6
翌日。
休暇は大抵家で過ごすことの多い私だが、今日はきちんと予定がある。
「陽峻」
街の中心である通りに立つ彼を見つけて声をかければ、陽峻はにっこりと相好をくずした。
「玲湶さん」
「待たせてしまってごめん」
これでもそれなりに急いできたのだが、王都の人混みをなめていた。
基本的にこういった大通りを歩くのは出仕前の朝早くかその帰りの夜、例え休日でも人の少ない夕方が多いから昼前の人波にもまれそうな状態のこの場所を歩いたことは殆どないのだ。
「いえ。俺は家が近いですし、今は約束していた五分前ですよ?
むしろ急がせたみたいで申し訳ないです」
「そんなことはない。楽しみにしていたから、五分前行動は基本だと思う。
あと、宰相補佐としての正式登用おめでとう、陽峻」
私の言葉に陽峻はどうしていいかわからない、といった顔をしばらくしてから、結局照れたように笑った。
今日は前から約束していた陽峻とのお祝いの日、である。
私より一か月ほどたってから陽峻も無事に直属の上司である宰相から――つまりは祠苑様から正式に宰相補佐として認められたのだ。
祠苑様からそれを聞いた私は翌日のうちに仕事終わりに紅殿へ向かい、同じく仕事終わりの陽峻に祝いの言葉を贈った。その時にかねてから話していた通りお互いの正式登用を祝う食事にいこう、という話になり、今日に至る。
陽峻のおすすめの店があるようで、そこで昼食をとりそのまま王都を回る予定だ。
「へぇ、それじゃあ昨日も柳栄将軍がお屋敷に遊びに来ていたんですね」
「うん。それともう一人いらっしゃったんだけど……」
店への道すがら昨日の話になって、私は柳栄様が犀牙様を連れてきたことまで話そうと思ったのだが……
「……?玲湶さん?」
不思議そうにこちらを振り返る陽峻を見つめる。
彼は見習いだった時も今も祠苑様について外朝で過ごしているはずだから、まず間違いなく太子である犀牙様とも顔見知りのはずだ。果たしてこの国の次期国王が一貴族の家にお忍びでやってくることなど、話していいのだろうか。矜牙軍師も渋い顔をしていたし……けれど犀牙様と関わりがある分、彼ならありえる、くらいには思ってくれる気もする。
「陽峻は犀牙太子ともそれなりに話したりするの?」
「え?太子とですか?……うーん、祠苑宰相が太子を脅は……いえ、お話ししているところに同席したりはしていますけど、俺自身はそれほど…………ってまさか玲湶さん、もう一人って」
無言で頷けば、陽峻は言葉を探すように口を開いたり閉じたりして、結局ため息を吐いた。
「五大家ってやっぱりすごいんですね」
「いや、五代家は関係ないと思う。
単純に犀牙様は親しい人間の家に遊びに行きたいだけなんじゃないかな。だからもしかしたら陽峻の家にも……」
「怖い事言わないで下さい」
来るのではないか。
そんな言葉は本当に嫌そうな顔の陽峻に遮られた。
そんなに嫌なのだろうか。美味しい高級食材などの手土産もあるのだが。
「うちは一般市民なんです。
おもてなしとか出来ませんし、暗殺とかあったらどうするんですか!」
「たぶん柳栄様が同行されるから大丈夫だと思う」
「もう一人貴族の方を追加してどうするんですか!」
ある意味柳栄様がいれば軍隊が一緒にいるのと同じだから何が起こっても安心。
ということを伝えたかったのだが、そういう問題ではないらしい。
「まあ、全力で拒絶すれば余程の事でもない限り犀牙様も無理は通さないと思う」
「でも朱邸には来ているんですよね?
祠苑宰相、あんなに鬱陶しがって……あ、いえ…」
「………犀牙様は祠苑様の事を気に入っているらしいから。
昔に知り合ってから一番信頼できる相手なんだとずいぶん前に言っていたんだよね」
犀牙様は昔から、言い方は悪いが放蕩太子として一部では有名だったらしい。そんな時に祠苑様と出会って、初めて地位や身分に関わらない接し方をしてくれたのが祠苑様。それ以来祠苑様のことを気に入ってまとわりついてくる……というのは祠苑様の談だ。
ちなみに祠苑様に言わせると地位や身分に関わらない接し方というのは深夜に仕事をしている目の前に現れたちゃらんぽらんに向けて消え失せろ馬鹿太子、と罵倒することだったらしい。
勿論そんなことは陽峻には話せるわけがないため黙っておく。
「そうなんですか……次期国王陛下からの信頼も厚いなんて、流石祠苑宰相ですね!」
少し違う気がするけれど、彼のキラキラした瞳を曇らせるのは憚られる。
私は曖昧に頷いておいた。
「あ、着きましたよ。ここが春来亭です」
そして話している間に目的地に到着したようだ。
一般的な食事から少々割高な会食まで何でも揃えられた、庶民の間では結構有名な店、らしい。
私はあまり外出せず噂やそれぞれの店の人気などは知らないため陽峻の受け売りなのだが。
大通りに面した立地や他よりも大きい建物から、確かに人気で儲かっているのだろうことが窺える。
「そんなに豪華なお店ってわけでもないんですけど、大丈夫ですか?」
「勿論。私相手には必要ない気遣いだ」
そもそもが捨て子なのだから、格式で言えば私のような者がこういった小奇麗な店に入るのも本来なら申し訳ない話だ。
ただそれを言うと今も近くに潜んでいる影達から祠苑様に話が伝わってしまうため口に出すことはしない。
「ならよかったです。実を言うとこの店、俺の親戚の店なんですよ」
「そうなの?というか、陽峻の家は商いをされていると言っていたけど具体的にはどういったご家庭なのかな?」
「あ、そう言えば話してませんでしたね。うちは酒屋をやっているんです。
この店は親戚のよしみということで料理にもうちの酒を扱ってくれてるんですよ」
「お酒屋さん……」
意外だ。何なら予想通りだったのかと聞かれても答えられはしないけれど、陽峻と酒、というのがあまり結びつかない。
実はこう見えて陽峻はお酒に強かったりするのだろうか。
「意外そうですね?まあよく言われるんですけど」
「ごめん。悪い意味ではないんだけど」
「大丈夫ですよ。立ち話もなんですし、取り敢えず入りましょうか」
そう言って陽峻は戸を開いた。すぐに店内から勢いよくいらっしゃい、と声がかかる。
何と言うか―――緊張する。
基本的に外食は禁城に招かれた時にそこで食べるくらいだし、冷静に考えてこういったきちんとした外食は初めてのことかもしれない。あぁでも朱領で門下の家を訪ねたときはこれに近いのだろうか…………いや、たぶん違うと言われそうな気がする。
「こんにちは。予約をしているんですけど…」
「陸陽峻様ですね。店主から言付かっています。
お席にご案内しますので、どうぞ」
案内されたのは半個室のような場所だった。
ここは二階建てになっていて二階が小さな個室と大人数用の広い部屋、一階部分は私達が通されたような衝立などで区切られた半個室と二十人ほどが利用できる相席用の大きなテーブルが用意されているらしい。基本的に二階は夜しか使われないようで、そうなると半個室しか残っていなかったのだと陽峻は申し訳なさそうに言った。
「別に相席でも構わなかったけれど」
「そういう訳にはいきませんよ!お客さんの中にはちょっかいをかけてくる人もいますし、祠苑宰相からくれぐれも気を付けるようにと言われてますから」
「祠苑様………」
祠苑様は相変わらずの心配性だ。
私が初めてこういった場所にいくからというのもあるのかもしれないけれど、一応軍属の身なのだからそういった危険にあったとして問題は起こらないと思う。
「それより料理はどうしますか?」
話をそらすように陽峻が取り出したのはメニューが書かれた板だった。
大きく人気がある店だけあって、品数も多いようだ。
「好き嫌いはないから、陽峻のおすすめが食べてみたい。
あと一杯だけ陽峻の店のお酒も飲んでみようかな」
酒は普段からたしなむ程度にしか飲まないが、一杯で酔いつぶれるような身体はしていない。
「そう言われるとプレッシャーですけど……口に合わなくても知りませんよ?」
「大丈夫」
「わかりました」
頷いた陽峻は店員を呼び寄せてあれこれと注文していく。
私は心の中で納得した。
なるほど、まず大声で店員を呼び選んだ品を伝えることで料理が作られるらしい。出来上がった料理は貴族の邸で女中がするように運ばれてくるのだろうか。
じっと陽峻の行動を観察していると気付かれたらしく苦笑された。世間知らず、と思われている気がするが、事実なので仕方がない。
「本当に初めてなんですね」
「こういうものはまあ……確かに慣れていないけれど」
その他のことならそれほどでもないはずだ。
「それよりどういう風に祠苑様から認めてもらったのか、教えて欲しい。
祠苑様に聞いても全く答えてくれないし、それを聞くことも今日の楽しみだったんだ」
「え………」
途端に楽しげだった陽峻の顔がひきつる。
……もしかして私のようにちゃんとした言葉をもらったわけではないのだろうか。だとしたら祠苑様にはきちんと言っておかなければ。
「いやその……そういうのはむしろ玲湶さんのお話を聞きたいですよ」
「じゃあ陽峻が話してくれたら私も話すよ」
「うっ………」
うろうろと視線を彷徨わせた彼は私が譲る気がないことを悟ったのか観念したようだ。
「まあその、俺もきっかけはよくわからないんです」
「よくわからない?」
「はい。ある日突然帰りに書状を渡されて、それが正式な任命書だったんです。しかも祠苑宰相の直筆で」
今では額を用意して家に飾ってあります、と嬉しそうに陽峻は言っているが、飾るのはどうなのだろう。しかも話しぶりから言って恐らく祠苑様は彼に大した言葉も掛けず書面だけで終わらせたようだ。
「祠苑様……」
まあああ見えて祠苑様は口下手な面もあるから(朱家の一族に対しては全くそうではないが)仕方ないとも言えるけれど。
けれど一応身内の身分を与えられている私としては、どうなのだろうと考えさせられる。
「そんな顔をしなくても、俺からしたらすごく光栄なことなんですよ?
家族もすごく喜んでくれて、恥ずかしいですけどご近所の人たちに自慢したりなんかもしちゃって」
「なら問題はない……の、かな?」
家族が祝ってくれるというのは嬉しい話だ。
私も武挙と科挙の及第を祝われたときはとても嬉しかったし誇らしい気持ちになった。
「そう言えば陽峻は一人っ子なの?」
あまり家族の話を聞いたことはなかった気がする。
そもそも親しくなったのが半年ほど前の話だし、その時は科挙の受験でそこまでお互いにとっての深い話は出来なかったのだ。
「いえ、弟が三人ほど」
「……驚いた。男兄弟なんだね。年は近いの?」
「二個ずつ離れてますね。みんなしっかりしてて、実家の手伝いをしてくれてます。
僕が官吏として城仕えをしているので色々弟達には苦労かけてますよ」
確かに長男が家を継がずに働きに出るというのはあまり聞かない話ではある。
「じゃあご実家は弟さんが?」
「そうですね、たぶん次男が継ぐんだと思います。
僕は前から官吏になりたいって口癖みたいに言ってましたから、その点周りも許容してくれてると言うか……
弟にしても店は俺がいるから安心してくれ、なんて言ってますし」
「いい弟さんだね」
「はい。三人とも自慢の弟ですよ」
私も祠苑様にとってのそんな風な存在になれるといいのだが。
兄から褒められる陽峻の弟さん達を羨ましく思いながら頬笑む。
しかしどうやら改めて家族のことをそんな風に言うのは恥ずかしいらしく、陽峻はそこで我に返ったかのように頬を染めた。
「なんかすみません、身内自慢みたいになっちゃって…」
「ううん、全く気にならない」
「なら良かったです。それで玲湶さんはどうだったんですか?」
「どう、とは?」
なんだか期待をしてるような視線が私に向けられる。
「軍師に認められたときですよ!
どんな言葉をかけられたのかとか、認められるきっかけとか」
「えっと……」
何となくさっきの陽峻の表情の理由がわかった気がする。
何だか気恥ずかしいし、改めて言うのも…といった感があるのだ。
「さすがに軍師は書状での通達とかではなかったんですよね?」
「うん、その点はきちんと言葉を頂けた」
あれはとても嬉しかった。
だってようやく認められたのだ。朱家から与えられたものを使って、けれど私自身が。
「お茶が美味いと」
「え!?」
「…………あ、いや、違う。
それも確かに言われたんだけど、軍師付き補佐官として認めるって」
「一気に安心しました……」
「……ごめん」
ついそちらを口に出してしまった。
その言葉も嬉しかったのだ。
それにあの日以来、お茶を出すと一緒に飲んで休むように言ってくれる。勿論上官と同じだけ休むなんて出来ないから早めに飲み終えて動くようにはしているけれど、そうしていると本当に認めてもらえて部下になったんだという気持ちになるのだ。ちなみにあまり早くお茶を飲み終えて働き出そうとしてしまうと軍師からは何故かお叱りを受けるため、お茶の時間には上手くタイミングを読むことが大切になってくる。
最近は回数を重ねたからわかってきたのだが、軍師の飲むお茶が残り四分の一程度になった段階で私が動けば少し呆れたような目線を向けられるだけで何も言われることはない。ただしたまにもう一杯飲みたいから付き合えと言われることがあるからその点は注意が必要だ。
「でも確かに玲湶さんのお茶、美味しかったです」
「きっと茶葉がいいからだよ。勿論祠苑様がお茶の淹れ方をきちんと教えてくださったのもあるだろうけど…」
「じゃあどっちもということで、やっぱり玲湶さんのお茶は美味しいです。
そんな風に認められるようになったきっかけとかは心当たりあるんですか?」
「ありがとう。それが、陽峻と同じでよくわからないんだよね」
いや、恐らくあの日愚図共にからまれる場面を見られたのが恐らくは何かしらのきっかけのひとつにはなったのだろうが…
しかし矜牙軍師は同情ではない、と言った。あの方がそうまでハッキリと口にしたのだ、それを疑う気持ちは微塵もない。
だからあれは言ってしまえばきっかけのきっかけ程度でしかないのだろう。軍師自身のお考えは私にはまだまだ到底読むことなどできないから、では何が直接的なきっかけだったのかと言われれば答えることができないのだが。
ともかくそんな理由であるのだから、それを陽峻に話すことはできない。
心配をかけてしまうし、私のことを友人と思ってくれているから不快な思いをさせてしまうだろう。
「でもそう言えば、それがきっかけなのかは分からないけど以前祠苑様が陽峻について家で話してくれたことがあって」
「ここで俺の話になるんですか……」
申し訳ないけれど、話を変えさせてもらった。
でも嘘を並べているわけでもないからそれほど問題はないだろう。
「従うだけかと思ったら段々と腹芸も覚えてきた、って」
「………褒められて、ます?」
「うん。祠苑様は不正がお嫌いだから、陽峻に無理矢理仕事を回していた馬鹿官吏共のことは把握していたと思うんだ。陽峻、ただ仕事を肩代わりするだけと見せかけて色々としたんだろう?」
影が情報を集めてくれたのだが、したたかにやり返したらしい。
「たぶんこれは想像だけど、陽峻がただあの官吏共に従うだけだったら祠苑様は認めなかったと思う。
宰相は王の導として、何よりも正しく、けれど暗い道を歩まなければならないと言っていたから」
清濁併せ持ってこその官吏だとよく口にしていた。
末端の、それこそ民と触れ合う機会があるような職務を与えられている官吏ならば綺麗事だけを語っても許される。けれど政の中枢、王にさえ意見できるような位置にいる者はそれではいけないのだ。何よりも民を考えるのなら、後ろ暗いことにでも手を伸ばさなければならない。それで求めた結果が最良の形で得られるのならば。
だから陽峻が何もしなければ祠苑様は官吏共には正当な処罰を与え、陽峻のことは切り捨てただろう。
それでも官吏のままではいられたかもしれない。ただ、宰相補佐官ではいられなかったはずだ。
「………何でそんなことまで玲湶さんがしっかり把握しているのかはともかく、何となく納得しました」
「全部風の噂だよ」
「そういうことにしておきます」
ため息をつかれたが、特に影の集めてきた情報についての追及は続かなかった。
私が一応貴族だということもあるから、陽峻もある程度は想像がついているのかもしれない。
「僕も軍師と親しければそういう裏情報を教えられたんですけど…」
「裏情報って。でもそうだね、いつか聞いてみたいな、軍師に直接。もっと軍師の役に立てるようになって、自分で自分のことを軍師の補佐官として認められるようになったら。
私の言ったことが全てではないだろうし、陽峻も聞いてみるといいと思うよ。何がきっかけで認めてくれたのか」
「そうですね。じゃあ、それを次の目標にしましょう。
それでお互い本人に認めたきっかけを聞くことができたら、またこうやってお祝いするのもいいですし」
「いいね、それ。もうすぐ遠征もあるし、少し頑張ってみようかな」
「……やっぱり玲湶さんも参加するんですか?」
問いかけてくる陽峻は心配そうな顔をしていた。
数ヵ月に一度の結界外への遠征は民にも知らせられるからある意味有名だ。
「そんな顔をしなくても、毎回遠征での死者はゼロだよ?」
「それは俺も知ってますけど、怪我人はやっぱり出るじゃないですか」
それは仕方のないことだ。
怪我をせずに片付けられるような相手なら、そもそも国を覆う結界など必要がない。
「気をつけて下さいね、怪我しないように。
遠征前は休暇もなくなるって聞きましたし、何だか心配です」
「文官でもそういうのは知ってるんだね。
でもむしろ休んでしまうと緊張が途切れてしまうからその方がいいんだ。
まあ個人で意見は違ってくるかもしれないけど、少なくとも私にとってはこの体制の方がありがたい」
「そういうものなんですか?
やっぱりそういう方向はサッパリです。もうすぐ宰相から護身術の指南もあるのに…」
そう言えば式典の後我が家で二人はそういう約束をしていた。
何度か陽峻を朱邸に招くことになると祠苑様からも言われている。その際には私も頑張って料理の腕をふるうつもりだ。
護身術の相手役を務めようかと祠苑様に聞いてみたのだが、最初からそれは難易度が高すぎると断られてしまったので。
「別にそこはそれほど問題ないと思うよ。それより天具は見てみた?」
やはり祠苑様から聞いたのだが、訓練開始までに護身用の天具を買ってくるように宿題が出されたらしいのだ。そして今日一緒に過ごすことを伝えた折りには選べていないようなら天具選びを手伝ってくるといいとも言われている。こういった経験がない陽峻は、道具選びにも苦労するだろうからと。
そんな祠苑様の読みは当たっていたらしく、陽峻は一気に眉を下げた。
「それが何を選べばいいか全くわからなくて…」
「陽峻は天術は?」
「殆ど扱えません。元々平民は天威が低いですし、例に漏れずって感じです」
なるほど。
天具は物理的な武器としての役割と天術の補助としての役割がある。
祠苑様は基本的に護身には天術を使うことが多いから、身に付けている天具は武器としての形を持たない、あくまで天術補助用の腕輪だ。柳栄様や私は逆に天術が扱えないから武器としての形を持たせるだけになっている。
それ以外の武官が持つ天具はほぼ全て(勿論天術の上手い下手で個人差はあるだろうが)武具と天術補助、両方の性能を兼ね備えた物だが―――陽峻の場合は武具専用でいいかもしれない。
「予算とかは決めているの?」
「祠苑宰相から、最低限これ以上するものを、と言われてます」
そう言って陽峻は指を三本立てた。
流石は祠苑様と言うか、なんとも妥当な数字だ。貴族ではなく、また、陽峻がまだ官吏として働きはじめたばかりというのをしっかり把握してのことだろう。
それにそもそもが護身用なのだから、あまり仰々しいものを買っても仕方がない。
「じゃあ一緒に見に行こう。品質のいい店を祠苑様から聞いてきているんだ」
天具の等級は加工に使う天石によって決まるが、天具自体の作り手により同じ等級でも良し悪しはある。
私は朱領に職人がいるため(朱家や門下の御用達だ)王都の店は初めてだが、祠苑様が勧めてくれた店だからきっといい職人がいるのだろう。
「ありがとうございます。俺が玲湶さんを案内するつもりだったのに、これじゃ逆ですね。
玲湶さんも見たいものとか買いたいものとかあったら言ってくださいよ?
一応生まれたときからこの街に住んでるので、武器関係以外の店の案内なら任せてください」
「うーん、そうだな……」
とは言ってもそれほど欲しいものというのも―――そうだ。
「じゃあお茶菓子になりそうな、ちょっとつまめるくらいの甘いものが売っているお店ってあるかな?」




