第12話 礼拝堂のアリル② ―滅びゆくものたち
翌日、俺たちは死んだ三人の女たちの家族を訪ね歩いた。
ギュンターが“殺し”だった以上、三人の死も怪しい。
村長に仲介を頼むと、意外にも素直に応じてくれた。つまり、娘たちの死は村長の利害の外だ。
「間違いない。娘はアリルに殺された」
家族たちは皆口をそろえて言った。だが、何の証拠もなかった。
顔が苦悶に歪んでいたこと。傷がなかったこと。それだけだ。
それぞれの死体が見つかった場所にも足を運んだ。近くの沼からはガスが吹きだしている。まともに吸い込めば、動けなくなる。そのまま助けがなければ中毒死だ。
娘たちがこんな場所にいたのは、水苔を採りに来たからだ。湿原に自生する安い薬草だ。
「一日働いて三ギルだってさ。それぽっちで死んでりゃ、世話ないよ」
リリスが珍しくしんみりとした口調で言った。流しの冒険者だった頃、リリス自身の命がけの稼ぎが、同じような金額だった。
俺たちは無駄足のまま湿原を後にした。
一方、デブが連れてきた飯炊き女は、当たりだった。連れてこられた時は俺たちを警戒していたが、一日五ギルの給金が女をおしゃべりにさせた。
「死んだ人の悪口は言いたくないですけどね、嫌な男でしたよ」
女はわざとらしくため息をついた。
「税の払いを、一日たりとも待っちゃくれないんです。そのくせ、金に固いかというとそうじゃない」
話によれば、徴税官は相場にのめりこみ、先祖伝来の土地を失っていたらしい。
「ところが、おかしな話もあるんですよ」
飯炊き女は声を潜めた。
「あの男、最近急に金払いが良くなったんです」
「いつ頃からだ?」
「そうさねえ?アリル騒動が始まる少し前ですかね?突然、雑貨屋にため込んでいたつけを払いに来たんですよ」
徴税官に臨時収入はない。何か太い金づるを掴んだのだろう。おぼろげながら、金の流れの先端あたりが見えてきた。
「それにずっと屋敷に引きこもっていたのに、急に外に出歩くようになったんです。郡都ベルギナにもちょくちょく出かけてたみたいです」
俺たちは手分けすることにした。
俺とリリスでこの地方の伝承や封印関係をあたる。
フェルは日記の解読だ。
「デブ、お前は密輸団の線を追え」
デブには期待していない。動き回ることで、村長を揺さぶってくれればいい。思わぬ駒が、動くかもしれない。
三日間、デブを除く俺たちは、残された書物と格闘した。
三日後、俺たちがたどり着いた結論は、あまりにも突拍子もないものだった。デブの密輸団説の方が、まともに思えるくらいだ。
だが、積み重ねられた調査の結果が、馬鹿げた夢物語を現実に変えた。
アリルが鍵となった。おとぎ話の『礼拝堂のアリル』ではない。
――アリルは実在した。
現実のアリルはこの地方の歴史上、重要な人物だった。
一番古い記録は、ペルニア教の大巫女アリルだ。大巫女とは、この地方を治める司教のような存在だ。今は礼拝堂跡しか残っていないが、かつてこの地にはペルニア教の神殿群があった。
だがアリルの時代、西から勢力を伸ばしていたイリス教と衝突する。争いは凄惨だった。そして、新興のイリス教に時代の勢いがあった。やがてペルニア教は敗れ、大巫女アリルも捕らえられた。
ところが、アリルはペルニア教の財宝をどこかへ封印していた。神殿が埋まるほどの莫大な財宝だったという。イリス教徒たちは在りかを吐かせようと拷問を重ねた。指を一本ずつ切り落とし、やがて耳、鼻を切り落とした。
ギュンターが残した書物には、その挿絵まであった。
「宗教が広がる過程で、どうしても起きてしまうことだ」
今どきの僧侶フェルが視線を落とした。
「特に両勢力が拮抗している時、悲惨な事件が起きる。お互いを恐怖が支配してるんだ」
だが、アリルは最後まで財宝の在りかを語らなかった。
二つ目の記録では、アリルは化け物として現れる。
死後、数年してアリルは悪霊となり復活したのだ。きっかけはアリルの財宝が発見されたことだった。最初に襲われたのは、財宝を王都に運ぶ輸送隊だ。王都は騎士団と高位魔術師を派遣したが壊滅する。やがてアリルは錯乱し、イリス教徒だけでなく、村人まで殺して回るようになる。最終的にはペルニア教の司祭によって封印されたと伝えられている。同時に、財宝も再び封印された。
これらは、信ぴょう性の高い年代記に記されている。
そして最後になってようやく、おとぎ話の『礼拝堂のアリル』の番だ。
悲恋の末に死んだ村娘が悪霊アリルになるという話だ。時代はずっと新しく、イリス教が国教となって百年ほど経った頃のものだ。ここではイリス教の神父がアリルを退治したとある。イリス教が、ちゃっかり手柄を横取りしてやがった。
「もしかするとなんだけど、ギュンターはアリルの財宝を見つけたのかもしれない」
フェルがおずおずと言った。日誌の解読は難航していた。古ロムルス文字だけでなく、ある時期から暗号まで使われていたのだ。
「暗号のせいで日誌が読みにくくなるのは、三年前なんだけど、その頃の日誌に何かを見つけたような記述があるんだ。何かは分からない。だが、封印について書かれ始めるのも、その後からだ」
つまり“何か”が、ギュンターを封印研究に駆り立てたのだ。
「しかしよお。アリルのお宝は四百年前から探し尽くされたんだろ?なんで今さら都合よく見つかるのさ?」
リリスが首を傾げた。
「いや、今さらだから見つかったのかもしれない」
俺は礼拝堂周辺の地図を広げた。
「今は湿地だが、百年ほど前は湖だった。この数十年で水位が下がっている。湖に沈んでいたものが姿を現しても不思議じゃない」
「へえ!」
リリスも身を乗り出した。
「それにギュンターは冒険者じゃない。行動範囲は限られている」
明日以降、俺とリリスは湿原を調べ、フェルは引き続き日記の解読に当たることにした。
ただフェルは最後に一つだけ気になることを言った。
「ギュンターが死ぬ直前なんだけど、この時も何かを見つけたみたいだ。そして、『古き神は我らを助けた』なんて書いてあった」
この日の夕刻、ようやく事態が動いた。
デブが血まみれになって戻って来た。朗報だ。
「お前、何だかいつもこれだな」
フェルが血まみれのデブを治療するのは二度目だ。
「へへ。兄貴、かたじけない。けど痛み止めは忘れないでください」
デブは息も絶え絶えだった。
「ようやく、連中、しびれを切らしたみたいですぜ。あれは、密輸団です。素人じゃありません。このアッシが背後をとられました」
やったのは五人組だという。
「いきなり後ろからガツンとやられ、後は袋だたきでした。手慣れていやしたね」
隙だらけのデブを後ろから殴って、袋叩きにするくらい農民にでもできる。
「それじゃあ、明日からも派手に動いてやれ。連中は必ず尻尾を出す」
「へへ。わかってやす。連中にお宝の場所まで案内してもらいますよ」
デブの目が欲深く光った。
おそらく、村の若い者にやらせたのだろう。村長もあせっている。
翌日、俺とリリスは礼拝堂跡裏の岸壁を調べた。盗賊の索敵も僧侶の追跡も、数カ月前のものは探知できない。だが、もし俺たちの仮説どおりギュンターが財宝を見つけたのなら、必ず運び出している。その痕跡は残っているはずだ。
「あったよ!」
リリスが声を上げた。岩場に何かを固定したような傷跡がある。
「ここから降りたんだ」
岸壁の中腹に洞窟の入り口があった。おそらく四百年前は湖の底だ。
「こりゃ、気が付かないよ」
岸壁を降りて入り口に立った時、俺たちは納得した。
湖が干上がってから百年がたつが、誰も気が付かないはずだ。
入り口は、崖の上からは岩陰となり見えない。湿地側からも別の岩が邪魔をしていた。何より、崖の周囲の湿地は強いガスが立ち込めている。これでは水苔取りの女たちも近づけない。
洞窟の入り口付近は泥がたまり、何度も人が往復した乾いた泥の足跡が残っている。おそらくギュンターのものだ。
洞窟の奥は静まり返っていた。小さな祭壇があった。その周囲には封印を解いた痕跡が残されていた。封印は古い術式のものだが、俺もリリスもとても解けそうにない。魔道書屋のばあさんが言っていた高位魔術師の封印だ。
――それをギュンターは執念で解いたのだ。
祭壇に収まっていたはずの財宝はすべて持ち去られている。
「莫大な財宝、ではなかったのかもしれないね」
リリスがつぶやいた。あまりにもささやかな祭壇だった。
俺たちは洞窟を後にした。
崖を登ると、湿原に夕日が沈もうとしていた。
リリスはそれをじっと見ていた。しゃべらなければ、いい女だと思った。
リリスは自分たちエルフ族と、アリルたちペルニア教徒を重ねていたのかもしれない。どちらも、草木や岩に神が宿ると信じた。そしてこの国の主だった。だが、ある日、西から精強な敵が現れた。連中は容赦なく森を焼き、岩を砕いた。
「帰るぞ」
リリスはうなずいた。
これまでに分かった事実を並べる。ギュンターは、何らかのきっかけで財宝の手がかりを得た。そして封印の存在を知り、研究の末、封印を解いた。ついに財宝を手にし、それを一人運び出した。洞窟に残った足跡がそれだ。
上手く行ったはずだった。だが、狭い村だ。ギュンターの不審な動きを誰かが見ていた。おそらく村長だ。そして、村長はギュンターを殺して、財宝を奪う。
流れはつかめた。ただ証拠がない。そして証拠は向こうからやって来た。




