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比翼連理  作者: 美羽
雨垂れ石を穿つ
15/22

2*

矜牙視点

武術ができなくてよかった、と言われたのは初めての事だった。




俺よりも少し前に立ち、正面にいる永莉に対峙する背を見つめつつ思う。

俺には体力がない。身体自体の能力もそれなりのもの。おおよそ軍属には向かない人間だ。

それでも柳栄や火鉾の武官達は軍師なのだから構わないと気楽に笑ったが、やはりそれは俺にとって確かな負い目だった。


――けれど目の前のこいつは、それを嬉しいなどとぬかしたのだ。




「始め!」


志宇の言葉と共に三方向から相手役の三者が向かってくる。

永莉は矛で、碧羅は剣で、飛瑛は風の天術で。

こういった護衛対象を狙う戦法としては当然の作戦だ。守るものは一人。ならばその一人が対応しきれないように同時に四方から攻撃すればいい。

一体玲湶はどう対応するつもりなのかと思っていれば、何故かくるりと振り返り俺を見つめた。その背はがら空きだ。


「お、おい?」


「矜牙軍師、今だけご無礼をお許しください」


至極真面目な顔で告げられる謝罪に訳がわからないなりに頷けば、では、という声と共にその細い腕が身体に絡む。


「!?」


「跳びます」


瞬間、腰に回された腕に力が籠り感じる圧力、揺れる視界。

……確かに玲湶の言う通り跳んでいる。しかもおよそ人の跳躍では得られなさそうな高さを。


「一体どうやって…」


「身の軽さは私の数少ない長所ですから」


だとして俺という重石があるはずだ。

大体長所が数少ないなどと、それで言ったらどれだけの人間が長所と呼べるものを失うことか。

……いや、今はそんな話ではない。


「もうすぐ着地致しますが……飛瑛が邪魔ですね」


邪魔……

己の補佐官はこと戦闘になると遠慮やその他諸々を一度置いておくらしい。

恐らく着地時のことを考えてだろう、玲湶は左手で俺の体を掴んだまま自らの槍を勢いよく降り下ろした。丁度風の天術でこちらを狙っていたらしい飛瑛に向かって斬撃が飛ぶ。


「させませんよ!」


それを碧羅が受けとめ――きれずに飛瑛ごと吹き飛んだ。


「……大丈夫なのか、あれは?」


「問題ありません。威力は抑えてあります。

……軍師、着地いたしましたらすぐに一度身を伏せていて下さい。永莉がおりますので」


威力を抑えている。

おおよそ吹き飛ばされた二人にとっては悪夢以外の何物でもなさそうな事をさらりと告げて玲湶は次の指示を出した。

同時にとん、と足元に微かな震動。何故か久々に感じるような大地の感触だ。

と言うかあれだけの高さから落ちて何故この程度の震動で済むのか。これが才ある武人というものなのかもしれんが、なんとも納得がいかない。そもそもこんな細腕で俺の体を持ち上げ跳躍できたことからして有り得ないのだ。

そんなことを思いながらも言われた通りに身を屈める。頭上で風切り音がして正直なところぞっとした。


「読まれていましたか。流石は玲湶様です」


「永莉……まだ怒っているの?」


「何を仰いますか。私は玲湶様にそのような感情を向けたことは一度たりとも御座いません」


「そうじゃないと分かっているだろう」


会話だけは穏やかに、玲湶は世間話程度に全く、と息をついているが、映像を見ればそうでないことは一目瞭然だ。

何度も鍔迫り合いの音がこの場に響き、そのたび永莉の声にも力が籠っていく。


「まあいいよ。貴方が貴方なりに私の事を心配してくれたのは分かる」


「玲湶様…!」


「例え情報を祠苑様に横流ししていても」


「………っ、!」


玲湶の言葉に怯んだのか黙り込んだ永莉が息を呑む気配。

何事かと見上げれば玲湶の腕が永莉のそれに絡み、そしてそのまま勢いよく投げ飛ばした。

と言うか情報の横流しはどういうことだ。

投げられた身体が向かう先は回復したらしい飛瑛が飛ばした風の天術の軌道。


「軍師、長い間申し訳ありません。もう立ち上がっていただいて大丈夫です」


「そ、そうか……」


案外己の補佐官が敵に回すと一番危険な奴なのではなかろうか。

そんなことを思いながら立ち上がれば再び失礼します、と謝罪が告げられる。今度は一体何をする気だ。


「背後から碧羅が」


玲湶の手が俺の肩に乗せられ、そのままそれを支えに俺の背後へと跳躍して回り込む。

一体何が起こったのか角度的に全く見えなかったが、背後で鈍い音と碧羅の呻き声がした。


「碧羅、貴方はこれで戦闘不能だ」


未だ冷静なままの玲湶は戦闘において焦るという言葉を知らないのか。


「そうですね……参りました」


ちらりと振り返れば地面に倒された碧羅の首元に双剣が添えられている。

あっさりと負けを認めた碧羅に対して玲湶は眉ひとつ動かさずに頷き、けれどその胸ぐらを掴みあげた。


「え?」


碧羅としても予想外だったのだろう、その表情が焦りを帯びる。


「悪いけれどこれは乱戦の訓練だから。

実際の戦いで参ったと言われてつい安心して、結果後から背後をとられる話があるだろう。個人で相手をしているなら背後から何をされても対処できるけど、今回は軍師の護衛が与えられた命令だからそうもいかない。

それに、基本的に私は相手の参ったという言葉や命乞いを信用しないことにしているんだ」


一体どんな経験をしてきたんだ。

そう言いたくなるような発言と共に玲湶は勢いよく碧羅を志宇の方向に投げ飛ばした。

見届け人の志宇は当然焦ってそれを避ける。そうなるとかなりの力で投げ飛ばされた奴はそのまま地面に、かなりの土煙を上げ激突した。その体が起き上がる気配は見られない。


「大丈夫なのか……?」


「問題ありません、武官ですから」


受け身がとれない方が悪い、と堂々と言い出しそうな様子で言い放ち、玲湶はこちらを見つめた。


「矜牙軍師、少しの間お側を離れます」


「……勝手にしていい。俺が命じたのは俺を守ることだからな。お前がそう言うならそれが必要なのだろう」


「はい」


最早どうにでもしてくれと呆れ半分で言ったのだが、どうしてか玲湶は嬉しそうに微笑んだ。

戦いの最中崩れることのなかった無表情が僅かな間だけほころび、そしてまた真剣なそれへと戻る。


「では、すぐに済ませて参ります」


言いきった時点で玲湶の姿は目の前になかった。

視線を移せば既にその身は飛瑛の元へ。遠距離の攻撃を行うのは奴だけだ。先に潰した方が良いと考えたのだろう。

永莉はそれを助けるかと思いきや――見捨てて(いや、戦略としては当然なのだがどうしてかその様にしか見えなかった)こちらへと向かってくる。

さてこれはどうするべきか。別に短時間ならば俺も結界を張り自身の身を守ることが可能だ。

だが……チラリと脳裏に己の補佐官の顔が過る。

あいつは俺を守ると言った。今のところ玲湶が自らの発言や俺の命を裏切ったことはない。


「……まあ、最悪天術の治療もある」


正直火鉾の上位の武官三人を相手にここまでやっていることが有り得ないのだ。

これで玲湶が間に合わなかったとして、それはそれでいいだろう。今回は一度目なのだし、鍛練を積む時間はまだまだある。

そう、俺なりに納得して息をついたその時。


「そうですね。永莉には申し訳ありませんが、天術の世話になってもらいましょう」


目の前に銀糸が靡き、目にも止まらぬ速さで繰り出される斬撃と体術の数々。

それがようやくおさまったかと思えば、先程まで恨みの籠った視線でこちらを睨んでいた(どう見てもかなりの私情が混ざっている)永莉が地に伏していた。その目先に刃を突き付けたまま、玲湶は相変わらず凪いだ穏やかな声で言う。


「只今戻りました、矜牙軍師」


「………そのようだな」


この補佐官はどうにも本当に規格外らしい。

視線を向ければ飛瑛は双剣のうちの一振りで地に縫い止められており、しかも身動きひとつしないので恐らく気絶している。まあ意識があれば風の天術を使ってくるのだ、それも当然と言えば当然の判断ではある。


「いやー………玲湶、お前さんほんと凄いな」


訓練の終了に、見届け人である志宇もこちらに寄ってきた。

それが少し遠慮がちに見えるのは恐らく俺の気のせいではないはずだ。正直近くで見ていただけにその気持ちは分かるが。


「いえ、時間がかかってしまいお恥ずかしい限りです」


「お、おう、時間か……時間ね…」


「それに軍師も、数々のご無礼申し訳ありません」


「いや、俺は別にな」


酷く遠い目をしている志宇が気になる。

目をそらしつつ答えれば玲湶は不思議そうに首を傾げた。


「そ、それよりお前さんどうやって軍師を持ってあれだけ跳んだんだ?パワーよりはスピード型だろ?」


それは俺も気になるところだ。

どう考えてもその細腕一本で支えきれるような重みではない。


「確かに私は戦いで速さを重視しておりますが、瞬間的にでしたら力の方もそれなりに出すことができます。………あの、少しよろしいですか?」


「お?」


「何だ?」


説明の途中で困ったように視線を揺らせた玲湶は変わらない静かな口調で言った。


「矜牙軍師、こちらへ」


勢いよく手を引かれ、その背の後ろに体を回される。

一度腕輪の形態に戻していた三叉槍をすぐに顕現させた玲湶がそのままそれを勢いよく地に突き刺すと同時に身体を酷い突風が襲った。


「おわっ!」


声が聞こえたということは、その餌食になったのは志宇も同じらしい。


「………!」


ぐ、と掴まれたままの手に力が込められる。

風がおさまった時には大地に三本程の爪痕がしっかりと刻まれていた。それが丁度玲湶の手前で消えているのは、恐らく防いだということなのだろう。


「……なんだ、今のは」


ふ、と玲湶の緊張が解けたことを感じて問う。

いつの間にか志宇は後方に、それも剣を構えた状態で移動していた。いや、そちらにも爪痕が伸びていることから押し負けたという事だろうか。

現に俺達は元々いた場所から一歩も動かされていない。


「柳栄将軍です」


「柳栄?」


「はい、あちらから斬撃が六程。直撃だけを相殺させましたので、残りは軌道にいた大佐に回ってしまいました」


あちら、と玲湶が指した先に、残念ながら柳栄は見あたらない。

意味がわからず眉を寄せれば玲湶は少し考えるように瞳を伏せ、あぁ、と頷いた。


「広場の端なので見えないかもしれません。もうすぐいらっしゃいますから、ここでお待ちしていれば問題はないかと。

――話している間に、いらっしゃいましたね」


「来た?おい、一体どこに」


その瞬間間近で聞こえた音はおおよそ穏やかではない金属同士が擦れるものだった。

――ガキン、と。ビリビリとした衝撃すら伝わってくる。

気づいた時には目前まで迫っていた刃はすんでの所で玲湶の槍に防がれていた。


「………っ、」


「流石玲湶!止められると思ってたよ。

ただ槍っていうリーチの長い武器の端と端で力比べしてるせいで、君にはちょっと辛いかな?」


暢気に笑いつつ目だけは笑っていない柳栄の言葉通り、槍は震え今にも玲湶が押し負けそうな状態。寄せられた眉からも焦りが伝わってくる。


「………申し訳ありません!」


「………ッ!?」


一体どうするつもりかと息を呑んで状況を見守っていた俺は、だからこそそれに着いていけなかった。

今までになく大声での謝罪に何事かと思った瞬間足に衝撃が走り体が浮く。キン、と合わさっていた刃が離れ、頭上スレスレを剣が走る。そしてそれに遅れて剣先に細い腕が、柄を握る柳栄の手の上に華奢な指が添い。


「………んっ!」


存外大人しい――およそ武人のものとは思えない(可愛らしい、とも言えるかもしれない)声とともに真っ白な脚が振り上げられた。そして剣の腹を膝が襲い、そこを中心に刃が両断される。

………確かあの剣は軍の練習のための刃を潰した特別製で、重量や強度はそれなりのものだったと思うのだが気のせいか。

武器を破壊した脚はそのままおよそ俺にはどうなっているのか分からないひねりが加えられ、途中でその軌道を変え柳栄の頭部を狙った。ただし読まれていたのかそれはかわされ、けれどその分二人の間に間合いが出来る。

その光景をすべて、俺は地面に座り込んだ状態で見つめていた。

最初のうちは何が起きたのか分からなかったが、押し負けることを読んだ玲湶に足払いをかけられ転ばされたのだろう。そのお陰で俺の首は剣の軌道から逸れ、五体満足でこうして観戦が出来ている訳だ。


「……ハッ………っ、流石に、胆が冷えました…」


「や、矜牙転ばせたのは俺もビックリした。それに剣折られるとはね。

まあ俺の天具じゃない普通のやつだから折れるのも当然だけど、そこから攻撃に持っていって一度距離をとるっていう選択はよかったかな。

でもちょっと意地になっちゃってた?もしくは矜牙の実力が分からなかったせいかな?」


「……どちらもです。申し訳ありません」


「おい、終わったのか?」


そっちで自己完結しているのはいいが、狙われていた身としてはどうにも状況の変化についていくことができない。

地に座ったまま半眼で問えば、玲湶は珍しく慌てた表情を浮かべた。


「はっ、はい…!軍師、先程は本当に申し訳ありません。守るなどと抜かしながら私が…」


「いや、怪我は別にない。それにそれが必要だったのは俺にも分かる」


「いえ、そうではないのです」


どういうことだ?

眉を下げる玲湶の横で、見かねたのか柳栄が苦笑した。


「玲湶、テンション上がっちゃったんだよ。初めての補佐官らしい命令だったから。

あとは矜牙の天術がどれくらいの攻撃まで防げるか分かんなかったんだ」


「もう少し分かりやすく説明しろ、馬鹿者」


「うわ、冷たい」


「………」


額に青筋が浮かんだのが、自分でわかった。

玲湶と話している時も話が通じないと感じることはあるが、柳栄とのそれの比ではないだろう。こいつはいつも人をおちょくるような話し方ばかりして、俺を苛立たせる才でも与えられているのかと思うほどだ。


「そんな分かりやすく怒んないでよ。説明は後で玲湶にしてもらって。

俺は地面に打ち捨てられたままの可哀想な敗者の引き取りをしに来ただけだから。

鍛練の時間はもう終わるから、二人は帰っちゃっていいよ」


ぺらぺらと言いたいことだけ言って、柳栄は放置されたままだった永莉達三人を抱え上げる。

そしてそれを全て志宇に向かって投げた。

確認するが、やつが投げたのは永莉達だ。決してその辺りに適当に置いてあった荷物か何かではない。


「あの程度で押し負けちゃうなんて、志宇もまだまだだね。午後は俺と訓練かな。こっちの三人も」


「ゲッ」


「ちょっと志宇、そこは光栄です、でしょ。玲湶だったらそう言ってくれるよー?」


「将軍は鬼みたいな訓練するじゃないですか」


「んー?何か言ったかな?」


「ナニモイッテイマセン」


「よしよし、流石は俺の部下。あ、玲湶!」


志宇の返答に満足げに笑った柳栄は(自分で言わせたくせに性格の悪い奴だ)僅かに振り返り黙ったままの玲湶に向かって微笑んだ。

側に立つ体がぴくりと反応するのが感じられる。


「そんな落ち込まないで。まだ一回目なんだし、次までに出来てればいいよ。

今日の夕方の鍛練の時間は矜牙の天術の力を確かめてみるといい。そしたら明日は大丈夫だろうしね」


「は…」


「祠苑に君が落ち込んでたって――」


「いいえ!そんなことはありません!」


ガバリと顔を上げた玲湶に柳栄はもう一度笑った。

それにしても反応があからさま過ぎないだろうか。


「それでこそ玲湶。それじゃ、二人とも頑張ってね」





結局あの後柳栄の言葉にしたがい室へと戻ってきた俺達は現在、向かい合って茶を飲んでいた。

目の前に座る玲湶は未だ無表情ながら意気消沈しており何とも扱いにくい状態になっている。まあ同時に普段なかなかそういった様子を見せないだけに、多少物珍しくもあるのだが。


「そう分かりやすく落ち込むな馬鹿者」


「……申し訳ありません」


何かを言いかけ、けれどぐっと詰まった玲湶は結局そう言って頭を下げた。


「あの時――柳栄将軍の刃を受けた時ですが、対応の選択肢は2つありました」


「ほう?」


「ひとつは私が実際に行ったように、軍師に攻撃を避けて頂くこと。

本来は転倒させて避けさせるなど護衛としてあり得ないのですが、将軍の攻撃ではどうにも他の手段が思い浮かばず…」


「……だからそれはいいと言っているだろう」


こいつはまだ謝る気か。


「は、はい……。それでもうひとつが矜牙軍師ご自身に結界を張っていただくという方法です。

短時間ならば可能という言葉もいただいておりましたし、ある意味それが一番速く行える対応でした。私も私で将軍の攻撃が軍師の結界に阻まれた隙をついて反撃が可能でしたから」


ですが、と言って玲湶は瞳を伏せた。


「私は軍師の結界の強度がどれ程のものであるか分かっておりませんでしたのでそれが少々危ない賭けであるように感じたのです。もしも攻撃に結界が耐えられなければ軍師が危険に晒されますし、私も対応が追い付きません。それに何より、私がその……浮かれておりまして」


「浮かれた?」


思わず言われた内容を繰り返す。

前半はよく分かったが後半が意味不明だ。

一体今日起きた出来事のどこに浮かれるようなものがあったと言うのか。


「その、永莉が迫った時に軍師は天術をお使いになろうとはなさらなかったので……何と言いますか、少しは私の力を護衛として信に値すると思って下さったのではないかと…いえ、私が勝手にそう思っただけなのですが!」


「………おい、お前そんなことで浮かれたのか」


「………も、申し訳ありません」


呆れてつい言い放った言葉に玲湶は撃沈した。

前々から思っていたことだが、こいつの言葉はどうにかならないのか。言葉と言うか物事の受け止め方と言うか……ともなくそう言ったことが真正面すぎる。


「……いいか?まずそもそもだ。

俺の天術を殆ど見ていないお前が柳栄への対応としてあれを選んだことに俺は納得した。だからその落ち込み様をどうにかしろ。俺に何度そう言わせるつもりだ」


「はい…」


「そして浮かれたという話だが――そんなことで浮かれるな、馬鹿者。

大体俺はとうの昔にお前を補佐官として認めた。それはお前の武術の実力も含めたものなのだから、お前の言った今日の俺の対応は当然のものだろうが」


「…………光栄です」


くそ、こいつといると妙に言葉を労する羽目になると言うか、いや、決して虚言の類いを言っているわけではないのだが。

結局言葉の最後には睨み付ける結果となってしまった。

だが玲湶はどこまでも馬鹿正直と言えばいいのか――何度か瞬いて、無表情を崩し微笑む。

何故そうなる。思うにこいつの頭の中は、俺には理解の及ばないように出来上がっているのではなかろうか。


「……それとだ。戦闘の最中に逐一謝罪や断りを入れなくても構わん。

余裕があるのならいいが、それ以外ではいらん手間になるだろう」


「それはそうですが…」


「お前なら事態を悪いようにはしないとわかっている。普段から思っていたことだが、お前は気を遣いすぎだ」


執務の最中やこういったたまの休憩時間然り。そしてそれに加えて今日の鍛練。

いっそ俺のこれまでの扱いに対する嫌味かと思わなくもないのだが、同様にこの補佐官がそういったことを不得手とし――そもそも思いつきもしないというのは最早分かりきった事である。


「お言葉を返すようですが」


己の中で瞬時に浮かんだ答えに嘆息しつつ言えば、反論があるのか玲湶は表情を引き締めこちらを見据えた。


「それ軍師にこそ言えるように思えるのです」


「……俺がお前に気を遣っていると?」


「いえ、何と言いますか、その……分不相応な話ですが、ご心配をかけてしまっていると言うか…

矜牙軍師が朝の鍛練に私を先にやらないのは、また軍内でいらぬ騒ぎを起こさないようにするためでは?」


心配、朝の鍛練、騒ぎ。

それだけでこいつが何を言いたいのかは明らかだ。そして確かに玲湶の考えは間違っている訳でもない。

しかし自分に関わることをいらぬ騒ぎなどと――もう少し言い方もあるだろう。


「確かにそれもある。ただまあ、何だ……何と言うか、そもそもおかしかったのはこれまでだろう」


「これまで、ですか?」


こいつ、まさか分かっていないのか?……いや、この顔を見るに分かっていないのだろう。

そもそも補佐官というのは直属の上官に付き従う訳なのだから、日頃はともかく鍛練や軍内の大きな集まりなどでは大抵行動を共にするものだ。それは軍の規律のひとつとして明記されている。それを知った上で俺は一人で鍛練に向かわせたり、何か用があっても玲湶を伴わずに行動していたのだ。なればこそあり得ないのはこれまでの俺の対応で、今が正常な軍師とその補佐官の行動と言える。

それをそのまま言ってやれば、玲湶はこれまでの事に怒るでもなく文句を言うでもなく、ただ不思議そうに首を傾げた。


「ですが私が思うに矜牙軍師はあまり傍に他人がいる状況を好まれないのでは?」


……何故分かるのだ、こういったことばかり。

先ほどの言葉も普段のように額面通り受け取っておけば良いものを。


「確かにそうだが……別にお前は慣れた。補佐官見習いの時期を合わせてもう一月は経っただろう」


「ならばいいのですが……邪魔な時には邪魔と仰ってください。すぐに消えますので」


「だからお前はそういう所が気を遣いすぎているのだと言っているだろうが…」


生真面目で裏のない人間の相手がここまで体力を削ることを、俺は今初めて知った。








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