは誰ですか?」

「葬儀屋」

「坊主」

「相続人かな?」

 俺、リリス、フェルの順だ。

「田舎に葬儀屋なんざありませんよ。村中でやるんです。フェルの兄貴がいい線いってます」

 くそ、デブに否定された。

「答えを言いやすが、幽霊騒ぎがあれば人が近づかなくなります。人が近づかない。いってみりゃ自然の隠し場所ができあがるって寸法です」

 もう、俺にはデブの考えが分かった。うんざりした。

「盗賊や密輸業者にすれば、おあつらえ向きです。で、アッシらで連中の隠し場所を見つけ出して、ブツをかっさらってやるんですよ」

 陳腐な幽霊話に、デブの陳腐な“あて推量”が加わった。

 俺は完全に興味を失った。

「ヴァイデン村の礼拝堂か・・・。」

 手配書を見ながら、フェルがなぜか興味を示した。

「何かあるのか?」

「今は、礼拝堂跡だけど、五百年前はペルニア教の神殿があった。ペルニア教からイリス教に移り変わる重要な場所なんだ。一度行っては見たい場所だけど、まあ、金にはならないからな。今回は諦めるよ」

「どこにあるんだ、そこは?」

「ヒューゲル平原の近くにある」

 俺は一転興味が沸いた。

 ヒューゲル平原と聞けば、話は別だ。アデルに耳打ちされた儲け話の場所だ。

 こっちは本物の”とっておきの話”だ。

『バルトブル駆除 千ギル(追加報酬あり) 場所:ヒューゲル平原』

 かび臭い迷宮回りも飽きていたところだ。

「よし。行ってみるか。そのアリル嬢の面《つら》、拝みにな」


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