第5話 聖女はご機嫌麗しく
三カ月の修行を終えて俺は冒険者ギルドに戻ってきた。
修行というが、別に幽深の山懐で滝に打たれていたわけじゃない。
ギルドと同じ番地内の中級宿に泊まり、郊外の空き地で練習用の剣を振り回していただけだ。
ボルドに会えるかと思ったが、すでに仕事に出ていた。家庭持ちは感心なものだ。
今はもう朝の八時だ。冒険者で混み合う手配時を終え、ギルド内は閑散としていた。
むしろ、この時間を狙ってきた。
俺のお目当ての冒険者は、仕事にありつけなかった連中だ。
受付に向かうと何やら騒がしい。顔馴染みの受付嬢アデルと、女の冒険者が言い争っている。
相手もアデルと似た気の強そうな女だ。一瞬、男がらみかと思った。面白くなるかと思ったら、すぐに女の冒険者の方が背を向けて立ち去った。
「何があった?」
俺は好奇心丸出しに、アデルに尋ねた。
「ふん。どこのパーティにも相手にされない流しの冒険者よ。報酬に文句をつけてきたの。気に入らなければ、別に受けなくていいって言ってやったわ」
”流し”とは、パーティに属さない単独の冒険者のことを指す隠語だ。他のパーティの助っ人をしたり、ギルドが編成した臨時パーティで仕事をする。当然、もめごとも多い。
「自分だけ報酬が安いってやつか?」
「ええ、その通りよ。貧民街育ちのハーフエルフのくせに」
アデルは吐き捨てた。この世界は公平じゃない。
同じ仕事をしても、理由のつかない報酬差は、現実にある。
「どれくらいダンピングしたんだ?」
「七掛けってとこね」
アデルは意地悪く笑った。
受付に査定する権限はない。ギルドがあの女冒険者を持て余しているのだ。
それでも命がけの冒険者に七掛けは酷だ。
俺が女の後を追おうとすると、背中にアデルの声が飛んできた。
「あの女に粉かけるつもりじゃないでしょうね?やめといたほうがいいわ。どこのパーティからも相手にされない傷物よ」
傷物。
おあつらえ向きじゃねえか。傷物は安く買える。傷が外ずらだけで、中身がまともなら、掘り出し物だ。
――エリクの教えだ。中身は、俺が目利きをすればいい。
ハーフエルフは事務所を飛び出したものの、石段で手持ち無沙汰にしていた。
憂さ晴らしに飲みに行く金もないのだろう。何度もつくろった上着が、女の財布の中身を物語っていた。
ただ、黙って通りを眺める横顔は、――いい女だった。
「なあ、アンタ、ちょっといいか?」
「何だい?小僧」
またこれかよ。髭でもはやそうかと思った。
「色気づいたんなら、あの受付のクソ女にでもお願いしな」
「面倒なおしゃべりはなしだ。パーティの仲間を探している。条件を言ってくれ」
女は無駄口をやめ、じっと俺を見る。
「二十ギル以下の仕事はやらないよ。それと仕切りたければ、それなりの器量を見せな」
「俺の条件を言う。仕事を受けたら俺のやり方に口を出すな。そして途中で逃げ出してもいい。その時は俺が一人でやる」
「ほお、言うじゃないか?」
女は冷やかすように笑った。
「それでいいのなら付いてこい」
俺は女の返事を待たずに背を向けた。
どう思ったかわからないが、女は付いてきた。
俺は依頼書が貼られた掲示板を見る。
『ハーピー(人面鳥)の討伐、報酬三百ギル』
場所は、郊外の村だ。俺はその依頼書をはがした。
「そ、それ、二人で殺るつもりかよ?」
リリス―女の名だ―は、声をうわずらせた。
「あと一人、僧侶を入れる。三人だ。報酬は均等に分ける。5日以内で片付ければ、アンタの言う一日二十ギルの稼ぎになる」
俺は受付へ向かった。
「中級冒険者以上の仕事よ。大丈夫なの?」
アデルは面白くなさそうだ。
リリスと組んだことが気に入らないらしい。
「今、あぶれている冒険者で僧侶がいたら教えてくれ」
「あの青い服の若い男がそうよ。名前はフェル」
アデルは、こちらを見ていた若い男をアゴで指した。
本当に若い。俺より年下に見えた。
「仕事にありつけない理由は?」
「ああ見えて冒険者を三年もやっているんだけど、魔法の詠唱が遅くて、治療が下手だからよ」
いいとこなしだ。
だが、俺はフェルというヤツを連れて行くつもりだった。
口説き文句は二つだ。
戦わなくていい。報酬は三等分。
裕福な村だった。家畜の数も多い。
だから、それを狙われたのだ。
「この年になるまで、ハーピーなんて見たこともなかった」
六十がらみの村長は言った。おそらく生息圏の群れから離れて流れてきたのだ。
よほど困っていたのか、村の連中は積極的に協力してくれた。
おびき寄せるエサに牛の足を一本提供してくれた。そして、ハーピーの臭覚をマヒさせる強いにおいのする植物を村人総出で集めてくれた。
村人たちの証言だが、目撃談はひどく少ない。だが被害だけはある。
つまり狡猾な相手だ。それでも次のような証言を得られた。
「子供が叫ぶ声が聞こえたので慌てて外にでたら、子供がさらわれそうになっていた。必死でクワを振るったら、立ち去った」
「牛が三頭もやられていた。食うためというより、狩りを楽しんだとしか思えない」
「近くで低い声で鳴いていた、姿は見ていない。夢中で逃げたが後で思い出すと、伝説のような幻惑するものではなかった」
「仕留めそこなった猟師が反撃にあい、連れ去られた。三日後、死体が岩山で見つかった」
かすかな違和感があった。
嫌な感覚が、胸をなでる。
ただそれが何かわからなかった。
罠は墓地裏の丘に仕掛けた。
ハーピーが罠を見破って餌を無視するかと不安になったが、昼を少し過ぎた頃、巨大な鳥が現れ、まるで自分への供物のような様子で牛の足を持ち去った。
追跡は僧侶の十八番だ。そのためにフェルを連れてきた。
詠唱が遅くても、治療が下手でも、ここでは問題がない。牛の足にはたっぷりと魔素をしみこませている。フェルはダウジングの棒を胸の前で構え、神妙な面ゆっくりと追跡をする。森を抜け、崖に達した時、
「あそこだ!」
とフェルが興奮した声を上げる。
広大な岩場の一角に、何か動く影があった。俺は目印になる木や岩を記憶した。
――後は夜を待つだけだ。
夜。
俺は月の光を頼りに、巣を斜めに見下ろす位置まで登った。俺は気配を消せる。
火矢をつがえると、ヤツに向けて放った。矢じりは返しのついたものだ。
当たりさえすれば、どこでもいい。
「キエーッ!」
甲高く、けたたましい悲鳴があがる。返しのついた矢は簡単には抜けない。
一度は飛び上がったが、羽を焼かれたハーピーは崖の下へと落ちて行った。ほぼ墜落に近い。
崖下には短刀を抜いたリリスが待ち構えていた。
俺が崖下に降りると、リリスが仕留めていた。
「ベッカー、やるじゃねえか!アンタの絵図面通り、鳥の丸焼きが落ちてきやがったよ」
リリスは嬉しそうに俺を迎えてくれた。手には切り取った足を持っている。
これを村長に渡し、ギルドに報告すれば俺たちの初仕事は成功だ。
その時だった。
殺気っ!
俺は反射的にリリスを突き飛ばしていた。間一髪、俺たちの間を、凶悪な風が吹き抜ける。
辺りが暗くなった。巨大な何かが月を隠し、俺たちの頭上を覆ったのだ。
夜の闇にさらに黒い何かが浮かび上がる。
「グエッ!」
低いうなり声。ハーピーだ。仕留めたヤツより二回りは大きい。雄だ。
クソっ!あのハーピーには、オトコがいやがったんだ。
ずっと心を離れなかった違和感の正体が分かった。
子供をさらうのに手間取ったはずのハーピーが、大人の猟師を岩場まで運ぶ。
メスは常にかなぎり声のはずなのに、低い声。
姿を見せるハーピー、見せないハーピー。
村人たちが見たハーピーは二羽いたのだ。
「大丈夫か?」
俺は剣を抜きながら尋ねた。
「大丈夫だ。左腕をこすられたが、戦える」
しっかりとした声が返ってくる。
魔物は垂直に舞い上がった。
巨体のくせに飛翔が速い。そしてリリスに向けて急降下した。
やはり利口だ。弱い方を分かっている。
「下がっていろ。ここは俺がやる」
空を飛ぶ敵に、彼女の短剣では不利だ。
「悪いな。頼むぜ」
だが、敵は逃がしてくれない。
俺が近づくと空に逃げ、隙を見てリリスに急降下する。
地上を走る足も速い。常に俺との間にリリスを挟み、彼女だけを攻撃する。
急降下、鋭い爪の蹴り、連続攻撃をかわし続けるリリスの息が上がる。
何度目かの急降下で、ついにリリスをとらえた。
「ギャッ!」
リリスが悲鳴を上げる。胸から鮮血が飛んだ。
同時に足も止まった。
魔物は地におりると、とどめを刺すべく、動けないリリスに詰め寄る。蹴りは牛さえも仕留める一撃だ。
間に合わない!鋭い爪が、リリスの胸に迫った。
「グゥッ」
だが、魔物は短い叫び声を上げ、なぜか動きを止めた。同時に無数の羽が舞った。
――忘れていた。
ハーピーにもう一羽がいたように、俺たちにももう一枚があった。
フェルが、真空魔法を放ったのだ。
致命傷には程遠い。だが、一瞬の停止だけでよかった。
その一瞬を俺は逃さない。魔物との距離を詰め、片方の翼を切り落とした。返す刀で、胸を貫く。
「グエッ!」
敵は最後の力で蹴りを放ってきた。
(おい、接近戦で黒甲兵隊仕込みを殺れると思ったのか!)
俺は足ごと切り落としてやった。そして、とどめを刺す。
「ウゲーッ!」
断末魔とともに、ヤツはくたばった。
「リリス!」
俺はリリスに駆け寄る。流血がひどい。報酬額に比べて割に合わないと思いつつも、百ギルのポーションを飲ませた。激しかった息が鎮まる。
フェルも駆け寄り、回復魔法をかける。
「大丈夫だ。突きは入っていない。皮膚を深く切り裂かれただけだ。肋骨はやられているが、内臓は無事だ」
治療が下手な僧侶が言った。
「おい。何が大丈夫だ。それ重傷だろうが。このクソ、ヤブが!」
息も絶え絶えのリリスが毒づいた。
俺の聖女は、ご機嫌麗しいようだった。




