第13話 礼拝堂のアリル③ ―アリルよ。永遠に
ついに村長が動いた。警告にもかかわらず、デブは村中をうろつき回るし、俺たちは居座り続ける。
もしかすると、俺とリリスが礼拝堂跡の崖を降りる姿を誰かが見ていたのかもしれない。
「もう、出て行ってくれ。お前らの仲間が、密輸団だか盗賊団に襲われたそうじゃないか。お前たちを置いておくと、村にまで危害が及ぶ」
村長はもっともな理由を並べた。
後ろには、短刀ぶら下げた五人の男たちがこちらを睨んでいる。こいつらが、“密輸団だか盗賊団”の農民だ。
「まだ、アリル討伐が終わっていない」
俺はとぼけて見せた。
「あんなものは与太話だ!どうせアンタらも分かってるんだろう!金は出す!」
村長は銀貨の袋を投げつけた。
まあ、せっかくくれると言うんだ。もらっておく。
「分かった。だが一つだけ確かめたいことがある。ここの主が襲われた場所に案内してもらいたい。それさえ確かめれば、俺たちも気が済む。コイツを頂いて帰るだけだ」
俺は満足そうに銀貨の袋を持ち上げた。男たちのギラついた視線が集まる。この村の農民たちには大金だ。
村長はしばらく考え込み、やがて決心したように頷いた。
「分かった。ついて来い」
「今からか?」
もう日は落ちかけている。
「今からだ。そして気が済んだら、明日の朝一番に出て行け。のんびり朝飯なんか食ってやがったらぶちのめす」
村長の代わりに、そばにいた大男が凄んだ。
俺たちは礼拝堂跡近くの湿地に連れてこられた。
もう辺りは暗くなっていた。
「この辺だ!」
大男が言った。伝えられている通りの場所だ。独り者の調税官はこの場で埋葬されたという。
「どこに埋めた?」
「掘り起こすのか?」
村長は慌てた。
「安心しろ、俺たちでやる」
断る理由を先に潰した。
「そりゃあ、無理だ。数日の雨で湿地は増水した。今は水の中だ」
また大男が答えた。意外に頭が回る。
「湿地に埋めたのは間違いないんだな?」
「間違いねえよ」
大男はうんざりした顔を見せる。
「おかしいな?俺は昔、沼地に死体を埋めようとしたことがある。すぐ水が湧いて掘り進めることができなかった。お前ら、どうやって埋めたんだ?」
さすがの大男も言葉に詰まった。
突然、後ろから切りつけられた。素人だ。気配で分かる。俺は難なくかわすと、男の腕を切り落とした。短刀を持ったままの腕が、湿った地面に落ちた。
リリスも軽くかわした。指だけを切り落とした。短刀だけが水たまりに落ちる。
フェルも問題ない。大男が真正面から飛びかかったが、風弾を食らい、数メートル先まで飛ばされた。
お約束だが、デブだけが刺された。
「痛え!痛え!」
水たまりの中で転げ回ってやがる。治療するフェルが嫌そうな顔で見ている。
俺は剣の峰で、デブを刺した男を打ち付けた。男はそのまま気を失った。
俺は腰を抜かした村長の胸に、剣を突き立てた。ほんの指一本分だ。
村長は悲鳴を上げた。
「分からないことがある。先にそいつを教えてもらおうか?嘘はつくな」
「は、話す!話すからこの剣を抜いてくれ」
「抜くと血が噴き出す。治療が面倒だ。このまま話せ。ギュンターが財宝を手にしたことは分かっている。そこからだ」
村長は観念したように話し始めた。
やはりギュンターは財宝を運び出すところを見られていたようだ。
「何を運んでいたのかは分からねえ。だが、急に金払いが良くなった」
村長は金に困っていた。仕方がない。年々、人は減り、実入りが減る中、不作が続いた。
「野郎には貸しがあった。だから少しばかり用立ててもらいたかったんだ。だが、断りやがった」
「嘘はつくな。面倒をかけるなと言っているだろ」
俺は剣を少し動かした。村長はまた悲鳴を上げた。ギュンターは少なくとも二人の人間に刺されている。最初から、殺るつもりだったはずだ。
「おい、デカブツ、お前も答えろ」
俺は大男の方を見た。
「答えるのが遅い方の指を落とす」
競争の原理だ。
「へえ。ギュンターは、村長に言われて俺がやりました」
大男はすっかり大人しくなっている。
「話せ」
「村長は二階に隠し部屋があるのは知っていました。ただ、あんなもんがあるとは知りませんでした」
思わぬ財宝を目にした二人は、それを村長の家に運んだ。村長の家にも隠し部屋があるらしい。村長の部屋の隣だ。ギュンターの死体は、村長の家の庭に埋めたそうだ。
まあ、大体予想通りだった。
「三人の女の死が分からない。あれもお前らがやったのか?」
「女は知らん。村の馬鹿な連中はアリルの仕業なんて言ってるが、おそらくガスだ」
村長が答えた。
「初めてではない。安全な場所の水苔は取り尽くされている。危険と分かっていても奥に入り込んでしまうんだ」
これで大方の話はつながった。もう聞くことはない。
「村長、俺たちは別にギュンターの仇を討ちたいわけじゃない。お前たちを衛兵に突き出すつもりもない」
男たちは怪訝そうな顔で俺を見た。
「村長、お前がせしめたアリルのお宝、七三でどうだ?五分のつもりだったが、俺たちを刺そうとした。あれで一分減だ。そして、俺の大切な子分に大けがを負わせた。これで一分減だ。文句はないな?」
「い、いいのか?それで」
村長は意外そうな顔をした。寛大なお裁きじゃない。全部奪ってヤケを起こされたら面倒だ。
俺たちの薄汚れた契約は成立した。
「ところで、ギュンターは死ぬ間際まで封印を研究していた。何か分かるか?」
「分からねえ。もしかすると、本気でアリルを信じてやがったんじゃないか?村がギルドに依頼を出したのも、アイツがねじ込んできやがったからだ」
村長は興味なさそうに答えた。
強い違和感が胸をよぎった。
そろっていたはずのピースが、突然崩れ落ちたような感覚だった。
ギュンターは封印を解くほどのインテリだ。なぜ、“馬鹿な村の連中”と同じようにアリルを信じたんだ?
いや違う。俺たちが捨てたピースだ。ギュンターは知ってやがったんだ。
風が立った。生臭いにおいがした。沼の泥が渦を巻いている。
紫の霧?強大な霊気を感じた。
「散れ!」
俺はデブを蹴り飛ばした。デブは岩場に転げ落ちた。リリスの姿はもうない。フェルは反対側に跳んでいた。
風はさらに強まった。湿原全体が波だったように思えた。
湿原に白い人影が浮いていた。
人影はゆっくりと接近してくる。
くりぬかれた両目。
引きちぎられた耳。
全身には無数の拷問の跡。
両手には一本の指もない。
―アリルが現れた。
アリルの存在、最初に笑って捨てたはずのピースだった。
だが、それが最重要ピースだった。そして最悪のパズルを完成させやがった。
ギュンターは、二つのペルニア教の封印を解いてしまったのだ。
一つはアリルの財宝、もう一つはアリル自身だ。
村の女たちが死んでいくのを見て、ギュンターはそれに気づいた。
だから封印の研究を続けた。
だが、謎が解けたところで、何の足しにもならない。
アリルは目の前にいる。
「ぎゃあっ!」
「うわああっ!」
村長たちの悲鳴が響いた。紫色の霧が村長と三人の男を覆っている。数秒後、息絶えていた。
即死魔法ではない。切り込む猶予はある。だが、どこを攻撃すればいいんだ?悪霊にも、急所はある。俺はアリルのそれがどこかを知らない。もう一度、アリルの攻撃を見たい。
「ぎゃあっ!」
再び悲鳴が上がった。物陰に隠れた男だ。今度も攻撃の軌道は見えなかった。
アリルは男に背を向けている。視覚で捕捉していない。最悪だ。隠れても意味がない。
「おい、デブ、村に向かって全力で走れ!」
「バケモンにやられるんじゃないですか?」
デブは目を丸くする。
「大丈夫だ。振り返らなければいい」
――『真夏の昼、生臭いにおいがしたら振り返っちゃいけない。
そこにアリルがいるよ』
古老たちはそう伝えた。 ――
「どこのジジイかババアか知りませんが、たわ言に命を懸けられませんよ!しかも、今、夜じゃないですか!」
クソっ、デブは応じなかった。
「ひえーっ!」
悲鳴が上がった。さっき俺が伸ばしておいた男が目を覚ましたのだ。男が逃げ出す。すぐに紫の霧が包みこむ。やがて絶命した。
「振り返らなくても、ダメみたいだな」
俺がつぶやくと、デブは俺をにらんでいやがった。
らちが明かない。リリスの逃げ道を確保する。もし、アリルが仮死で勘弁してくれるなら、リリスが郡都の坊さんを連れてきてくれれば万が一助かる。
俺は剣を抜いた。
「デブ、てめえの短刀にもコイツを塗れ」
聖油を投げる。これを塗れば、悪霊にも刃が通る。
「俺が先に飛び出す。俺は頭をやる。てめえは腹だ」
「へへっ、野郎にぶちかましてやりますよ」
「相手は女だ。野郎じゃない」
俺たちは覚悟を決めた。当然、勝ち目はない。
相手は四百年前、イリス教の精鋭騎士団と高位魔導士たちをまとめてやった化け物だ。
唯一の生存カードは、俺たちがアリルを引きつけている間にリリスが逃げてくれることだ。俺はリリスの姿を探した。
ダメだ。短剣を抜いてやがる。あの馬鹿女、何で逃げないんだ!
フェルの姿も見えた。こっちは祭壇の準備をしてやがる。少し開けた場所で、皿を四方に並べ火を灯している。
村長たちの葬儀でも始める気か?
フェルは静かに呪文を詠唱し始めた。アリルが気づく。抉られた目がフェルへ向いた。フェルがやられる!紫の霧がフェルを包み込む。俺は飛び出した。勝てる気はしないが、とりあえず頭だ。
「斬るなっ!」
フェルは鋭く叫んだ。そして再び詠唱を続ける。
アリルの動きが止まった。ディスペル(除霊)か?
違う。これはペルニアの経文だ。
生臭い風が止んだ。
フェルの声が高まった。一瞬、フェルの周囲に無数の巫女や僧侶たちの姿が見えた。ボタンのない、布を巻き付けたような素朴な僧衣をまとっていた。
アリルの身体が金色の光に包まれた。やがて、光は散り、フェルの目の前で再び塊となって浮かんだ。
そこには一人の女が横たわっていた。
美しい女だった。目も耳も、指もある。全身に刻まれていた拷問の痕も消えている。
念話か?無数の男女の詠唱が俺の頭の中に直接響いた。また、映像が見える。
木造の聖堂群。
青々とした湖。
巫女。僧侶。そして質素な身なりの信者たち。
――その中にアリルがいた。
フェルは、ゆっくりと立ち上がった。眠るアリルの胸の前で組まれた手に、そっと右手をかざす。光は輝きを増し、そしてアリルとともに消えた。
消える前、アリルはかすかに目を開いた。そして、フェルに微笑みかけたように見えた。
終わったみたいだ。
月光が湿原の水面に静かに揺れていた。 どこにでもある夜の湿原だった。
「何があったんだ?」
俺は剣を納め、フェルに尋ねた。
フェルは数枚の紙を取り出した。解読したギュンターの日誌を走り書きしたものだ。
そのうち数行に線が引かれている。
『罪のない女たちの犠牲 自分の過ち 四百年の封印によりアリルは弱体 私は責任を果たす 封印する』
『四百年前 ペルニアの司教の誤り アリルは封印してはいけない』
『古き神々は我らを助けた。ついに私はアリルを解放する』
線が引かれていたのは、娘たちが殺された後に書かれた部分だった。
最後の言葉は、殺される直前のものだ。
「ギュンターは、俺たちが思っていたような人ではなかったのかもしれない」
フェルがつぶやくように言った。
翌日。
郡都からブックベルトが率いる衛兵たちがやって来た。
ギュンターの死体は村長の家の庭から掘り出された。刃物傷だ。
村長の家の隠し扉には封印が施されていた。衛兵は扉ごと叩き壊した。中にはアリルの財宝が積み上げられていた。
「悪いな。この国の法だ。お前たちにも領主様から感状がでる。金一封くらいあるだろうが、あまり期待するな」
財宝が積み込まれた行李を見ながらブックベルトは言った。ギュンターが死んだ今、財宝は領主のものだ。ブックベルトたちは、取り調べもそこそこに引き揚げていった。死んでしまった六人の村人より、お宝の方が大切らしい。
アリルの財宝は物悲しかった。どれも王都の貴族たちが持つような最高級品と呼べるものではなかった。
金の腕輪にはこう刻まれていた。
『七十八代大巫女の誕生を祝う』
財宝は代々の大巫女の誕生や結婚を、決して豊かではないペルニア教徒たちが祝ったものだ。
アリルは拷問に耐え抜いた。ペルニア教徒たちが心を尽くした財宝がイリス側に渡れば、それらはやがて彼らを害する刃や矢に変わる。
「惜しかったな。何とかならなかったのか?」
持ち去られる財宝を見ながら、リリスが言った。
村長と若者五人が死んだ。村中が大騒ぎだ。隣村の親戚まで集まってきている。
この中で村長の家から財宝を持ち出すのは無理だ。
持ち出すには、村人たちを皆殺しにするしかない。
俺たちはそこまで悪じゃない。
悪じゃない。しかし、善人でもない。
よく見ると、リリスは両腰に短剣をぶら下げていた。来るときは一本だったはずだ。胸ん中には、大真珠のブローチを温めてやがる。
フェルは、銀の皿を行李の中に入れようとした時は嫌がりやがったが、古いペルニア教の経典を入れたら素知らぬ顔をしやがった。
デブはニヤニヤと笑いながら、古い金貨を両手でつかんだ。
俺は、いわくありげな魔導証と金の腕輪だ。あの余計な文字は消せばいい。
ちなみに、村長宅の隠し扉に封印をしたのは俺だ。
証拠は衛兵が扉ごと叩き壊してくれた。
「おい。欲をかくんじゃねえ。目立つ物は足がつく!」
ミスリルの燭台に手を伸ばしていたデブを怒鳴りつけた。
――エリク師匠の教えだ。




