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第11話 礼拝堂のアリル① ―取り消された依頼

 宿の周辺は降ってわいた”バルトブル景気”で賑わっていた。

 広場では解体された肉が横木に吊るされ、女たちが手際よく塩を擦り込んでいる。あちこちの燻製小屋からは薄青い煙が立ちのぼり、風が吹くたび肉の匂いが町を流れていった。

 街の通りも、薪や塩を積んだ荷車がひっきりなしに行き交っている。

 ブックベルトが狩りを止めた理由もわかる。これ以上獲っても、この町の生産力では追いつかない。

 肉屋の前には安くなった肉を買い求める女たちが列を作り、その脇では上質な上着を着た男たちが店主と話し込んでいた。おそらく買い付け人だろう。

 二日前まで静かだった田舎町が、祭りの日のような賑わいを見せている。

 一方で俺たちはやることがなかった。

 リリスは珍しそうに町を見て回っていたが、すぐに飽きて戻って来た。

 町中が忙しなく動き回る中、俺たちは、宿の食堂でバルトブルの肉をつまみに、昼間から酒を飲むしかなかった。郡都ベルギナでの四日目は、デブを待つだけとなった。

「ねえ?デブを待つの?」

 リリスがジョッキを置いた。

 言いたいことは分かった。俺も、もう帰りたくなった。

 懐は十分温まった。この郡都でさえ、何もない。さらに辺鄙なヴァイデン村へ向かうかと思うとうんざりする。せめて金の匂いでもすればいいが、幽霊退治はインチキ臭いし、密輸団のブツの話は間違いなくデブのたわごとだ。

「もう、王都に帰るか?」

「お前ら、いい加減にしろ!クルトがかわいそうだろ!」

 フェルが睨んだ。

 クルト?思い出した。デブの名前だ。

「フェル、そのイリス教の坊主が、悪霊のアリルを退治した時だけどさ。何でイリス教の坊主が、ペルニア教の礼拝堂に住んでいたのさ?」

 リリスが尋ねた。

『馬鹿、余計なこと聞くな』

 俺は思った。

「分かった。お前らもこの国で暮らすなら、大切なことだから知っておいた方がいいよ」

 フェルは気だるそうに口を開いた。実は、話したくて仕方のない顔だ。止める間もなかった。

 長い前置きと、ちょくちょく挟まれるイリス教上げを省くと、話はこうだ。

 昔、この王国では、ペルニア教という多神教が信じられていた。木々や岩、川にも神が宿ると本気で考えていた素朴な教えだ。

 だが四百年ほど前、大陸中央からイリス教が入ってきた。一つの神しか認めない実にご寛容な教えだ。ただその洗練された組織と教義により、瞬く間に王国に広がった。そして古くからのペルニア教と勢力を二分するようになった。二つの勢力が拮抗していたこの時期は、凄惨な争いも起きたそうだ。やがてイリス教は国教となり、ペルニア教は一方的に弾圧されるようになった。

 『礼拝堂のアリル』の物語は、だいたいこの頃に生まれたようだ。

 弾圧により、地方に残っていたペルニア教の寺院も取り壊されるか、イリス教式に模様替えされた。イリス教の神父がペルニア教の礼拝堂に住んでいたのはそういう事情らしい。

 だが皮肉なことだ。そんなイリス教も今では禁教扱いだ。我らが狂王トレボーが、大陸中央教会と大喧嘩したためだ。

「俺は、ペルニア教の教え自体は否定しない。学ぶべき部分もある。しかし、イリス教がこの国の人の心に変革をもたらしたことは間違いない。例えば・・・」

 俺は途中から聞き流していた。

 リリスは途中で寝ていた。

「分かった。こうしよう。デブは今日までに到着する話だった。今夜中に来ればいい。到着しなければ、ヴァイデン村行きは、なし、だ」

 デブは、夜中に到着しやがった。


 礼拝堂跡は廃墟というほど荒れてはいなかった。遠目にはただの古い礼拝堂だ。湿地を見下ろす高台に建ち、背後は険しい崖だ。崖の下は古くは湖だったそうだが、今は湿地だ。

「おそらく、この礼拝堂は湖があった頃までは、使われていたんだ」

 フェルは感慨深げに内部を見回した。湖があった頃、この地はイリス教の拠点とするのにふさわしい豊かな土地だった。今では貧しいヴァイデン村も、当時は人口千人を超していたという。

「この壁のレリーフだけどね。おそらくもともとはペルニア教の神が描かれていたんだ。その上からイリス教の・・・」

 何か語り始めそうだったので、デブを盾にした。

 俺とリリスは、”索敵”を開始する。索敵は、盗賊職の呪文だ。

「やっぱり何もひかかりゃしないよ」

 リリスがうんざりとした声を出す。

 俺たちは、いないと分かっていながら、アリルの痕跡を探していたのだ。

 魔力も霊力も、俺たち以外からは反応しない。これでもう幽霊話はガセネタと確定した。 

 湿原のあちこちからガスが噴き出していた。特に礼拝堂跡の裏手にある崖の下は、メタンというより瘴気が出ている。四人の死因はおそらくそれだろう。

 ――残念ながら、アリル嬢との対面はお預けとなりそうだ。

 だが、手ぶらで帰るわけにもいかない。ギルドへの報告もある。

 俺たちは、村長宅へと向かう。

 ヴァイデン村は、ひどく貧しかった。

 湿原から吹く悪い風が、作物や家畜の発育をわるくしているのだ。

 家は五十軒ほどあるが、人の気配がない。王都の貧民街の方がまだ活気がある。その中で、二軒だけ大きな建物が目立った。おそらく村長と、今回アリルの犠牲になった徴税官の家だ。

「ふん。あの依頼ならもう断ったよ。ギルドにもそう伝えたはずだ」

 村長はそう吐き捨てると立ち上がりやがった。帰れ、ということだ。

 いきなり塩対応を食らわしやがった。まあ、こっちも願ってもないことだ。悪霊退治のガセネタで無駄骨を折らなくて済む。ギルドからも、違約金がでる。

 だが、その態度が気に入らなかった。明らかに舐めてやがる。

 俺は、デブに合図を送る。

 デブはテーブルを蹴り倒した。

「おい。座れよ、ジジイ。こっちは五日もかけてやって来たんだ。てめえらの都合でこんなしみったれた村と王都を往復するほど、俺の靴底は安くはねえぞ!」

 素人相手には強い。ゴロツキの鑑《かがみ》だ。

「俺たちは外に出ている。何も見てないし、聞いてない。そういうことでいいな?」

 俺は立ち上がり、扉へ向かった。

「へい。ボス達には関係ありません。アッシが勝手にちょっと年寄りの骨を鳴らすだけです」

 デブはマントの陰から短刀の柄をちらつかせた。

「ま、待ってくれ。報奨金は村で出す。五百ギルだな。それで帰ってくれ」

 村長は慌てて言った。

 瓢箪から駒が出やがった。

 俺は急に、この辛気臭い村が気に入った。かすかに金の匂いがした。

「村長、俺たちは物乞いじゃない。仕事をしたいだけだ。金を出すというのなら、アリルの話は続行だ。そうだな。あの死んだ徴税官の家。あそこをしばらく借りるぜ」

「そ、それは困る」

 俺は再びデブに合図を送った。


 アリルに殺されたとされる徴税官ギュンターの家は、柵で囲まれ、粗末だが門まである。玄関まで続く平石も敷いてあった。母屋も村人の家より一回り大きく、玄関も樫の扉だ。

 中の調度品も安物ではない。本棚には古い書物が並んでいる。

 さすが、代々この村の徴税官を務めた家だ。

「ベッカー、何で残ることにしたのさ?金をもらって、オサラバすりゃいいじゃないか?」

 リリスはいぶかしそうに俺を見た。

「このパーティを組む前、お前はいくら稼いでいた?」

「ふん、何さ。恩でも着せる気かよ?」

 リリスは面白くなさそうな顔をした。だが、すぐに気づいた。

「そういうことだね!あの村長、五百ギルをすんなり払うと言ったね」

 ベルギナ周辺の農民三十人を四日間雇えた額だ。

 それだけ払っても、俺たちを追い出したい理由があるのだ。

 俺はリリスと二人で、まずは家の中を"索敵"した。

「血だね。玄関近くに血だまりがある。テーブルのところで刺され、外に逃げる前にくたばった。いや、殺った奴は二人だ。ギュンターは外へ逃げようとして戻っている。外から別の奴が入って来たんだよ」

 驚いた。俺は血だまりにしか気づいていなかった。

 そして村長には、仲間がいる、と分かった。

 いずれにしろ、アリルは少なくともギュンター殺しについては白みたいだ。現場も湿原じゃない。ここだ。だが、俺は別に殺人事件を解決するつもりはない。それらがどうやって、村長の金払いの良さにつながるかだ。

「どうやら、アッシの見立てが図星だったみたいですね。あの村長は密輸団とグルです。そしてギュンターって奴は仲間割れで殺された」

 デブは得意げに言った。

 密輸団はない。村長を巻き込んでいるなら、密輸品などどこにでも隠せる。わざわざ子供だましの幽霊話など流す必要がない。

「おい、デブ。じゃあ、女たちはどうなのさ?」

 リリスがデブを見た。

「姐さん。少しばかり、時間をくだせえ。それもアッシが尻尾をつかんでみせますよ」

 デブは不敵に笑った。


 村のインテリらしく、書物は多かった。徴税記録だけでなく、宗教書や古い文献までそろっている。

 ただ何冊かが持ち去られた形跡がある。書棚の並びが不自然だ。

 もちろん、徴税官なのだから、死後、必要な書類を村が持ち出したとも考えられる。

 二階の書斎に上がる。本棚には整然と徴税記録が並んでいたが、机の上には“封印”関係の書物が乱雑に積まれていた。どうやら、死ぬ直前まで封印に関する研究をしていたようだ。

 それと日記が見つかったのは幸いだった。人に見られないよう、表紙はペルニア教の経典になっていた。しかも念入りに古ロムルス文字で書かれている。古ロムルス文字はイリス教の神父たちが公文書に使う。俺たちの中で読めるのは、フェルだけだ。

 二階には、もう一つ気になる部屋があった。

 いわゆる隠し部屋だ。窓はなく、書斎の隠し扉から入る。ただ隠し部屋自体は珍しくない。金持ちの家ならよくある造りだ。だが、荷物の間に不自然な空間があった。何かが持ち去られている。

 血痕、持ち去られた書類、封印の研究、古ロムルス文字の日記、そして隠し部屋の空間、初日でそれだけの成果があった。

 とりあえず、それらを精査するのは明日以降だ。

 村長は嫌がるだろうが、長居するつもりだ。

 俺はデブに、百ギルを渡した。

 四人分の寝具と、飯炊き女。そして上等の酒を調達させるためだ。

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