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翌日になり、知らされていた通り他の隊の訓練を見学する時間がやってきた。
矜牙軍師と志宇大佐それぞれの仕事の関係上、まずは軍師とともに水掩を、その後一人で金衛、最後に大佐と木癒、隠土の見学をする手筈になっている。
「初出仕の集まりで各隊の隊長格は最前列にいたが、お前は水掩の隊長の顔はわかるか?」
各隊は時間をずらして同じ広場で訓練をしているため、私は昼食をとってすぐに軍師について回廊を歩いていた。その合間に問いかけられたのがこれだ。
「いえ、官衣の刺繍で大佐職の方々は分かったのですが。ただ金衛の大佐のことは存じ上げております」
「金衛というと……あぁ、確か茜家の」
「はい。当主補佐をつとめていらっしゃる茜影達様とは何度か顔合わせを」
金衛の隊長を務める影達大佐はその姓が示す通り茜家の直系の血をひく人だ。
茜家の現当主は柳栄様の二つ前の将軍職を務めていた方で、高齢ではあるがそこは武の茜家、全く衰えを見せず未だ当主の座を退くことはない。息子である影達様は既に当主としてたつのに知識も実力も問題はないのだが、あそこの家は当主が死ぬまで代替わりはないため補佐ということになっている。
つまり茜家の当主補佐というのは実質上の次期当主を表すのだ。そのため私も何度か言葉をかわしたことがあり顔見知りと言える。
今回の見学も一人で向かうのが金衛でよかったと密かに安心していた。これが他の隊であれば相当のやっかみを受けていたことは想像できる。
「それに我が隊の、陵亥の父君でもあらせられますね」
「そう言えばそうだったな。金衛とは関わりが薄いから意識したことはなかったが…」
「軍議などでお話しにはならないのですか?」
「俺は軍議の後は作戦の修正のためにさっさと室に戻ることが多いからな」
なるほど、矜牙軍師らしい理由だ。
「話を戻すが、つまり大佐職は分かるがどの人間が水掩の大佐なのかは分からないと言うことだな?」
「はい」
そうだ、元は水掩の話をしていたのだった。
各隊の隊長は皆大佐位を戴いている(火鉾の場合は軍師が隊長を務めるため志宇大佐が副隊長的な役割になるが)。従ってあの場にいた五人の大佐達から志宇大佐と金衛の影達様を抜くと残るは三人。
顔は思い浮かぶが、誰なのだろう。
「水掩の隊長は……女だ。一人だけなのだからこれでわかるか?」
「女性と言いますと……藍色の長い髪の方でしょうか?」
「そうだ。名を姫伊と言う。
軍でもきっての天術の使い手で、志宇も模擬戦ではよく手を焼いている」
水掩は天術での戦いや補佐をする隊だ。その隊長ともなれば確かに実力は凄まじいのだろう。
けれどと心の中で呟いて斜め前を歩く矜牙軍師を見つめる。
きっと、矜牙軍師には敵うまい。
「………なんだ」
そんなことを思っていたせいかはたまた見つめすぎたのか、軍師が振り向いてしまった。いいえと誤魔化しておいたが怪訝な顔をされてしまう。
ただ正直に言えば何かしらのお叱りを受けることは確実なので(最近になってようやく分かってきたのだが、軍師は賛辞の言葉を好まないようなのだ)そのまま黙っておく。
結局諦めてくれたのか、矜牙軍師は釈然としないながらもまた前を向いてくれた。
「……ともかく奴が隊長だ。
まあ実際のところ戦闘でもお前は俺の傍を離れんからな、それほど関わりはないだろう。
ただ酷く問題のある性格をしていてな…」
「問題、ですか?」
仮にも隊長、恐らくそう深刻なものでもないと思うのだが……軍師はなんとも言えない顔でこちらを見つめた。
「まあお前ならば問題はないだろう。ある意味慣れている、と言えるのではないか?」
慣れている?
更に疑問が深まったが聞いていいものか迷う。
そしてそうこうしている間に私達は広場に到着してしまったため、疑問を口にするのも憚られた。
「何だ、まだ始まっていないようだな」
「皆さん整列していらっしゃいますね。
他の隊の方々は開始前にこうすることが多いのでしょうか」
火鉾はその点自由と言うか、来た者から勝手に始めているのが殆どだ。
何かしらの伝達事項がある場合には合図をしてそれを中断し話を聞かせる、という形が取られている。
「隊によるな。水掩と金衛はこうしているのをよく見るが、木癒と隠土は隊の特殊性が強い。あまり団体行動には向かんと言える」
「やはりそれぞれなのですね。勉強になります」
「そうか。それにしても……姫伊の姿が見えんな。
俺達が来ることは事前に伝達済みのはずだが」
時間に遅れるとも思えん、そう呟く軍師の言葉からして、姫伊大佐は真面目な方なのだろう。
問題のある性格、というのが少々気になるところだが、少なくとも何の理由もなしに遅れてくるような人間ではないということだ。となると何か緊急の用事でもできたか、あるいは。
「――矜牙軍師、しばらくの間ご無礼をお許しください」
「何?―――ぐっ」
声をかけたとは言え予備動作無しの跳躍だ、驚かせてしまったらしい。
昨日の訓練時のように軍師を抱えて跳躍したまま左手に三叉槍を顕現させる。
「軍師、水掩の隊長の問題というのは…」
「これだ」
なるほど。確かに慣れている。
先程まで私達がいた場所には深々と氷の刃が突き刺さっていた。
殺気を感じた方向に目を向ければ藍色の長髪、間違いなく姫伊大佐だろう。つまり大佐の問題とは、およそ火鉾の隊員と同じような――戦闘狂。そういうことだ。
「これはどの様に対処すればよろしいでしょうか。
勿論どの様な場合であっても御身をお守りすることに変わりはありませんが――」
着地と同時に周囲を剣圧で吹き飛ばしつつ威嚇する。
水掩の隊長が相手ならばその隊員も敵のようなものだ。下手に間合いに入られては危険だし、こちらも変に気を遣う。
飛んできた二度目の刃は直接槍の矛先で叩き折った。
「腕試しなら地に伏せます。気紛れならば相応の報復を。反逆ならば――殲滅いたします」
「…………腕試しだ。降伏させろ」
「是」
分かってはいたのだが確認は大切だ。
それにしても少々矜牙軍師の顔がひきつったように見受けられたが、何が気にかかったのだろう。やはり他の隊の隊長を地に伏せるというのは外聞が悪いのだろうか。
「矜牙軍師、その…」
「何だ。質問があるならさっさとしろ。広場の修繕を誰がやると思っている」
確かにその通りだ。恐らくこの後始末は軍師に任せることになってしまう。
いや、それなりの天術の力があるのなら水掩の方にやらせればいいのではないだろうか。
向かってきた大技の天術に防壁を張ろうと手をあげる軍師を制して叩き斬る。
どよめいた群衆――いや、水掩の隊員達は手出しをしてくる様子はないが、残念ながら信用など感じない。いっそ全て意識を刈り取るか。姫伊大佐の方はまだまだこちらからは距離を取っている状態で、軍師をこちらに残しておくのは厳しいように思える。
「あの、どの様に降伏させるのが理想的でしょうか?」
「………は?」
「やはり二度とこのような考えを起こさない程度に力付くでか、火鉾でしているようにすべきか判断がつかず…」
向かってくる攻撃を全て無効化しながら考える。
一番いいのは一度手傷を負わせることだ。力の差を見せつけることで今後の憂いをなくす。
しかしそこまでしていいのかが分からない。
「肩程度なら、外しても構いませんか?」
「………火鉾でしているようにしてやれ。流石に哀れだ」
優しく対処した方がいいらしい。やはり他の隊とも親しくしておいた方がいいということだろう。
「ではそのように。矜牙軍師、少々敵に近づいてよろしいですか?」
「構わん――って、おい待て!俺を連れていく気か!?」
軍師を先程までのように片腕で抱き上げればぎょっとされた。
どうやら説明が足りなかったようだ。
「もう少し相手が近ければ問題ないのですが、この距離ではすぐにお傍に戻ることができません。
大佐が何かしらの罠を張っている可能性もありますし、このまま離れるのには少々心許ないのです。力不足で申し訳ありません」
「………クソッ、わかった、ならさっさとしろ!速やかにあいつを倒せ!」
「御意に。では、参ります」
そうは言っても、ずっと軍師を抱えたままでいるのは流石に天威で身体を強化していても難しい。一応この身は女のそれであるから元々の筋力がそこまでつかないのだ。
「流石は噂に聞く朱家の姫!」
一瞬で目前に迫れば姫伊大佐は目を見開き、しかし楽しげに口の端をつり上げる。
戦いを楽しむその姿勢にどこか志宇大佐と近しいものを感じた。
「軍師、結界をお願い致します。少々離れますので、守りに」
「わかった」
無事に結界が展開されたことを確認して目の前の相手に集中する。
姫伊大佐の天術はやはり私が考えた通り軍師のものには及ばない。ただそれ以外の私がこれまで戦ってきた天術使いの中で一番の実力を持っているだろう。その分向かってくる天術の破壊も簡単なものではなく、例えるなら豆腐を斬ることと大根を斬ることの違いだ。勿論後者が姫伊大佐の術である。
少々例えが何と言うか……家庭的になってしまったが、そこは勘弁してほしい。
「うわっ」
つらつらと考えつつ足で大佐のそれを払い転ばせる。
さて本来ならば天術使いを倒す際、どうにか術の行使をさせないように詠唱を行う喉を潰すのだが……大佐は無詠唱でそれなりのことが出来るし、痛みで意識をそらそうにもあまり乱暴な手口は許されていない。やはり肩くらい外してもいいと思うのだが……
「うっ……」
「ご無礼をお許しください」
口先だけの謝罪をしつつ喉元を手でおさえる。
基本的に一度でも不意打ちをしてくる手合いは信用も信頼も敬意も持たないようにしているのだ。
既に少々息苦しいのだろう、顔をしかめる大佐を見下ろしつつ言葉を続けた。
「何か術を発動させた時点で喉を潰します。少しでも身体を動かしても同様です。
降伏するなら二度、続けて目を閉じてください。それ以外の動作は否の返事とみなし、やはり喉を潰します」
大佐は無詠唱で術が使えるが、流石に軍師のように大きな術の行使でもそうできるわけではない。それは先程までの戦いでわかっている。だからこそ喉を潰すと言う脅しは姫伊大佐にとって大きな効力を発揮するはずだ。
この手の人間は戦うことに自分の価値や楽しさを感じているのだから、戦えなくなることはその生きる意味を奪われることに等しい。勿論治療の天術があるから喉を潰したとしてその機能を取り戻せる可能性もあるのだが……私はそんなに優しい人間ではない。何度でもその喉を潰すだろうし、回復が難しいほどに損傷を加えることも可能だ。
「…………」
パチパチ、と姫伊大佐が瞬いた。
一応降伏する、ということだろう。
「矜牙軍師、いかがいたしましょう?」
「………そこで俺に聞くのか。離してやれ玲湶。姫伊は既にお前を認めている」
「承知いたしました」
手を離して一歩さがる。
はぁ、と大きく深呼吸した後、姫伊大佐は勢いよく立ち上がってこちらへ向かってきた。
「すごい!すごいわ!流石は朱家!将軍の教え子!
……って、何で逃げるの!?抱き締めようとしただけなのに!」
なるほど、大きく開いた腕はそういう意図があったということか。
尚も抱きついてこようとする大佐を避けてかわしつつ、私は軍師の斜め後ろまでさがった。
「矜牙軍師、何とか言ってくださいよー。
戦い終わってお互いを讃え合うための抱擁なのに!」
「……だそうだが?」
「申し訳ありません。
一度攻撃してきた方とすぐに至近距離で触れあうのは私としても落ち着きませんので、お許しください。
下手に近づかれれば身体が勝手に対処してしまうこともありますので」
「えー」
「自業自得ということだな。
姫伊、何のために俺達がわざわざ足を運んだと思っている。時間がない、さっさと鍛練を開始しろ」
姫伊大佐は不満そうにしつつも軍師の言葉に従い、自分の部下達に声をかけに行った。
それを見送って軍師に視線を移す。
「矜牙軍師、お怪我はありませんか?」
私の問いに矜牙軍師はなんとも言えない表情を浮かべた。
「お前は危険なのかそうでないのかわからんな…」
「?」
私は危険なのだろうか。
首を傾げてしまった私に対していや、と一度否定を口にしてから軍師は苦笑をこぼす。
呆れつつも、それは少し楽しそうと言うかなんと言うか……ともかく、私が嬉しくなるような苦笑いだった。
「怪我はない。補佐がついているからな。
お前こそ怪我の類いはないのか?まあ、見ていてそんなものを負った様子はなかったが」
「はい。軍師に余計な心配や手間をかけさせるわけには参りません」
「そうか。ならいい。
あちらも鍛練を始めるようだ、もう少し寄るぞ」
「はい」
やはり補佐官と認められてからの仕事は格別だと、私は軍師に見つからないようコッソリと笑んだ。
水掩の訓練は私達の隊とは違い、何人かごとの組に分かれて行われるらしい。
火鉾は大抵一対一でその日戦いたい相手に声をかけて時間いっぱいを身体を動かすことに使うのだが……ここまでくるとそれは隊の特色と言うより、そういった血気盛んな面々が集まっていることが理由に思える。
「どうどう?すごいでしょう、私の隊!」
「はい。こういった戦い方は今まで経験がありませんので、参考になります」
「本当!何なら混ざってきてもいいのよ?」
それは流石に……
困って矜牙軍師を窺えば渋い顔をしていた。少々騒がしくしすぎただろうか。
「俺の補佐官に面倒をかけるのはやめろ。
と言うかお前こそあの中に入ってくればいいだろう」
「だってこんなに強い娘がいるんですよ!
離れるなんてもったいないじゃないですか」
「毎回の事だがお前の発言は理解に苦しむ」
どうやら毎回軍師は大変らしい。
「ヒドいですねー。それに、この隊について解説できる者がいた方がいいでしょう?」
「……まあ、それは一理あるが」
「ですよね!じゃあ説明しまーす!
私達の隊は水掩。天術での他の隊の援護や広範囲に及ぶ敵の殲滅を担当するの。
隊員の数は金衛の次に多いけど、遠征に連れて行くのは毎回選ばれし四十人だけね。
玲湶ちゃんも注目していた複数人でチームを組んでの戦い方は遠征でも適応されるのよ」
「玲湶、ちゃん……」
「ちゃんづけは気に入らなかった?」
「いえ、新鮮です」
新鮮すぎて戸惑うほどだ。
しかし姫伊大佐はむしろそれに上機嫌そうに微笑んだ。
「じゃあそう呼ぶわね!
それでこのチームなんだけど、大体火鉾の隊員二人につき三人の水掩隊員がつくのよ」
「二対三、ですか。それで戦闘を?」
「そう。だからその三人の中でも役割分担がされていて、天術攻撃担当、防御担当、火鉾への援護や周囲との連絡担当って感じになっているの。
勿論その場の状況に応じて臨機応変に対処していくべきだし、そうできるように私も教育してるけど」
「天術使いの方はそういった戦い方を好まれるのですね。私にも少々覚えがあります」
恐らく天術使いは詠唱が必要なことと関係しているのだろう。
無詠唱で術の行使ができるのなら問題はないだろうが、そうでない場合詠唱の最中は無防備だ。その間攻撃されるのを防ぐため誰かが防御を担わなければならない。
「あら、玲湶ちゃんは天術使いのチームと戦ったことがあるの?」
「はい、暗殺されかけたことが何度かありますので、最低限は心得ているかと思います。
とは言ってもまだまだ勉強不足ですので今回のことはかなりために――」
私の言葉は思い切り姫伊大佐の声にかき消された。
「ええええええ!暗殺!すごい!いいとこのお嬢様っぽい!」
「そ、そうでしょうか……?」
自分があんな生まれだからこそのものかと思っていたのだが、各家の高貴な方々も同じような目に遭っているのだろうか。だとしたら私はともかく、良家のご息女は命が危ぶまれるのでは……?
いや、恐らくそういう事態のために護衛を雇っているのだろう。
私にも一応影がついている。とは言っても暗殺の際彼らが真価を発揮したことはなく、主に諜報面で役に立ってもらっているのだが。
「お前達、どう考えてもずれているぞ」
一人で納得していた私に軍師から冷静なつっこみが入った。
そう………なのだろうか。
自分が世間ずれしていることは自覚しているので自分の事はずれていると言われて疑問はない。
なのでこの場合矜牙軍師か姫伊大佐、どちらかが正しいということだが――申し訳ないが、間違いなく軍師だ。軍師が正しいと思う。
「そうですかねぇ?私、普通だと思うんですけど」
「お前は自分が戦闘にしか興味がないことを自覚しろ」
「だって私軍人ですし」
そういうことでもない気がする。上官なので口には出さなかったが。
逆に軍師は遠慮なくそういうことではない、と怒鳴っていた。
「まあそういう感じで戦うよ、遠征では。
でも玲湶ちゃんは軍師の護衛で最前線に立つわけじゃないから水掩はつかないかな。
それにさっき戦った感じからして下手な手助けは邪魔になりそうだったし」
肩を竦めるその姿から、解説はこれで終わり、というところだろうか。
「恐れ入ります。あの、それではひとつ質問をしてもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
許しを得てひそかにずっと気になっていたことを口にする。
「このように質問するのは無礼にあたるかもしれませんが、ご容赦いただければ幸いです。
あの、姫伊大佐は男性の方ですよね?どうして女性の格好をしていらっしゃるのでしょうか?」
諜報関係の仕事も請け負っているのだろうかと、ずっと疑問だったのだが。
私の疑問に姫伊大佐はあんぐりと口を開け――すさまじい勢いで矜牙軍師に迫った。
「ちょ、ちょっと!何でバラしちゃうんですか!?
言わないって約束、あれは嘘だったんですか!!?」
「お、おい落ち着け!俺は言っていない!」
「ええええ!!じゃあ何でわかったの!?」
………言ってはいけないことだったのだろうか。
「大体の骨格でわかります。ですが軍師は女性とおっしゃっていたので……申し訳ありません、やはりご無礼を」
「いいいいいや、いいのよ?いいんだけど、男だって知られるの、恥ずかしくて…」
「恥ずかしい、ですか」
あまりよく意図を掴めずに首を傾げれば隣で解放された軍師がため息をついた。
「だから言っただろう、こいつは箱入りなんだ。
普通の良家の子女と同じように考えるな」
「ほ、ほんとなんですね………嬉しい…」
何だか感動混じりの視線を向けられ、よくわからずに私はもう一度首を傾げた。




