第8話 悪党一味
アジトは夜逃げした貴族の別荘跡だという。
外見はまあ予想通りだった。
昔は小洒落ていたと思われる鉄柵は赤錆に覆われ、ところどころ破損している。
庭の池は泥で埋まり、怪しげな生き物が俺たちを見て逃げた。あれが、今日からの同居人らしい。
ただ感心なことに、庭は薬草畑として耕されていた。
屋敷は二階建てで、小汚い色のツタで覆われている。外壁は剥がれ落ち、一階には焼け跡まである。
それでも、屋根が無事だったのが救いだ。
「フェルのねぐらの方がマシなんじゃないか?」
リリスが顔をしかめた。フェルは、隣にいる。
「姐さん、見てくれは悪いが、中はそう悪くはありませんぜ」
ギルが言った。コイツは手下どものまとめ役だ。
他の二人の名は忘れた。デブとヒゲ面と呼んでいる。その方がなぜか連中は喜ぶ。
あてがわれた部屋は二階だ。
二階には、北向きの部屋を含めて十室ある。俺は一番右の南に面した部屋だ。その隣がリリス、そしてフェル。
部屋の中は、ギルが言うよう、そう悪くない。ベッドにはシーツが敷かれている。どこかからかっぱらってきたのだろう。
そしてデスクや棚、衣装箪笥まである。
俺に疑問がわいた。なぜ債権者たちは、これらの家具を売り払わなかったのだ?前の持ち主は本当に夜逃げしたのか?
馬鹿どもが知らない"裏"がありそうな気がした。
「あのー、ボス、相談があるんですが聞いていただけやすか?」
ギルが恐る恐る切り出した。
「なんだ?」
「一階をですね、アッシらのねぐらに使わせてもらっても、かまわねえでしょうか?」
不安げに俺を見上げる。
拒否すれば連中は野宿だ。それはさすがにかわいそうだ。
「構わない。一階はお前たちが工夫して使え。だが、二階には用もなく上がるな。見かけたら殺す」
俺は念のため最低限の線引きは徹底しておいた。
しばらく迷宮で稼ぐことになるだろう。王都の中級宿は引き払った。
手下とは便利なものだ。金も払っていないのに、かいがいしく働いてくれる。
もちろん、連中にも見返りはある。
俺たちが迷宮から持ち帰る品を換金するのは手下どもの仕事だ。その際、いくらか抜いているはずだ。それでも俺たちでやるより高い買い値がついた。
そして何より、俺という後ろ盾だ。
俺たちが、アジトに住み着いて二週間ほど経った夜だ。
デブが血まみれになって担ぎ込まれた。
ずっと対立していたゴロツキ一味“狂鬼”にやられたという。ちなみに手下たちの組織名は、“無慈悲な殺戮”だそうだ。初めて聞かされた時、リリスと二人で腹を抱えて笑った。
二つの組織の力はこれまで均衡していたが、俺がボスとナンバー2を殺したことでバランスが崩れた。デブが半殺しにされたのは、連中がついに仕掛けてきたのだ。
「ご、後生だ。ボス。ポーションを使ってくだせえ」
デブが、か細い声で訴える。失礼な奴だ。今、フェルが治療しているだろう。
新しい術式のおかげで詠唱は早くなったが、治療の腕はまだまだまずい。しかも、痛み止めの処置を忘れている。
だからこそ、まあ、いい練習台だ。
「あのクソども。もうがまんならねえ!」
扉の外では、ギルとヒゲ面がダンビラを抱えて息巻いていた。二人だけで殴り込むつもりらしい。
「おい。やめとけ。お前らじゃ、血まみれが増えるだけだ。誰が世話すると思っている?」
「しかし、ボス、このままじゃ、俺たち食いぱぐれちまうぜ!」
ヒゲ面が食ってかかってきやがった。俺は力任せに蹴り飛ばしてやった。
「三日待て。それですべて終わらせてやる」
三日後の夜、この界隈のゴロツキの親分衆の会合がある。そこに“狂鬼”のボス、バンスも参加する。
当夜、俺はギルに“果たし状”を持たせ、会合の場となる店へやった。
ギルは俺の指示通り、他の親分衆の目の前で果たし状をバンスに叩きつけた。
こうなると、バンスも親分衆の手前、逃げるわけにはいかない。
「おいギル。ガキの使い走りかぁ?人間、落ちぶれたかあねぇな。いいぜ、そのガキ、一丁可愛がってやるよ」
そう余裕を見せたそうだ。とにかく相手はガキ一人だ。他の親分衆に臆病者とは思われたくない。バンスはあえて防具もつけず、バカ長い剣一本を持って店の外に出てきた。
外の暗がりには、弓を持った俺がいた。
「おいおい、小僧お!果たし状たあ、ずいぶん舐めたマネしてくれるじゃねえか!俺の名は”剛剣のバンス”様だ。これまで何人殺したか知っているか?最初は十九の時だ。”皆殺しのザック”って奴がいやがった。そいつを・・・」
俺はヤッコさんの長口上を矢で終わらせた。俺が矢を放つと、剛剣のバンス様は、額に矢を突き立てて大の字になった。俺はバンスの死体に近づき、貴重な矢を抜き取った。深く刺さっていたため、申し訳ないがヤッコさんの顔を踏みつけて抜くしかなかった。
歓楽街の店だが、中は悪くない造りだった。椅子やテーブルも安物ではない。
外の様子を見ていたのであろう親分たちが、複雑な顔で俺を迎える。
「俺の席はあるか?」
俺は親分衆を見回した。
「そ、そこに座んな。兄弟。すぐに片付けさせるぜ」
おそらく仕切り役の年長の男が空いている席を指した。さっきまでバンスが座っていた席だ。
俺を受け入れた方が得策と判断したのだ。
「まずは乾杯だ。今日からアンタとは五分の盃だ。いいな?」
別の男が引き継いだ。
「いや。俺はお前らと杯を交わす気はない」
一気に場が冷めた。俺が反目に回るとも受け取れる。外にはバンスの死体が転がっている。警戒と恐怖が交差する。
「お前らと杯を交わすのは、そいつだ」
俺は立たされたままのギルをアゴで指した。
「“無慈悲な殺戮”を仕切るジャックナイフのギルだ。切れたら何をしでかすか分からない恐ろしい奴だ。怒らせない方がいいぜ」
俺は適当に通名をつけてやった。
急遽、ジャックナイフの通名を背負わされたギルは、口を開けて俺を見ている。
「俺はお前らのシノギに口をだすつもりはない。俺の役分は、そうだな、お前らが他所ともめた時、手を貸す、でどうだ?」
親分衆に安どの空気が広がる。
「おい。ジャックナイフのギルに席を作ってやれ!新しい兄弟と相談役に乾杯だ!」
さっきの男が改めて怒鳴った。
宴は長く続いた。さっそくバンスのシマをどう分けるかで盛り上がっている。ギルは、売春宿のシノギに一枚噛ませろ、と食い下がっていた。
皆が酔いつぶれる頃、一人の女が、ねっとりとした視線を送ってきた。
三十がらみだろうか。吊り上がった目に薄い唇。上品とは言えないが、男を惹きつける顔をしている。
細身の身体だが、やせているわけではない。胸と腰は、ほど良く発達している。
「あれは誰だ?」
俺はギルに尋ねた。
「ここのマダムでさあ。ジュネという名で、バンスの情婦でした」
大した女だと思った。
男を失った直後だというのに、さっそく次の男に唾をつけようとしている。しかも、自分の男を殺した相手にだ。
もちろん色恋ではない。新しい後ろ盾を欲しがっているのだ。
ジュネは俺に二階に上がるよう目配せをした。私室でもあるのだろう。親分衆はすっかり酔いつぶれている。
俺は彼女の形の良い腰を見ながら二階へ上がった。
さみしい未亡人には、添い寝の相手が必要だ。




