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第16話 王都三番街の幽霊屋敷① ―薬問屋の依頼―

 迷宮の街ハリム、ワードナの迷宮に近い、俺たちのアジトがある街だ。王都からは二時間ほどのところにある。

 その日の午後、俺はハリムの北の一角にある歓楽街を歩いていた。何やら騒がしい。

 近づくと、人だかりの向こうから喚《わめ》き声が聞こえてきた。喧嘩らしいが、やけに口上《こうじょう》が長い。しかも半分は聞き覚えがある声だ。


「もう我慢ならねえ!今日という今日は、許さねえぞ!」

「それはこっちのセリフよ。血を見るくらいじゃすまさねえぜ!」

「言いやがったな!もう仕方がねえ。こっから先は命のやり取りよぉ!」

 人だかりの向こうにいたのは、やはり手下どもだった。ギルたち三人に、見慣れない男が一人。そういえば最近、新しく手下を増やしたと言っていた。

 手下どもは売春宿の前の往来で、同じようなゴロツキどもとにらみ合っていた。相手も四人だ。ひげ面と相手の一人がダンビラを抜いている。

 そのくせ、一向に斬り合う様子はない。延々とののしりあっているだけだ。

 情けないチンピラどもだ。はずみでダンビラは抜いたが、本音は斬り合いたくはないのだろう。

 男たちの間で、オークみたいな面《つら》の娼婦が震えていた。金を払ってコイツの相手をする男もいるかと思うと、感慨深い。


 俺はこの日、その売春宿の二つ向こうにある店に大切な用があった。関わりたくなかったが、ギルが目ざとく見つけやがった。そして逃がすものかと声をかけてきた。

「ボス!不細工なところをお見せしてやす。まあ、今からコイツらを始末するところでさあ。せめてコイツらがくたばるところを見届けてやってください」

 そう言って剣を抜いた。勝手に俺を見届け人にしやがった。

 俺の姿を見て相手のゴロツキどもが青くなった。俺はこいつらの喧嘩と違い、前置き抜きで殺《や》る。親分から聞いているはずだ。

 ただ、俺はこの辺り一帯の相談役らしい。親分衆にもシノギに口出しはしないと約束した。手下にだけ肩入れするわけにもいかない。

「おい、ジャックナイフのギルが、なに野暮なもん、抜いてやがる。そんな三下ども、素手でたたんでやんな!」

 両陣営の顔に露骨な安どの色が浮かんだ。これで刃傷沙汰《にんじょうざた》は回避された。

「へへ。おっしゃる通りで。こんな奴らの血で、せっかくの剣を汚したかねえ」

 ギルはあっさりと剣をしまった。

「それと、ひげ面、お前は限度を知らないからいけない。やり過ぎるなよ」

 俺は最近影の薄いひげ面を、適度にくすぐってやる。

「そりゃ無理な注文ってやつでさあ。コイツらは、この俺を怒らしちまった。腕の二本や三本、へし折ってやりますよ」

 限度を知らない危険な男が、得意げに鼻を鳴らした。そしてダンビラを地面に放り投げる。

 俺は今度は相手側を振り返った。

 手下どもと似たり寄ったりの口ばかりで弱そうな連中だった。

「お前らは道具を使え。ウチの狂犬ども相手には、それで釣り合いがとれる」

 軽く挑発してやると、相手はいきり立った。

「大きなお世話だ!こっちこそ死なない程度に可愛がってやるよ」

 前にいた男は、ダンビラを投げ捨てると、ひげ面に飛びかかった。

 それを合図に乱闘が始まった。

「野郎!」

「ぶち殺してやる!」

 男たちが地面を転がりまわる。

 まあ、これでいいだろう。俺は男たちのわめき声を聞きに来たのではない。

 ジュネの甘い喘ぎ声を聞きに来たのだ。俺は二軒隣のジュネの店へと急いだ。


 ジュネは体にぴったりと張り付く白いワンピースで迎えてくれた。何も言わずにゆっくりと近づくと、静かに唇を合わせた。そのまま俺の上着を脱がせにかかる。俺はしばらくされるがままにした。ジュネからは甘い香りがする。俺の上着が床に落ちた。ジュネが俺の胸に唇を当てた。

「ぐはあっ!」

「うおっ!」

 ちっ。表から聞こえてくる乱闘の声が邪魔だ。早く終わらせろ!馬鹿ども。

 ところがジュネは気にもしていない。唇で胸をなぞる。そして軽く歯を立てた。俺はジュネの細い背中に手を回した。ジュネは顔をあげた。目と唇が、俺を求めている。

「ちきしょう!覚えてろよ!」

 ジュネのワンピースを脱がせにかかった時、外から情けない声が響いた。

 まあ、どうでもいいが手下の声ではない。

 俺はジュネを裸にした。

 ―これから大切な用だ。


 情事の後、ジュネは衣服を整えながら言った。

「ウチの旦那が困っているのよ」

 間もなく店の支度が始まる時間だ。

 俺はまだベッドで余韻を楽しんでいた。

「旦那?」

「金主のことよ。大切な旦那様」

 ジュネの旦那は、ハリムでも一番の薬問屋で、王都リルミガンにも支店を持っている。その旦那が、息子夫婦のために、リルミガンに用意した屋敷に幽霊がでたという。

「幽霊?何か被害はあるのか?」

「ないわ。ただ若嫁が怖がって空き家になってるのよ。何とかできない?」

「報酬はでるのか?」

「馬鹿ね。相手はこの街一番の薬問屋よ」

 ジュネの吊り上がった目が、欲深く輝いた。さすが俺が間男をして奉仕している相手だ。金のつかみ方を知っている。


 旦那はクラウスと言った。五十がらみで頭の禿げ上がった、人の好さそうな男だった。性悪のジュネの手練手管で、ケツの毛までむしられている。

「白いドレスの女が浮いていた。あれはバンシーだ。私がこの目で見たんだから間違いない!」

 バンシーは、魔物だ。泣き声を聞いた者の家に死人が出る。

「泣き声を聞いたのか?」

「いや。危なかった。とっさに扉を閉めたから助かった」

 旦那にとっては、たいした冒険談なのだろう。

「いい判断だ。薬を売るのが薬屋。化け物殺しは冒険者だ」

 幽霊はいる。なぜならそれが俺たちの飯のタネだ。

 他の使用人の目撃談も聞いた。

 白いドレスの女、子供の泣き声、ラップ音、動き出す人形。一通りの幽霊話がそろっていた。

「千ギル出す。この依頼を引き受けてくれ」

 十ギルでも引き受けただろう。なにせ相手はこの街一番の薬問屋だ。

 後ろでジュネがニヤリと笑った。このネタの礼は高くつきそうだ。


 若夫婦の屋敷は、金持ちたちが集まる王都三番街にあった。

 通りに並ぶのは屋敷ばかりだ。店など見当たらない。当たり前だ。ここの住民は自分で肉も野菜も買わない。召使の仕事だ。

 息子夫婦の屋敷の黒い鉄門をくぐると、きれいな前庭が広がっている。少なくとも数か月以内には庭師が入っている。

 玄関に入る。正面には二階に続く階段があり、右が居間で、左が食堂だ。

 地下室もあるが、物置にする予定らしい。今は空っぽだ。

 二階は五部屋。若夫婦の寝室とそれぞれの部屋。空いている部屋が二つだ。いずれ生まれてくる子供のための部屋だろう。

 怪しいところは何もない。若夫婦を迎えるために整えられた、ごく普通の屋敷だった。

 やはり幽霊は夜だ。


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