第3話 カント寺院のご神託
カント寺院も戦争がなければ不景気みたいだ。この世界じゃ、怪我でもしない限り、寺参りするような殊勝な人間はほとんどいない。
俺はガランとした本堂で、名前も知らない神様に手を合わせながら、この世界でどう生きて行くかを考えていた。
生きて行くだけなら、やっていけそうだ。だが、俺は最終的に何が欲しい?
うまいものを食いたい、いい女も抱きたい。頭を下げるのはなるべくごめんだ。すると手に入れるべきものは決まっている。金と権力だ。まだ名誉は使い方が分からない。権力は金についてくるだろう。名誉も金で何とかなりそうだ。
やはりまずは金だ。
この世界、命を削れば小金は簡単に手に入る。ダンジョンに潜ればいいだけだ。だが、爺さんになってまでそれを続けるのは無理だ。やはり“金が金を生む”ような仕組みの中心に座らなきゃいけない。前世以上に、その辺はシビアだ。それができなきゃ、俺の人生は中年以降で詰む。エリクがいいお手本だ。
この世界は身分社会だが、案外緩い。平民から一代で貴族になる奴もいるし、逆に貴族から没落してダンジョンをさまよう冒険者もいる。ただ、身分社会特有のややこしい特権はしっかりと存在する。いわゆる参入障壁だ。まともな商売では開業すら難しい。
新規でやれそうなのは、法の外の売春宿だ。もちろんその世界もお役人の代わりに仕切ってくるウルサイ連中もいるだろうが、俺がもう少し剣の腕を磨けば、ヤクザ者くらいは大人しくさせられる。だが、売春宿も元手があっての話だ。
結局、金を作らなきゃいけないという話に戻る。
前世の知識を使えば、まっとうに金を作る基本は“搾取”だ。マルクスとかいう髭ずらのオッサンが言っていた。一人でこの街を這いずり回っても、稼ぎはたかが知れている。人を使って金を稼ぎ、上前をかすめる。だが人を使うにも、経験がいる。特に元手がない間は、ぞっとするが“仲間”と言う対等の関係から始めるしかない。
俺はため息をついた。やはり、またクズパーティを作るしかない。ただ今度は俺が仕切ろうと思った。エリクは良かった。アイツの下にいる限り、死ぬことはなかった。だが、馬鹿の下で働けば、馬鹿と一緒に死ぬことになる。
考えがまとまると、俺はたちが上がった。
振り向くと、真面目そうな修道女が深々と俺に頭を下げた。長い間、真剣に祈っていたと勘違いされたみたいだ。
罰当たりなことだ。俺は神の前で、売春宿を手に入れる最短方法を考えていた。
“剣技を磨く”と“パーティを作る”―、カント寺院での結論を、俺は勝手にご神託と受け止めた。
だが、せっかくのお告げも、さっそく壁にぶち当たる。剣技の向上だが、どうやらこの世界には道場のようなものがないみたいだ。貴族はお抱えの剣術師範を雇うが、平民向けの訓練施設はなかった。だが魔法学校はある。教会も僧院も、魔法は教えている。どうやら体を使えば自然に覚えられる剣術に、金を払ってまで習おうとする平民はいないようだ。
ギルドにも相談したが、受付嬢のアデルは不思議そうに首を傾げた。
「近くに迷宮があるんだから、潜ればいいじゃない。ほっといても腕が上がるわ」
順番が逆だ。俺は迷宮で命を失わないために、訓練をしたいのだ。訓練のために命を的にするつもりはない。それに強くなりさえすれば良いというわけでもない。俺はいつまでも我流ではなく、筋のいい剣術を身につけたかった。
武器屋にも尋ねた。
「常連客で誰か強い冒険者を紹介してくれないか」
「おい、強い剣士は迷宮で稼げる。お前は、“お稽古の先生”にいくら払えるんだ?そもそも、迷宮に潜ればいいだろう?腕も上がるし、金にもなる」
武器屋も同じ結論に落ち着く。
別に強い剣士である必要はない。教えるのがうまい剣士が必要なのだ。だが、たいてい教えるのがうまい剣士は、強い剣士でもある。だから俺が払える金で、教えてくれる剣士はいない。
この方程式は、ギルドで仲間を探していた時に解けた。
「おい、オッサン、お前、片腕かよ!」
若い冒険者が怒鳴っている。自分が雇った荷物担ぎが片腕であることを詰問しているようだ。
「片腕でも荷物は運べる」
荷物担ぎが答える。
「じゃあ、片腕にだけ金を出す。半額の二ギルでいいな?」
「担いで歩くんだ。使うのは手だけじゃない。歩く足は二本ある」
うまい返しだが、相手を怒らせただけだった。
「面倒くせぇ!別の荷物持ちを雇うから、お前はもういいよ!」
冒険者は、荷物持ちの足元の床に唾を吐いた。かつてエリクのローブに唾をひっかけた領都の受付嬢よりは、まだ紳士的だ。
俺は荷物持ちの残った右腕、手のひらを見ていた。節くれだった剣士の手をしている。
「あの荷物持ちは?」
俺は受付嬢のアデルに尋ねた。
「ボルドっていう冒険者崩れよ。その前は、黒甲隊にいたんだって。左手はレッサーデーモンに溶かされたそうよ」
俺は黒甲隊というのを知らなかったが、名前が付いているくらいなんだから、精鋭だろう。
「レッサーデーモンまでいるのか?」
「深層までいけばね。でも、作り話かもね。ゴブリンに食いちぎられたとは言えないでしょ」
アデルは意地悪く笑った。顔は良いが性悪だと思った。剣士より先に俺の未来の売春宿の“ドラフト一位”が見つかった。
俺は仕事にあぶれたばかりのボルドに近づいた。
「なあ、アンタ、ちょっといいか?」
「何だ?小僧」
ここでも、いきなり小僧呼ばわりかよ、と思った。
「藪から棒だが、ちょっとこの剣を振ってみてくれないか?」
俺は自分の剣を差し出した。
「ガキのくせに、いい剣だな。俺に何をさせたい?」
棘イタチの油でカムフラージュした剣を一目で良剣と見抜いた。
「剣筋が良ければ、アンタを雇いたい。剣を教えてくれ。王国軍で習ったヤツだ。荷物担ぎは四ギルだったな?それだけ払う。アンタも馬鹿の下で働いて命を危険にさらすより、ガキのお守の方が楽だろ?」
荷物担ぎは黙って剣を返し、棒切れを拾った。
「打ってこい」
「いいのか?本気で行くぞ」
俺は手を抜かずに突いた。一瞬でかわされ、次の瞬間、棒切れが俺の喉にあてられていた。足の運びが綺麗だったのを覚えている。素人はその早業に目を丸めるだろうが、俺は一杯食わされたと分かった。誰だって良剣を棒切れで受けられたくない。すると突き一択だ。最初の立ち位置も突きの剣筋が読みやすい位置取りだった。そしてここはギルドの中だ。俺は寸止めをするに決まっている。俺の手札をつぶした上での動きだ。
だが、俺が欲しかったのは、その駆け引きを含めてだ。
俺は剣の師匠を手に入れた。




