再び、人里へ
さあ出来たぞ。
今回は人里の皆さんに
分けて頂いた新鮮な野菜や
調味料を使って
スパイスの利いた担々麺の
ソースを作った。
豆板醤は無かったので
味噌に唐辛子を混ぜて代用した。
それっぽいピリ辛の味は
出せたと思う。
少し多目に作ったから
近くにあった空き樽にでも
余りを入れておくか。
調味料を自作したのは初めてだが、
中々の出来だ。
私は自分の料理に満足しつつ、
掃除をしているであろう
清瀬さんを呼びに
縁側から境内に顔を出した。
「清瀬さん!
ご飯の準備が出来ましたよ!」
私の声を聞いて、
清瀬さんは勢いよく振り返った。
どうやら鳥居の下を
掃除していたらしい。
・・・あれ?清瀬さん?
小屋の掃除は?
「もー!
待ちくたびれたわよー!」
そして、
鳥居の方から清瀬さんが
笑顔で飛んで来る。
文字どおり、"飛んで"きたのだ。
「わあー!
すごい!これ何?!」
「これは豆板醤と言う私の国で
食べられていた調味料です。
ご飯の上に好きなだけ乗せて、
口の中でご飯に絡めて食べます。」
「これはっ?」
「これはサラダです。
人里で新鮮なトマトやレタスを
頂きましたので。
レタスに豆板醤を付けて食べても
美味しいんですよ。
因みにこっちは担々麺。
啜るように食べるんです。」
「へー・・・。」
清瀬さんは目を輝かせて
豆板醤を少し指で掬い、
口に運んだ。
「おいしい!」
花が咲いたような笑顔を浮かべ、
彼女は次はサラダに手を伸ばす。
だが、
私はその手を払い除けた。
「いたっ!・・・何よ?」
不服そうに睨む彼女の目の前で
私は両手を合わせる。
「いただきます。」
彼女も頬を赤らめ、
私に習った。
「いただきますっ!」
前に、神社で独り暮らしをしていると
彼女は言っていたが、
ある程度の教養はあるようだ。
箸の使い方もちゃんとしているし、
食べ物を溢したりもしていない。
・・・ふむ。
「何?要らないならもらうわよ!」
清瀬さんはそう言って
いつの間にか私のサラダを
平らげてしまった。
・・・私のサラダが!
「こ、こら!行儀悪いですよ!」
「ほぉんなのひぃらなぃふぃ!」
「口に物を入れながら喋らない!」
「らってほぉんとにふぁいし・・・、
・・・っ!!」
口一杯にサラダを頬張り、
幸せそうな表情をしていた
彼女だったが、
急に目を見開いて
苦しみだした。
あっ、これは喉に詰まらせたな。
「~~~っ!」
彼女は必死にゼスチャーで
水を要求する。
そう言えば
彼女の泣きそうな顔を
見るのはこれが初めてだな。
もう少し眺めていようか。
私のサラダを横取りしたしな。
「どうしました?」
白々しく聞いてみると
清瀬さんは私の背中を何度も叩いて
必死に自分の喉を指差す。
・・・何だか可哀想になってきたな。
私は急いで台所から
水を酌んで柄杓のまま
清瀬さんに飲ませた。
喉を数回鳴らし、
ようやく一息ついた彼女は
非難の目を私に向けた。
「だ、大丈夫ですか?」
「死ぬかと思ったわよ!」
怒った表情も見たのは
初めてかもしれない。
前は本気の、無表情の怒りだったから。
だが、私はそれよりも
別の所に視線がいってしまった。
慌てて水を飲んだ彼女は
口からかなりの水を溢していた。
紅白の巫女服はずぶ濡れになり、
透けたサラシからは
ピンク色の可愛いお豆が丸見えに
なっている。
なんとまぁ・・・。
ここまで胸が無いのも珍しい。
誰が言ったか、
"洗濯板"と言う表現が
これ程までに似合う女性が
他に居るだろうか。
「ちょっと!どこ見てんのよ!!」
「あだっ!」
本気の蹴りを食らってしまった。
清瀬さんは必死に胸を隠し、
私を足で何度も何度も蹴っている。
今まで気付かなかったが、
彼女の足はかなり細い。
私が彼女の足を掴んだら
折れてしまいそうなぐらい細い。
もし私の世界に清瀬さんのような
女性が居たら、
間違い無くアイドルに
勧誘されていただろう。
容姿端麗、黙っていれば
非の打ち所が無い。
・・・あ、胸が欠点か。
「もー!ヘンタイッ!!
何鼻の下伸ばしてんのよ!」
「すみません・・・。
あまりにも清瀬さんが魅力的過ぎて。」
「みりょっ・・・?!
な、な、何言ってんのよ?!
そんな苦し紛れに誉められても
ぜっ・・・全然嬉しくなんか
無いんだからねっ!」
照れた顔も可愛いな。
「事実です。」
「~~~っ!もうっ!
出てってよ!」
「え?」
やばい。
本気で怒ってしまったか?
「着替えられないでしょッ!
早くッ!」
ああ、そう言うことか。
私は縁側に追い立てられ、
部屋から閉め出されてしまった。
「覗いたらコロスッ!」
襖が爆音と共に閉められた。
布の擦れる音が聞こえる。
今、清瀬さんは部屋の中で着替えて
いるのだろう。
そう思うと私は何だか
胸の鼓動が早くなった。
年甲斐も無く興奮している。
自分の娘のような子供に。
これではどこぞの性犯罪者と
同じじゃあないか。
「もういいわよ!」
それから10分ぐらいして、
中からの許しが出た。
私は恐る恐る襖を開ける。
「・・・おお。」
つい感嘆の声をあげてしまった。
清瀬さんの普段着だろうか、
薄橙の着物を身に纏っていた。
正に大和撫子。
濡れた髪が陽の光を反射し、
きらきらと七色の光を放っている。
「・・・何よ?」
「いや、美しいな、と。」
「~~~っ!アンタ!
今から人里に行ってきなさい!」
「えっ?今からですか?」
外はもうすっかり日が暮れている。
山なので街灯も無い。
当然真っ暗だ。
「そうよ!
さっき台所に行ったら
味噌が切れてたじゃない!」
「はい。
これが最後の味噌料理ですね。」
「"はい。"じゃない!
何で前の時に貰わなかったの?!」
「あの時は人里で
消費する分の味噌しか
無かったそうで、
それを頂くのはちょっと
気が引けましてね・・・。」
「なら今ならあるかも
知れないじゃない!」
「ま、まあ・・・
今ならわかりませんが。」
「なら早く行ってきてよ。
人里の露店は夕方に
全部閉まるんだから!」
「でも今からなら
日を跨ぐ事に・・・。」
にやりと彼女は笑う。
・・・まさか。
「そうよ?
今からでないと
明日の昼までに着かないし。」
夜通し歩けって事かっ?!
「大体意味は理解したわね?
ほら、ちゃっちゃと用意してよ!」
「し、しかし外は
真っ暗ですが・・・。」
「ごちゃごちゃ煩いわねー・・・
女ならまだしも、あなた男でしょ!
ほら、提灯貸したげるから
さっさと行ってきなさい!」
清瀬さんは私に棚から取り出した
提灯を押し付けると
またもや部屋から私を追い出した。
・・・さっきの仕返しだろうか?
「道に迷ったら
川沿いを歩けば何とかなるからね!」
結構怒ってる口調だが
顔は笑っている。
そのギャップがまた怖い。
私は観念して
ゆっくりと歩を進める。
提灯の灯りを頼りに、
私の"はじめてのおつかい"は
こうして始まった。




