第10話 ヒューゲル平原の風
ヒューゲル平原まで歩けば四日、馬なら一日だ。
俺たち三人は馬に乗れた。俺は、密輸団の下働きをしていた時に覚えた。リリスは戦場での馬泥棒、負けた方の馬を盗んでいた。フェルは折り目正しく、イリス教神父の密書を各地の教会に送り届ける時に馬を使っていた。
ただ一人、デブだけが馬に乗れなかった。まあ、それでいい。馬がかわいそうだ。デブは後から合流すればいい。
今回の仕事はバルトブルの駆除だ。
魔物ではない。大型の牛とイノシシを合わせたような野生動物だ。大きい奴は三メートルほどになる。草食だが極めて狂暴。人を見ると襲ってくる。ただ、肉の味は豚に近い。それがヒューゲル平原で大量に沸き、畑を荒らしているのだ。
夕刻前には依頼主のいる郡都ベルギナに着いた。一万人ほどの町だ。
着くと同時に依頼元である衛兵隊事務所を訪れた。
「皆、若いな・・・」
俺たちを見ると、隊長のブックベルトは露骨に気落ちしやがった。
このままだと、この後も軽くあしらわれかねない。
仕方がない。俺は十ギルの矢を一本無駄にすることにした。
「おい、ここの旗は毎日下すのか?」
俺は尋ねた。
「そうだ」
俺は弓を構えると、五十メートルほど離れた衛兵隊の旗のひもを射抜いた。
旗はひらひらと落ちた。神業のはずだが、ブックベルトは表情一つ変えなかった。
「いいだろう。改めて依頼する。だが、旗の修理代は五十ギルだ。報酬から引いておく」
まあ、いい。矢と旗、六十ギルは投資だ。おかげで、以後、話はスムーズに進んだ。
「一日、五ギルで三十人ほど農民を雇いたい」
「何をさせる?」
ブックベルトは慎重に聞く。
「明日は、ブルカ草ナツメ草を集めてもらう。それと罠を作る。狩は明後日からだ」
ブルカ草もナツメ草もありふれた雑草だ。
「二十人は勢子だ。残りの十人は多少腕の立つ奴が欲しい。俺たちが毒矢で動けなくするから、とどめを刺してもらう」
バルハ草の毒を使うつもりだ。神経毒だが、肉を食用とするには影響がない。
「分かった。あと、百ギル経費をだせ。勢子を指揮できる衛士を二人、とどめ役にも一人、出してやる」
願ってもない提案だった。
俺はそれらの経費の前金として五百ギルの銀貨の袋をおいた。
「それと俺たちの報酬について交渉だ」
手配書には三十頭駆除で報酬は千ギル、さらに報酬とは別に一頭につき五十ギルで買い取る、とあった。つまり、満額なら二千五百ギルと破格にうまい話だ。
これがアデルの言ったとっておきの話の中身だ。
「六十殺った時は、報奨金を倍の二千ギル欲しい」
「いいだろう。どうせ他の冒険者にも依頼するつもりだった。お前らだけでやってくれるなら手間が省ける」
「買い取りの方も、一頭五十ギルで大丈夫か?」
市場に商品がだぶつくと、値崩れを起こす。
「六十頭までなら五十ギルを保証できる。それ以上は、分からん。どれくらいの期間でやれる?」
「四日以内だ。次の仕事がある」
翌日、半数の農民どもにブルカ草とナツメ草を集めさせた。
ブルカ草は燃やすと大量の煙がでる。ナツメ草の煙は神経をにぶくさせ判断力を下げる。どちらも河川敷にいくらでも生えている。
残りは柵作りだ。追い込むためのものだが、完璧なものでなくていい。バルトブルの進路を変えられれば十分だ。ただし、とどめを刺す農民たちの待機場は強固な柵で囲った。
「勢子は声を立てるな。バルトブルに襲われるぞ。薪に火をつけて回るだけでいい」
勢子の役目は、薪に火をつける。そして火の中にブルカ草やナツメ草をぶち込むだけだ。ブックベルトから借りた衛兵二人と馬を走らせながら、薪を設置する場所、火をつけるタイミングを確認する。
夕刻には三日分のブルカ草とナツメ草が集まり、柵も完成した。
二日目の朝、うまい具合に西からの風が吹いた。街へ向かう風だ。しかも煙を散らさない程度のおあつらえ向きの強さだ。外縁の薪に火がつけられる。まずはブルカ草が火に投げ込まれる。
煙を見た近くの群れが、風下へと逃げ始めた。火をつけた農民は、次の設置場所へ向かう。衛兵が的確に指揮する。内側に近づくにつれ、ナツメ草を混ぜる。煙を吸ったバルトブルは判断が弱まり、逃走も攻撃も鈍る。
柵に近づく頃には百頭ほどの群れになっていた。
馬に乗った俺とリリスが、毒が塗られた矢を射かける。リリスにも俺と同じ弓騎兵用の弓を持たせている。狙いは頭部がいい。
矢を受けたバルトブルは、数歩で地面に倒れ込む。衛兵の指揮のもと柵の中から農民どもが飛び出し、とどめを刺す。そしてまた柵内へ逃げ込む。
ナツメ草の煙を吸ったバルトブルの動きは単調だった。柵を避け反転しても、今度は煙にあおられ、また柵に戻ってくる。俺たちは同じ動きを繰り返すだけで、バルトブルの死体は増えて行った。
夕刻には数十頭の死体が転がっていた。数えてみると四十二頭いた。
依頼は初日で達成できた。後、十八頭でボーナスだ。
三日目は前日と戦略を変えた。昨日、後半から罠が利かなくなった。バルトブルも学習しやがったのだ。反撃を受け、負傷する農民もいた。幸い、ウチには名医がいる。大事にはいたらなかった。
今日の布陣は、俺とリリスが騎乗から矢を射る。そして後に続く騎乗の衛士がとどめを刺す。それを農民たちが町まで運ぶ、だ。効率は下がるが、仕方がない。
戦果は昨日より悪く、午前中で十四頭だった。
「我々にもやらせてくれないか?」
昼飯を食っていると、衛士が言い出した。もはや貴族のお遊びの狩だ。
「いいぜ、俺たちも疲れた」
午後は、お役人様たちを接待することにした。衛士たちの腕はリリスよりだいぶん劣るが、神経毒が塗ってある。当てるだけでいい。
午後の三時を過ぎるころには連中も八頭ほど仕留めた。
ここで撃ち止めにした。既に仕留めた数は六十四頭。ブックベルトと約束した上限を超えている。これ以上仕留めると売値が下がる。
何よりも農民どもがへばってやがった。昨日は、バルトブルを町の近くまで追い込んだから、運搬が楽だった。今日は広い平原のあちこちから町まで運ぶ。数台の荷車を使うが追いつかない。
放置するわけにはいかない。魔物や狼を呼び寄せることになる。やむをえず午後からさらに三十人の農民を追加したが、作業が終わったのは夜中だった。
「今日の手当ては倍の二百ギルだ。連中にも家族がいる」
ブックベルトは腕を組みながら残業代を請求してきやがった。やむを得ない。三人の衛士たちにも、護衛のため夜中まで付き合ってもらっている。
衛士には金を払うが、六十人の農民どもの残業代は現物で交渉した。
「おい、お前らの追加手当はバルトブル三頭でどうだ?」
「えっ?そんなもの、いただけるんですか?」
農民たちは驚いたように俺を見た。
下手をうった。どうやら、コイツらは日当五ギルで夜中まで働くつもりだったようだ。
四日目の狩は中止となった。
「市場がもう一杯だ。これ以上だと値崩れを起こす。買い叩かれるぞ。いいか?」
ブックベルトは両手を上げた。俺たちも、もう十分だ。
三日間の実入りは約五千ギル。
ブックベルトへの謝礼に百ギル、衛士や農民への支払いが約千ギル、薪や材木の経費に三百ギルほどかかった。
差し引き三千五百ギルの利益だ。迷宮での稼ぎなら一か月分だ。
美味いネタを回してくれたアデルに、銀の首輪でも買ってやろうと思った。




