第14話 ユリの花言葉
さて、俺はさっそくアリルの遺産を換金する。
全員に持ち出したものを提出させた。
「これも換金するのかよ」
リリスは、握りしめた真珠のブローチを恨めしそうに見た。
(まさか、自分が欲しかったのか?)
大粒の真珠が、ユリをあしらった白銀の台座にはめ込まれた上品な品だ。こんなものは、ケープをまとった清楚な聖女が身につけるものだ。安酒場で尻を振って歩くような女の胸を飾るものじゃない。
デブもポケットの金貨を差し出すのをぐずりやがった。腕を切り落としてやろうと思ったら、慌てて差し出した。フェルの練習台にし損ねた。
一番高かった真珠のブローチが三千ギル。それに金貨四十枚、銀の皿五枚、金の櫛を合わせると全部で七千ギルになった。
バルトブルの依頼報酬と合わせれば一万ギルを超える。
エリクがロートガッセのどん底を二十年間這いずり回って貯めた金と同額だ。
短剣は上質な白鉄製だったので、そのままリリスに使わせた。経典はフェルに預ける。
デブには五百ギル。留守番組のギルにも三百ギル。ひげ面にも二百ギルを与えた。その分配にもデブは不満を言いやがった。俺はもう一度、剣に手を伸ばした。
まとまった金が手に入った。それまでの蓄積もある。いずれと考えていた投資の時期を大幅に早めることにする。やる以上は徹底的にやる。
俺たちはボルタック商店へ向かった。
リルミガンに来た時、俺もここで武器と防具をそろえた。
リリスたちの身なりは、貧乏冒険者だった頃からほとんど変わっていない。リリスの上着は擦り切れ、フェルのローブは青いボロ布そのものだ。二人とも足元もひどい。靴は牛革と羊革を合わせて縫っただけの粗末な品で、しかも履き潰していた。
「今日は二人の防具をそろえたい」
武器屋のオヤジはリリスの身体をじろじろと眺めた。身体つきを調べているのだ。
「ちょうどベグレヒゼ(山トカゲ)の皮が入った。ラウン糸の生地もある。姐さんには、そいつでジャケットを仕立てたらどうだ?」
オヤジは吊るしの商品ではなく、仕立てを勧めた。賛成だ。リリスに合わせて素材が生きる。
ベグレヒゼは、ワイバーンの皮と似ているが、ずっと安い。それでも鎖帷子並みの防御力があり、何より軽い。ラウン糸には魔法耐性がある。
「その重そうな鉄の膝当ても、軽い銀鉄に変えた方がいい。ずっと速くなる」
今までの膝当ては鉄板を革ひもで足に括り付けただけのものだ。銀鉄のものは膝に沿うように作られ、関節部は小さな可動板が何枚も重ねられている。
「そっちの兄さんは魔法職だな。このローブなんかどうだ。ペリルムースの毛織だ。裏地はこいつもラウン糸だ」
オヤジは前開きのローブを差し出した。深い群青色で、旅向きに丈は膝上までと短い。
ペリルムースはそれ自体の防御力も高いが、防御魔法と相性がいい。防御力は術者次第だ。
ジャケットは仕立て代込みで千三百ギル。膝当ては六百ギル。ローブは千百ギル。
俺も胸当てにラウン糸の裏地を張ってもらうことにした。
「こんな高い物、いいのか?」
フェルが青くなる。リリスは当然という顔をしている。
次からは深層に潜る。必要な投資だ。
「二人の足回りも固めてくれ。特注でいい」
「じゃあ、姐さんは贅沢にベグレヒゼ皮で揃えるか?皮底はバルトブル皮を三重にして銀鉄の鋲を打つ」
足首の細いひざ下までの黒いブーツ。利き腕側にはナイフポケットもつく。黒ジャケット、銀鉄の膝当てと合わせれば、なかなかスタイリッシュだ。リリスも満足げだった。
「兄さんは巡礼用ハーフブーツだな。フェルレヒゼ(岩とかげ)皮を使う。皮底は姐さんと同じものにする」
同じトカゲだが、フェルレヒゼはベグレヒゼより少々重いが固い。
リリスの物が六百五十ギル。フェルが五百ギルだ。それでも持ち金は十分に余る。
品物の受け渡しは、俺の胸当てとフェルのローブが夕刻。それ以外の特注品は一か月後だ。
そこでいったん解散した。それぞれ買い出しがある。
俺は宝石屋へ入った。今回、うまい話を回してくれたアデルに礼をするためだ。
商品ケースに銀の首飾りがあった。手に取ると、ユリの飾りが垂れ下がっている。 百ギルと少々高いが、アデルのつんと上を向いた胸を思い出し、下心込みでそれを選んだ。
「おい。そんな安物で、ブローチのことチャラにするつもりかよ?」
突然、今聞きたくない声が聞こえた。
振り返ると、入り口でリリスが腕を組んでいた。不満そうにこちらを睨んでいる。
どうやらアデルへの贈り物を、取り上げたブローチの埋め合わせだと勘違いしているらしい。
本当のことは言えなかった。リリスとアデルは犬猿の仲だ。
「じゃあ、自分で選べ。高いのはダメだ」
「ふん」
リリスは商品のケースをちらりと見た。
「まあ、アンタが選んでくれたんなら、これでいいや。ありがとよ」
そう言うなり、俺の手から首飾りをひったくった。
後になって気づいた。
アイツが勘違いするのも無理はない。首飾りの飾りはユリの花だった。
そういえばさっき執着していた真珠のブローチも、ユリをかたどった台座だった。
リリスは、エルフ語でユリを意味する。
花言葉は、知らない。
それぞれの買い出しを終え、ボルタック商店で出来上がった品を受け取る。
同じ青色だが、それまでのぼろきれから、新しいローブを羽織ったフェルは見違えた。魔法学校の若い教授みたいだ。
「ケッ、似合ってるじゃないか」
リリスが一応褒めた。
ジャケットの受け渡しは一か月後だ。継の当たった上着のままのリリスだけ、ひとり見すぼらしい。
三人がそろったところで、魔導書屋に向かった。ここで大きな買い物をする予定だった。
攻撃魔法を使える人間が欲しい。今のフェルの風魔法だけでは心もとない。金はかかってもいい。フェルに適合する黒魔法の魔導証か魔導書を買うつもりだった。
魔導書屋のバアサンの名は、エリザベートと言った。俺たちは特別に、「エリー」と呼んでもいいそうだ。俺は、バアサンと呼ぶ。
「エリー、まずはコレを見てくれ」
俺はアリルの財宝の一つである魔導証を見せた。魔導証というのは便利な代物だ。使うだけで魔法を身につけることができる。ただし、一度使うと消滅する。一方で魔導書は長く地道な修練が必要だ。
「売るのかい?」
バアサンは片目を細め、試すように見た。
「相場が分からん。悪いが、いくつかの店を回ってから決める」
「千ギルばかり出しな。いいこと教えてやるよ」
俺は迷わなかった。両替したばかりの金貨二十枚を机に置いた。
「おいっ!」
リリスが俺の脇腹を小突いた。
このバアサンは安い駆け引きなどしない。下手に値切れば、とっておきの話が永遠に聞けなくなる。
「この魔導証は、その小うるさいハーフエルフに使ってやりな」
意外な話ではなかった。俺も一度は考えていた。もし、リリスの魔力が高ければ、盗賊職と魔法職の相性は悪くない。素早く動ける魔法使いだ。それに遠距離攻撃と近距離攻撃を使い分けられる。
「この魔導証はね。闇魔法だよ。炎や雷より格上だ。弾道がほとんど見えない。だから避けられないのさ」
確かにバアサンの言うとおりだ。アリルの攻撃は見えなかった。
「なぜ、リリスなんだ?」
「お前たちの中で、その娘っ子の魔力が一番強いからさ。ちょっと腰の物を貸しな」
バアサンはリリスにいった。
俺は従うようにリリスを促す。リリスは短剣を差し出した。
バアサンは短剣を抜いて、じっと見た。
「アリルのところからくすねてきたね。これは白鉄じゃないよ。月銀だね。うっかり売っちまったら馬鹿を見るよ」
月銀の名前は聞いている。ミスリルには遠く及ばないが、高価な魔法金属だ。短剣でも数千ギルはする。
「娘っ子が魔法を使えるようになれば、コイツは魔法剣としても使える。まあ、魔法剣は馬鹿みたいに魔力を消費する。いざという時用だがね」
リリスに魔力を持たせるのは、選択肢としては二番手だった。だが、バアサンの言葉が背中を押した。この魔導証はリリスに使う。
「やめろよ。魔法みたいな辛気臭い物、アタシには合わないよ」
珍しい魔法と聞いて責任を感じたのか、柄にもなくリリスはしり込みした。
だが、魔導証を使うなら、バアサンの前がいい。既に千ギルの月謝を払った。
俺は魔導証を破き、リリスの手に押し付けた。
リリスの体が一瞬だけ光った。魔力を受け入れた瞬間だ。
「チッ」
リリスは迷惑そうに舌打ちをした。
「闇魔法は中級魔法だ。覚えりゃ強いが、そう簡単には育たない。気長にやるんだね」
バアサンは言った。
本来はフェルの黒魔法を持たせるつもりだったが、バアサンは首を振った。
「だめだね。この坊やに黒魔法は相性が悪いよ。信仰が強すぎる。かといって聖魔法は、アンタらじゃ一生かかっても買えやしない。今の風魔法を地道に育てな。そうだね。どうしてもというなら、水魔法だね」
バアサンは、風と水の魔導書を見せた。水魔法も魔導証ではなく、魔導書で地道に覚えろと言った。魔導証に比べれば、魔導書ははるかに安い。良心的とも思えるが、単に品がなかっただけかもしれない。
闇魔法は成長が遅い。風と水も攻撃魔法としては弱い。
要するに、今回、ウチのパーティの魔法攻撃力は大して上がらなかった。
防御力は上がった。リリスの短剣が月銀だと分かったので物理攻撃も今より期待ができる。ただ、魔法はほぼ今まで通り。投資の成果はそんなところだ。
それと、アデルへの贈り物は銀の髪飾りにしておいた。バラの意匠だった。
バラの花言葉も知らない。




