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その後も色々な陣形や編成のパターン等について説明を受けることができた。実際に多用される天術もひとつひとつ目の前で披露してくれて、姫伊大佐に感謝すべきだろう。
ただ説明の最中ずっとにこにこ微笑んでいるのには少し戸惑った。軍師も上機嫌すぎると口に出すほどだったのだから、私の困惑は大きい。
けれど玲湶ちゃん、とこちらに呼び掛ける大佐の様子から特に裏はないということだけは感じていたし、柳栄様が隊長に選んだ人だ、悪人のはずはない。
矜牙軍師曰く懐かれた、らしいから悪いことではないのだろう。
私は基本的に軍師の傍に控えて彼の護衛をする立場だが、戦場は何が起こるかわからないもの。他との連携を上手く図れるような関係作りは大切だ。
「金衛も少しずつ集まってきたか」
水掩の鍛練が終わり、私達は金衛の隊員達がやってくるまで四阿でちょっとした休憩をとっていた。
とは言っても私がしたことと言えば姫伊大佐の奇襲に対応した程度で、大して疲労は溜まっていない。
ただ軍師が一休みするぞ、と告げここに歩き出したため、恐らく気を遣ってくれたのだろうとその厚意に甘えることにしたのだ。
「矜牙軍師、そろそろ室にお戻りになられては……私にお付き合い頂いているために仕事も滞っておりますし」
「お前、俺を何だと思っている。この程度問題はない。
一先ず影達がやって来るまで戻る気はないぞ」
「いえ、そこまで軍師にご迷惑をかけるわけには」
このあと私は残る二つの隊の見学も控えている。
勿論それが終わればすぐに軍師の室に向かい仕事を手伝うつもりだが、あまり引き留めては本当に負担になってしまう。
だからこそもう一度首を横に振ったのだが、矜牙軍師からはギロリと睨まれた。
「いいから影達が来るまでここで俺と座っていろ。
いいか?金衛は勿論指折りの実力者も揃っているが、基本的に新人武官や位階を持たない一兵卒が多い」
「はい。私もそれは存じておりますが…」
それが何なのだろう。
軍師の話の意図が察せられず首を傾げれば、だから、と叱責混じりの言葉が飛んできた。
「お前はどうしてそう……!
以前お前に謂れのない罵詈雑言を浴びせたり手出しをしてきた輩はここの所属が多いはずだろうが!」
「いえ、あの、私が薄汚い浮浪児だったことも卑しい血を持つことも事実ですので、その点に関しては謂れのない、というのは誤りかと思われます」
「………玲湶、お前はことごとく俺を苛立たせたいらしいな」
矜牙軍師の声音がグッと低くなって流石に慌てた。
これは何度か聞いたことがある。基本的に柳栄様を天術で吹き飛ばす前に聞く声だ。
「えっと、その、何が気に障ったのでしょうか?申し訳ございません…」
吹き飛ばされても肉体ダメージはない。対処が可能だからだ。けれど心理的なそれを考えればできれば回避したい事態だ。
本当にどうして軍師はこれほどお怒りなのだろうか。
困惑に視線をうろうろと巡らせれば、そこに待ち人の姿が映り込んで咄嗟に立ち上がった。
「矜牙軍師、影達様がいらっしゃいました!」
「…………」
軍師の眉間のしわが増えたのは、恐らく気のせいではないだろう。
私も別にわざと話をそらそうとした訳ではないのだ。ただとても困ってしまって、そのせいで動揺したと言うか。
この沈黙はどうすればいいのだろう。
立ち尽くしたまま矜牙軍師と、こちらに気づいて近づいてきている影達様を交互に見つめていても答えが出る気がしない。
「………まあいい。玲湶、影達に挨拶に行くぞ」
「は、はい!」
これは呆れられたと言うか、諦められたと言うか、気を遣われたと言うか。
恐らくそのすべてなのだろう。
申し訳ない気持ちになりながらも立ち上がって歩き出した軍師の背を追う。
助かった、と思ってしまうのはどうしようもなかった。
「お待たせしてしまいましたか」
影達様は静かに頭を下げた。
――詳しく言うなら、不機嫌そうな矜牙軍師の様子に特に言及することなく。
これはこれで触らぬ神に、とやらだろうか。
それに今回の軍師のお怒りの原因は私なので影達様に何かを期待しているわけでもない。やはりここは自分の手で矜牙軍師の怒りの原因を探り、解決しなくては。
「いや、軽く休ませてもらっていただけだ。
さっきは姫伊が相手だったからな……」
「腕試しを挑まれましたか」
どうやら姫伊大佐の戦い好きは広く知られているらしい。案外影達様も挑まれたことがあるのだろうか。
武を司る茜家の当主補佐ということもあり、彼の実力は相当なもの。私は家同士の関係性や身分もあり直接手合わせしたことはないが、大きな恵まれた体格と立ち居振舞いから腕前はある程度把握している。
「そうだ。ところでお前、玲湶とは親しいのか?」
「親しい……と言って良いのか判断は着きませんが、玲湶殿に対して特に思うところは御座いません」
「そうか。まあ柳栄のやつも五大家は安心だとか抜かしていたからな……おい、何を笑っている」
一人納得した様子の矜牙軍師はどうにか笑いを堪えようとする影達様に眉を寄せた。
一体何を笑っているのか、私もわからない。
軍師にここまで心配されてしまう私が可笑しいのだろうか?
「いえ……くくっ、聞いていた以上の重用ぶりと過保護ぶりに、つい我慢ができず…」
語尾は笑いで震えていた。
斜め後ろから見ているだけだが、矜牙軍師が更に眉間のしわを増やしたことは想像がつく。しかしそこは他の隊の隊長ということもあるのか、志宇大佐達にするように吹き飛ばしたりはしないようだった。
ふい、と顔を背けて無言を貫いている軍師に気づいているだろうに、影達様はむしろそれが更に笑いを誘ったのか大きな身体を震わせている。
「………おい、俺は帰るぞ」
影達様が笑い止むのが先か、矜牙軍師の堪忍袋の緒が切れるのが先か――これでも密かにハラハラしていたのだが、どうやら心配無用……と言うか、矜牙軍師が諦めたらしい。
居心地悪そうに私の方をチラリと見て、影達様に向き直る。
「金衛の後は志宇と共に木癒、隠土の順で見て回ることになっているから、志宇が迎えに来るはずだ」
「では鍛練が終わってから志宇殿が戻られるまで、僭越ながら軍師の代わりを務めさせていただきましょう」
「ふん………いいか玲湶、大人しくしていろよ。単独行動は控えろ」
単独行動……特に迷う心配もないのだが、まあ私は新人だし上司が着いていた方が何かといいのだろう。
それに自分一人で動いた結果、後で軍師や影達様の迷惑になる、という事態は避けたい。
「はい、お任せください」
「………影達、頼んだぞ。余計な手出しや口出しをさせるな」
「御意に」
「それと玲湶、お前は明日休暇だったたろう。
志宇との見学が終わればそのまま帰っても構わんぞ」
言われてあぁそう言えばそうだった、と気づいた。
武官の休暇は交代制で、今のところ私は軍師と同じ日に休みをとっている。まだ補佐になりたてでもあり、また軍師でなければできない仕事がありすぎるためだ。
基本は五日に一度となっているが(ちなみに祠苑様のような文官は週に二回)、今回のように遠征が組まれるとそれが変化する。討伐に参加しない者はまた違ってくるらしいが、参加する者は討伐の一ヶ月前から休暇なしで毎日武殿に詰め、討伐後はまるまる一週間の休暇が遠征参加者全員に与えられる。
軍師や志宇大佐に聞いたところ約一週間後には遠征一ヶ月前の軍議が催される、とのことなので遠征前の私と矜牙軍師の休みは実質明日だけということだ。
「いえ、それは矜牙軍師も同じです。
私の見学に時間をさかれてしまうのですから、手伝わせて下さい。
木癒と隠土の見学が終わり次第すぐに室に向かいますので」
「仕方のない奴だな……わかった、精々ゆっくり見学していろ。俺は戻る」
どこか諦めたような顔をしながらも軍師は了承してくれた。
そのままぐるりと周囲を見回し、少々睨みながら立ち去っていく。
「………影達大佐、笑いすぎでは?」
矜牙軍師を見送りつつ呟く。
さっきからずっと身体を震わせたままなのだ。
そんなに面白いのだろうか、私の士官は。
「いや、玲湶殿が面白いわけでは。
ただ玲湶殿と矜牙軍師の掛け合いは……聞いていて退屈しない」
「掛け合い…ですか」
「笑ってしまい申し訳ない。
それにしても軍師との関係は良好のようで、安心しましたぞ」
そう言って影達様はにっこりと笑った。
どうやら彼なりに心配してくれていたらしい。先程の様子を見る限り、今は面白がっているようだが。
「息子からも時折話は聞きますが、やはり直接様子を見るのが一番だ。
それと……我が隊の馬鹿が、申し訳ないことをした」
少し前の騒ぎのことを言っているのだろう。
位階すら得ていないただの兵だが、所属は間違いなく金衛。かと言って金衛は半数以上の武官が所属する大部隊だ。その末端の末端までを影達様が把握するというのは不可能な話。
「いいえ、影達様には何の責もございません。………朱家の方から、何か?」
「いやなに、少々恨み言を聞かされた程度」
思わず沈黙した。
恐らく祠苑様か、朱家の門下(それもかなり高位の)から書状でも届いたのだろう。どちらも私のことをかなり大切にしてくれているし、何よりあの破落戸紛いの男達は朱家まで悪し様に罵った。例え破落戸の戯れ言でも、それが私――朱家の長姫という立場を持つ私に向けて放たれたのだから、ただの悪意ある噂話を広めるような行動とは訳が違う。
そういった要因からも、朱家は今回の事態を重く見た。ただ……茜家に対してのフォローは入れておくべきだっただろう。祠苑様達に。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません…」
「お気になさらず。こちらの不手際なのだから。
そんなことよりも、玲湶殿には感謝したいことがある」
「私に、ですか?」
一体なんだろうか。朱家に、というのならわかるが、私に?
「息子と親しくしていただいているようで」
「なんだ、陵亥とのことですか。
私の方こそ……その、親しくさせて頂けて嬉しく思っております」
親しい、と言われるとどこか面映ゆい。
それが相手のご両親と思うと特にだ。
それに先程の話でも少し気になったが、陵亥は私のことを父である影達様に話すのだろうか。
「鍛練の相手をしてもらっていると。
玲湶殿にとっては少々不足な相手かもしれないが、息子には何よりの経験だ」
「とんでもありません。お恥ずかしながら朱家に引きこもってばかりおりましたので、陵亥には迷惑をかけてよく呆れられていますよ」
「いや、実際息子もそれは変わりない。
あれは少々ひねくれていると言うか……素直でない部分がありますからな。
親なりに心配していた部分もありましたが、玲湶殿という友人ができて一安心、と言ったところか」
友人………
にこにこ微笑む影達様を見つめる。
これが親公認の仲、というやつだろうか。でも実際のところ陵亥が私を友達だと思ってくれているかは怪しい。ライバル宣言(と、私は受け取った)はされたけど。
だがせっかくの言葉だ、ありがたく受け取っておこう。
「光栄です」
「はははっ!そこまで嬉しい顔をされるとは、私も親として嬉しいところだ」
「そんな顔をしていましたか?」
表情に出ていたらしい。
「いや結構結構。ふむ……玲湶殿、今度我が家で五大家の集まりがあることは?」
「祠苑様から聞いております」
五大家が行う定期的な会合だ。
開かれる場所は禁城、各家が禁城近くにおく別邸と様々だが、大抵は一回ごとに場所を変えて行われている。参加する者は各家の当主かそれにかわる地位を持つもの。ただし一人までなら同伴が許されている。
「玲湶殿もいかがかな?
集まり自体は当家からは私と当主が出ることになっているのだが、陵亥にも挨拶程度はさせようかと思っているのだ。玲湶殿もいらっしゃるようならば息子も退屈はしないだろうし、何より玲湶殿は他家へ顔を出したことがなかったはず」
集まり自体には出ず、会合の最中には陵亥と別室で過ごしていて構わないと影達様は言う。
申し出自体は嬉しい。私は確かに朱家での五大家の集まりや禁城への季節の挨拶程度でしか表に顔を出さないからだ。ただ――
「私のような者が、勿体無い話では」
陵亥が挨拶をするというのは恐らく次期補佐役として、だろう。もしかしたら茜の家は代替わりが近いのかもしれない。
まあその辺りは祠苑様が探りを入れるだろうから、私は下手に触れないでいた方がいいだろう。
それに対して私の身分はどうにもあやふやだ。
返事をにごした私に、影達様は驚いたような顔をした。
「何を言うか玲湶殿」
「いえ……外が騒がしくなってしまうのでは、と」
五大家はどこも私が朱家へ養子入りしたことを認めているそうだが、それ以外の貴族は違う。
私があまり動くといらない騒ぎが起こるおそれもあるのだ。
「むしろいっそ色々と動いてみればいいのではと、私としては思いますがな」
確かに、養子になってからこれまで表立った行動は控えていた。
それでも叩かれるのだから動いても同じなのかもしれない。
「そうですね……では、祠苑様の方にも確認を取ってみます。
申し訳ありませんがお返事はそれからで」
「承知した。こちらからも書状を送っておこう」
もしも本当に参加できるようなら、明日は少し忙しくなりそうだ。
流石に五大家の集まりに何の準備もなしに向かうわけにはいかない。
朱家の名を背負ってその場に立つのだからそれ相応に着飾らなければならないだろう。
今夜のうちに祠苑様に確認して、参加が決まれば明日の空いている時間を使って大まかな準備を整えなければ。
「さて、我が隊もそろそろ集まりきったようですな」
「話に集中してしまいましたね。こうして見ると……壮観です」
四阿から広場の方を見れば、金衛の隊員が整列していた。
金衛の隊員数はは各隊の中でも群を抜いている。
それが綺麗に整列している様は壮観の一言に尽きた。
「そう言っていただけると嬉しいことだ。
ではあちらへ。私も隊の者に話をせねばなならないので」
「はい」
どうやら金衛は鍛練前に隊長である影達大佐から色々と指示を出されるらしい。
恐らく数が多すぎるためにある程度隊員をグループ分けしなければ把握しきれないのだろう。
そのグループごとにその日何を重点的に行うかを決め、更にそこに一人ずつ指導役として少佐以上の者がつく。
「どうですかな、我が隊は」
「とても興味深いです。この鍛練の方法は上役が下位の者の実力を知るためと……そもそも育成のため、でしょうか」
私の言葉に話を終えてこちらへ来た影達様は相好を崩す。
どうやら当たり、らしい。
「我が隊は新人の登竜門。
ここで頭角を現すことができなければ一生位階も持たず燻り続けるまま。
しかし上手く育つことができれば他の隊でもやっていけるようになる」
「指導についていらっしゃる方々は相当な実力の持ち主とお見受けしました」
「左様。皆、元は別の隊の人間だがよくやってくれている」
影達様の話によると、金衛の官位持ちは大抵が他の隊に所属していた人間らしい。
金衛で頭角を現し別の隊で官位を得た者達が、年齢や怪我などによってその場を退き金衛に戻ってくる。
そうして金衛という部隊は成り立っているという。
「ではこのグループ分けも…?」
「その通り。指導する者とされる者、それぞれが力の方向性を同じくしているのだ」
天術が得手な者を集め、かつて水掩に所属していた者が指導をする、ということだ。
確かに効率もよく、上手く新人の力を引き出すことができるだろう。
「ただどうしても目が行き届かない者も存在する。
玲湶殿にいらぬ手を出した輩のような者達はそもそもこの鍛練にも参加しないのが殆ど。
隊を率いる者として恥ずかしい限りだが、私も手を焼いておりますよ」
「私が何か言える立場ではありませんが、それは仕方のないことでは」
「いや、これは我が隊にとっても長く悩みの種となっていたことなのだ。
ゆくゆくは必ず改善しようと思っているが……玲湶殿には面倒をおかけすることもあるでしょうな」
「私はそもそも敵が多いのです。
影達様がそこまでお気になされる必要はありません」
こうして二人で話す機会は殆どなかったために今日になって知ったことだが、影達様はどうやら責任感の強いお方らしい。
そもそも茜の家は実直な者が多いと言われているし、家風もあるのだろう。
「ところで今度の遠征に金衛からはどれ程の参加があるのでしょう?」
こういう時には話を変えてしまうに限る。
そもそも私の今回の目的は遠征に際して他の隊について知ることだ。
このままでは金衛に詳しくなる前に影達様について詳しくなってしまいそうな気がする。
「あぁ、その話を忘れていた。金衛から遠征に参加する者はおりませんぞ。
そもそもが新人の多い部隊であるし、主戦力が遠征に向かうことで城の守りが薄くなる。我らは主にそちらの担当と言っていい」
「そう、なのですか?」
少ないだろうと思ってはいたが、まさか一人もいないとは。
「作戦自体には組み込まれているが、禁城から出ることはない。そういう役回りなのですよ、金衛は。
若い者はなかなかそうは思わないようだが、皆が戦い終えて戻る場所を守るというのも格別のものがありますぞ」
「なるほど……とても勉強になります」
その考え方は私も持っていなかった。
どうしても最前線で戦う方へと気持ちが向かってしまうのだ。
私もまだまだ武官としてはひよっ子ということだろう。
「そう言って頂けて何よりだ。では玲湶殿の迎えが来るまで、もう少し近くで見学でも如何かな?」
「どうだった、金衛は」
広場からの帰り道、志宇大佐はそう言って興味津々にこちらを伺った。
既に木癒、隠土の見学は終えている。どちらの隊も……何と言うか、独特だった。個性的、とも言うかもしれない。
「影達大佐がよくしてくださいました。
同年代の方々には色々と注目されましたが……その辺りは慣れているので然程気にはならなかったように思います」
私の言葉に大佐はへぇ、と目を見開く。
「五大家同士ってもっとドロドロしてかと思ったが、違うんだな」
「そこまでではありませんよ。むしろある程度の同族意識、のようなものがあるかもしれません。
……そもそも五大家同士が不仲なら私は柳栄将軍とも陵亥とも親しくすることが出来ません」
「確かに、それもそうだな。っていうかお前さんも将軍も陵亥も五大家なんだよな……大貴族ってことたまに忘れそうになるけど」
確かに私は貴族らしさの欠片もないかもしれないが、他の二人はどうだろう。
陵亥などは容貌が貴族的なものだし、所作も洗練されているように思う。柳栄様は……
「これでも催事にはそれらしくしています。柳栄様は当主の座についていらっしゃいますので、そのような場では普段とはまた違った面を見られるのですが」
「俺は下級貴族だし、そういうのは出られねぇからなぁ…
それにしても玲湶、お前さんのその発言はお前さんも将軍のこと貴族っぽくないって思ってるってことだよな?」
「い、いえ、そのようなことは…」
ない、とも言いきれないが。
「そう言えば、五大家同士の関係性ですが」
「別に話をそらさなくても告げ口しないぞ?皆思ってることだろうし」
無礼だとは思ったが、志宇大佐の言葉には敢えて答えないことにした。
答えたら柳栄様に対して無礼になってしまうので。
「同じ五大家でも、残る赤家と鴇家とはあまり親しくありません」
「赤はともかく鴇もか?」
赤家は現在力をなくし、元々担っていた役目も殆ど我が朱家や他の家々に奪われている。
その点で言えば赤家が他家に対して友好的なはずもなく、会合もあまり出席することがないと聞く。そのうち名ばかりの存在になるだろう。
「鴇は元々金勘定が好きなので、利になることにしか興味を持たないのです。
必要になれば手を借りますが、そうすると対価も高いのであまり関わりを持っていませんね」
「金勘定……大貴族もそんな感じなんだな」
志宇大佐は微妙そうな表情をしているが、そもそも五大家の家々はどこも風変わりだ。
「皆それぞれ至上とするものが違いますので。
我ら朱家は血に連なる者との絆を、鴇は目に見える価値あるものを、茜は何よりの力を、李は穏やかな平穏を、赤はその血の尊さを。
それらに対する……執着、とも言える感情が人一倍強いのです」
「平穏って……将軍がか?」
志宇大佐が眉を寄せるのも無理はない。
柳栄様は歴代最強の将軍として名高く、その武勇は他を圧倒するものばかり。
だからこそ私としては複雑だ。私のような者が知ったような口をきくべきではない。けれど……
「柳栄様は、お優しい方ですから」
「玲湶が俺のことそう呼ぶなんてビックリだな」
「ゲッ、将軍」
「柳栄将軍……」
や、と手をあげて私達に鷹揚に応えた柳栄様が身軽にこちらにやってくる。
何となく気配のようなものはうっすら感じていたのだが、ここまで近いとは思わなかった。
まだまだ私は柳栄様に並び立つことはできないらしい。
「よかった、玲湶のこと探してたんだ。
ところで志宇、ゲッ、て反応は酷くないかな?」
「あんだけしごかれたらそうなりますよ…」
「ちょっとした運動じゃないか。玲湶、見学はどうだった?」
げんなりした顔の志宇大佐とは反対ににこやかな柳栄様はそう言って視線を私に移した。
私のことを探していた、というのは他の部隊の見学について何か言うためだろうか。
「はい。とても参考になりました」
「うん、よかったよかった。
やっぱり将軍は全部の隊について詳しくないとね。あと隊長と仲良くやれるかっていうのも重要だし」
柳栄様はまだあのことを考えているらしい。
私のような卑しい存在が国軍の長になるなど、分不相応だというのに。
「あと明日玲湶が休みだって聞いたから、今夜家に行っていいかな?」
なるほど、探していたというのはその話のためなのだろう。
柳栄様が我が家に来るのは久しぶりだ。私が士官を始めたばかりだったので、恐らく気を遣ってくれたのだろう。今まで柳栄様はおよそ週に一度程度の割合で朱邸に顔を出していたのだが、私の科挙合格祝いに来ていただいて以来、我が家を訪れていなかったのだ。
「はい、大丈夫です。祠苑様も今日は早めに戻られるようなので。夕食は何がよろしいでしょうか?」
「鴨肉使って何か作って欲しいな。
あの人も来たいって言ってたから、二人で手土産がてら持っていくよ」
あの人……鴨肉で思い浮かぶのは一人しかいない。太子だ。間違いなく犀牙様だろう。
志宇大佐の前で名前を口にしないのは最低限気を遣っているから、ということなのだろうが……いいのだろうか、太子がこうも出歩いて。
「将軍、玲湶の家よく行ってるんですか?」
「うん、常連だよ。玲湶も祠苑も作るご飯美味しいんだ」
「え!玲湶お前さん食事自分で作るのか!?」
「はい。我が家に使用人はおりませんので」
「マジか……」
聞くところによると志宇大佐の家には使用人が何人かいるそうで、家事はすべて任せきっているらしい。
やはり貴族の家はある程度どこもそういうものなのだろう。その点では我が家が珍しい部類なのだと知っている。
「勿論朱領にある朱家の本邸には使用人が詰めています。
ただ基本的に祠苑様は他人に世話をされるのが落ち着かない性分の方なので……私も私で、人様からお世話されるのは申し訳ありませんし」
「二人とも何でも自分で出来るもんね。
俺は流石に儀礼用の服とかの着付け無理だなー」
確かにあれはややこしい。
私も自分で着ていて訳がわからなくなることが多々ある。
「五大家すごいな……謎が謎を呼んでるぞ…」
志宇大佐がごくりと息を呑んだが、これはそこまで興味深い話でもないのではないだろうか。




