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比翼連理  作者: 美羽
雨垂れ石を穿つ
14/22

1

過ごしやすい気温も段々と蒸し暑く、太陽の日差しが少し邪魔に感じられ始めてきた今日この頃。

私は未だに自分を取り巻く状況の変化に上手くついていけずにいる。


「おい、玲湶。何を呑気にしている。朝の鍛錬の時間だろう」


「……は、い!」


月日が経つのは早いもので、私が新人武官として働きだしてから――そして矜牙軍師に正式に補佐官として認められてから、一か月あまりが過ぎた。

今日も今日とて朝から軍師の手伝いをしている訳だが(最近それが日課になっている)、その終わりにこうして声をかけられ共に鍛錬のため広場に行くという一連の流れ(これも何故か日課のようになった)がどうにも……どうしていいか分からなくなる。

そして今日も声をかけられたことに動揺し返事がおかしくなってしまったのは武官として情けない限りだ。

いい加減慣れろと自分で自分に言い聞かせてはいるのだが……やはり戸惑いが先に立ってしまう。


「いい加減慣れろ、馬鹿者」


「申し訳ありません……」


自分でも思っていることを上官に言及されるのは恥だ。

特にこうして呆れた赤の瞳がセットになってついてくると。

けれど言い訳をさせてもらうのならこれでも慣れてきた方。最初に矜牙軍師から一緒に来いと言われた時などはあまりに予想を超えた言葉であったために真顔で三度ほど聞き返した。

………流石に二日目にはそんな失態、繰り返しはしなかったが。


斜めに一歩分離れた位置で揺れる官衣と背に流れる結われた金の髪を視界に留めながら、気づかれないようにため息を吐く。

周囲から向けられる目線は普段通りならば何の感情も無く受け流すものだが、私と同様周囲もこの状況に追いつけていないことが分かるようで、何だか生まれて初めて向けられる視線に安堵したりしている。

勿論そのようなことが軍師にバレればそれこそお怒りの言葉を与えられそうなので、言いはしないし表に出しもしない感情だが。


こうなったのには列記とした理由がある。

簡単に言ってしまえば私に対し罵詈雑言を並べ立て仕事の邪魔をし、子供かと言いたくなるようないやがらせ行為を繰り返してきた武官達(クズ共)といるところを見られたせいだ。

あれ以来軍師は周囲の目を気にされているようで、こうして事あるごとに私を伴い武殿を歩くようになった。そして私を自らの補佐官であると明言されるようになった。

――その気遣いや言葉が嬉しくない訳はないし、あの日私が無礼にも返した問いへの返答を疑っているわけでは無い。ほんの僅かな間だったとしても私は矜牙軍師に仕えたのだから、その虚言や誤魔化しの類を嫌う性根は分かっているつもりだ。

だからこそ向けられた言葉を信じることが出来、私は今もこうして軍師付き補佐官として彼に仕えている訳だが――――どうにも、軍師が私に気を遣われ過ぎている気がするから。






広場に着いてまず矜牙軍師は志宇大佐の元へ行く。

その日の鍛錬への出席者やそれぞれの武官の予定を頭に入れるため。

軍師は火鉾の隊長ではあるが、同時に軍全体の軍師。その勤めは多忙で、正直なところ部隊の予定などにさくような時間がない。それを助けるために志宇大佐がその役割を代わっているのだとか。


「志宇、待たせたか」


「いえ、いつも通り時間ピッタリですよ。玲湶も毎日お疲れさん」


「おはようございます、志宇大佐」


意味深に笑む大佐から視線を外すため軽く頭を下げる。

軍師に正式に補佐官として認められたあの日の事はどうやら柳栄様によって火鉾の武官達に伝えられてしまったらしく、翌日の朝の鍛錬ではえらい目に遭った。

恐らく私などよりも矜牙軍師の方がよほど散々だっただろうが(その場に居た柳栄様と大佐の二人にかなりからかわれていたし)、私も武官達からにやにやと笑みを向けられたり祝福と共に抱きつかれたり(これは飛瑛だけだったが)不満そうな永莉に注意したりと色々あったからそう言わせてもらいたい。

そしてそんな火鉾の武官達の急上昇したテンションはなかなか元の落ち着きを見せず、かなりの日数が経った今でもこうしてからかってくる(ある意味これも彼らなりの祝いなのだろうが)。


「玲湶は今日も陵亥とか?」


「そうですね。陵亥ももう少しでコツがつかめそうと言っているので」


ただ陵亥だけはそんな周囲に流される事なく相変わらずで、私としてはかなり助かっている。

それに同じく軍師を尊敬している身ながら、いいや、もしかしたらだからこそ、私に祝いの言葉(よ、よかったな、ふん、だからって喜んで気を抜いてみろ、その間に俺が追い抜かすからな!という祝いと注意が混ざった言葉である)をくれたし。

やっぱりお互いをこうして気にかけつつ切磋琢磨していくというのが正しい好敵手の形なのだろう。


「そうか……陵亥の方が落ち着いたらこっちに来てくれるか?」


「何かあるのですか?」


志宇大佐がこの様に言ってくるのは初めての事だ。腕試しで私が勝ったことが起因しているのか大抵私に対して何か鍛練の指示を出すことはなく自由にさせてもらっている。

ただその腕試しの後に、自分が一月程鍛練を積んだら相手をして欲しいとは言われたが。


「新人――つまりお前さんと陵亥にはまだ伝えていなかったが、もうすぐ遠征がある」


遠征。結界の外に出て行われる魔獣の討伐。

確か遠征は五ヶ月に一度の頻度で行われると聞いた。その期間がもうすぐ終えるという事だろう。


「そのための鍛練を、という事でしょうか?」


「そうだな。そっちは軍師の手伝いもあって忙しなくなるとは思うが」


「いいえ、恐縮です」


「別に鍛練に集中しても構わんぞ。執務の方は他の時間にさけばいい」


矜牙軍師が室で木簡で届く書類整理をしている間、基本的に武官達は禁城の警護や街の警邏、個々に与えられる任務に武器の整備、そして鍛練をローテーションで行っている。

私は軍師の補佐官であるためそれらが課されたことはないが、その中で志宇大佐が鍛練に割り当てられた時間だけ補佐から外れていいということだろう。

確かに遠征は初めての事で色々と必要な知識もあるだろう。ここはお言葉に甘えさせていただいた方が良さそうだ。


「あぁいや、軍師にも手を貸して頂きたいんですよ」


「俺がか」


けれど志宇大佐の言葉に首を捻る。

手を貸す、とはどういう意味か。矜牙軍師も意図が読めないのか眉を寄せている。


「玲湶の補佐官としての仕事は護衛もあるでしょう。

その練習と言うか、まあ実際に軍師を庇いながら戦えるか模擬戦で確かめとこうと思ってるんですよ。一対一とは勝手が違いますし」


「それは私も必要かとは思いますが……矜牙軍師のお手を煩わせることはないのでは?」


軍師にはたくさんの仕事があるし、多数の敵から対象を守りきるという内容なら適当な人員を架空の軍師としてたてればいい。


「玲湶、お前さん軍師が戦ってるとこ見たことあるか?」


「いえ、残念ながら機会がありませんので」


基本的に仕事が溜まっているため朝以外は鍛練の場に顔を出すことも少ない。

朝は朝で個々の武官の予定や仕事の分配などを考えるため、実際のところ私は矜牙軍師が戦っているところを見たことがないのだ。


「軍師はなぁ、天術は凄いんだが…」


「志宇、貴様覚えていろよ」


「うわっ、すんませんすんません!謝りますから仕事は増やさんで下さい」


ギロリと赤い瞳に睨まれた大佐は目にも止まらぬ早さで頭を下げる。

今日だけでなく今までも何度か思ったことだが、矜牙軍師はそんなに戦いに向かないのだろうか。本人もかなり気にしているような気がする。


「あの、軍師は天術の使い手ですし、実際のところそこまで気を張る必要はないのでは?」


そう、彼にはずば抜けた天術がある。今まで幾度か見せてもらったあれがあれば、実際のところそこまで心配する必要はないのではなかろうか。

そう思い私としては発言したのだが、それに返ってきたのは気まずそうな沈黙だった。


「………あ、あの?何かおかしな事を言ってしまいましたか?」


なんだこれは、すごく居心地が悪い。

私の目の前で志宇大佐は涙を拭う真似事をした。


「何も知らないってのは、いっそ罪だな……」


「つ、罪、ですか?」


「志宇、貴様本当に覚えていろよ…!」


矜牙軍師は真っ赤な顔で怒りに震えている。これは私のせいなのだろうか。


「ともかくだ」


少し青い顔をしながら泣き真似をやめた大佐は強く私の肩に手を置き、どうしてか励ますように力強い口調で言い放つ。


「頑張れよ、玲湶!」


「は、はあ……。私の力の及ぶ限り軍師のお力になる所存ではありますが…」


「そうだな、お前さんならきっとやれる!信じてるぞ、俺達じゃ駄目だったからな!」


駄目だったとは?

聞きたかったが、そんな空気ではなかった。


「遠征は俺達だけじゃなく水掩とかの他の隊からも数名参加する。火鉾は全員参加だけどな。

だから説明は参加者全員が集まる場ですることになってる。

お前さんは軍師の手伝いもあるしそれより早く色々知れるだろうが、まあ細かいこととか戦闘要員向けのヤツはそっちで聞けると思っててくれ。俺らは説明苦手だし」


「わかりました。遠征の事は陵亥に伝えても構いませんか?」


私だけ知っているというのは不公平だろう。


「構わねえよ。そんじゃ、陵亥の訓練頑張ってな。

一段落したらこっち来てくれ。俺は軍師の体を少しでも動かしとくから」


「おい、そんなこと俺は聞いていないぞ!」


「でも将軍の命令ですよ?」


「あいつは本当に…!!」


「……?」


半ば引きずられるようにして離れていく二人を見送り、私は首を傾げた。

結局のところよくわからない。志宇大佐の発言や軍師の態度の原因はこの後の鍛練で分かるのだろうか。


「――おい玲湶、こんなところにいたのか」


分からないなりに予想をつけようと考え込んでいたが、無理だった。私にはさっぱりだ。情報も少なすぎるし。

探してくれていたらしい陵亥に意識を持っていき、仕方がないので二人の事は後回しにする。


「ごめん、やろうか。今日はこの後志宇大佐との鍛練もあって途中で抜けないといけないんだ」


「大佐と?俺はいいが、珍しいな」


空いている場所を見つけて互いに武器を顕現させながら、まずは体をあたためる。風の天術への訓練はその後だ。

何度か打ち合い、離れ、そして動きを止める。

そろそろいいだろう。少し急ぎ足だが、途中で抜ける事を告げたため陵亥も何を言うでもない。

双剣を構え、勢いよく薙ぎ飛ぶ斬撃を発生させる。


「すごい、本当に避けられるようになってきたね」


「嫌味か、お前は!」


私としては本心からそう言ったのだが、陵亥には嫌な顔をされてしまった。

二撃を避けた彼に安心して続けて斬撃を飛ばしていく。


「そう言えば志宇大佐との鍛練に関係するんだけど、今度遠征があるらしい」


「何!?」


「陵亥、集中が途切れている」


頬をかすったらしい攻撃に眉を寄せればうるさい、と怒鳴られた。

余計なお世話だっただろうか。


「それで、私の補佐官としての任は軍師の護衛も含まれているからその練習をすることになったんだ。

あと遠征については近く参加者全員を集めて行う会議があるから、詳細はそこで―――陵亥、大丈夫?」


この時間に説明してしまおうとずっと口と手を動かし続けていたのだが、段々と彼が攻撃に対処しきれなくなってきているのを感じてついその両方を止める。

陵亥はぜいぜいと息を切らして膝に手をついた。

正に疲れています、といった様子だ。近づいてどうしたのか問えば睨まれる。


「お前、話していたら風切り音が聞こえないだろ!」


なるほど、だから対応が間に合わなくなってきていたのか。


「でも、飛瑛も話しながら術を使う。

彼女も術の行使に風切り音が発生するのは分かっているから、わざと戦いの最中声を発して相手の聴覚を誤魔化そうとするんじゃないかな」


「あれはそういうことか…」


身に覚えがあるのだろう、陵亥はうんざりした表情で呻く。

だからこそ私相手でも話しながら対応できるようにならなければ。それは飛瑛だけでなく、自身も。案外自分の声や呼吸音が一番の邪魔になる。だから自分が音を発している状態で外の音に耳を澄ましてそれを明確に感じ取れるようにならなければいけない。

そう告げれば彼は悔しそうに歯噛みした。


「道のりはまだ遠いってことか…」


「大丈夫。話さない状態ではもうできるんだし、あと一歩だと思う。私も陵亥が出来るようになるまで付き合うよ」


「……ふん。当然だろう、貸しがあるんだから。ま、まあだが俺もお前がどうしてもと言うならお前の練習にも付き合ってやらなくもないぞ、仕方がないけどな!」


「陵亥…」


私が彼の鍛練に付き合っているのは屑共の邪魔があったとき彼が助けてくれたからで、そして私自身彼とライバルというだけでなく友人になりたいと思っているからだ。

なのに陵亥の方からも私の訓練に付き合ってくれると言う。相変わらず彼はとてもいい人だ。

同期で同じ隊で同じ五代家の人間で(勿論私と彼では身の内に流れる血の貴さに天と地ほどの差があるが)、そんな人とこんな風に気楽に話せる関係になれるなんて昔は夢にも思わなかったものだ。


「うん、ありがとう。陵亥はすごくいい人だね」


「……だ、か、ら!お前のそれはどうにかならないのか!?」


それ、とは何で、どうにかとはどうすればいいのだろう。

困惑のまま首を傾げればもういい、と陵亥は距離をとる。


「まあお前だしな、仕方ない。……別に絆されたとかそういう事じゃないぞ!

ほら、お前に用事があって時間がないんだからさっさと続けろ玲湶」


「よくわからないけど、わかった」


本人がこう言っているのだし、たぶんいいのだろう。

それに今の最優先事項は陵亥が風の天術に対抗できるようになること。それ以外はまあ、あまり考えなくていいはずだ。彼は本当に何かあるときはきちんと口にしてくれる感じがするし。

頷いて、私は剣を構える陵亥に再び攻撃を開始した。






陵亥との鍛錬をキリのいいところで終えて、私は矜牙軍師と志宇大佐が待つ場所へ向かった。

重役の二人に皆が気を遣ったのだろう、周囲は閑散としている。ただそこには二人の他に永莉と碧羅、そして飛瑛も同席していた。

遠征時には多方向から魔獣が向かってくることもある。その再現のために呼ばれたのだろうか。


「お待たせしてしまい申し訳ありません」


皆がじっとこちらを見つめ待っている状態はどうにも居心地が悪い。

頭を下げつつすぐに合流すれば永莉達からは輝くような笑顔が返ってきた。


「いえ、ご心配には及びません。玲湶様のお召しとあらばこの永莉、どこへでも参上いたしますし何日でも待ちましょう」


「わ、私だって負けませんわ!」


「中佐と飛瑛は言い過ぎだと思いますけど、俺も特に待ってませんから」


そう言ってもらえると助かる。けれど安心できたのは三人の対応にだけだ。

ちらりと視線を横に流せばそこには疲れ切った様子の矜牙軍師に、苦笑いの志宇大佐。


「あー、まあ遅くはないな。なんつうかこっちが早すぎただけだから」


「……志宇、…、貴様加減を…しろと………いつも、言っているだろうが…!!」


「軍師が体力なさすぎなんですよ」


「体力馬鹿の、………ハァ、…貴様等と……ゼェ…一緒に、する、……な…」


「あの、これは一体…?」


酷い消耗だ。これは訓練などと言っている場合ではないのではなかろうか。

……いや、けれどこれは私の訓練なのだし、要は軍師が戦わずともよい状況に私がすればいいのだ。


「あぁ、玲湶は知らないんだよな。じつは軍師、すごく体力がない」


「は……?」


脳内で色々と敵への対応を考えていた私は、突然至極真剣な様子で語られた内容に無礼ではあったがつい絶句してしまった。


「いや、普通なんだ。別に病弱って程じゃないんだが、まあ軍人的にはダメダメと言うか、一般人レベルと言うか。

それに動体視力とかそういうのも普通だから、まあ敵の攻撃を避けるとかそういうことは期待できそうにない」


「………」


「だから今までは戦いの最中五人くらいの警護の中間違っても魔獣が踏み込めない自軍の奥の奥にいてもらってたんだが……まあ、戦況って状況によっていくらでも変わるだろ?

最初に考えてた戦略じゃどうにもならないような事もたまに起きて、このままじゃイカンと俺達は皆思ってた。

かと言って軍師の護衛にそんな何人もさいてられないし、指折りの実力者は皆自分が勝つことばっか考えてるから警護とかできそうもない頭でっかちだし。

………だがそこに玲湶、お前さんが現れた!科挙次席及第の俺達にはない柔軟な思考!将軍と拮抗するような実力!素早い身のこなしと疲れにくい持久力!何より軍師の毒舌冷たい目線ぶっきらぼうな態度その他もろもろにくじけないその心意気!!やれる、きっとお前さんならやれるぞ!!」


「は、はぁ…………」


すごい情熱だった。一体過去に何があったのだろう。


「ほんと軍師には期待しないでくれ、それがアダになるから!もうこの人戦闘には向かないから!」


「で、ですが軍師には天術が…」


「いやな、確かにそうなんだが魔獣の殆どはすばしっこくてな?

動きを目で追えないから単体攻撃は上手くいくことが少ないし、かと言って乱戦状態の戦地で広範囲天術をぶっ放されたら俺達が大怪我だし…」


「…………で、では、ご自身の周囲を結界で囲っていただくなどは」


「それも考えたんだけどなー。パワー型の魔獣が来たら結界が破られる恐れもあるし、ずっと術を発動し続けるのは軍師にも負担がかかるし……と言うか体力がないから戦闘中ずっと結界張ってるの無理なんだわ。

天威の大きさ的には全然無理じゃないんだけどな、扱う方が……」


ふう、と物憂げにため息を吐く大佐だが、すぐ横にいる軍師の様子は目に入っていないのだろうか。

いや、もしかしたらこの程度の発言でどうにかなってしまうような間柄ではないという自信の表れかもしれない。二人は少なくとも私よりは長い付き合いなのだから、例え世の中に親しき仲にも礼儀ありという言葉が存在していたとしてそんなもの関係ないのだろう。…………恐らく。

心の中で自分を納得させつつ大佐への返答は曖昧に濁しておく。私には彼の言葉に頷くような勇気はなかった。


「………【お前は少し反省という言葉を覚えろ】!」


風の天術で思い切り吹き飛ばされた志宇大佐を見て、すぐにそれで正解だったと悟ったが。






「………まあ、ともかくだ」


若干ぼろぼろになりながらも吹き飛ばされてすぐに戻ってきた志宇大佐は一度咳払いをして本題に入ろうとする。

最早矜牙軍師はすべてを黙殺するつもりなのか目を閉じ腕を組んだ状態で沈黙。残った私達としては苦笑いするしかない。


「何はともあれ実践練習が一番だ。お前さんも予想はついているんだろうが、相手はこの三人。

軍師の眼光にもひるまなそうな奴らを連れてきたんだが……永莉だけ少し不安だから玲湶、気を付けてやってくれ」


「永莉がですか?………あぁ、そうですね」


そういえば彼は軍師に対し色々と思うところがあるのだった。主に私のせいだが。

この機に乗じて憂さを晴らそうと考えていても不思議はない。


「んじゃやってみるか。軍師、中央に。玲湶は自分がやりやすい位置にいてくれ」


「おい、どうするだとか詳しい説明も無いのか」


すぐさま訓練を始めようとした志宇大佐に流石に黙っていることが出来なかったのか軍師が渋々問いかける。

大佐の方はそれにヘラリと笑って頭を掻いた。


「いや、俺武闘派ですし?」


「これだから体力馬鹿は……!」


「まあまあ、玲湶が上手くやってくれますって。

万一怪我をしても自分の天術で治療できるじゃないですか」


治療できるだとかそういう問題でもない気がしたが、鍛錬の時間はもうすぐ終わってしまう。

この訓練は私と軍師が一緒になって行わなければならないもので、したがって鍛錬に時間をさく分執務の時間が削られてしまう。そうなれば負担が増えるのは矜牙軍師だ。ならばあまりゆっくりしている時間もないだろう。


「矜牙軍師、どうか中央に。私は貴方の盾であり剣ですので、お怪我を負わせることはないと約束いたします。ただ軍師は私に御身を守れとお命じ下さい」


私が補佐官となった日の決意とともにじっと軍師を見詰める。

彼は居心地悪そうに視線をあちらこちらに向け、けれど諦めたように息をついた。


「……いいか?俺に傷一つ負わせるなよ?」


「はい。お言葉のままに」


「何だかなぁ……どう見ても男女逆って言うか」


「………」


「悔しいような嬉しいような、複雑な気分ですわ…!」


「中佐も飛瑛も、その顔どうにかしてくれませんか…?」


………軍師の言葉はうれしかったのだが、他四人はどうにかならないのだろうか。

まあ言っても仕方のないことだろうと思いつつ矜牙軍師と共に空いた中央のスペースに並ぶ。

普段補佐官である私は彼の半歩後ろを歩いているが、今だけはそうもいかない。軍師よりも前に歩み出て三叉槍を顕現させる。まずは基本の槍の形でいいだろう。

そしてそんな私達の周囲に永莉、碧羅、飛瑛の三人が囲むように立ち並んだ。


「よし、準備はいいな?四人もそうだけど、特に軍師の心の準備の方とかが一番心配なんですが」


「五月蠅い」


「矜牙軍師、確かに頼りにならない護衛でしょうが、しばらくご辛抱ください」


落ち着かなさそうな軍師を少し振り返り、僅かでも憂いが晴れればと言ってみたが、どうしてか彼の表情は更に微妙なものになってしまった。


「何か御心配事がおありでしょうか?」


「いや………玲湶、志宇にはああ言ったが、俺は確かに戦闘には向かん。お前が思っている以上に何も出来んぞ?」


告げられた言葉に私は思わず何度か無言で瞬いた。ゆっくりとそれを頭の中で反芻し咀嚼する。


「あの、ひとつよろしいですか?」


「何だ」


「私としては軍師に何もしていただかないことが補佐官の任の成功を示すのです。ですから軍師のおっしゃる内容に少しの不満もありません」


「だがな……」


「矜牙軍師は」


一瞬目を見開き、それでも曇った表情のまま言葉を続けようとする軍師の言葉を、無礼と知りつつ半ばさえぎる。


「ご自分が体術が不得手でいらっしゃることが許せないのですか?」


「………それはそうだろう。俺は軍属だぞ。いくら軍師の役割を与えられているからといって、戦えんのでは能無しと同じだ」


その言葉を聞くに、恐らく彼はこのことをかなり気にしているのだろう。

志宇大佐が冗談めかしてそれを語ったのは軍師が下手に気にやまない様気を遣ったからかもしれない。けれど今の私の心情を語るとするならば。


「軍師はお怒りになられるかもしれませんが、私は貴方が体術が得意でなくて嬉しいです」


「は?お前、何を言っている」


思い切り胡乱気な顔をされてしまった。けれど気に障ってはいないらしい。


「軍師が体術も天術と同等に扱えていらしたら、恐らく私は補佐官として必要とされなかったでしょう。

ですので矜牙軍師が今の貴方で、私はとてもよかったと思っているのです。

私は貴方の補佐官ですので、言ってしまえば貴方の持ついくつかの力のうちの一つ。貴方の力が貴方のために働くのは当然のことですので、矜牙軍師が何かを負い目に感じる必要はありません」


「…………」


「………あの、やはりお気に障りましたか?」


私としては思っていることをそのまま言ったのだが、やはり不味かっただろうか。

不快に思われたなら謝罪しようと確認すれば、真っ赤な顔で五月蠅い、と叱られてしまった。

………これは怒っているのだろうか。やはり不遜が過ぎたかもしれない。


「軍師、たぶん玲湶がすごい勘違いしてますよ?

あと永莉がすごい顔してるんでさっさと素直になってください」


「い、いいから始めろ!こいつがこれだけ言っているんだ、不可能ではないんだろう!

……俺の補佐官は出来もしないことを軽々しく口にするような人間ではないからな」


ぼそりと付け足された言葉に思い切り振りかえりそうになるのをぐっと堪えた。

でもいけない、顔がどうしてもニヤけてしまう。これから訓練が始まるのに、軍師は私を腑抜けにする罠を張ってどうしようと言うのだろう。――いいや、うれしい言葉に逆に力が入るというものだ。


「ほんと素直じゃないですね…………では、始め!」


大佐の掛け声とともに三人が向かってくる。

軍師の言葉に応えるため、全力を尽くそう。

――――気合が入りすぎて、少し乱暴なものになってしまうかもしれない。




その時の玲湶



「……申し訳ありません。今、何と仰いましたか?」


私はつい、無礼にもそう問い返してしまった。

矜牙軍師の補佐官として彼から正式に認められたのは昨日の事。

正直なところ浮かれ気分で今朝も朝から手伝いをしようとやって来たのだが、その終わりに告げられた言葉は正に寝耳に水。

それを言った張本人である軍師は居心地悪そうに何処かを見て、言いずらそうに口を再度動かした。


「……だから、朝の鍛練が始まるだろう。

仕事もキリがいいし、行き先は同じだ。

補佐官が上官についてあるくのは普通の事だろう」

「………朝の、鍛練、ですか?」


いや、冷静になれ自分。

たぶんこれは何かしらの暗喩なのだ。

だから額面通りに受けとる言葉ではないのだろう、きっと。

けれど困った。こういった事はかなり不得手だ。

どうしよう、軍師がおっしゃっている意味が分からない。


「そうだと言っているだろう。さっさと支度しろ」


支度。これは、不味い。

どうすればいいのか分かっていないのに支度など出来るはずがない。

こうなったら恥を忍んできちんと聞くしかないだろうか。

呆れた顔をされそうだが、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。

勇気を振り絞り羞恥は頭の隅に追いやり、せめてもの気概で真面目な顔を作る。


「矜牙軍師、朝の鍛練というのはどういった暗喩なのでしょうか?」

「………は!?」



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