第四話 門出
1. 回収
倉庫街の夜空にパトカーの赤い光が回転していた。
サジンは後部座席に取り押さえられている。ディレクションの方位磁針とボンダーの接着剤チューブ、そしてパンドラの箱。三つの神器を回収する。
「神器保護完了、そんじゃ帰るとしますか。俺が運転するんで隊長は護衛をお願いします。」
ユキヤがアラシに向かって言った。
「そうだね。いつも言ってる通り盗まれるだけで危険だから厳重に運ぼう」
アラシが頷く。ユキヤが差し押さえた神器を車に積もうとした。そのときだった。倉庫街の闇から黒いローブに身を包んだ女性らしき人が歩み出てきた。
「誰だ」
アラシが前に出る。左手には彼岸切手が握られ、右手にはすでにナイフを抜いている。アラシは経験則から、目の前にいる存在がタダの人間ではないことを察し臨戦態勢をとる。
「警戒しないで。敵じゃないわ」
アラシは警戒を解いたつもりはなかった。しかし気づくとその女は自分の目の前に現れていた。
「あなたがアラシね。SSAの隊長さん」
アラシが反射的に彼岸切手で距離を取る。
「その神器を渡してもらえるかしら」
女が証拠品を見つめた。
「渡すわけないだろ」
ユキヤが槍を構える。
「残念ね」
「やめろユキヤ!そいつはただもんじゃない!そこから離れろ」
女は一歩踏み出した。
アラシが彼岸切手をつかい女の近くへ瞬間移動する。そして女に彼岸切手を貼り、強制的にどこかへと飛ばそうとした。しかし彼女に触れようとした瞬間、体がすり抜けた。
「何っ」
アラシの目が見開かれた。イツハが刀を抜いて走る。一閃。女の体を切り裂くはずだった。けれど刃は空を切った。女の体を通り抜けて背後の壁に切り傷をつけただけだった。
「なっ」
イツハが止まった。
ユキヤが槍を突き出す。貫。どんな障壁も貫く一撃。けれど槍は女の体に触れる前に逸れた。まるでそこに何もないかのように。
「無駄よ」
女は静かに言った。
「あなたたちの力は私には届かない」
「何だお前は」
アラシが歯を食いしばった。
「ただ回収しに来ただけよ。ごめんなさいね」
女は押収した神器の前に立った。ユキヤが阻止しようとした。けれど女の手を払うことができなかった。手がすり抜ける。
女は神器に触れた。その瞬間。神器が光った。二つの神器が同時に淡い光を放つ。
「あっ」
ハルが声を上げた。光が消える。女はもういなかった。神器は袋の中にそのまま残っていた。何事もなかったかのように。静寂が戻った。倉庫街にパトカーのサイレンが遠く響いているだけだった。
「今の……何だ」
ユキヤが槍を下ろした。
「分からない。ただ一つだけ確かなのはあの女は僕たちの力では止められなかったということだ」
「隊長。あの神器、光りましたよね」
ライが呟いた。
「ああ。光った。でも無事だ。中身は変わっていない」
アラシは押収した神器を確認した。二つの神器はそのまま入っている。
「じゃあ何だったんですかあの人」
ハルが尋ねた。
「さあ、本当に何もわからないが、ひとまず押収した神器を盗まれたわけではなさそうだ。ひとまずこれを持ち帰るとしよう」
アラシは女が消えた方向を見つめた。
(あの女の近くに移動したとき、ちらりと彼女の瞳、ハルとそっくりだったが、いったい誰なのだろう)
けれどそれを口にすることはしなかった。
2. 恐怖
パトカーの後部座席。サジンは小さく丸まっていた。手錠をかけられた手が震えている。顔色は土のように白い。
「おい。大丈夫か」
ユキヤが声をかけた。サジンはびくりと体を震わせた。
「殺される。殺される殺される殺される」
「何を言ってるんだ」
「あいつが来る。あいつが来たら殺される。もう終わりだ」
サジンは独り言のように繰り返した。
「あいつって誰だ」
アラシが尋ねた。サジンは首を激しく横に振った。
「言えない。名前を出したら殺される。口にしたら終わりだ」
「誰に殺されるんだ」
「あの白髪の……あの……殺人鬼に……」
「白髪の殺人鬼?」
ハルが呟く。
「もう終わりだ。どこにいても見つかる。あいつは絶対に見つける。俺みたいな下っ端なんて一瞬で終わりだ。助けてくれ。お願いだ。SSAでも誰でもいい。あいつから俺を隠してくれ」
サジンは泣きながら言った。
「名前を出したら殺される。でももう遅いかもしれない。あいつはもう来ているかもしれない」
「名前を教えてくれれば守れるよ」
アラシが穏やかに言った。
「無理だ。名前を出した時点で終わりだ。あいつはそういうやつだ。どこにいても聞こえる。どこにいても見つける」
サジンは首を振り続けた。
「頼む。頼むから。あいつにだけは……」
その声はただの脅しではないと感じた。真の恐怖だった。サジンは本当に怯えていた。
(白髪の殺人鬼)
アラシはその言葉を頭の片隅に留めた。
3. ???の会話
どこかの暗い部屋だった。窓がない。壁も床も見えない。ただ闇があるだけだった。
「サジンが捕まりました」
声がした。低く滑らかな声。いつも微笑んでいるような響きがあった。
「そうか」
もう一つの声が応えた。落ち着いた声だった。どこか心地よい響きがあった。
「神器も回収されました。二つとも」
「それは少し困るね」
落ち着いた声の主が言った。
「ただ先ほど……面白いことが起きましてね」
低い声が続けた。
「やつが動きました。あの神器の所有権を書き換えたのです。サジンが持っていた二つです。もうお父様の手を離れ、やつの手に移りました」
「やつが動いたのか」
「はい。久しぶりに。少し驚きました」
「やつは何をしておるのだ」
低い声は少し息を吐いた。
「分かりません。ただ、おそらくは目的は同じでしょう。ここに来て初めて我々の持つ神器が奪われた。つまり奴と相まみえるのはそう遠くないかと。」
「サジンはどういたしますか?殺しますか?」
沈黙があった。
「いや、お前は気にしなくていい」
「しかし裏切りは」
「あいつに任せてくれ」
「あいつ、とは」
「もう中に入っている。サジンのことはあいつが処理する」
「分かりました。あの子に任せましょう」
「うむ。それよりやつが動き出したことが問題だ、このままではほかの神器もとられてしまう。これ以上所有権の書き換えをされたらたまったものではない。急ぎ神器を与えた者たちの見張りを強化しろ」
「かしこまりました、お父様」
「われらエスケープに泥を塗ったこと。公開するがいい、SSAよ」
その声は闇の中へと消えていった。
4. 卒業
春の光が校庭を染めていた。桜の花びらが風に舞い、式典のテントの上から降り注いでいる。
「第六十五回ソラガオカ高校卒業式」
アナウンスが響く中、ハルは制服の襟を正した。
(卒業か)
あの夜から三か月。訓練を重ね、アラシとの訓練を続け、少しずつ力を制御できるようになった。
「ハル、名前呼ばれたよ」
隣のクラスメイトが肘で突ついた。
「えっ」
ハルは慌てて立ち上がった。式典の壇上に向かって歩く。名前を呼ばれたのに気づかなかったのだ。卒業証書を受け取る。校長が微笑んだ。
「~~以下同文。ご卒業おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ハルはそれを握りしめて席に戻った。
式典が終わると教室は騒がしくなった。最後のホームルーム。担任の言葉。クラスメイトとの別れ。
「ハル、これからどうするの?」
「一応就職するつもり、入らないかー?って当てがあって、」
「え、そうだったんだ。正直ハルは進路どうするのかまるで知らなかったから安心した的な?どんな仕事なの?」
「えっと、まあ公務員、、、的な?」
「え!すごいじゃん的な!!!」
「うんまあそんな感じ的な、あはは、」
ハルは曖昧に笑った。SSAのことは言えない。
「まあなんにしても頑張りなよ」
「うん。ありがとう」
ハルは教室を出た。廊下を歩く。見慣れた学校。見慣れた風景。けれど明日からはここに来ることはない。
(もう戻れないんだな)
少し寂しかった。けれど後悔はなかった。
*
校門を出ると一人の女性が立っていた。
「ハル」
院長だった。少しやつれた顔。けれど笑っていた。
「先生!」
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
ハルは深く頭を下げた。院長がその頭を撫でた。小さい頃と同じように。
「大きくなったね」
「いや、今年はそんな身長伸びてないですよ、」
「体じゃない、心がさ。あんたはもう十分、立派な大人になったんだよ。身も心も。その目を見ればわかる」
院長は笑った。ハルも笑った。
「あの先生。一つだけ言いたいことがあって」
「何?」
「これからしばらくは孤児院には顔を出せるかはわかりません、それにもしかしたら二度と、」
「、、、」
院長の表情が少しだけ曇った。けれどすぐに戻った。
「行きなさい。あなたの道を」
「先生、」
「いいの。あなたが決めたことでしょう。なら迷わず行きなさい」
「……はい」
ハルは頷いた。目の奥が熱くなる。
「先生」
「?」
「やっぱさっきの訂正します。私は必ず帰ってきます。あの場所に」
院長は少し目を細めた。そして優しく笑った。
「待ってるよ。ずっと」
ハルは院長に抱きついた。院長の温かい手が背中に回る。
「ありがとう。先生」
「がんばりなさい。ハル」
ハルは院長から離れた。一歩下がる。振り返る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ハルは踵を返した。校門の向こうにアラシの車が停まっている。
「あいさつは済んだ?」
アラシが窓から顔を出した。
「はい」
ハルは車に乗り込んだ。後部座席に座る。卒業証書を膝に抱いた。
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
「これからが本格的な活動になるよ。覚悟はいいかい」
「はい」
ハルは頷いた。窓の外に院長の姿が映る。手を振っている。ハルも手を振り返した。車が動き出す。校庭の桜が窓の外を流れていく。
(これからだ)
ハルは拳を握りしめた。いままでの日常が終わる。これからの非日常が始まる。けれど怖くなかった。院長が待ってくれる。アラシ隊長が隣にいる。仲間がいる。
(大丈夫。きっと大丈夫)
ハルは空を見上げた。春の空がどこまでも青かった。




