第4話 王都遊学
三カ月間、昼間は剣と弓の修行、夜は座学に明け暮れた。剣だけでなくこの世界を知る必要がある。
朝、飯を食うとすぐボルドの特訓が始まる。
最初はこの世界でも素振りだ。まず徹底的に悪い癖を矯正される。
下手に心得がある奴はこれを嫌がるそうだが、俺は弱小パーティや密輸組織の荒くれ者たちと剣を振り回していただけだ。今のチャンバラ剣術にこだわりなどない。
「何も身に着いちゃいねえ分、直すのも楽だ」
ボルドはそんな風に言うが、内心俺の成長の早さに驚いているはずだ。だが俺も慢心はしない、凡人より少しマシ程度の天才だと分かっている。
素振りは一カ月続いたが、まるで苦にならなかった。
前世の知識がある俺は、繰り返しの重要性を知っている。
「お前、若いくせに辛抱がきくじゃねえか。普通は上官にぶん殴られながら嫌々続けるものだ」
ボルトは呆れたように言った。
素振りが終わると、次は実践だ。練習用の剣を持ったボルド相手に、実戦形式で打ち合う。
足運び、間合い、体重移動――悪い部分は何度でも直される。
ボルドは“受け”の訓練も重視した。願ってもないことだ。
ただ奴が右腕一本で振る剣は鋭い。俺は改めて身の程を思い知る。つまり、コイツのいた黒甲隊とやらは、このクラスの連中が、ごまんといるということだ。
中年男のボルドが疲れると、俺は弓を引いた。
ボルドは弓の知識もあった。黒甲隊の必須だそうだ。
「腕で引くな、背中で引け」
横着にも座ったまま指示だけをだす。
言われたとおりにすると、確かにその方が安定した。
弦の引き方も、人差し指と中指に矢を挟み、薬指を合わせて三本指で引く。
俺は人差し指と親指の二本指で、矢と一緒につまんで引くものだと思っていた。
「それは、祭りの日の射的だ」
ボルドに笑われた。
弓も一カ月ほど続ければ、三十メートルほど先の動かない的なら確実に射貫くようになった。これも俺の“才能”だろう。
訓練場近くの野に迷い込んだ野生の鹿を狙ったら、簡単に頭を打ちぬけた。二人で担いで肉屋に持って帰ると、二十ギルで引き取ってもらえた。
「こんなに簡単に稼げるなら、命を張ってダンジョンに潜らなくても、猟師で一山当てられるんじゃないか?」
俺は本気で言った。
「たまたまマヌケがはぐれていただけだ。普通ならあそこまで近づけん」
ボルドは首を振った。
鹿の売り上げは、四分六で分け、ボルドは八ギルのボーナスと鹿肉を手に入れた。
家族に持って帰るという。ヤッコさん、四ギルの荷物担ぎで家族を食わせているのだと驚いた。
ボルドは鹿を仕留めたことを「まぐれだ」と言ったが、たぶん俺は自分の気配を消せるのだと分かった。
次に鹿が現れた時も、俺は仕留めた。だが、ボルドが側にいた時は逃げられた。
確か俺には盗賊職の適正もある。
がぜん、盗賊職にも興味が沸いた。ラサが扉のトラップを解除したり、逆にトラップを掛けていたことを思い出す。便利な魔法だと思っていた。
だが俺の魔力は基本値5しかない。
訓練を終えた後、俺は魔導書屋に向かった。
この世界で魔法を使うには二種類の入り口がある。
せっせと魔導書を読んで習得するやり方と、魔導証という便利なアイテムを使うやり方だ。
魔導証は使うと一瞬で魔法を習得できるが、そのまま消える。他に欠点としては、売り物はせいぜい中級魔法までだ。そして初級魔法すら馬鹿高い値段がする。
上級魔法の魔導証は、王宮の宝物庫かダンジョンの奥でドラゴンが守っている。
ちなみに道具にも、それに似たものはある。有名どころでは、ムラマサや盗賊の刀だ。
俺は魔導関係の相場が分からない。ロートガッセの故売屋にも、まれに流れては来たが、触らせても、もらえなかった。だから、ボルトにも付いてきてもらった。
「契約外だ、割増をもらうぜ」
家族持ちのボルトはケチなことを言ったが、もっと良いものをくれてやるつもりだ。
魔導書屋の主は、絵にかいた魔女みたいな婆さんだった。
「二人とも戦士の割には、まあまあの魔力があるじゃないか」
婆さんは、複雑そうな魔道具を扱いながら言った。
俺もだがボルドにも魔力があると聞いて驚いた。奴を見ると、「こう見えても聖騎士の適正もあった」と鼻を鳴らした。
「盗賊職の仲間が、ドアにトラップを仕掛けていた。あれが欲しい」
俺がその時の様子を詳しく説明すると、婆さんは鼻で笑った。
「およし。お里が知れるよ。三流の盗賊だね。“封印”の魔法が使えてないのさ」
「すまん。わかりやすく説明してくれ」
「そのお仲間は、安物の魔道具と合わせて使っていたんだよ。知っている人間なら誰だって開けられる。合鍵がばらまかれた金庫みたいなものさ。金、持ってんだろ?値は張るが、”封印”にしときな。本人にしか開けられないし、お前さんの成長次第で能力も変わる」
「それは人が封印したダンジョンの宝箱を開けたり、鑑定はできないということか?」
俺は少しがっかりした。今、欲しいのはそれだ。
「安心おし。ダンジョンにある宝箱は、術式が古い。古い術式の封印なら開けられるよ。鑑定もできる。ただし――古いものでも高位魔法使いが封印したものは無理だ。だからベテランの盗賊職でも、下手を打って腕を持っていかれてるよ」
「封印の魔導証は、いくらだ?」
「千ギルだよ」
俺はボルドを見た。奴も肯いた。妥当な値段なのだろう。
「上位互換の魔法はないのか?」
俺は試しに聞いた。
「そりゃあ、あるけど、あんたらの魔力じゃ宝の持ち腐れだよ。まあ、話のタネに教えてやるよ。数十万ギルになるが、他人の封印を解除できるようになる。おっと、そんな顔するんじゃないよ。そのクラスの盗賊なら、アンタらの小銭や安物を狙ったりしないさ」
婆さんはからかうように笑った。
「それと転移の扉を使えるようになる。他に相手が読み終えると燃える手紙とかだね。そして・・・」
婆さんはもったいをつけるように俺たちを見た。
「最上級の封印魔法だね。これは転移の扉自体を作り出せるし、小さなカバンにいくらでもモノを詰め込めるようになる。だがこのクラスはもう、大魔術師ワードナを超えるか、ドラゴンのケツに敷いてある魔導証を拾ってくるしかないね」
最後の”いくらでも詰め込めるカバン”は、俺がよく知っているヤツだ。――最高位だという。
「さあどうするね?二つなら千八百ギルに負けてやるよ」
婆さんはニヤリと笑った。
「よく分かったな?」
俺の考えていることが読まれた。心理学か?いや、そもそもこの世界は魔法がある。
「アタシを信用したかい?」
「能力だけはな。じゃあ、二つ貰う」
ボルド一人が不思議そうに、やり取りを見ている。
俺は他にいくつかの魔導書を買った。魔導書は一冊数百ギル、魔導証と比べると安いが平民がおいそれと手が出るものではない。三千ギルになった。
外に出て俺は、封印の魔導証と魔導書をボルドに渡した。
「おい。どういうことだ?」
「訓練が終われば、仲間を探す。パーティを組んだら、お前を専属の荷物担ぎに雇いたい。それまでお前と家族のアゴは自分で養え。これがあれば、荷物担ぎ賃も上がるだろ?」
「い、いいのか?何でここまでしてくれる?」
ボルドは声をうわずらせた。
「先行投資だ。必ず俺のパーティの荷物を運んでもらうぜ。それまで鑑定くらいできるようにしておけ」
俺は現世で言えば、ハーバード大の秀才のようなハードな三カ月を過ごした。十ギルの中級宿に泊まり、朝と昼は訓練。夜はうまい飯を食った後、ひたすら座学。
――法律、政治、歴史、農業の専門書や様々な実用書を読み漁った。途中から婆さんから買った魔導書も追加された。
この世界の書物は安くない。宿に泊まるし、飯も食う、ボルドへの報酬もある。俺の遊学生活を可能にしたのは、エリク師匠の遺産のおかげだ。
そして俺はこの優雅な学びの時間を卒業する。




