第15話 安い命の終わり方
俺たちは久しぶりにギルドの応接室へ通された。
ヴァイデン村やベルギナを統治するリヒトハイム伯爵から、アリル討伐の感状と剣がギルドに届いたからだ。
剣は白鉄の両手剣だ。俺好みの細身で、片手でも使える。
ギルドからもご褒美があった。アリル討伐証のバッチだ。そしてリリスに残っていた黒印を消してくれた。
バッジは一センチほどの安っぽい代物だった。何やら不細工な女の顔が刻まれている。アリルのつもりらしい。ギルドの世話になる以上、嫌でもこれを胸につけなくてはならない。
「これはバルザック式という中世のイリス教が編み出した美術様式だ。大陸中央教会のステンドグラスもそれで描かれている」
フェルが解説してくれた。
目や口を極端に強調するらしい。おかげであの気品のある美しいアリルの顔が、子供が描いた落書きみたいになっている。
「討伐証が貰えるなんて名誉なことだ。一流の冒険者だって、運が良くなければ討伐証級の獲物には巡り合えない」
フェルは顔をほころばせた。
「まあ、ハッタリは効くしな。それつけときゃ、アンタらもガキだと舐められないよ」
リリスもまんざらでもないようだ。ようやく届いたジャケットの胸に、さっそくバッチを付けている。漆黒の生地に鈍い銀が映える。差し色としては悪くない。
ただアリルの一件で、ギルド界隈での俺たちの評価は急上昇した。
『アリルを倒したパーティ』だ。
ふう。おこがましい話だ
俺たちは、アリルを倒していない。葬式を出して許してもらっただけだ。僧侶がフェルで、俺はただの葬儀委員長だ。
「明日は、いよいよ深層まで潜る。ギルドからの調査依頼だ」
依頼内容は水質調査。報酬は二百ギル。一万ギルを稼いだ俺たちには安くみえるが、これが本来の俺たちの相場だ。数か月前なら、その半分で喜んでいた。
俺たちは迷宮の低層階をさっさと通り過ぎる。この階の冒険者たちは相変わらず苔むしりだ。一日五ギルの稼ぎで暮らす。宿に泊まる奴はいない。寝る時は、馬小屋だ。防具は付けていない。安い剣は持っているが、魔物より人間相手に使うことの方が多い。盗賊相手や縄張り争いのためだ。
中層階は、明らかに魔素が増す。迷宮は強い結界が張られているが、深くなるほど荒くなる。だから、強い魔物がその隙間から入り込む。しゃがみこんで草むしりをするような冒険者はいない。そんな余裕はない。
「来たよ!」
リリスが反応する。ようやく、俺も気配に気が付く。索敵の魔導書を与えてからのリリスの成長は速い。これまでリリスはほとんど我流だった。
「ロックウルフだな?六頭か?」
「いや、七頭だよ。気配を消しているヤツがいる。ボスだよ!」
「よし。お前らの勉強だ。全部殺るぞ!」
奇襲をかけたつもりか、一頭が飛び掛かってきた。群れのナンバー2のはずだ。
俺は伯爵ご下賜の白鉄の剣を試す。ロックウルフの頭を真っ二つにした。これまでの鉄の剣とはまるで違う。返す刀で、側にいたヤツの腹を斬り裂く。痙攣して息絶えた。これで二つだ。
リリスを見ると、あいつもすでに一匹仕留めていた。今二匹を相手に、一匹を警戒しながらもう一匹を追い込んでいる。フェルは防御魔法で自分を守りながら、リリスを援護している。
「おい。逃げるな。一人だけズルはなしだぞ。」
俺は後ずさりする一匹を胴斬りにする。そしてそのまま、リリスを狙っていた一匹を後ろから斬り伏せた。ほぼ同時にリリスも別の一匹を仕留めた。後はボスだけだ。
「ギュルルッ!」
仲間を殺られて、怒っていやがる。
「お前らだけでやってみろ」
「ふん。じゃあ、アンタはそこで茶でも飲んでな!」
フェルが風弾を放つ。ボスは飛んで避ける。
「バーカ!羽もないくせに気楽に飛んでんじゃないよ!」
リリスが一瞬で距離を詰め、喉を引き裂いた。
「剣に魔法を通したのか?」
「いいや。まだ魔法は一度もでない。あの魔導証、腐ってたんじゃないか?」
リリスは口をとがらせた。
月銀の刃だけで、ロックウルフの皮を斬り裂いたようだ。
防具が軽くなったせいか、動きも格段に軽い。
新装備の効果は十分あった。
俺たちはそのまま中層を進む。
途中で、中年のパーティとすれ違った。ここは低層ではない。場違いなほど貧弱な装備だ。見ると戦闘の後らしい。女が一人、重傷を負っていた。
俺たちは見なかったようにすれ違う。フェルも堅い表情だが、助けない。
「あの……」
リーダーが口を開きかける。
だが、その先は続かなかった。
ワードナ迷宮には厳格な掟がある。
――分をわきまえない冒険者は、死ぬ。
身の程をわきまえず深い層に進む冒険者を、一々助けていては僧侶はもたない。
助け合うことがあるとすれば、連携して大物を倒す時だけだ。一方的な施しを求めてはいけない。そして与えてもいけない。
貧しい身なりの中年パーティ。金が必要になったのだろう。苔を削るだけでは間に合わなかった。だから、中層に足を踏み入れた。結果、明日の金を稼ぐ力まで失った。
選ぶことは誰にでもできる。ただ、強いものが間違えてもかすり傷だ。だが、弱い者が間違えた時、それは致命傷になる。
深層に入った。空気が重い。古代の人工物が途絶える。ここから先は人が支配する領域ではない。
リリスの表情も硬くなる。リルミガンのギルドでここまで来る冒険者はほとんどいない。今では強い冒険者は、稼ぎのいい辺境や未踏破のダンジョンへ向かう。
「なんか、いるよ!」
リリスが短剣を抜いた。月銀の刃が白く光った。
すこし遅れて俺も気配を感じ取った。
遠くの岩が動いた。ポイゾナオークだ。そこそこ強い。掃除屋などと呼ばれているが、ごみの始末は悪い。汚物や死骸を集めて、そのまま放置する。近所に住んでいたら迷惑な奴だ。水源を汚しているのは、おそらくこいつだ。
「どうするの?」
リリスが俺を見た。向こうはまだ俺たちに気づいていない。このまま引き返して報告しても任務は達成だ。だが、アイツを倒せば別途報奨金がでる。おそらく二百ギルは払ってくれるだろう。格下のハーピーより安いが、あれは交通費込みだ。
「やるぞ。二人はここに残れ。まず矢をアイツにいかけてやれ」
弓を持ってきて良かった。フェルの風弾は、あそこまでは届かない。
「ぐえっ!」
矢を背に受けたオークは悲鳴をあげたが、すぐに雄叫びとともにリリスたちに突進した。足は速い。だが物陰には俺がいる。前を横切った瞬間に、飛び出す。オークの足の腱を斬った。巨体が前のめりに転倒する。だが、ころばしただけだ。岩を掴んで俺に投げつけた。すさまじい風圧が耳のそばを通り抜ける。オークは立ち上がると、今度は俺に向かってきた。
「おい!こっちを忘れんなよ!」
リリスが後ろからもう片方の足の腱を斬った。ようやくオークの動きが止まった。だが、尻を突いたまま長い手を振り回す。捕まれば首をへし折られる。
フェルが風魔法で砂を巻き上げた。視覚を奪う。俺はその向こうから踏み込み、一息にオークの首を払った。臭い息とともにオークの首は転がり落ちた。
「オークの死体は金にならないんだよな?」
俺は転がった首を蹴った。
「『ポイゾナ』がついても、『ロード』がついてもオークは金にならないよ」
やはりポイゾナオークは、水源近くに汚物と死骸をため込んでやがった。これを片付ければ、ギルドも二、三十ギルは上乗せしてくれるだろう。しかし、二人が嫌がった。新しい装備が臭くなるからだ。
依頼を終え、報酬を受け取った。ポイゾナオークを倒した追加報酬は、予想より渋く百ギルだった。逆にゴミの処理をしなかったことで、受付からお叱りを受けた。
「何で、ごみを掃除してこなかったのよ!明日また依頼のやり直しだわ」
アデルは冷たい目で俺をにらんだ。だが、一応、髪飾りはつけてくれている。脈ありだ。
明日、別の冒険者に五十ギルで依頼するらしい。一時間で終わる楽な仕事だ。古い装備に着替えて、俺たちで受けようかと思った。
仕事が終わった後、俺たちは、いつものようにうまいものを食い、酒を飲んだ。一人十ギルの払いだ。下級冒険者が一日苔むしりをして稼ぐ金の倍だ。
後で知った。迷宮ですれ違った女の冒険者は死んだ。郊外の原っぱに運ばれ、下級魔導士が五ギルで焼いたそうだ。ゴミ掃除より十分の一も安い命の終わり方だ。




