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比翼連理  作者: 美羽
雨垂れ石を穿つ
20/22

7

音を立てて私の後方へ向かおうとする鞭を三叉槍の柄で防ぐ。絡みついた鞭はそのまま私の身体ごと引き寄せようと動くが、槍の形状から爪へと変化させれば自然とほどけた。

背後から迫っている矛は腕を回して立ち位置を入れ替えることで対象への接触を防ぎ、かわしたついでに相手の手を肘で打てば痺れたのか簡単に矛は地に転がった。懐に入ってしまえばこちらのものなのでそのまま掌底で相手の身体を五メートル程吹き飛ばす。


「そこまでっ!」


まだ意識が残っている相手が二人ほどいるためそれらも刈り取ろうと思ったのだが――その前に終わってしまった。

緊張がいくぶん和らぎ、軽く息をついて背後の矜牙軍師を振り返る。


「お怪我はありませんか?」


「……全てお前が防いで見せたのだから愚問だろう」


それはそうなのだが。


「先程は少し無理にお体を動かしてしまいましたから、負荷がかかったのではないかと」


最初に護衛としての訓練を始めてから約一週間。

それ以来毎朝こうして集団の敵を想定した戦いを繰り返しているのだが、柳栄様の判断なのか大佐の判断なのか、日々相手側が人数を増やして来ている。


段々と増えていった結果、ついに今日は志宇大佐と軍師と私を除いたすべての火鉾の隊員を相手取る形になったのだ。

先程も各方向から攻撃が来たために、後方からの永莉の矛を矜牙軍師の体を私の腕で動かして避けるようにしなければならなかった。私が動ければよかったのだが、槍や双剣の形態ならともかく爪では時間が足りなかった。

次は鞭に対処する場合、斬撃で撃ち落とすか威力を落とすかすべきだろう。さすがに上級の天具である絃の鞭を、例え先端とは言え叩き切るのは少し大変だし修理面を考えると申し訳なくて出来ない。かと言って槍から双剣に形態を変化させてもその大きさから鞭は絡みついたままだっただろうから。


「お前、俺をわずかに持ち上げながら動かしただろうが。

むしろ俺を馬鹿にして………いや、お前のことだ、他意はないのだろうがな…」


次回からの対応策を頭の隅で考えているうちに、軍師は自分で自分を納得させてしまったようだ。


「玲湶、お前さん容赦ないな……」


そこへ丁度訓練を見守っていてくださった志宇大佐がやってきた。


「……さすがに乱暴すぎましたか?」


「乱暴……物は言いようだな……」


「俺としてはむしろ軍内の精鋭ぞろいであるはずの火鉾の武官ほぼすべてが一斉にかかってこれかと、不安を覚えるがな。次はお前も参加したらどうだ、志宇?」


「無茶言わんでくださいよ軍師!そんなことしたら真っ先に消される……」


何を想像したのか、志宇大佐はブルリと震えた。

けれどそれは不要な心配だろう。


「いえ、基本的には先に天術使いを消しますので、志宇大佐は中盤です」


「ククッ……だそうだが?」


「玲湶、お前さんやっぱり容赦ないな…」


私は思わず首を傾げた。

一体どのあたりがだろうか。出来れば改善したいが、全く思い当たらない。


毎回の訓練に与えられた時間は二十分。

何故その時間なのかと言うと、それだけの時間耐えられれば例え結界外の乱戦の最中であっても応援の部隊が現場に到着できるだろうからだ。

加えて言えば、それだけあれば戦場の端からでも柳栄様が駆けつけることができるから。

最終的に柳栄様に頼ってしまうというのがどうにも悔しいし申し訳ないけれど、現状私は彼に勝てないのだから仕方がない。

それに私の役目はあくまで軍師の命を守ること。

勿論いつか柳栄様と肩を並べることができるような武官になるため精進は欠かさないつもりだが、この条件に対して私からの反論はなかった。


「んー、明日からどうすっかな……いっそ条件を増やしてみるか?

例えば玲湶からは絶対に反撃しないとか、腕を一本使わないで二十分耐えきるとか」


「私はどんなものでも構いません」


「おう……その自信が俺達を絶望させるな」


「今回生き残ったのは絃と碧羅か……永莉は最後の最後で駄目だったようだな」


何故か肩を落としている大佐に構わず、軍師は訓練場を見回した。

広い敷地の中、一応立っていられているのは確かにその二人だけだ。二人ともあまり天術は使わないし、私は基本的に遠距離の相手を倒せるうちに倒した後は向かってくる相手を隙を見て倒していくことを目標に動いているから残ったのだろう。


「絃は中佐だけあって隙が少ないですし、中距離からの鞭の攻撃は意表をつくような物が多いので乱戦では対処しにくいです。本人も殆ど私の攻撃の射程距離に入ろうとしませんから、難しいですね。

碧羅の方はある意味運でしょう。開始五分頃に私が吹き飛ばした相手に押しつぶされて出鼻をくじかれ、あまり前線には出てこられない状況になっていました」


「……よく見ているな」


「目はいい方なのです。それに広く見渡していないと、軍師が危険にさらされてしまいますから」


今日も上手くやれてよかった。ある意味本番はこれからなのだから、準備運動段階で失敗など笑えない。


「――軍師、いらっしゃいました」


「うげっ」


またも衝撃に耐えきれなかったらしい志宇大佐を横目に、いつも通り槍で飛んでくる斬撃を防ぐ。

毎日の朝の鍛錬で行われているのは先程までの集団での訓練ばかりではない。こうして不意に飛んでくる柳栄様からの攻撃から軍師を守り切ることも、もはや日課のひとつだ。


「またこれか……玲湶、結界を張るか?」


「いえ、まだ大丈夫です。私が合図をしたらお願いしてもよろしいですか?」


「わかった。任せる」


「は」


――軍師には恐らく他意はないのだろうが、こういった状況で任せる、などと言われてしまうとどうにも面映ゆい。集中しなければとわかってはいるのに締まらない顔をさらしてしまいそうになるのだ。


「何だ、今日はたったの二人?

火鉾全員でかかったはずなのになぁ」


とは言え柳栄様が相手ではそれも難しいことだ。

いつだって限界まで神経を尖らせていなければ、すぐに負けてしまうのだから。


「はい。お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」


剣を弾いて槍で突く。簡単にかわされたがそれは想定内だ。

そのまま地に刺してそれを軸に回転し腹への蹴りを狙ったが、剣を向けられたために軌道を修正して彼の頭上を通り横方向に飛ぶ。


「うーん、それは志宇の台詞だと思うけどね。

あのさ、誤解されたら嫌だから一応言っておくけど、火鉾って本当に精鋭を集めてるんだよ?」


「はい。皆さんとても頑張っておられます。鍛錬も欠かしませんし」


「皆さんとてもお強いです、とか言わないのが玲湶らしいね。

まあ君がそんなこと言ったら嫌味っぽくなっちゃうし、元々の基準が高いからなぁ…」


斬撃が飛んでくる。身を伏せて避ければその隙にとでも言うように柳栄様の刃が矜牙軍師の方を向いた。低姿勢のまま足を払おうとしても跳躍で避けられる。


「矜牙軍師!」


私の声を合図に軍師が結界を張るが、恐らく三秒程しかもたないだろう。

一撃目で結界に罅が入り、矜牙軍師の顔が引きつった。

もう一撃、それが入る前に文字通り横槍を入れる。二、三歩分バックステップで離れた柳栄様を更に引き離すため追撃する。


「この集団訓練が玲湶と矜牙のための訓練なのかそれとも火鉾のその他の隊員への訓練なのか、判断に悩むなぁ。

まあ両方とも、特に後者にとってはこれ以上ない実戦経験だろうけど」


「……将軍は今日は、斬空を用いていらっしゃるのですね」


これまでは軍内で新入りなどが使ったり、単純に身体強化の鍛錬のために用意されている剣を使っていた。

特級品である天具、斬空に比べて攻撃の威力も刃の耐久性も格段に劣るそれだったからこうした状況下では私の攻撃や使い手である柳栄様ご自身の力に耐えきれずよく折れてしまって、ある意味それが終わりの合図のようになっていたのだが。

一週間が経過して、柳栄様からの指導も難易度が上がったということだろうか。それはそれで嬉しいが、正直軍師を守り切れるか気が気ではない。

………もっとも、戦闘の度に折れる刃を前にして最初は驚いているだけだった矜牙軍師が回を重ねるごとに経費がかさむとお怒りだったので、それを恐れての武器の交換という線もあり得るのだが。


「うん、まあそろそろ大丈夫かなって。

さっきの結界を張らせるタイミングもよかったと思うよ。

ただ強度面の指示に対しても今後は考える必要があるかもね」


「肝に銘じておきます」


「頑張って。じゃあ玲湶、次の攻撃から矜牙を守り切れたら終わりにしようか」


その瞬間に、私の身体は勢いよく後退した。


「玲湶?」


すぐ傍まで戻った私に戸惑う軍師へ、言葉をかけている暇はない。

最上段で構えた柳栄様が斬空を振り下ろしたその場から、大地が割れる。そしてその軌道上にある空気すら。

縦に避けても意味はないし、横に避けるには時間も距離も足りない。私の飛ぶ斬撃では攻撃が軽すぎて威力を殺すこともできないだろう。

だからこそ太刀筋を見極めて―――逸らす。

私の射程範囲に攻撃が至った瞬間に、双剣の一振りを横薙ぎにふるった。

かなりの抵抗だが、これを両手で対処するわけにはいかないのだ。強い力同士がぶつかりあってピシリピシリと風がきしむ。


「……いけ!!」


結局左手だけでは力が足りず、刃に足裏を置いてそのまま蹴り放つ要領で斬撃を逸らした。

少々体勢が崩れたが許容範囲内。それを正すよりも斬撃から一瞬遅れでやって来た柳栄将軍の刃を受け止めるのが先だ。


「体勢が崩れてる、受け止めきれない攻撃ならさっきと同じように流せ。

だから後で隙ができるんだよ!護衛対象との位置取りもどんな時でもうまく調整しろ!」


「いっ……」


胴に蹴りが入った。真後ろに軍師がいるのだ、後ろに跳んで勢いを殺すこともできない。

かと言って蹴りの勢いを私が受け止めきらなければ、余波で一緒に軍師まで吹き飛んだだろう。


「玲湶!?」


「………はい、今日の鍛錬終わり」


「ありがとうございました…」


柳栄様の言葉に今度こそきちんと気が抜けた。

腹に入った足を捕まえていた手を放して、その場に座り込む。

やっぱり柳栄様は強い。まだまだ誰かを守りながらでは相手にならない。


「おい、大丈夫か!?」


そして護衛対象である軍師に心配されてしまうだなんて、補佐官失格だ。


「はい。情けないところをお見せしてしまい……」


「いいから傷を見せろ、治癒する」


「俺のことも心配してよー」


「お前に治癒はいらんだろうが!」


「いえ、踝の骨を砕きましたので、治癒して差し上げてください」


「はっ!?」


何故か驚いたように軍師は私と柳栄様を見比べた。

蹴りを入れられた瞬間に、私は素早く双剣を手放して柳栄様の足を両手で固定した。そしてそのまま骨を折ったのだ。

ただ攻撃を食らうだけなど武人としては問題外。いかにしてすべての動作を最終的な勝利へと繋げられるかが重要なのだ。

そういったことを柳栄様と一緒に説明すれば、頭が痛いとばかりに深いため息をつかれた。


「わかった、もう何でもいいから傷を見せろ」


「いえあの、柳栄様を……」


「もう治した」


「さっすが矜牙!ほらみてよ玲湶、もう完璧に治癒してる!」


そう言って柳栄様はその場でジャンプした。

一切左足を庇う素振りのないそれは、確かに回復していることを物語っている。

何の予備動作もなく難しいとされる治癒の天術を扱うなんて、やっぱり矜牙軍師はすごい。


「なんだその顔は」


「さすがは矜牙軍師です」


「五月蠅い馬鹿者!いいからさっさと怪我した腹を出せ!」


「やだなぁ矜牙ってば女の子にお腹見せろなんて。セクハラだよ?」


「ばっ……!そういう意味ではない!!」


「じゃあどういう意味なの?」


「俺は単純に治癒をしようと思っただけだ!ただの言葉の綾だろうが!」


「どうだかなぁ。玲湶の真っ白なお腹見たいんでしょ?あわよくば触りたいんでしょ?

ちなみに玲湶のお腹はう~っすら割れてるんだよ。

でも俺みたいに六つに割れてるわけじゃなくて、縦に筋が入ってる感じかな。

まああんまりムキムキすぎてもちょっと引いちゃうし、女の子はそれくらいが一番だよね」


「貴様こそセクハラだろう…!俺の発言についてとやかく言える立場か!?」


「違いますー。俺は鍛錬の師匠として色々評価しただけですー」


「あの、お二人ともその辺りで…」


どうしよう、二人の会話についていけない……

と言うか、そろそろ火鉾の鍛錬時間は終了だ。早く片づけをして次の隊に場所を譲らなければいけない。

まだ意識を取り戻した隊員はいないようだし、志宇大佐は先ほどの攻撃で気絶してしまった。とは言っても最初の飛ぶ斬撃でやられたわけではなく、最後に私がそらした攻撃の先が彼の方に向いてしまったのだ。私も途中で方向がまずいことに気が付いたのだが、まあその段階では志宇大佐にも意識はあるし大丈夫だろうと判断した。しかし実際には大佐はその攻撃に押し負けてしまい、そのまま気を失ってしまったということだ。

そんなわけでこの場にいるうちで意識があるのは私達三人と絃と碧羅のみ。この五人で後処理をすべてしなければならない。


「………そうだったな。それで、傷を見せろ」


「あの、もう治ってしまったので大丈夫です」


言葉だけでは軍師は納得しなさそうなので、私は服をめくって腹部を見せた。

幸い骨は折れていなかったし、内臓の損傷もお二人が話している間に天威がどうにかしてくれたらしい。


「痣になっちゃってるじゃないか。蹴った俺が言うのもあれだけど」


「まったくだな」


「表面だけですので、これも少しすれば引いていきます。

それよりも訓練場の修復を軍師にお願いしなければならないのが申し訳ないのですが……」


「それは構わん。それよりも治療だ」


その瞬間身体をあたたかい力が包んだ。

ふんわり撫でられるような感覚とともに身体が楽になって、疲労感までもがどこかへ飛んでいってしまう。腹部の痣までも消え去っていて、軍師の力を感じた。


「矜牙軍師……ありがとうございます」


「ふん、ついでだ」


ふいと軍師は私から目をそらして、そのままぐるりと訓練場を見渡した。

それだけでいつかのように元の通りに場が整うのだから見事としか言い様がない。


「柳栄、そこらの敗者共はお前に任せたぞ。俺達は執務に戻る」


「ええー、訓練場を何往復しなきゃいけないと思ってるのさ」


「玲湶、どれくらいかかると思う?」


「この程度の人数でしたら柳栄様は一度で運べると思いますので、一往復でしょうか」


「だそうだが?」


「……玲湶の使い方がわかってきたって事なのかな、これは。

わかったよ、やっておくから二人は執務室に戻っていい。

あ、終わったら俺もそっち行くから俺の分のお茶もよろしくね!」


「仕事をしろ馬鹿者!」


結局柳栄様は軍師によって訓練場の端まで吹き飛ばされてしまったので、もしかしたら二往復しなければならないかもしれない。






軍師の執務室に移動して、やはり日課のお茶を淹れる。


「軍師、本日は白茶にしてみました」


そろそろ本格的に暑さも増してきたが、軍師は淹れたものが温かくとも冷たくとも構わないようだった。

基本的に茶葉も私がその日の気分で決めてしまっている。


「そうか。もう夏だからな……美味い」


「光栄、です」


認められて以来、矜牙軍師はこうしてよく私の淹れたお茶の感想を口にする。

必ず一度は美味いと言って下さるのだ。

気恥ずかしいが、毎日の励みにもなるから困ったものだ。


「それと今日の茶菓子なのですが、饅頭はいかがでしょう?

毒味は済ませてありますのでよろしければ」


「………玲湶。前にも言ったと思うが、毒味はいらん。

お前が俺に毒をもっても意味はないだろう」


そしてそれだけではなく、ある日軍師は私が出したお茶に対して毒味は不要だと言われたのだ。


「そういうわけには……

お茶は最低限茶葉の状態なら私も気が付けますが、既製品は何があるかわかりません」


「頑固者め。……まあいい、それより軍議は明日だ。

お前に渡した木簡には目を通しただろうな?」


「はい」


数日前に軍師が仕上げた木簡は私の机の上に置かれている(軍師が私用の執務机を用紙してくださったのだ)。

そこには今回の遠征のための作戦が書かれていて、今度の軍議ではそれについて他の武官達からそれぞれの意見を聞き、内容を調整していくのだ。

軍師曰く普段はもう少し時間をかけて構想を練るそうだが、今回は私に見せ、そしてその意見を取り入れるため早めに作成したとのこと。気を遣っていただいて申し訳ない限りだ。


ただ作戦とは言っても相手は理性を持たず、統率もとれていない獣。

その内容はどの辺りで陣を組むか、戦闘への組織体制、夜営時の場所や見張り役などについてだった。

人間の軍隊が相手ならまた違ってくる、というのは軍師の談だが、紅国では基本的に国への反乱はない。

何しろ結界を維持できるのが王族だけなのだから、反乱が起こりようがないのだ。勿論基本的には、という話だし歴史上では何度かそれに近いことが何度も起きているのだが、それについては今は割愛しておく。


「夜営場所や見張り、物資などについては恐らくこれまでの経験から軍師がお考えになったことでしょうし、初参加の私では碌なことを言えないと思いましたので考えてはおりません。

勿論頭には入れさせていただきましたが……」


「そうだな、その判断ができただけ見どころはある。

科挙次席及第の名は伊達ではない、ということだろう」


面白がりつつからかうような視線に自然と目を伏せる。


「いえ、軍師の足元にも及びません。

比べることすら烏滸がましいようなものですから」


「お前は………まあいい。まずはお前が本当に内容を覚えられているかの確認から入るか。

ちょうどいいから夜間の見張り人数と交代時間について言ってみろ」


そう言って軍師は足を組み、小皿に乗った饅頭を手に取った。


「はい。基本的に見張りは二人一組で行います。見張りを行うのは火鉾か水掩の者のみ。

木癒は負傷者の治癒のためにあまり危険性のある場所には置けませんし、隠土は斥候の役割もあるため見張りはできません。

なるべく障害物のない更地に夜営の陣をしき、見張りは夜営の周辺八方向に置かれます。交代時間は四時間ごとだったかと」


「その通りだ」


鷹揚に頷かれて内心ホッとする。

何度も読み返したのだ、間違っているとは思っていないがそれでも緊張するものはする。

何となく喉が乾いてきたような気がして私はお茶を口に含んだ。


「……玲湶」


ふと軍師がこちらを見つめた。

じっと注視され、軍師の端整な顔がしかめられる。

………何かしてしまっただろうか。


「飲食をするのは失礼だったでしょうか」


「何故そうなる。俺だって食っている最中だろうが。

――治癒が効かなかったのか?気づかないくらい少しだが、頬に血がついている」


軍師の指先が気遣わしげに私の頬へ触れた。

私のものなどよりも余程綺麗な手だった。

と言うか私としてはそんな場所を怪我した覚えすらなかったのだが、一体いつ切ったのか。

疑問を口にしようとしたとき、執務室の戸が開く。


「はぁー、ようやく終わったー。

玲湶お茶もらっていいかな………ってあれ?もしかして俺お邪魔だった?」


柳栄様は意外そうにそう言った。


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