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第一話 使い捨ての出会い

どうやら中世ファンタジーの世界に転生したことは理解した。

だが、自分が何者で、今何をしなきゃいけないのかさえ分からない。

あの転生モノに定番の”電子掲示板のチュートリアル儀式”がないからだ。

持ち物は、『鈍器として使った方がマシな剣』と『皮の肩当のついたボロ服』。それとどれだけ価値があるのかわからない百ギルだ。

ただ確実なことがある。

――痛みは現実だ。たぶん、殺されれば本当に死ぬ。

証拠はこの傷だらけの身体だ。

俺はこの世界に来ると同時にゴブリンに襲撃された。遠くから全力で駆けてくる奇妙な生き物がいた。緑色のヤツだ。近くまで来て、そいつはじゃれつきに来たのではなく、殺意を持っていると分かった。

ヒトかと思ったが、剣を抜くことにためらいはなかった。

ゴブリンはザコ扱いだが、”モンスター”だ。アイツの爪は、猫のそれではない。人間の皮膚なら、引き裂くことができる。剣が当たっても、簡単には死んでくれなかった。むしろ間合いを詰められただけだ。

死に物狂いでしがみついてきた奴の口が、俺の喉に食らいつこうとする。

ようやく仕留めた頃には、俺も全身傷だらけで、立っているだけで辛かった。

やっとの思いで街にたどり着き、宿に転がり込む。


「血まみれじゃないか!シーツを汚さないでおくれよ。本当なら断りたいくらいだよ。宿代は、五ギルは貰うよ」

宿のババアは、心配より先に不平を言った。吹っ掛けられていると分かったが、今はひたすら横になりたかった。


ようやく立ち上がれるようになった。まだ体中が痛むが、俺は無理やり起き上がった。

――痛みより、今後どうすればいいのか不安の方が大きい。まずは生きて行くための情報を集めるしかない。とりあえず冒険者ギルドへ向かう。

街の住民たちは疲れた顔をしている。ボロをまとった物乞いがやたら多い。手持ちの金が尽きれば、俺もボロをまとう事となる。

ギルドに入ると、仕事依頼の掲示板を見る。仕事内容と報酬額から、この世界の金の価値を把握するためだ。

商隊の護衛が十ギルとある。あの安宿に二日間泊まれる。魔物退治の依頼が、百ギルとあった。聞いたこともない魔物だ。

俺がさっき|殺(や)ったゴブリンなら、いくらだろうかと思った。

「おい、坊主、仕事を探しているのか?」

誰かが後ろから声をかけた。

坊主?俺のことか?一体いくつに見えるのか、俺はまだ鏡を見ていない。

振り返るとローブを羽織った中年男がいた。ネズミを連想するような貧乏くさい顔をしている。

「それ、ゴブリンの爪痕じゃねえか!殺ったのか?」

俺がうなずくと、男は見直すような目で俺を見た。

「ちょっと動くな!放っておいて熱がでると、二三日は起き上がれねえぞ」

そう言って男が傷口に手をかざすと、傷と痛みが消えた。白魔法というヤツだろう。もちろん初めての経験だ。

「これは貸しだ。働いて返せ」

男は、僧侶のエリクと名乗った。

掲示板の一番安い依頼、商隊の護衛の仕事を取りたがっていた。そのため、前衛の戦士を探しているという。既に魔法使いと盗賊の仲間がいるという。盗賊と言っても、物盗りのことではなく、宝箱を開ける”盗賊職”のことであろう。

「俺でいいのか?ゴブリン一匹にこの様だぜ」

俺は、血まみれの服を指す。

「一人で殺ったんだろ?大したもんじゃないか。それに今回は誰でもいい。ただの数合わせだ」

思った通り、簡単な仕事のようだ。前世で言いう警備員のようなものだろう。

「いいだろう。俺も入れてくれ」

エリクを信用したわけではないが、傷は治してもらった。ギルドという保証もある。いずれにしろ金はいる。経験も積みたかった。

「ところで、この街の宿屋の相場を教えてくれ。シーツがかび臭さくて、腰の曲がったババアが受付をやっているような安宿だ」

「せいぜい二ギルだ。飯が付いても三ギルだ」

エリクは答えた。俺は、帰ったらババアを締め上げようと思った。そして、鏡を探すつもりだ。とりあえず自分の顔を見たい。


翌朝、俺は待ち合わせの場所についた。既に仲間は来ていた。ずるそうな眼付きの黒魔法使いジョセ、キョロキョロと落ち着かない盗賊職(・)のラサ。着ているものは貧しい。いかにもうだつの上がらないパーティだ。

俺の名前も聞かれた。前世の名を答えるわけにはいかない。ベッカーと名乗った。適当に思いついたサッカー選手の名前だ。

商隊の護衛と言っても、しょせん十ギルの仕事だ。馬車は一台だけ、御者が一人ついている。

「おい、お前たちで大丈夫なのか?」

御者が不安そうに俺たちを見る。俺は昨日やっとの思いでゴブリン一匹を倒した程度だ。他の連中も見たまんまだと思う。

大丈夫なわけない。

だが、輸送は順調に進んだ。そもそも小国とはいえ領主のお膝元だ。衛兵の巡回もある。大した盗賊がいるのは思えない。ただ、昨日俺はその領主のお膝元で、ゴブリンに襲われている。そして、森に入った時、ゴブリンの群れに出くわした。五匹はいる。奇声を上げて襲ってくる。

「五匹もいる。やれるのか?」

俺は剣の柄に手をかけてエリクを見た。

「ずらかれっ!」

エリクは叫ぶと、体を翻した。いや、叫ぶ前に逃げていた。ほかの二人も続く。俺も続いた。後ろから御者のののしり声が響いた。だがすぐに悲鳴に変わる。振り返ると、ゴブリンが御者ののど元に食らいついていた。俺の肩に痛みが走った。矢が突き刺さったのだ。俺は走り続ける。ようやく森を抜け、エリクたちに追いついた。

「おい、戦わないとはどういうことだ?」

俺は問い詰めた。

「馬鹿野郎、十ギルで差し出すほど、俺の命は安くねえ」

エリクが吐き捨てた。コイツにとって責任感などハナクソの価値もないのだろう。

それでも俺の肩の治療はしてくれた。今度は借りじゃない。業務中の事故、労災だ。そしてコイツは使用者だ。

それでも一応は感謝はしたが、すぐにこいつらのクズっぷりを思い知る。

「ゴブリンども、引き揚げやがったぜ」

斥候に行ったラサが戻ってくる。

「戻るぞ!」

エリクが言った。いまさら何を?御者はもう助かりそうにない。

馬車に戻るとエリクたちは積み荷を漁り始めた。ラサは、御者のベルトと靴をはぎ取る。ヤツがずっとそれを物欲しげに見ていたことを思い出す。

ジョセは業者の胸元から財布を抜いた。

「おい。欲をかくんじゃねえ。高級品は足がつくから駄目だ!」

エリクは俺に怒鳴った。いつの間にか俺も高そうな宝石箱をつかんでいた。


冒険者ギルドへ任務が失敗したことを報告する。受付の女は、汚いものを見るような目で俺たちを見ていた。

「だから、無理だと言ったんだよ。できもしないこと、偉そうに引き受けてんじゃないよ」

「ゴブリンが出たんだ。十ギルじゃ、怪物退治には釣り合わねえ。規定通り、半額を払ってもらうぜ」

エリクが食い下がる。

「クズどもが」

受付の女は唾を吐いた。普通、相手の足元の地面に吐くものだが、エリクのローブの裾に当たり、唾が垂れた。エリクは腹を立てた振りをしたが、内心は上機嫌だ。

報酬は5ギルに減額されたが、馬車からの戦利品は二百ギルになった。

エリクが七十ギル、他の二人が五十ギル、俺は新入りということで三十ギルに値切られた。俺は最後まで、ジョセよりかは働いたと主張した。

俺も相当なクズだ。


俺たちのパーティは常にこんな感じだった。冒険者ギルドからの信用はほとんどない。だから、ろくな仕事にありつけない。

エリクはギルドを通さないいかがわしい仕事を探してくる。

賭場の用心棒、密輸の見張り、美人局のサクラ。商売敵(がたき)の店への嫌がらせで、生きた蛇を投げ込んだりもした。

エリクはこの世界の底辺で行く術を教えてくれるいい教師だった。

だが、俺たちのパーティは一年たたずに消滅した。

エリクが縛り首になったからだ。

「今度、でかいヤマを踏むつもりだ」

生前のエリクの言葉だ。

「おい、じゃあ、俺も一枚かませろ」

俺が言うと、エリクは首を振って大物風を吹かせた。

「お前じゃ、まだ無理だ。このヤマにはテクがいる。組織の連中にも迷惑をかけるわけにはいかねえ」

エリクが踏んだヤマというのは、身代金目当ての貴族令嬢誘拐だった。エリクの担当は見張りだったが、ヤツがしくじり露見した。

「何が『テクがいる』だ。てめえが踏んだのはヤ(・)マ(・)じゃなくて、ドジじゃねえか」

俺は心の中で毒づいた。


エリクが縛り首になったその夜、俺たちは奴のヤサを漁っていた。

売春街と貧民街の中間、淫売と馬鹿しか歩いていない場所にあった。

「放っておいても、大家がネコババするだけだ。俺たちで分けてやった方が、野郎の供養になるってもんだ」

ジョセが言った。勝手な理屈だが、誰も反対しなかった。

部屋の扉にはトラップが仕掛けてあったが、盗賊職のラサが魔力で解除した。大したものだと思った。この世界には確かに魔法がある。すると、剣を振り回すだけの戦士が木偶の坊に思えた。

すえた匂いのする部屋には、何かの実験道具と薬草の入った瓶が転がっていた。

「いずれ、薬屋をやりたい」、と言ってやがったのを思い出す。

下級冒険者なんて、いつまでもやれる仕事ではない。エリクは、薬屋の主人に収まる自分を夢見ながら、二十年近くこの街の泥の中を這いずり回っていたのだ。

部屋には一万ギルほどため込んであった。だが二十年かけてこれだけだ。薬屋を開くには、半分にも足りない。後、二十年以上は泥の中を這いずり回らなくてはいけない。

つまり、縛り首にならなくても、一生みじめなままだったということだ。

「分け前は、付き合いの長い順だ」

ジョセが目を光らせた。

「三等分だ。アイツも平等に弔って欲しいはずだ」

俺の言い分が通った。剣をちらつかせたからだ。接近戦なら俺が有利だ。

金の分配を終えると、俺たちはその場で別れた。

「自分たちで新しい仲間を探せ。今度、顔を合わせても俺たちは他人だ」

ジョセの捨て台詞に、異論はなかった。

 

俺は約三千ギルを胸の中で温めながら、エリクのことを考える。

最低のクズだったが、この世界で生き抜く知恵を与えてくれた。

報酬や商品の相場、盗品の流し方、偽物の見分け方、盗人や詐欺師の手口。

結局は使える駒が欲しかっただけだろうが、今では俺の力となっている。

 ―後から思えば、あの瞬間は奇跡としかいいようがない。もしあれが昼だったら、もし場末の売春宿さしかかっていなければ、俺はくたばっていた。

俺がふと見上げた売春宿のガラスに、詠唱中の魔力のかすかな光が映り込んでいた。

(敵だッ!)

俺はとっさに身を沈めた。直撃は避けたが、近くの空気が熱くなり、左腕がやられた。上腕部が激痛でマヒしている。

高熱の電撃、敵はジョセだ。

タタッ、短い足音。小柄な影が飛んだ。今度は短剣を構えたラサだ。

剣を抜く暇はない。俺は横っ飛びに避け、崩れたレンガ壁まで転がる。運よくレンガをつかんでいた。追撃してきたラサに投げつける。盗賊職も夜目は利かないようだ。顔面で受け止めやがった。

「ウゲッ!」

短い悲鳴が上がる。一瞬の猶予が生まれ、ようやく剣を抜けた。同時に、ラサの一撃で腹を切られていることにも気が付く。だが動ける。

再び光ったジョセの電撃の第二波が来たが、しょせんは冒険者だけでは、まともに食えない三流の魔法使いだ。真正面からの攻撃なら避けられる。電撃は俺の横の地面ではじけ飛んだ。顔面を抑えて悶絶するラサの足をザックリと切り、戦闘不能にすると、ジョセに突進する。

「ひえー!」

ジョセが悲鳴を上げて、逃げようとする。俺は後ろから切った。だが俺のなまくら刀では致命傷にはいたらなかった。奴は振り向きざまに魔力を放ったが、俺の刀が先に喉を貫いていた。ジョセは目を剝いたまま死んだ。

ラサの元に戻る。

「か、勘弁してくれ。俺の取り分は渡す」

尻もちをついたまま、ラサが後ずさる。

「目が外れてから、取り消してくれる賭場があるか?コッチの掛け金は、千ギルと命だ」

無駄なおしゃべりだった。俺はラサの腹に剣を突き立てると、ためらわずにねじった。ラサもジョセと同じ面(つら)で死んだ。

俺はそれぞれの懐(ふところ)からエリクの金をいただくと、二つの死体を運河へけり込んだ。誰も見ていない。売春婦か物乞いが見ていたとしても、街のクズが片付いただけだ。まともに調べる役人など、この街にはいない。



俺は一年間、時には背中を預けた仲間を同時に失った。だが構わない。

どうせ、俺がこの世界のイロハを覚えるための使い捨ての出会いだった。



 

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