第6話 古い術式
俺たちはギルドの来客室にいた。ハーピー討伐の報酬受け取りと、ちょっとした交渉事のためだ。
普通、一介の冒険者が来客室に通されることはない。よほどの功績をあげるか、ギルド側が何かしくじりをやらかした時だ。今回は、少々しょっぱいが後者だ。普段冒険者をアゴで使う連中が、まるで領都の査察官を迎える村役人のように丁重だ。
目の前には、神妙な顔のギルド長バイザーが腰を下ろす。その横にはアデルが面白くなさそうな顔で控えている。
俺とフェルは、向かいの席に座らされた。そしてリリスは、――なぜか椅子には座らず、腕を組んで入口の壁にもたれている。俺は不安になった。『お前は、同情を買えばいい。何も言わずしおらしくしていろ』とだけ指示したはずだ。
「今日という今日は言わせてもらうよ」
リリスが、勝手に口火を切りやがった。
「アタシらはダンジョンで体を張る、アンタらはそんなアタシらをバックアップする。そうだよね?で、今回のは一体何だい?ああん?冒険者の命を何だと思っているんだ!その卵をごらんっ!」
リリスはテーブルにおかれた卵をアゴで指した。
「孵化直前の卵だよ。ハーピーの孵化は一カ月だ。つまりあのハーピーのつがいは、少なくとも一月前からよろしくやってやがったということだよ。そんな情報も取れないなんてどういうことだい?」
リリスは勝ち誇ったようにギルドの二人を見る。
『このバカ女が』、俺は心の中で舌打ちをした。
「同情を買え」と指示したのに、反感を買ってやがる。日頃、自分に冷たいギルドにこれを好機と憂さ晴らしをしてやがるのだ。そんなことをやっても、一銭の得にもならない。
ギルドの肩を持つわけじゃないが、討伐依頼で数の誤認はありえることだ。だが、今回は致命的だ。ゴブリンの群れの数を読み違えたくらいならまだいい。それは誤差だ。しかし、単独のハーピーと、つがいのハーピーの誤認は致命的だ。戦闘力がまるで違う。
だから、ギルドも今回の件は自分たちの失態と認識している。俺はそれを梃子に有利な“交渉”をするつもりだった。どっかの馬鹿のように、喧嘩を吹っ掛けるつもりはない。
「おい。その辺にしろ!」
俺はリリスを怒鳴りつけると、バイザーに向き直った。
「旦那、勘弁してやってくれ。今回、アイツは大ケガを負った。もしこのフェルがいなければ命が危ないところだったんだ。それで気が立っちまってる」
「ふん、フェルで直せるなら、かすり傷でしょう」
アデルが聞えよがしに言った。フェルは目の前にいる。
「なんだって?!クソ女!」
リリスがつかみかかった。
「どっちがよ!」
アデルも臨戦態勢で立ち上がる。俺はリリスを止め、バイザーはアデルを止めた。
「旦那、俺たちの要求はたぶんまっとうなものだ。まず、オスの討伐報酬を上乗せして欲しい。そして――、コイツの“黒印”だ」
ギルドには“与戒制度”というものがある。
不良冒険者を排除する制度だ。
冒険者が重大な問題を起こすと、ギルドの台帳と冒険者登録証の裏に黒印が刻まれる。これが四つになると資格を一時停止され、五つになると無期停止となる。事実上の追放だ。
リリスのバカは、三つも貯めてやがった。あと一つで資格停止だ。
そんなことになれば、俺はまた一から仲間探しだ。
「今回の件は綺麗に忘れる。だから、これを消してやってくれないか。旦那の裁量でできるはずだ」
ギルド長には黒印を消す権限がある。タチの悪いギルド長はそれで内密に小遣い稼ぎもしている
俺はもうすがりつくような思いでバイザーを見た。
ここでリリスにも頭を下げさせたかったが、クソっ!そっぽを向いてやがる。
「頼む。旦那。今後はコイツがバカをやらかさないよう、俺が責任を持つ。それに俺たちは稼ぐぜ。ギルドにも損はないはずだ」
俺は必死に頼み込む。
結局、追加報酬は認められたが、黒印の抹消は二つだけで、一つは残された。
まあ、十分だ。
「ケッ!こういうところだな。ギルドの」
一度も頭を下げなかったくせにリリスは不満げだった。
報酬は、九百ギルに追加された。特別に破格でもない。それだけ危険度の高まった仕事だった。仕留めたハーピーの羽も良質の矢羽根として高く売れ、五十ギルになった。
リリスに飲ませた百ギルのポーションは経費とした。もし、本人の取り分から引けば、地獄の窯のフタが開いたような大騒ぎになる。
だが、そんな経費を引いても、一人、二百五十ギルの取り分となった。下級冒険者の一月分の稼ぎを超える。
リリスは、俺たちを飲みに誘った。俺は調べたいことがあったので断った。フェルも帰るという。
「ふん、しみったれたガキどもだよ」
リリスは毒づいたが、上機嫌で一人、飲みに行った。金が入れば、飲んでしまう。長生きしないタイプの冒険者だ。
その夜、俺は宿で白魔術の魔導書を読み返していた。
フェルの詠唱は遅い、だが、リリスの傷を治すアイツの詠唱を聞いて気になることがあった。
やはり、そうだ。アイツは詠唱が遅いのではない。式が古いのだ。ワードナ討伐後、白魔術は飛躍的に進化した。原因はワードナ討伐の英雄、ラウムが考案した連接術式の普及による。
そして今では、魔法学校で教える標準は、連接術式だ。しかしアイツは貧民街の出だ。どこで魔法を覚えたのか、その出所さえも怪しい。
もし、アイツが連接術式を覚えれば、アイツの力は飛躍する。
俺は貧民街を歩いていた。この辺りは思ったより陰惨さがない。通りがゴミであふれていないせいだ。寝たきりの浮浪者の姿も見かけない。二十年前、狂王トレボーに権力の中枢から追い払われたイリス教が、ここで細々と活動している。連中のしきる救済軍が炊き出しや治療活動しているからだ。
フェルのねぐらはすぐ見つかった。お世辞にも快適とは言えない掘っ立て小屋だ。もし食い物を出されたら、断る。
「今日は休むことにした。お前に稼がしてもらったからな」
フェルは恥ずかしそうに頭をかく。真面目な奴だ。休むことが悪いことだと思っている。リリスなんか、二日酔いで仕事を断りやがった。
「話を聞きたい。お前の魔法、どこで習った?」
「俺は貧民出身だ。習ったというほど立派なものじゃない。救済軍の仕事を手伝いながら、教えてもらった。だが才能がないのはお前の知っている通りだ」
思った通りだ。イリス教が中央から追われた二十年間、魔法体系の継承も、古い術式のままなのだろう。フェルはそれを古いとは知らずに学び、後生大事に使い続けている。イリス教の神父と貧民しかいないこの環境では、誰も古いとさえ教えてやれないのだ。
「詠唱が遅いのは、お前の魔術が古いからだ。これを貸してやる。もしお前に才能があれば、お前の力は跳ねる。ダメだった時は諦めろ」
俺は白魔法の魔導書を渡した。
「いいのか?こんな高い物!」
フェルはうろたえた。
「貸すだけだ。また返せ。それと明日、ダンジョンに潜る。お前が案内しろ」
リリスも連れて行く。もしまだ二日酔いならケツを蹴り上げてでも連れて行くつもりだ。




