第2話 王都リルミガン
俺は一年間過ごした領都ロートガッセの街を出た。もともと信用のないエリクのパーティメンバーだ。そしてその親玉が縛り首になり、同じ夜に手下二人は運河に浮かんでいた。その生き残りの俺に、居場所などない。
思えば、クズではあったがエリクの仕切りは金にはなった。当たり前だ。護衛をしくじった依頼元の商隊馬車から金品を漁る冒険者など他にはいない。他の同じような弱小パーティより実入りは良かったはずだ。それでも一年間に俺が稼いだ金は二千ギル程度だ。しかもそれは食っていくだけで消え、ほとんど残っていない。ところが今は、俺の懐には一万ギルもの大金がある。
俺は王都リルミガンに向かった。王都は今まで過ごしたロートガッセの街より、はるかに大きく、物の値段は倍近い。大通りを歩く平民たちの着ている服は明らかに良かった。領都では普通だったつぎはぎの当たったズボンを履いている奴など一人もいない。だが裏通りには、物乞いや怪しげな男たちがたむろしている。貧富の差が、領都より激しいのだろう。
王都には有名な迷宮があった。『ワードナーの迷宮』という。
――そして、国王の名トレボーを聞いた時、俺はどの世界に転生したか理解した。トレボー王、ワードナー、リルミガン、前世の1980年代のRPG『ウィザードリー』の世界だと気づいた。そして、ずっと記憶から消えていた転生前の儀式を思い出す。
◆ ◆ ◆
うす暗い闇の中だった。音のしない直接脳に響く声で名前を聞かれた。転生前の名前を答えたが、無反応のまま次に進む。
「降参した敵兵がいる。お前ならどうする」
と問われた。貧しそうな兵が命乞いをしている映像が映し出される。辺りは荒れた辺境の戦場だ。
「コイツなら殺す」、と答えた。
捕虜にしても身代金はとれそうにない。食い扶持が増えるだけだ。逃がせば、今度は俺の命を狙う。
「性格:中立」と判断された。
前世なら、ナンチャラ会議にかけられ、戦犯扱いだ。しかし、この世界では中立だという。
次にステータスが表示された。力、素早さ、魔力、信仰、運、魅力の六項目があり、初期値は全て5だ。これに与えられたボーナス値を振り分ける。ボーナス値はゲームでは、7から15の範囲でいわゆるガチャで決まる。俺には25のボーナス値が与えられた。
たまに出る規格外の天才だ。
ただし、凡人にも7から15が与えられるのだから、この世界の天才は一人で王国の運命を変えられるようなものではない。前世の高校野球に例えれば、地方大会の怪物だ。全国大会に進めばその怪物クラスがごろごろいる、その程度のものだ。俺は、運に10、力に8、素早さに7を割り当てる。中途半端は必要ない。それ以外は捨てた。むしろ、魔力や信仰の基本値5も取り上げたいくらいだ。
暗闇の空間に次の文字が表示された。
名前:未定
性格:中立
ステータス 力13,素早さ12,魔力5,聖5,運15,魅力5
適正:戦士職、盗賊職
年齢:17
「なんだよ。ガキかよ」
俺が年齢を見て思うと同時に、全身麻酔を施されたように、記憶が途切れた。この記憶が本物だったのか、俺の前世の記憶と目の前の現実が生み出した幻想なのかは分からない。
ただ記憶が現実なら、俺の運の良さと剣技の成長の早さに納得した。もちろん、あくまで地方大会の怪物程度だ。王都には、俺以上の奴がごろごろいるはずだ。
◆ ◆ ◆
俺は今、王都の大通りを歩いている。エリク”師匠”が残してくれた一万ギルも頼もしいが、頭の中にある奴が二十年間、領都ロートガッセの最底辺を生き抜いた知識も財産だ。奴に巡り合えたのも、今から思えば運の良さだ。
そして俺は見た目だけでなく本当に若い。十七歳で転生してきたのなら、まだ十八だ。”将来のある若者”がすることは、”自己投資”だ。怪しげな記憶、暗闇の儀式を信じるなら、俺の適正はやはり戦士だ。当然、武器屋へ向かう。
「ふん」
店に入るなり、武器屋のオヤジは鼻を鳴らした。仕方がない、俺のしみったれた姿を見て、買う気もないガキが冷やかしに来たと思ったのだろう。俺なら舌打ちをする。まだオヤジは良心的だ。
銀貨袋を見せると、オヤジは目を丸くした。
「千ギルある。金さえあれば、貴族の御曹司も、流れ者も同じだろう。まじめに仕事をしろ」
「へっ、悪かったな。この街は迷宮があるせいで、金のねえ若造が集まって来るんだ。どうせすぐ死にやがるけどな」
オヤジは、立ち上がると、俺の体格をじろじろ見て、細見の剣を二本並べた。
「中古だが上等の剣だ」
値段を聞くと、それぞれ四百ギルと三百五十ギルだという。まずまずの値段だ。俺は剣にちらりと目をやる。手に取るまでもない。
「おい、舐めるな。剣の目利きくらいはできる。片方は刃の厚みにムラがある。下手な研ぎ方を繰り返したんだろう。これじゃ切った時、剣筋がゆがむ。もう片方は剣と柄が別物じゃないか。壊れ物同士を組み合わせたんだな。どちらもその値段の半分で十分だ」
エリクは仕事にあぶれると、故売屋の小僧の口を持ってきた。そこで故売品の品定めを散々仕込まれたのだ。
「ふんっ、どこの田舎から出てきたんだ?確かに品物はお前さんの言うとおりだが、値段はそこまでボッてねえ。せいぜい、三割ほど吹っ掛けただけだ」
吹っ掛けたことはアッサリ認めたが、悪びれていない。あわよくば、と試しただけだ。これを悪徳商人などと呼んでいては、この世界に悪徳商人以外はいなくなる。
「待ってろ」
オヤジは奥に引っ込み、新品の剣を抱えてきた。
「業物だ。抜いてみろ。価値が判るんだろ?」
抜くと、綺麗な刃紋がそろっている。業物は大げさだが、まずまず上等の剣だ。両手剣だが、片手でも持てる。値段は六百ギル。
「防具も欲しい」
「防具なら掘り出し物がある。お前さんは、盗賊職だな?」
戦士にしては、細いと思ったようだ。オヤジが出してきたのは、瘴気除けがコーティングされた軽い皮の防具だった。俺は戦士だが、踏みとどまって戦う気などサラサラない。おあつらえ向きだ。値段は八百五十ギル。二つ合わせると、千ギルを超える。オヤジは、俺の懐具合にまだ余裕があると値踏みしたようだ。
「弓について教えてくれ。弓のことはまるで分らない」
俺は正直に申告した。説明が気に入らなければ買わなければいい。
「何に使う?」
「前に弓使いの冒険者を見た。便利だと思ったんだ」
「同じ遠距離攻撃の魔法使いとは違い、迷宮や洞窟では不利だ。後衛だから報酬も削られがちだ」
なるほど、と思った。エリクのパーティは、基本、ダンジョンは攻略しなかった。弱いからだ。弓使いと仕事をした時も、見晴らしの良い商隊護衛の依頼だった。
「弓はゴブリンやコボルトを狩るくらいなら、安物でいい。アイツらは裸同然だからな。だが人間の鎧を貫きたければ、大きめの矢じりを飛ばす必要がある。そこそこのモノじゃなきゃだめだ」
「値段の相場を教えてくれ」
「新品なら三百、中古でも二百だな。癖がつきやすいから、金があるなら新品の方がいい。これなんかどうだ?盗賊職なら運びやすい方がいいだろう?弓騎兵が使うヤツだ」
オヤジが見せた弓は一メートルほどの小型のもので、作り込みはしっかりしている。俺が見た弓使いの物より、ずっと上質だった。五百ギルだという。
「高いな。相場は三百ギルと言わなかったか?」
「それは普通の弓の値段だ。三百ギルの弓だと大きくなるぞ。使う矢も長い。サブの武器としてはあまり勧められねえな」
確かに邪魔だ。店に並んだ大弓を見て思った。
「三つで千七百ギルにしてくれないか?それなら即決だ」
「おいおい、御曹司様よお、目利きくらいできるんだろ?掛け値なしの値段だぞ」
「ああ、適正な値段だ。だが思い出せよ。俺がこの店に来た時、アンタは俺をガキだと舐めていた。だが、そのガキが千七百ギルを出すと言っているんだ。いつまでもガキじゃない。将来、いい客になると思わないか?二百ギルは、おまとめ割引と、俺への先行投資だよ」
オヤジはしばらく考えたが折れた。十分儲けになるし、他所へ逃げられるよりましだ。
「分かった。俺の店の常連になること、忘れるなよ。他所の店で見かけたら承知しねえぞ」
古い剣は三十ギルで引き取ってくれた。直せば五十ギルで売れると正直に答えた。はからずも仕入れ値と売値の知識が増えた。それと、五十ギルの剣に自分の命を託す冒険者がいるというシビアな現実を知った。”どうせすぐ死にやがる”金のない若造が買うのだろう。
商談を終えた後、俺は作業場を貸してくれと頼んだ。
「後、薬品も少し恵んでくれ」
オヤジは了承した。ただ何をするのか興味があったのか、ついてきた。
棘イタチの油を剣に薄く塗りこむ。棘イタチの油は性能こそ良いが、金属が黒ずんで薄汚れたようになるため人気がない。だが俺はわざと汚れさせている。金メッキは砂やすりで剥がす。これも故買屋で仕込まれたやり方だ。
「何をやっているんだ?」
オヤジが不思議そうに尋ねる。
「”汚し”を入れているんだ。今の俺にピカピカの武器は不都合だ。不要な客を呼び込むことになる」
俺は三千ギルのために、背中を預けたはずの仲間から殺されかけたばかりだ。
「だが貧相なのもダメだ。交渉の時、舐められる。ココに入ってきた時みたいにな」
例えるなら親父や先輩のお下がりみたいに使い込まれた感じが理想だ。
「お前、一体いくつなんだ?」
オヤジはあきれた。
俺の知恵ではない。縛り首になった四十男の知恵だ。オヤジは面白がって手伝ってくれた。さすがは本職だ。金メッキはくすみ、うまい具合に剥げている。いかにも使い込まれた中古品だ。いい物なのか、安物なかもわからない。つまり目立ちもしないが、舐められもしない。
ようやく満足し、店を後にした。




