この世界
翌日。
日も高く昇った頃。
私達は神社の境内を掃除していた。
何故掃除をしているのか。
理由は明白だ。
荒れ放題の雑草、
石畳の上に放置された動物の排泄物。
埃まみれの縁側。
これを見て放置出来るほど
私は腐ってはいない。
今朝、
清瀬さんに神社の施設把握の為、
案内を頼んだのだが、
本人は乗り気では無かった。
何故乗り気では無かったのか、
その時私は解らなかったが、
案内が進むにつれ、
彼女が何故案内を渋ったのか、
嫌でも解らされるハメとなった。
私が初めて足を踏み入れた場所は、
廃屋と言っていい程の荒れ様だった。
私達が生活していたスペースは
きっちりと物が整頓され、
視界に映る範囲は
ゴミ1つ落ちていなかった。
なのに何故、
他の場所はこうも荒れ果てているのか。
「私しかここに居ないのに、
普段使わない所まで
掃除する意味ある?」
私の疑問に彼女が言い放った言葉だ。
普通の家屋に住む娘の言葉なら、
私は彼女を責めただろう。
だが、彼女の場合は違う。
この神社はとても広い。
甲子園球場ぐらいは
あるんじゃないだろうか?
もちろん、
観客席のスペースも含めた広さだ。
ここを全部掃除しようとなれば、
業者を呼んでも数週間はかかるだろう。
そんな広大な神社を
彼女一人で掃除しろと言うのは
まさしく無理難題であった。
・・・だが、仮にもここは"神社"だ。
少ないとは言え、
参拝客も来る。
「私も手伝いますので、
少しずつやっていきませんか?」
面倒でも、やはり掃除はした方が
いいだろう。
「・・・。」
彼女は"嫌だ"とは言わなかった。
その素直さが彼女の良い所だと、
私は思う。
黙々と二人で役割を分担し、
掃除を開始する。
初めはお互い別の場所を
掃除していたのだが、
数十分もしない内に、
清瀬さんは私の隣にやって来た。
「・・・。」
ちらちら此方の様子を伺っては、
どこか不満そうな表情を浮かべる。
退屈なのだろうか?
「~~~っ!」
そして、とうとう
我慢出来なくなったのか、
清瀬さんは頼んでも無いのに
この世界について説明をしだした。
此方としては
有り難い話ではあるが。
なんでも、
この世界は"国"という概念が
存在しないが、
"統一される文明"が
複数点在している。
そして、
ここに住む人々の殆どは
自給自足の生活を送っており、
"種族"と呼ばれる人種がある。
妖怪やら化け物などが
住んでいると、
前に清瀬さんが言っていたあの話だ。
種族の容姿も様々で、
頭に耳や角を生やした者もいれば、
翼を生やした者もいるそうだ。
彼女はそんな数多くの種族を
まとめる"世界の代表"の
ような存在だそうだ。
種族間の紛争はほぼ無いに等しいが、
いざこざが起これば
彼女は現場に急行し、
事が大きくなる前に仲裁する。
普段はこの山奥の
神社に身を置き、
この世界の平和と秩序を守っている。
私の世界で言う
事件を未然に防ぐ"警察"
のようなものだ。
彼女は"巫女"といわれ、
御札と大麻おおぬさを武器に、
(神社で祈祷の時に神主さんが振る
"白いふわふわしたものがついた棒"の事。)
"悪しき心"を持つ者からこの世界を
守っている。
しかし、驚く事に
この世界ではその"悪しき心"を持つ者は
存在しないらしい。
つまり彼女は
"巫女"の実戦経験が皆無なのだ。
歴代最強と謳われる巫女が
実戦経験が無い。
・・・それだけ今が平和なのだと
素直にこの事を喜びたい。
"彼女が忙しくなる。"
それはつまり、
"争いがこの世界で起こってしまう"
と言う事なのだから。
更に、この世界には
"神通力"や"自己治癒"、
"超人的な身体能力"と言った、
各種族特有の"能力"があるらしい。
成人になるとある儀式を行い、
その"能力"は開花し、
自由自在に使えるようになるそうだ。
因みに、人間族は18歳で成人と
みなされるので、私にも
"能力"はあるようだが、
儀式を行っていない為
能力は無いし何なのかも解ってはいない。
そもそも異世界から来た私に
能力の素質が備わっているかすら、
分からないのだ。
まあ、
それは追々調べるとしよう。
「ところで他にも種族があると
聴きましたが。」
「ああ。
その話ね。」
清瀬さんは1つ咳払いをし、
竹箒に顎を乗せ、話を続けた。
いかん。
掃除が全く進まない。
「この前、人間族と夜雀族の話しは
したから割愛するわね。
他にも小鬼族、鬼族、
妖狐族、物付族って種族があるんだけど、」
鬼族・・・?
鬼ってあれか?
節分の時に
豆ぶつけたら逃げる、あの鬼?
「まず小鬼族。
あいつらは身長が小さいんだけど、
腕の力はすっごい強いの。
体力とかは人間族とは
変わらないけどね。」
ほほう。
"小鬼族は腕力が強い"
・・・と。
私は教えられた事をメモ帳に記す。
殆どの持ち物は
この世界に飛ばされた時に
無くなったが、
ポケットに入れていたメモ帳とペンは
無事だったらしい。
「次は鬼族。
よく子供は小鬼族と
間違えられるんだけど、
こっちは成人したら
めちゃくちゃ大きくなるの。
筋力が凄くて、
身体は気持ち悪いぐらいに堅いの。
腕の力もかなりあるけど、
小鬼族程じゃ無いわ。」
ふむ。
"鬼族は強靭な肉体"・・・と。
「ところで、
・・・さっきから何してんの?」
「言われた事を忘れないよう、
備忘録に控えていたんですよ。」
「びぼうろく?」
「ほら、これです。」
私はメモ帳を清瀬さんに渡した。
「ふーん・・・。
小さい紙が何枚も・・・。」
ぺらぺらとページを捲っていた
彼女が挟んでいたペンに触れた時、
急に目を見開いた。
「どうしましたんですか?
そんなに驚いた顔をして?」
「あなたこれ!
"鉄"じゃないの?!」
「はい。そうですが・・・。」
「こんなもの普段から
持ち歩いちゃ駄目っ!」
「え?
どうしてですか?」
「鬼族は鉄に触ったら死んじゃうの!
危なすぎるのよ!!
あ、でも今ならいいかな?
むしろアイツ等にこれで・・・。」
何やらぶつぶつ言っているが
最後の方は何て言ったか聞き取れない。
「は、はぁ・・・。」
鉄に弱い?
よくわからないが
持ち歩くなと言われるのなら
そうした方がいいだろう。
「分かりました。
ならそのペンは
神社に置いておきます。」
「そうして頂戴。
・・・えっと。
どこまど話たっけ?」
頭を掻きながら、
清瀬さんは私にメモ帳を返した。
「"鬼族の特徴"までです。」
「そうそう!
それで次は妖狐族なんだけど、
妖狐族は森に籠って
全く出てこない種族よ。
私と同じ"神通力"を使うんだけど、
まあ、会うことも無いだろうし、
説明は省くわ。」
「そ、そうですか。」
「次に物付族。
彼等は長年使われて朽ちた家具なんかに
憑依してる奴等よ。
主に人間族と物々交換をして
生計を立ててるわ。」
「朽ちた家具に憑依?」
「精霊みたいな奴等ね。
時々神社に来るわよ。」
「へぇ・・・そうなのですか。」
「うん。
・・・ま、大体こんなものよ。」
「ありがとうございます。
勉強になりました。」
私は深々と頭を下げた。
「ちょっ!大袈裟よ!」
「いえ、私はこの世界にとっちゃ
産まれたばかりの赤子同然。
少しでも情報は
集めておきたいのです。」
「・・・そ。」
その時、
少し照れ臭そうに
していた彼女の腹から
大きな腹の虫が鳴った。
「~~~っ!」
顔を真っ赤にして
彼女は俯いた。
・・・もうそんな時間か。
袖をまくり腕時計を見る、
ーー12時か。正確な腹時計だな。
・・・ふむ。
「お昼にしますか?」
「そ、そうね!うん!
私はもうちょっとだけ
掃除しとくから、
貴方は何か作ってて!」
清瀬さんはそう捲し立てると
慌ててさっき掃除をする予定だった
離れの小屋に走って行ってしまった。
「・・・そんなに
恥ずかしかったのだろうか。」
まあ、掃除をしてくれるなら有り難い。
私は私に宛がわれた仕事をしよう。
「・・・よし!作るか!」
私は竹箒を納屋に片付け、
台所へ急いだ。




