十三歳⑦
護国卿が『クラウディア・ハウトシュミット』の議会見学申請をしたという話は、議員たちも知っていた。
彼女の『バルトール王女』という身分は、遠く離れたバルトール王国の立地もあって、取り入る旨みが少ない。
だが仮にも『護国卿の妻』である幼い少女におべっかを使えば、護国卿にうまく執り成してくれるかもしれない。
邪念に塗れた彼らが議場の正面入り口を注視していても、いつまで経ってもドレス姿の少女は現れなかった。
開会の直前になって、控えの書記官と学生が目立たぬように脇の入り口から後方席に向かった時のことだった。
一行の中に見知った少女がいるのを捉えたニコラス・ヘルト・コニング議員は目を眇めた。
(あれが……? なんだあの格好は、初めて見る)
薄茶色の髪の少女は、柔らかそうな髪の一部を細いリボンで括り、残りは背中へと流していた。飾り気はないが少女らしい髪型は彼女に似合っている。
彼女が身につけているのは、スカートに膨らみの無い焦茶色のワンピースだ。
生地は上質そうだが型が質素すぎて『礼服』とは呼べないし、議会に着てくるにはふさわしくないと眉を顰める者もいそうな衣服――それだけなら。
クラウディアは、そのワンピースの上から、黒の修道士ローブを羽織って、ローブの合わせを翠の石のついたピンで留めていた。
修道院で学問に励む下級修道士らが着るローブは、防寒具を兼ねた簡素な作りだが『失礼』と見なされることはない。
神と学問研究に身を捧げる修道士が豪奢な服を身につけないのは、寧ろ望ましいことだとされているからだ。
(だから、ハウトシュミット夫人が着ている服を『議場に来るのに礼を失している』と批判できない。男性修道士が着る服だが、修道士以外の着用も禁じられていないし、『俗世を離れて性別を捨てた』扱いの修道士の服を『それは男性の服だ』とは言えない。護国卿の発案か? いや、あの方なら『白い目なんて無視すればいいでしょ』で済ませそうな気がするから――彼女自身か)
なるほど、さすが護国卿が選んだだけのことはある御仁だ。
「――ここに、国民議会を開会する」
一人納得して満足げに腕組みをする男と混乱にざわつく群衆の中で、護国卿フレデリック・ハウトシュミットの開会の宣言が響いた。
☆
(これなら『ワンピースは礼服として品位を欠く』と言われてもローブの前を閉じて隠してしまえばいいし! 我ながら良い思いつきだわ!)
議場に入った時には『この格好をどう思われるだろう』とばかり気にしていたが、いざ議会が始まると、クレアに周りを気にする余裕は無くなった。
「護国卿は『贋金の流通をある程度容認する』とのお考えと聞こえましたが」
「そうは言っていないだろう、コニング議員。『手間と人件費をかけて調べてようやく分かるかどうかの精巧な贋金は、費用対効果を考えると本物として扱うしかない』と言ったんだ」
「贋金が出回れば、スヘンデルの発行する硬貨自体の信用に関わりますよ!」
「もちろん、簡単に判別できるものなら排除するとも。例えば金貨なら話は早い。金は他の金属と比べて遥かに重いから、水に沈めて比重を測れば……」
(たっ、たのしい……!)
気になったところに噛みつくコニング議員によって、問題点が明らかになっていく。
それに対して、フレッドは各金属と合金の比重、溶解温度と合金の難易度、流通量・産出量の違いの表を提出して、贋金を見抜く大まかな目安と現実的な方策を指摘した。
あの表は、クレアが呼んだ錬金術師の測定したデータをまとめたものだ。間接的にでも役に立てたようで嬉しかった。
必死になって気づいたことを手元の帳面に書きつけていると、あっという間に今日の会議時間は過ぎ去っていった。
同行していた書記官見習いの学生にはこの後も講義があるらしいが、クレアには後の予定が無い。
図書室で本でも読んでフレッドを待っていようかと廊下を進むと、後ろから駆けてくる足音がした。
「待って、ハウトシュミット氏!」
フレッドが近くにいるのかと、クレアは歩みを止めて辺りを見回した。
だが程なくしてクレアのローブの袖をちょいと引っ張られる。
「……私?」
「クラウディア・ハウトシュミット氏ですよね?」
呼ばれていたのは自分だったらしい。
クレアが振り返ると、そこには息を切らした書記官見習いの男子学生がいた。
「よかった、合ってましたか。あの、その格好……」
「私の格好が何か?」
議員からは何も言われずに済んだが、この学生は横で気にしていたのか。
どんな文句も打ち返してやると挑むように見返すと、彼は頰を染めた。
「あのっ! それ、楽そうで、すっごくいいですね!」
「……へっ?」
「ずっと話しかけたかったんです! 『それ真似していいですか』って。ぼくは書記官養成課程の学生なんですが、衣服に凝れる金は無いので困っていて」
護国卿の肝煎りで設置された職業訓練校は、身分を問わず入学できる全寮制の学校で授業料と食事は保証されるが、衣服は学生の持ち出しになる。
裕福な生まれではないらしい彼にとっては、書記官養成課程の授業の一環で必要になる礼服をあつらえることすらも、やっとだったのだろう。
「ローブ一枚買えば、中に何を着てもいいなんて! ぼくみたいな貧乏学生たちには絶対にウケますよ」
「ええと、どうもありがとうございます?」
「でも、これが流行ると今度は『いかに派手で上質なローブを着るか』で張り合いが始まるかな。うーん……」
皆が慣れて『高いローブを買わねば失礼だ』と見なされるようになったら、問題は再燃する。
頭を抱えた学生に、クレアはおずおずと切り出した。
「……ローブにスヘンデルの国章の刺繍を入れたらどうかしら?」
「え、国章ですか? それに、刺繍?」
「胸元に小さい刺繍でいいと思うの、それなら職人に頼んでも高くはならないでしょうし、根気さえあれば自分でもできるでしょう? 『ファッションとしてじゃなくて特別な礼服として着ているんだ』って示せばいいんじゃ――」
「天才ですか!?」
「いえ、こんなのただの思いつきだし、勝手に国章を刺繍していいかも分からないけど!」
思いがけない食いつきの良さに、クレアが焦って身を引くと、学生はクレアの手を取ってぶんぶんと振り回してきた。
「ありがとうございます! ぼくには思いつかなかったことを思いつくだけで十分です。思いつきの中の間違いを直したり、地に足ついたものに変えていくのは皆でできるんですから」
『さっそく先生に相談してみます、良い結果が出たら報告しますね!』という彼に、クレアはこくこくと頷きを返した。
この『思いつき』が学生と教師陣との間で練られた結果として、王都職業訓練校には『校章』が設定され、校章の刺繍入りローブが学生礼服として認められることを、この時のクレアはまだ知らなかった。
ましてや『ライセンス料』の名目で、学生礼服の発注先の仕立屋からクレアに金銭が納められるようになることも。
その後数十年を経て『名門校』の評判を得た王都職業訓練校が大学に格上げされる際に、このローブが大学の制服とされることも。




