第7話 迷宮の値段
――ワードナ迷宮。
俺は初めて、この高名な迷宮にやって来た。
「思ったより賑やかだな」
俺は迷宮入り口前の通りを見て言った。様々な店が集まり、小さな町を作っている。
「冒険者相手の店だ。買い取り屋にメシ屋、薬屋、宿まである。毎日何十人も潜るからな」
今日のガイド役、フェルが教えてくれる。
フェルは冒険者の数をさも多そうに言うが、一日何十人程度なら、冒険者の数に比べて店が多いように思える。
つまり、それだけ迷宮から持ち帰るものが金になるのだろう。
「ハーピーの羽は五十ギルになった。魔物は金になるのか?」
俺は、エリクの弱小パーティにいたため、魔物の相場が分からない。魔物に会えば逃だすようなパーティだった。
「ならないな。素材の値は、強さより使い道と希少性で決まる。普通にイノシシや鹿を狩る方が金になる。オークなんか倒してもくたびれ損だ。食べられないし、ほとんど金にならない」
俺は仮に食くえても、人型を食う気にはなれない。
「それでも、中層なら冠蜘蛛だな。糸袋が三十ギル、毒袋が回収できれば二十ギルだ」
「おい、じゃあ何で冒険者は迷宮に潜るんだ?その冠蜘蛛とやらが、わんさかいるのか?」
俺は、冒険者たちは魔物を狩って金にしているのだと思っていた。
「まさか!冠蜘蛛は希少種だ。冒険者の稼ぎのほとんどは薬草や鉱石の”採集”だよ」
どうやらこの誉れ高きワードナ迷宮も、胴元であるワードナ元枢機卿が生きていた頃とは大きく変わったみたいだ。
無数の冒険者たちが散々踏み荒らし、宝箱や古代の秘宝はすべて持ち去られた。
だが、この迷宮の魔素は今でも強い。貴重な薬草や特殊な鉱石が次々に生まれる。それが冒険者と商人たちの飯のタネになっているようだ。
つまり、今の迷宮の価値は、草や石ころを集める資源採集だ。
突然、通りの一角が騒がしくなった。
「二度目はねぇって言ったよな?ジジイ」
数人の男たちが、粗末な屋台を叩き壊している。
「ひいっ!勘弁しとくれ!アンタらの顔をつぶす気なんて、これっぽっちもありやしないよ!」
やせた中年女が、しきりに言い訳をしている。その傍らでは白髪の老人がおろおろと立ち尽くしている。どうやら親子で屋台を切り盛りしているらしい。ショバ代か何かでもめているのだろう。
「不良冒険者だ。あのジイさんたちに言いがかりをつけているんだ。どうする?」
フェルは口元を引締めながらこちらを見た。
この敬虔なイリス教徒は、あの親子を助けたがっているみたいだ。
「おい。フェル。ヒゲずらが悪人で、年寄りが善人だと誰が決めたんだ?」
この世界は悪人でない人間の方が珍しい。
「アタシは、仮に善人でも助ける気はないね。ココで商売してんだ。弱いは本人の責任さ」
リリスもそっけなく言った。決まった。二対一だ。民主的多数決ってやつだ。
俺たちは素通りした。通り過ぎる時、男たちはリリスの胸や尻をなめまわすような目で見ていた。構わない。別に減るもんじゃない。
フェルだけが一度振り返っていた。
迷宮内は壮大な古代の墳墓だった。ワードナは、この最奥部で魔物たちを召喚し、反乱軍を率いていた。通路は馬車がすれ違えるほど広い。
「誰もいないじゃないか」
俺は、外の喧騒から一転し、ガランとした通路を眺めて言った。
「ここはまだ入り口だ。二つ、三つ玄室を超えると、土が見えるようになる。薬草や魔石が採れるのはそこからだ」
長い階段を降り、いくつかの玄室をぬける。フェルの言葉通り、遺跡の崩落した隙間から土が露出するようになった。
そこで初めて冒険者たちの姿を見た。壁にこびりついた“青苔”を削っている。
ハーピー討伐の時、リリスに使ったポーションの原料の一つだ。
「あれが下級冒険者たちの収入源だ。あまり金にはならない。一日で五ギルも稼げば上出来だ」
「みな、防具なしだな」
粗末な剣はぶら下げているが、貧民と変わらない服装だ。これが一日五ギル以下の冒険者だ。
「この辺りはほとんど魔物はでないからな」
「お前らは普段どこまで潜っているんだ?」
俺は二人に尋ねた。
「低層の最奥部くらいだ。捜索隊の仕事の時は中層まで潜る」
「アタシも似たようなもんさ。だがもう少し奥までは潜っていた。苔むしりではまともに食えやしないからね」
リリスが両手を上げて首を振った。
「フェル、リリスは二十ギル以下の稼ぎではダメだと言ってるぜ」
ちなみに俺たちは今回から報酬の分配も正式に決めていた。ハーピー討伐の時は山分けだったが、組織としてやっていくには不安定だ。
稼ぎの半分をパーティ資金。残りを俺が三、リリスとフェルが二、二で分ける。パーティ資金の使い道は俺が決める。ただし、二人の取り分が十ギルを下回った時は、パーティ資金から補填する。
リリスたちが二十ギル稼ぐには、パーティでは百二十ギルが必要だ。
「じゃあ、中層の入り口まで進むしかないな」
フェルが表情を引き締めた。
俺たちは貧しそうな冒険者を横目に低層を抜ける。
中層から魔物の出現率が跳ね上がる。どこから湧いてくるのか、強敵のオークも現れる。逆に冒険者の人影は消える。
「おい、あの蜘蛛はさっき言ってたヤツか?」
玄室の天井に一メートルほどの蜘蛛がへばりついている。
「ツイている!冠蜘蛛だ」
フェルが真空魔法を放つ。直撃を受けた冠蜘蛛が地に落ちる。素早く駆け寄ったリリスがとどめを刺す。糸袋、毒袋ともに採取できた。これでだいたい五十ギルだ。
「冠蜘蛛はつがいが多い。あと一匹いるかもしれない」
あたりを探すと、つがいを失ったもう一匹が暗がりに隠れてやがった。じっと恨めしそうにこっちを見てやがる。今度は俺が仕留めた。合わせて百ギル、あと二十ギルで、目標達成だ。
「あと二十ギルだ。上に戻って三人で”苔むしり”でもするか?」
「馬鹿言いな。ツイてる時は波に乗るもんだよ」
リリスが欲深い顔で笑った。いい顔してやがる。
だが、それ以降、散々歩き回ったが何も見つからなかった。まあ、二人には十五ギルと言ったところか。初日でそれは悪くないはずだ。
「今日はここまでだな」
俺たちは厄介な連中(魔物)に出くわす前に引き上げることにした。しかし、そうは問屋が卸さなかった。
「おい!来やがったぜ」
リリスが短刀を抜いた。同時に俺も気づいていた。
闇の向こうから十匹ほどのロックウルフが現れた。普通の狼より強い。
魔物の相手は、中層のショバ代だ。払いたくなけりゃ、低層で一日苔むしりだ。
(全滅させるか?ボスを殺るか?)
「おい、こいつら、金になるのか?」
「ならない。普通の狼の方が金になる」
フェルが答えた。落ち着いている。
じゃあ決まりだ。ボス狙いだ。
俺が前衛、リリスが中央、壁を背にして後衛がフェルだ。
向こうは、半円形に俺たちを包みながら、距離を詰めてくる。一匹がリリスに飛び掛かる。かわしながら、短刀を突き立てる。
「ギャッ!」
深手を負わせたようだが、まだ生きている。フェルは防御魔法を展開している。しかし、このままでは二人とも長くはもちそうにない。
俺は一気に前に進んだ。狙うのはボスだ。
横から飛び掛かってきた一体を剣のみねで殴りつける。下手に突き刺さすと、剣の動きが一瞬鈍る。群れ相手に、初手でそれはまずい。
ボスは正面から俺に襲い掛かった。おあつらえ向きだ。コイツに下がられて持久戦に持ち込まれたら、後ろの二人が危ない。俺は右に身体をかわすと、水平に剣を振った。ボスの首と胴体が二つになった。悲鳴すら上げる間もなかったみたいだ。
予想通り、ボスを失った群れはもろい。散り散りに撤退する。
「へへ、頼りにしてるよ」
リリスが俺の腕にしなだりかかってきた。胸が腕に当たる。安い褒美だが、悪い気はしない。
荷物担ぎがいない。金にならない毛皮は放置した。
余計な道草を食ったが、地上へと急ぐ。街まで二時間ほどかかる。
迷宮で本格的に稼ぐなら、二、三日泊まり込んだ方がいい。だがその準備がない以上、今日は引き上げるしかなかった。
中層の出口に差し掛かった時、再び不穏な気配を感じた。今度は同族だ。行く手を冒険者三人が塞いでいる。振り返ると後ろにも二人いた。
よく見ると、朝、ジイさん親子の屋台を叩き壊していた連中だ。
「ケッ、生意気に中層に潜ってやがったのかよ。わざわざお迎えに来てやったぜ、坊ちゃん」
真ん中の男が右手で短刀をもてあそびながら言った。多分コイツがボスだ。
「その”上物の剣”を置いて消えな。それと防具もだ」
どうやら朝、俺たちはコイツらから値踏みされ、舐められたみたいだ。
脅しに乗る若い冒険者だと思っている。
「へっ!年上の売女ばいたなんか連れやがって。女は置いて行け。なあに、殺しやしねぇ。俺たちが少し借りるだけだ」
隣の男がリリスの体をなめまわすように見ながら、近づいてきた。
「近くで見りゃ、ますますいい女じゃねえか」
「おい。リリス褒められてるぞ」
俺はささやいた。
「ありがたいねえ。いい女冥利に尽きるよ」
リリスが表情を変えずに言った。
「何ごちゃごちゃ言ってやがる!」
男が怒鳴り声をあげた。しかし、その声は途中で途切れた。俺が首をはねたからだ。何が起きたか分からない顔のままの首が、転がる。
男たちも何が起きたか分かっていない。
俺は黒甲隊仕込みの足運びで、間合いを詰めた。次の瞬間、ボスの身体は”上物の剣”で貫かれていた。ボスは目を剥いたまま死んだ。
「これで、三対三だな。どうする?」
俺は呆然と立ちすくむ残りに尋ねた。
「殺やっちまえばいいさ。恨みを残すと面倒だ」
リリスが言った。
「ま、待ってくれ。降参だ!」
背の高い男が、慌てて武器を捨てた。
「俺たちはクズだ。恨みを残すほど上等なシロモノじゃねえ!」
男の言うとおりだ。
「クズはわかっている。だが、生かしておいて何の得がある?」
「手下になる。アジトもアンタらが使ってくれ!」
俺は少し考えたが、男の言葉に乗った。
裏切るかもしれないが、その時は殺せばいい。ちょうど、この近くに拠点も欲しかったところだ。
「明日の夜までにアジトを磨き上げておけ、それとこの死体も片付けろ」
俺はクズの手下と拠点を手に入れた。
「おい、二人とも付き合ってもらうよ」
王都に戻ると、リリスが酒場に誘ってきた。払いはパーティの経費だ。しっかり経費の使い方を知ってやがる。
今日の稼ぎはしけたもんだ。それでもリリスは安酒で十分楽しんでやがる。飲めないと言っていたフェルもちびちびとやりながら笑っている。そして俺も仲間と楽しんでいる。まいった。俺が作ろうと思っていたパーティとは違う。だが、まあ、悪くはないと思った。




