人里
頭が痛い。
清瀬さんの術を受け、
どうやら人里と呼ばれる場所に
強制的に飛ばされたらしい。
行き交う人々が足を止め、
心配そうにこちらを見ている。
私が得たいの知れない存在だからか、
はたまた、急にその空間に降って湧いた
存在だからか、
声を掛けようとする者はいない。
「あの、すみません。」
取り敢えず現状を把握する為、
若い男性に声をかけたが、
男性はまるで熊にでも遭遇したかのように怯え、
目を見開いて走り去ってしまった。
・・・そこまで露骨に避けられると
かなり傷付くんだが。
さて、どうしたものか。
ゆっくりと立ち上がり、
服についた土を叩いて落とす。
私は今、
会社帰りに異世界に飛ばされた為、
スーツを着用している。
若返ったせいか、
ズボンの丈は長く、
Yシャツにあっては胸がはち切れそうだ。
・・・まあ、
何も着ていないよりかは良いだろう。
だが、この"人里"では
着物が主流のスタイルなようで、
老若男女、全員が着物姿だ。
スーツ姿の私は非常に浮いている。
一般市民に声を掛けても
また先程みたいに逃げられるかも
知れない。
ならばここの代表者と話せば
里の人達が抱く私に対する警戒を
解いてもらえるかもしれない。
だとすると、
先ずは市役所みたいな役割の
建物を探すのが先決か。
清瀬さんを待つ事も出来たが、
彼女にばかり頼ってはいられ無い。
自分の事は自分でやらなければ。
・・・だが、
"人里"は思いの外広そうだ。
木造家屋が建ち並び、
かなり入り組んだ作りをしている。
無闇に動き回っては
迷ってしまうかもしれない。
「あの~・・・。」
「ひっ!」
目の前に居た少女に声を掛けたが、
やはり逃げられてしまった。
・・・前途多難だ。
「よう。あんちゃん!
こんな所で蹲ってどうしたんだ?」
私は反射的に顔を上げた。
まさか向こうから声を
掛けて貰えるとは思わなかった。
野太い声の主は
頭にねじり鉢巻をした、
がたいの良い中年男性だった。
「私は松村啓太と申します。
あなたは?」
つい企業戦士時代の癖で
自己紹介をしてしまう。
「山県達也だ。
一応里の代表をさせて貰ってる。
確かあんちゃんは前
里で倒れてた奴だよな?」
山県と名乗った男は
私のいきなりの自己紹介にも
戸惑うこと無く答えてくれた。
里の代表者!
よかった!探す手間が省けた!
山県さんの後ろには
何人か屈強な男の人の姿も見える。
「あ、あなた方が私を神社に?
その節はどうも
ありがとう御座いました。」
私は深々と頭を下げた。
この人達が神社に運んでくれなければ
私はどこかで
野垂れ死んでいたかもしれない。
言わばこの人は命の恩人だ。
「おう!気にする事は無いぜ!
俺達はあくまで不可思議な出来事を
"清瀬様"に吟味してもらっただけだからな!」
山県さんは豪快に笑いながら
私の背中を勢い良く叩いた。
「どうだい?清瀬様とは
良くやってるか?」
「はい。お陰様で
楽しくやらせてもらってます。」
「そりゃ良かった!
清瀬様は口ではああだが、
面倒見はすごぶるいいんだ。
俺達もよくお世話になっているよ。」
「えっ?あの清瀬さんに?」
「"あの"って何よ!"あの"って!」
突然、頭上から声がした。
私が上を向く前に、
山県さんが大声で叫ぶ。
「清瀬様ダァーッ!」
「清瀬様だと?!」
「清瀬様だ!」
「どこだ?!」
「あそこだ!」
住民達が一斉に空を見上げる。
大勢が指差した先、
夏の晴天の空に清瀬さんは居た。
「う、浮いてるッ!?」
私は目を疑った。
何度も目を擦り、
凝らして見てもその状況は変わらない。
「何を驚いているのです?
私は巫女。
これぐらい造作も無き事です。」
明らかに私と話す時より
声色が違う。
何て言うのか・・・
思いっ切り猫を被ってる。
「空も・・・飛べるのか?」
呆然と立ち尽くす私は
目の前に広がる異様な光景に
驚愕した。
外に居た全員が
地面に額を擦り付けていたからだ。
「な、何をしているんですか?」
私は目の前の光景を
信じられなかった。
「何って!清瀬様が
いらっしゃったんだ!
アンタも頭を下げろ!」
山県さんに言われるがまま、
見よう見真似で頭を下げようとした。
が、その行動は清瀬さんの一言で
妨げられる。
「その必要はありません。」
「で、ですが!」
「その者は異界から来た者です。
故にこの世界のしきたりは知りません。
だからと言って、
私はその者を見捨てたりはしません。
何故なら私はこの世界に生とし、
生ける者全てに祝福を
与えるからです。」
周囲から歓声が上がる。
どうやら清瀬さんを崇めていると言う
話は本当のようだ。
だがこの信仰心は異常ではないか?
「命令します。
今後金輪際、このような平服は
許しません。
この者と同じように、
私を同じ"人"として扱い、
過度な敬いを一切しない事。」
い、いきなり何を言い出すんだ?
「ええっ?!」
「それは何故ですか!」
「我々の信仰心が
足りませんでしたか?!」
戸惑う人々を制し、
山県さんが清瀬さんを見上げた。
「では我々はこれからどうやって
信仰心を示せばよろしいか!」
その言葉に清瀬さんは
にやりと笑った。
まるでこの言葉を待っていたかのように。
「今まで通り、
供え物を・・・いえ、
物を私に少し分けて頂ければ
結構です。」
「そ、そんな事でいいのですか?!」
「勿論です。
全ての生に巫女の祝福が
あらんことを。」
言葉と同時に清瀬さんが棒を振る。
すると空から大量の光点が現れ、
人々の身体の中に吸い込まれていった。
私が先程受けた"夜雀"という術だ。
術を受けた人々からは
感銘を受けて泣き出す人すら居た。
清瀬さんはと言うと、
そのままゆっくり
地に降り立ち、
私の下に小走りでやって来た。
そして耳元でこう囁いた。
「ちょろいちょろい!」
うっわー・・・。
術が使えてる分、
まがいものの宗教より質が悪い。
私の心情が顔に出ていたのか、
清瀬さんは唇を尖らせた。
「だって面倒でしょ?
コレ毎回してるのよ?
良い機会だからアンタを
使わせて貰ったわ!
アンタこっちに飛ばしてから
ピンときたのよ!ピンと!
今度から食料調達は楽になりそう!
ふふっ!」
余程ご機嫌なのか、
彼女は鼻歌を歌っている。
確かにずっと平服されては
人里でコミュニケーションすら
取れないだろう。
だからと言って・・・うーん。
その後悩む私を尻目に
清瀬さんは必要な食材を
様々な露店を回って確保し、
昼過ぎに人里を発った。
帰り際にもう一度術で送ろうかと
言われたが、勿論辞退した。
あんな体験はもう御免だ。
清瀬さんはその後文句を
言い続けていたが、
何だかんだ言って徒歩の私に
付き合ってくれる。
本当は空を飛べるのに、
敢えて歩いてくれているのだ。
"面倒見が良い"のは本当らしい。
私は未だに得意気にさっきの事を話す
彼女を見て微笑んだ。
やはり
まだまだ子供なんだな、と。




